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【粟根まことの「未確認ヒコー舞台:UFB」】第132回「飼い殺し」

二年前の2020年秋に上演されるはずだった「神州無頼街」は、今年2022年の一月から稽古が始まり、三月の大阪から静岡を挟んで、五月末の東京千秋楽まで、紆余曲折がありながらもなんとか無事に走り抜けることができました。支えて下さったスタッフの皆さんとお客様方に感謝致します。ホッとしております。

さて、その「神州無頼街」では、前回にも書きましたように4つの大きなワゴンが使用されていました。4m×1.5mくらいの二階建てのワゴンを動かすことによって場面転換をしていたのです。これらのワゴンと盆を使った場面転換については前回をご参照して頂きたいのですが、実に印象的なシステムだったと思います。
確かに効果的ではあるのですが、いくつか問題点もあるということも前回書きましたね。ワゴンが重くて移動が大変だとか、それを動かしているスタッフさんが丸見えだとか。
ええと、実はそれ以外にもちょっとした問題点がありまして、それについて今回は書きたいと思います。

4つのワゴンを様々に組みあわせるコトによって有機的な場面造りをするコトができるのですが、ワゴンが独立しているが故にちょっとした弊害があるのです。それは「ワゴンが独立しているので出入りが丸見え」だというコトなんです。
通常の舞台のようにセットやパネルなどで仕切られている場合は、その裏を移動すれば客席からは見えません。スタッフさんにしてもキャストにしても。パネル裏を移動して扉から登場してきたり、小道具を持って移動したりできます。
しかし、ワゴンが舞台の中央に固まったりしてる場合、その両側、つまり舞台ソデとの間には何もありませんから、舞台奥まで丸見えです。つまり、シーンの途中でそれらのワゴンの中から登場しようと思ったら、あらかじめそのワゴンの中に入っていなくてはならないのです。
このように、舞台セットの中にあらかじめ潜んでおくことを「飼い殺し(かいごろし)」と言いまして、これが今回ご紹介したい演劇用語です。

一般的には飼い殺しって良い意味では使われない言葉ですよね。本来は、役に立たなくなった家畜を死ぬまで飼い続けるという意味ですが、それが転じて、本当は凄い能力があるのに能力を発揮させないまま雇い続けるとか、実力にそぐわない部署でしか使わないとか、まあ残念な立場にあることを表現する言葉になっています。
しかし、演劇の現場では違う意味でして、端的に言えば「じっと同じ場所に隠れている」コトを差します。例えばスタッフさんが何らかの操作をする場合。舞台ソデならば見えませんから操作のある時だけにその場に行けば良いのですが、舞台セットの中で操作しなくてはいけない時にはセットの中で飼い殺しになります。最悪の場合は上演中にずっと飼い殺しの場合だってあるのですよ。
キャストにも飼い殺しはあります。あるシーンで出番なんだけど、転換の都合でセットの中から出てきたりする場合、その前のセットチェンジの時からずっと飼い殺しになる場合があるのです。もちろんそれほど長い時間ではないのですが、場合によっては数十分も待ち続けることがあります。

今作でも、独立したワゴンの中から登場する必要がある場合には、数分の飼い殺しがあるキャストもいました。いや、キャストはいいんです。比較的ご配慮を頂きまして、それほど長い時間を待機する状況はありませんでした。
しかし、スタッフさんの場合は中々に過酷です。独立したワゴンを動かすために、ワンシーン丸々ワゴンの後ろで飼い殺しになっていたりしたのですよ。きっかけが来るまで、ただひたすら待つ。それが仕事と言えばそうなのですが、実に可哀想でした。まあ、しょうがないんですけどね。

私自身もこれまで様々な飼い殺しを体験してきました。例えば青山円形劇場で上演された「スサノオ~武流転生~」という作品では、円形の舞台に幕が垂らされ、オープニングにその幕の中で前作のあらすじが演じられます。円形舞台で周りが客席で囲まれていますので、舞台への出入りが丸見えです。ですので、客入れ前から十数人のキャストが幕の中に入ってスタンバイしていたのです。つまり、30分間の飼い殺しです。お客様が続々と入ってくる状態ですから静かにスタンバイしていたのですが、中にはその時間を使って弁当を食べていた猛者もいましたよ。

あと、「港町純情オセロ」という作品では、私は「ことあるごとに何かに擬態して登場する」という役柄を与えられていました。あるシーンでは椅子に擬態していて、そのシーンの間はずっと椅子の中で隠れていて、シーンの最後に椅子から登場して「話は聞かせてもらった」的なセリフを言うのです。その間、約十分。その間はもちろん飼い殺しです。
いや、それはいいのですが、問題はその舞台稽古の時です。そのシーンに入った時に休憩になったのですが、私はもうすでに椅子の中に入っていました。そりゃそうだ。飼い殺しなんだから。もちろん、休憩になった時に椅子から出ればいいのです。自力で出られるのですから。でも、なんだか面白かったモノで、しばらくの間そのまま椅子の中でジッとしていました。
休憩に入って数分が経った頃、舞台監督の芳谷研さんがソロソロと椅子に近づいてきて、おもむろに椅子の頭を取り外しました。「なんで出てこないの!」と言いながら。モニターを見ながらなんだかおかしいなと思ったんだそうです。いや、私はただ誰か気付くかなと思いながら悪戯していただけなんですけどね。さすがは舞台監督です。

そんなこんなの飼い殺し事情。キャストもスタッフも意外と飼い殺されているんですよって話です。もちろんそんな事態はなかなか発生しませんが、それほど珍しい事態では無いということだけご理解頂ければ幸いです

本文とは関係ありませんが、保坂エマさんとの案件で池袋めぐりをした時の、自由学園明日館の写真。

粟根まこと

【著者プロフィール】
あわねまこと○64年生まれ、大阪府出身。85年から劇団☆新感線へ参加し、以降ほとんどの公演に出演。劇団外でも、ミュージカル、コメディ、時代劇など、多様な作品への客演歴を誇る。えんぶコラム「粟根まことの人物ウォッチング」でもお馴染み

 

 

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