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KAAT神奈川芸術劇場『ラビット・ホール』に出演 田代万里生インタビュー

幸せな日常と未来を突然奪われながらも、深い悲しみから一歩を踏み出そうとする家族の姿を描いた『ラビット・ホール』が、2月18日~3月6日、KAAT神奈川芸術劇場<大スタジオ>で上演される(3月12日、13日兵庫県立文化センター 阪急中ホールでも上演)。

2007年にアメリカのピューリッツァー賞戯曲部門を受賞したデヴィッド・リンゼイ=アベアーの戯曲であるこの作品は、2010年にニコール・キッドマン自らのプロデュース・主演で映画化もなされ、多数の受賞歴を誇る会話劇だ。かけがえのない息子を事故で亡くし、深い苦しみと悲しみの中にある夫婦が、同じ痛みを抱えながらも、互いの受けた傷との距離感に悩み、傷つきながらなんとか前に進もうとする姿と共に、彼らを取り巻く人々が微妙に変化していく日常がきめ細かく描かれていく。

演出を手掛けるのは、2017年『チック』(翻訳・演出)で第10回小田島雄志・翻訳戯曲賞、第25回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞したのをはじめ、数々の話題作を世に送り出し続ける小山ゆうな。また、ドラマ『クロサギ』『紙の月』、連続テレビ小説『まれ』など映像作品の脚本家として活躍する篠﨑絵里子が上演台本を担当。

事故で失った息子の面影に苦悩するベッカ役を、映画・ドラマ・舞台と幅広い活躍で存在感を示している小島聖。ベッカの妹イジー役には映画・舞台などでその個性が光る占部房子。二人の母ナット役には、確かな演技力で実力派女優として舞台・ドラマ・映画で活躍を続ける木野花。夫妻の息子を車で轢いたジェイソン役にはドラマ・CMの瑞々しい演技で注目を集める新原泰佑。と、実力派のスタッフ、キャストが集結し、深い悲しみから一歩を踏み出そうとする家族の物語が展開される。

そんな作品で、ベッカの夫ハウイー役を演じる、声楽家としてオペラデビュー後、俳優として主にミュージカルの舞台で多彩な活躍を見せる田代万里生が、ほぼ初めてだという繊細な台詞劇に臨む想いを語ってくれた。

他人事ではないという気持ちで役に向き合っている

──作品についてどう感じていらっしゃるかというところから教えてください。

家族の話なので、何気ない会話がたくさんあるんですよね。今まで僕はミュージカル作品に多く出演してきたので、非日常的なシーンや、感情が昂ったときには劇的な音楽で歌うことが多かった中で、「おはよう」からはじまる、こういうニュアンスのお芝居はほぼ初めてですし、ピアノのない稽古場自体がまず初めてなんです。ですから緊張感はありながらも、身体を緩めてお芝居をしないといけない部分もたくさんあるので、とても新鮮に感じますし、素晴らしい先輩方、共演者の皆さんのお芝居を見て集中しているところです。

──その中で、4歳の一人息子を事故で亡くした父親のハウイー役を演じられます。

僕が演じるハウイーだけではなくて、この作品に出てくる5人全員が何かしらの傷を背負いながら生きていて、誰一人悪い人じゃないんですよね。だからこそみんながどこかで、起きてしまった悲しいできごとは、自分のせいだったのかもしれないという自責の念にかられている。でもこの芝居に限らず、現実に僕らも色々な出来事、悲しいことや苦しいことを心にしまいながら、毎日を生きていると思いますし、ハウイーは30代後半という設定で、僕の実年齢とも近いので、できるだけ等身大の自分と重ねていられたらなと。実際僕の同級生や友人には子供がいる人も多いので、他人事じゃないという気持ちで役に向き合えるようになってきています。妻のベッカを演じる小島聖さんには実際にお子さんもいらっしゃるので、すごく説得力のある台詞をおっしゃるんですね。そこから更にたくさんのものを得られるのではないかと思って稽古をしています。

──そんなハウイーを演じる上で、大切にしたいのはどんなところですか?

