【ノゾエ征爾の「桜の島の野添酒店」】No.122「旅の恐れ」

マスクを外してO Kとなったが、それでもなかなか外さない傾向になるのかなと思っていたが、思いのほか外す人が多いように感じてほっとしたりしてるわけだが、
食事を多少減らした程度では落ちる気配のない贅肉に、年齢による体質変化をひしひしと感じているこの頃です。

ところで、旅先で人はイライラする。
楽しいでしかないはずの旅が、些細なことで暗転する。

先日、家族で江ノ島に行った時のこと。
江ノ島内にあるちょっとした食事処で、店先には誰もいなかったので、どんなものが食べれるのかなあ？と、貼ってあるメニューを眺めていたところ、気がついたら列が出来はじめていて、みんなが次々と順番の名前を書き始めていた。
あれ、うちら最初だったんだけどなと思いつつ、まあ仕方ないと、順番に名前を書いたら、横にいた男の人に、「並んでるんで！」とキツく言われた。「その名前消してください！うちら先なんで！」鼻息が随分と荒い。
なんて殺気だろう。。
こっちにも言い分はあったのだが、付き合ったら面倒なことになると思い、すいませんと一言、名前を消して、一番最後に再記入した。
でもその男の人は、まだブツブツとご自分の家族に文句を言い続けていた。「うちらが先なんだよ！うちらが先だったんだよ！」
そんなに怒りがおさまらないようなことかね？
怒りを向けられ続けることに耐えられる自信がなく、名前を消してお店をあとにした。
ああ、怖い。なぜにそんな殺気立っているのだろう。
旅は諸刃の剣。とは、誰も言ってないと思うが、旅というものは、非日常の連続であり、時にそれは、旅人にストレスをじんわりと、だけど確実に、溜めさせていく。
そして普段は感じないポイントで不意に殺意が沸き起こるのだ。

その夕方、息子が、浜辺にあるそこそこ高めの台で遊んでいたところ、同じくらいの年頃の子から唐突に、思いっきり突き飛ばされて顔面から落ちた。
砂浜だったから良かったものの、顔面も口の中も砂塗れで、ギャン泣きだ。
私は、、キレた。
かと言って怒鳴りはしないが、その男の子に、今のはダメだな。謝ろうか？と静かに諭していた。
男の子は、、逃げた。
そばで見ていた海慣れしてそうな若い女の子のグループも、今のは良くないと思ったのか、逃げる男の子を捕まえて、おいおい、謝ろ？謝んな？と言っている。
男の子は、、振り払って逃げた。
泣きじゃくる息子の顔面から砂を取り除きながら、これコンクリだったらとんでもないことになってたぞと、遠くではしゃいでるその男の子が目に入っては、心の奥底で煮えたぎるものを感じていた。

普段は息子に、やられてもやり返すなよ？と、暴力に暴力で返すことはしないように話している私であるが、泣き止んで落ち着きを取り戻した息子に私は言っていた。
「さっきみたいなのは、ぶん殴ってやっていいからな。」
旅の恐ろしさを痛感した。

沈みゆく綺麗な夕陽に照らされ、水着から透けて見える己のオトコノコを見てはケタケタ笑う我が子を見て、君はそれでいい、やっぱり殴らなくていいからねと、言った。

【著者プロフィール】

ノゾエ征爾
のぞえせいじ○1975年生。脚本家、演出家、俳優。はえぎわ主宰。青山学院大学在学中の1999年に「はえぎわ」を始動。以降全作品の作・演出を手がける。2011年の『○○トアル風景』にて第56回岸田國士戯曲賞を受賞。

【今後の予定】
・THEATER MILANO-Zaこけら落とし公演
COCOON PRODUCTION 2023『舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド』
舞台版構成台本：ノゾエ征爾
2023年5月6日～28日　THEATER MILANO-Za (東急歌舞伎町タワー6階)
https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/evangelion2023.html

・世田谷パブリックシアター＠ホーム公演（高齢者施設、障害者施設巡回公演）
脚本・演出・出演　ノゾエ征爾
2023年6月各所巡回予定。

▼▼前回の連載はこちら▼▼

http://enbu.co.jp/nikkanenbu/nozoe121/