【ノゾエ征爾の「桜の島の野添酒店」】No.120「迷子のアメリカ人」

最寄りの駅の駐輪場は、道路を挟んだ高架下にあって、そこに渡るには、かなり長い信号を待つことになる。
一回の信号で、駐輪番号押して、お金払って、自転車取って、渡れるかは、それなりの集中とスピードを要する。
失敗すると、ただでさえ長い信号が、さらに長く感じる羽目になる。

その夜の私は、ギリギリ渡れるかどうか・・！というところで、諦めた。
公演も間近に控え、ダッシュする元気が残っていなかった。
待っていると、その高架下に、一人の女性が立っていたことに気づいた。
自転車を拾うわけでもなく、ただそこに立っている。
帽子を目深にかぶり、薄いピンクのジャージの上下。
もう２１時も回っていたし、高架下は明かりもほとんどなく暗いので、単純にちょっと怖かった。
すると、その女性が近づいてくるではないか。
そして突如無言で私に手を伸ばして何かを向けて来た。
やられると思った。
向けられたそれは、携帯だった。
携帯には、この界隈のマップが表示されていた。
そして文字が英語で記されている。
よく見ると、かなり若い、とても綺麗な外国の女性だった。
どうしました？
御殿場行きの高速バスに乗りたいのだけど、全然見つからない。もう２時間も探し回っている。と半ギレ半分、疲労コンパイ半分の感じだ。
高速バス乗り場は、ここから一直線、あそこら辺にあると説明するも、
そこも何度も行ったけど、ないんだ。私はもうどうすればいいかわからない。
などと言っている。
わかった、じゃあそこまでお連れしましょう。ちなみに乗るのは何時なんですか？
２１時２２分。
時計を見ると、２１時１５分。
やばいっす、急がないとまずいっす。
バス停は、近そうで意外遠いのだ。
急いだほうがいいと言ってるのに、彼女は疲れ切っているのか、全く急いでくれない。
まあ、大丈夫か、間に合うっちゃ間に合う。
日本は初めてですか？
はい。
しばらく無言で歩き、また聞く。
旅行で来たんですか？
はい。
彼女は、話す気ゼロ感を遠慮なく見せてくる。不機嫌だ。
気まずい。完全に気まずい。
ようやくバス停に着く。
あれ、違う。ここじゃない。やばい、なんでだ？
もう一つバス停が、向こうにあった。慌てて見る。
またしても違う。あれ、確かここだったはずなのに。やばい。どうしよ。間に合わない。
ちょっと待ってて！と急いで自転車を先まで走らせる。
あった！でっかい柱の向こうにもう一つバス停があった。
御殿場行き、確かにここだ。
こんなの、日本人でもわかんねえよ。
ありました！急いで彼女を呼ぶ。
彼女はだるそうに歩を進める。
本当にここ？と疑っている。
ここです。あと１分ほどで来るはずです。あ、ちょうどあそこに見えてます。
彼女はようやく安堵して、バス停に腰掛ける。
そして、早口で話始めた。
彼氏が海軍に勤務してるんで来たんだけど、喧嘩しちゃって、私を置いて行ってしまった。
みたいなことを言った気がする。ちょっと聞き取れなかったところも多かったので間違ってたらごめんなさい。
バスが来て、良い旅を！なんて言って見送るも、支払いで随分と手間取っていた。
一応最後まで見守るも、こっちを振り返ることもなく、彼女は席に消えて行った。
御殿場に何があって、どのように過ごすのだろうか？
ちょっと心配な気持ちを引きずりながら帰宅するも、駅に着いたと連絡してからかなり遅くなったことを妻に叱られる私なのであった。

【著者プロフィール】

ノゾエ征爾
のぞえせいじ○1975年生。脚本家、演出家、俳優。はえぎわ主宰。青山学院大学在学中の1999年に「はえぎわ」を始動。以降全作品の作・演出を手がける。2011年の『○○トアル風景』にて第56回岸田國士戯曲賞を受賞。2014年には初の主演映画『TOKYOてやんでぃ』が公開された。

【今後の予定】
オールナイトニッポン55周年記念公演
『明るい夜に出かけて』
原作：佐藤多佳子
脚本・演出：ノゾエ征爾
2023年3月12日～25日　本多劇場　他
https://event.1242.com/events/akaruiyoruni/

THEATER MILANO-Zaこけら落とし公演
COCOON PRODUCTION 2023『舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド』
上演台本：ノゾエ征爾
2023年5月6日～28日　THEATER MILANO-Za (東急歌舞伎町タワー6階)
https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/evangelion2023.html

▼▼前回の連載はこちら▼▼

http://enbu.co.jp/nikkanenbu/nozoe119/