ハウイーはすごく忍耐強い人だし、包容力があるんですが、その中でもちょっと混乱したり、余裕がなくなってくるシーンがいくつかあるんです。そこの加減がとても大切だなと思っています。ずっとベッカが動揺したりパニックになるのを、そうならないようにハウイーが包み込んでいるのですが、そんなベッカを助けていることで、ハウイー自身も自分を律している部分もあったりする。ですから、シーンによっては逆にハウイーの方が大きく動揺して、ベッカが平常心になるところもあって、その夫婦の在り方は1人では作れないので、聖さんとの2人の呼吸で、時間をかけて作っていけたらなと思っています。

役柄と役者が良い感じに混ざり合っている

──演出の小山ゆうなさんは、今、最も注目されている演出家のお一人ですが、小山さんからの言葉や演出で、心に残っていることはありますか?

いま、稽古が読み合わせを終えたところで(※取材は1月中旬)これから立ち稽古に入っていくという段階なので、核心的な何かをおっしゃるのはこれからだと思うのですが、頭から最後まで通しての読み合わせは既に3回ほどやっていて、1幕の1場をやりますという前に必ずディスカッションがあるんです。そして終わってからもまたその場面についてディスカッションをする。じゃあ2場に行きましょうという時にも、同じようにディスカッションをしてから読んで、終えてからまた…という形で進んでいます。そういうとても丁寧なやりとりの間にも、小山さんの中でゴールが見えていて、それを僕らにレクチャーするというよりは、僕ら演じる人たちの特性も見ながら、しっくり来ている部分と来ていない部分をきちんと見極め、僕らから出るアイデアの受け入れ体制もある中で、自然に支えてくださっているんです。特に上演台本は篠﨑絵里子さんに今回の公演のために書いていただいたものなので、5人の出演者がいますが、小山さんは6人目の登場人物というぐらいに僕らと一緒にこの家族の中に入って、この作品を考えてくださっているように思います。

──その共演者の方達から受ける刺激や、感じる魅力はどうですか?

読み合わせの合間に、それぞれの役柄がどう生きてきたのか、台本には書かれていない部分を皆で想像しながら話しているのですが、その雑談に近い会話のなかにも、『ラビット・ホール』のキャラクターのような一面が見えてきているんです。おしゃべりなイジ―役の占部さんはいっぱい話してくださいますし、受け身な感じのベッカ役の小島さんはずっと会話を聞いていて、パッと核心を突くことを言ってくれます。木野さんなどは思ったら、もうその瞬間に言葉になっている(笑)という感覚で。また、新原くんはまだ20代前半で、ピュアな部分が際立っているのが印象的です。そんな中でどんな立ち位置でいようかな?と思っている僕も、まさにハウイーに似た感じがあるので、すでにみんな役柄なのか、その役者さん本人なのかが、とても良い感じに混ざりあっているのが面白いなと思っています。

もしミュージカルなら全く違う作りになっただろうなと

──先ほども話してくださいましたが、田代さんはこれまで感情が昂ると歌になる、というミュージカル作品に数多くご出演になっていますが、今回の会話劇とで違いを感じるところはありますか?

最初に台本を読んだ時から、もしこの『ラビット・ホール』がミュージカルだとしたら、全く作り方が違うだろうなと思っていました。まず、既に子供が亡くなっているところからお芝居が始まるのですが、これがミュージカルなら1幕にはもっとハッピーなシーン、子供が出てきたり、夫婦の幸せだった時間がたくさん表現される場面があったあと、1幕ラストで劇的に事故が起きて、2幕で1幕の幸せとは全く違う家庭のあり方が描かれていくだろうなと思うんです。しかもこの作品では、ラストシーンもとても静かな終わり方で、だからこそすごく印象的なのですが、そのラストシーンの作り方も、ミュージカルだったらもっと明確なものになっていくんじゃないかと思います。

──あぁ、なるほど

でもこの作品は、すごく危機的な事件というのは、開幕する前に起きているんですよね。その後の人生の揺らぎを、1幕、2幕とそれぞれ1時間程度になるかと思うのですが、時間をかけてどう見せていくのかというのが、この作品の見どころだと思います。はじめにも言いましたが、よくある家庭の会話「そうだね」とか「そう思うよ」とか、もっと言うと「あぁ、うん」というだけのやり取りを、僕はこれまであまり舞台ではやったことがなくて。ミュージカルだともっと白黒つけた会話と言うのか、はっきりした結論がある言葉が多いですよね。

