【ノゾエ征爾の「桜の島の野添酒店」】No.119「子役」
たぶんなんですが、
息子がついに、C Mデビューすることになった。
妻の子供の役として、親子そのままで出させていただくことになったらしい。
選考に際して、妻が息子と遊んでいる様子の映像を送ってたのだが、それがどうやら気に入ってもらえたらしい。
いや確かに、こんな仕事をしているもんだから、幼いうちに親子共演なんてできたら素敵だな、なんて想像したりはしてたが、芸能活動をしているわけではないし、まさか実現するとは。
急に少し不安になる。撮影なんて初めての素人だ。大丈夫だろうか?
でも先方も、素人は承知の上で呼んでくださったのだ。ご理解いただけるだろう。
まあ息子は、公園で知らない子とも積極的に遊ぼうとするような、どちらかと言うと社交的でいつも笑ってるような子だ。「お芝居」だって知らないわけじゃない。父親のも見てるし、父親の仕事が「げき」ということもなんとなくわかっている。きっと大丈夫だろう。
早朝。出勤していく妻と子を見送る本日自宅作業の私。
今日は機嫌も良さそうだ、良かった。
到着してすぐに、妻から写真が届く。控室で楽しそうにしている息子が写っている。良かった、
昼ご飯を食べていると、妻からビデオ通話が来る。
ランチタイムだろうか?
画面で認識できるより先に、ギャン泣きの息子の声が飛び込んできた。
もうイヤだ!もうイヤだ!もう帰りたい!もうやりたくない!
画も見えてくる。フルスロットルで泣き喚く息子を、現場の大人たちが懸命になだめている。
私の声なんて何も届かない。
そんな様子を3分半ほど見せられて、電話は切れた。
すっかり冷めてしまった明太子パスタをしばし眺める。
プロの子役って、やっぱすごいんだな・・。
帰宅した息子は清々しい表情で言っていた。
「めっちゃ楽しかった!でも泣いちゃったの。」
そして仮面ライダーごっこをいつになく激しいテンションでけしかけてきた。ストレス、相当たまったんだね、お疲れ様。
妻が言うには、一応なんとか撮れたとのことだが、着て欲しい衣装も着てくれなかったし、いくつかのカットは変更されたらしい。
本当に、撮れたのか?
ちなみに、明日も撮影らしい。
雨のために撮れなかった公園でのシーンとのこと。
現場に現れなかった俳優の話はたまに聞く。
明日息子がそうならないことを、祈るばかり。
プロの子役って、ほんとすごいんだな。
【著者プロフィール】
ノゾエ征爾
のぞえせいじ○1975年生。脚本家、演出家、俳優。はえぎわ主宰。青山学院大学在学中の1999年に「はえぎわ」を始動。以降全作品の作・演出を手がける。2011年の『○○トアル風景』にて第56回岸田國士戯曲賞を受賞。2014年には初の主演映画『TOKYOてやんでぃ』が公開された。
【今後の予定】
オールナイトニッポン55周年記念公演
「明るい夜に出かけて」
原作:佐藤多佳子
脚本・演出:ノゾエ征爾
2023年3月12日~25日 本多劇場 他
https://event.1242.com/events/akaruiyoruni/
▼▼前回の連載はこちら▼▼
http://enbu.co.jp/nikkanenbu/nozoe118/
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