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【ノゾエ征爾の「桜の島の野添酒店」】No.89「仕方のない夏の思い出」

準備したことが全く出番がないまま終わることがよくある。

もう25年ほど前のこと、大学一年の時、体育の選択科目でキャンプというものがあった。
特にキャンプにもアウトドアにも興味があったわけではないのだが、
一週間ほどキャンプに行くだけで前期の単位がもらえるということで選択した気がする。
しかしそれは、なんとも本気のキャンプだった。
寝袋など身に付ける物は一通り自分で揃え、さあいざ山へ。
山の地図の読み方から、拓かれてない山道の歩き方、テントの張り方、ロープの結び方、火の起こし方、ご飯の作り方などなど、あらゆることが網羅されていた。
毎日泥まみれになってワークし続けて、それでも風呂はないので体はせいぜい冷たい水道水で拭くくらいしかできず、そうして夜は、数人で一つのテントに寝る。
あーこんなに泥まみれになりながら、協力しあって、寝食を共になんてして、、
こういうところから一生の友達ができたりするのかもなあ、なんて星空を見ながらセンチメンタルに考えたりとかしたのだが、結局誰一人のことも覚えていない現在なのであります。

そんなこんなで、せっかく身に付けたキャンプ知識。
無駄にするわけにはいかない。
その夏、浜名湖の砂丘を見に行こうと思い立った。
自転車一人旅で。
そしてもちろん、野宿で。
野宿に必要なグッズを全て巨大なリュックに詰め込んで、静岡県の地図を持って(スマホなんて当然ない時代)、
神奈川の家から、いざ出発。
カンカン照りの中、国道をひたすら走る。
小5から乗ってたガキチャリは、なかなかに、ペダルが重かった。
リュックはひたすらに重かった。
日陰は全くないし、車の排気ガスが思った以上にえぐい。
でもいいじゃない。こんな苦難こそが自転車一人旅ってもんだ。
二十歳のノゾエくんは盛り上がっていた。
しかし、程なくして予想だにしてなかった事態が起き始める。
お尻が痛い。
背中に背負った大量の荷物の重みが、全てお尻にのしかかるのだ。
しまった、それ考えてなかった。
にしても、ちょっとこの痛さ、洒落になってない・・。
しばらく粘るも、やがてもう、自転車にまたがっていられなくなってきた。
仕方ない、今日はここまでにしておこう。
さあ、野宿だ。野宿できそうな所は・・・
ない。まだ全然都会というか、住宅やらがガンガン立ち並んでいる。
公園がたまにあるが、なんか、怖い。
人の目が怖いし、なんか、暗くて怖い。
疲労と共に野宿気力が萎えてしまっていた。
コンコン。
気がついたら私は民宿の扉をノックしていた。
仕方ない、今日は思いもよらないことが色々とあった。
明日からまた頑張るために今日はこれでヨシとしよう。
ほぼ普通の家のような宿の、ほぼ家庭風呂のようなお風呂に入り、入眠。
翌朝。
起きると激痛が臀部に走る。
その痛みたるや、自転車にまたがることすらままならない。
無理だ・・。こんな状態では、とてもじゃないけど浜名湖なんて行けやしない。
なんとか奇跡的に辿り着けたとしても、復路が完全に無理だ。わかりきってるよ。
鉄は早いうちに打て。使い方完全に間違ってるが、そんな心意気で私は英断を下すことにした。
帰ろう。
今回の旅は、なかったことにしよう。
仕方ない、プランが失敗しすぎていた。
出直しだ。夏はまだ長い。
そうして私は、ゆらゆらと家路についたのだった。
ちなみに、そこはまだ神奈川県のはずれで、かなりぜんぜん、静岡県に入ってなかった。
買った静岡県の地図も、野宿グッズも、出番のないまま終わったのでありました。

その翌年の夏、私はこの失敗から学び、今度は原付バイク(スーパーカブ)で、一人旅を敢行することになるのだが、、
それはまた今度。

いや、なぜそんな話を思い出したのかというと、
友人家族とキャンプに行ったのです。
そう、あの日以来のキャンプ。と言っても手慣れた友人が全部やってくれるので、道具もほとんどいらないし、のんびり旅です。
準備したものと言えば、川遊び用の水着と、これを機に購入したライフジャケット。
そうして、到着してテント張りなどを手伝ってから、ちょっと川に。
あ、なんかいい感じね。いい感じの川だね。舗装もされてるから事故の心配もなさそうだ。
どれどれ。足をポチャ。
つめたっ!
めっちゃくちゃ冷たいじゃないか。
でもまあ、やがて慣れるでしょ、と思ってしばらく川の中を歩いてみるも、
いや、痛いわ。冷たすぎて痛いわ。
とてもじゃないけど泳げるようなあれじゃないわ。
洒落になってないわ。
というわけで、水着に着替えることも、もちろん買ったライフジャケットを着用することもなく、
ビールをちょっと冷やしただけで、テントに戻ったのでありました。
準備したものが全く出番がなかった夏の一幕のお話でした。

そろそろ稽古が始まります。数ヶ月に及ぶお休みがついに終わりを迎えます。

 


【著者プロフィール】

ノゾエ征爾
のぞえせいじ○1975年生。脚本家、演出家、俳優。はえぎわ主宰。青山学院大学在学中の1999年に「はえぎわ」を始動。以降全作品の作・演出を手がける。2011年の『○○トアル風景』にて第56回岸田國士戯曲賞を受賞。2014年には初の主演映画『TOKYOてやんでぃ』が公開された

 

【今後の予定】

PARCOプロデュース
「ボクの穴、彼の穴」
原作◇デヴィット・カリ
翻訳◇松尾スズキ
脚本・演出◇ノゾエ征爾
出演◇宮沢氷魚 大鶴佐助
2020年9月17日~23日
@東京芸術劇場プレイハウス
https://stage.parco.jp/program/bokuana2020

▼▼前回の連載はこちら▼▼

http://enbu.co.jp/nikkanenbu/nozoe88/

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