──わかるような気がします。

でも『ラビット・ホール』は日常の会話の中からにじみ出る何かがたくさん詰まっているから、白か黒かではなくて、もっとたくさんの色が随時に変わっていく感じなんです。更にストレートプレイですから、その微細に変化していく台詞のトーンや、どんなテンポで話すのかも全部自分で出していかないといけない。そこはとても面白い部分でもあるし、逆に自由すぎて難しい部分でもあるなと感じています。

──ミュージカルですと、感情や状況を表すミュージカルナンバーの、メロディやリズム、テンポも既に決まっているけれども、台詞劇では何も決まっていないからこそ自由であり、難しくもあるということでしょうか。

そうですね。楽曲のリズムや和音やメロディにとらわれないで、自分でその人物のリズムを作り出さないといけないので。

台詞だけでなく息遣いまでが客席に届く世界観

──その自由さが、お稽古を重ねてどう出来上がっていくのかがますます楽しみになりますが、作品が上演されるKAAT神奈川芸術劇場についてはどんな印象を?

実は今回使われる「大スタジオ」には僕はまだ入ったことがないので、とても楽しみにしています。セリフの物理的な声量は、稽古のなかでも今、僕が喋っているよりも、更に小さな音量でもお客様に届くスタジオだと伺っているので、言葉だけではなく、息遣いまでもがお客様に届くような世界観を構築できるんじゃないかなと思っています。あとはセットがとても面白いものになりそうで、シンプルではあるのですが、ここに照明が入ったらどう見えるんだろうというような仕掛けもあるようなので、実際にはセットを組んでみないと分からない部分もあるのですが、僕自身も楽しみにしています。

──とても濃密な世界になりそうですが、この作品のタイトル『ラビット・ホール』は、パラレルワールドのことだ、という説明が物語のなかでもありますが、もしラビット・ホールがあって、その世界にも田代さんがいらしたとしたら、どういう人生を歩んでいて欲しいですか?

パラレルワールドの僕ですか!?あぁ、どうだろう。そうだな、海外に住んでいたいです。全然違う文化のなかで生活していたとしたら、どんな人生になっていったんだろうなと。今の僕は日本にいますが、例えば音楽大学の学生だった時に海外の大学に留学していたとしたらどうなっていたのかは、見に行ってみたいです。

──ありがとうございます。作品のなかで、パラレルワールドがあるかもしれないではなくて、必ずあるよ!と言い切っているのが印象的だったので。

そうですよね。それもすごく面白いなと思います。

──そんな視点にも興味が深まりますが、では改めて公演を楽しみにされている方達に、メッセージをお願いします。

家族の話が描かれた作品なので、皆さんが日常的に抱いている気持ちだけを持ってきてくださったら、隅から隅まで楽しめる作品だと思います。僕たちと同じ空間を共有していただけたら嬉しいです。ぜひ観に来てください。劇場でお待ちしております。

 

たしろまりお〇東京芸術大学 音楽学部 声楽科テノール専攻卒業。 ピアノ講師である母のもとで3歳からピアノを学び、7歳よりバイオリン、13歳よりトランペットを始め、15歳からテノール歌手の父より本格的に声楽を学ぶ。大学在学中の2003年、「欲望という名の電車」で本格的にオペラ・デビュー。その後、2009年ミュージカル『マルグリット』でミュージカル・デビューを果たし、以降数々の作品に出演している。第39回菊田一夫演劇賞受賞。近年の主な舞台作品に、『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』『ジャック・ザ・リッパー』『マタ・ハリ』『スリル・ミー』『マリー・アントワネット』『Op.110 ベートーヴェン「不滅の恋人」への手紙』などがある。

【公演情報】
『ラビット・ホール』
作:デヴィッド・リンゼイ=アベアー
上演台本:篠﨑絵里子
演出:小山ゆうな
出演:小島聖 田代万里生 占部房子 新原泰佑 木野花

●2/18~3/6◎KAAT神奈川芸術劇場<大スタジオ>
〈料金〉一般 6.800円/平日夜割引チケット 6.000円 U24チケット(24歳以下)3.400円/平日夜割引チケット 3.000円 高校生以下割引 1.000円 シルバー割引(満65歳以上)6.300円/平日夜割引チケット 5.500円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈お問い合わせ〉チケットかながわ 0570-015-415(10時~18時)https://www.kaat.jp

●3/12~13◎兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255(10時~17時)

〈公演HP〉https://www.kaat.jp/d/rabbithole2022

 

【取材・文/橘涼香 撮影/岩田えり】

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