演劇を志す人の夢と生活を応援する画期的な試み。劇と暮らしpresents『ビルで働く演劇人』オープン・ワークショップレポート
三井不動産ビルマネジメント株式会社とconSept LLCが合同で進める演劇プロジェクト『劇と暮らし』が2月28日日本橋ホールにて第5回目のイベントとなるオープン・ワークショプ「影響し合う動きと創作のプロセス」を実施した。
『劇と暮らし』は、2017年、都心の空間を文化的なことにも活用できないかと模索していた三井不動産ビルマネジメント株式会社と、演劇という文化がもっと世の中に役立つための仕組みを作れないかと模索していたconSept LLCによって、演劇や演劇のメソッドを通して心と体を整えたり、暮らしを豊かにするための様々なアプローチを考え、実践して行くことを目的としてスタートしたプロジェクト。演劇の考え方や方法論の一部を活用し、特に社会人に、自分自身の頭と心と体と向き合い、同時に上司や部下、同僚、家族、友人など様々な状況での人との関わり方や、日々の暮らしのヒントや活力を得てもらうことに貢献すると同時に、普段演劇に触れる機会が少ない人々にも「演劇」を少しでも体感してもらえる機会になれば、という思いで、続けられている活動だ。
そんな『劇と暮らし』の新プロジェクトとして立ち上がった『ビルで働く演劇人』は、役者を目指す若者たちが、ビルの中で働きながら演劇を学ぶという試み。演劇に夢をかけて役者の道を志す人が必ずぶつかるのが、夢と生活をどう両立させるか?という問題だ。舞台に立つ為の、役を得る為のオーディションは基本的に不定期に行われるものだし、更に一度合格して表現の場を得ると、今度は本番までの長い稽古期間を確保しなければならない。必然的に安定した職業に就くことは難しく、かと言って役者の道で生活もできる域に到達する為には、長い時間と能力と運が必要になる。
一方企業には日頃手を付けられていなかったデータ入力等の庶務や、繁忙期の宴会ホールスタッフ等流動的に人材を必要としている職種が多くある。今回のプロジェクトは、その双方をマッチングさせて「働く」「学ぶ」「演じる」をひとつのビルの中で行っていけないか?という画期的な試みで、将来的には年単位の活動を計画しているプロジェクトの、謂わばトライアル版として、2ヶ月間の活動が行われた。
2018年12月のオーディションで選ばれたプロジェクト参加者9名は、まずビルで働くための準備として三井不動産ビルマネジメント社のマナー研修を受け、2019年1月4日より9時〜17時は三井不動産ビルマネジメントの各テナント等それぞれの職場で就業、18時〜21時はビル内の会議室等を活用した演劇ワークショップに参加し、演出家・板垣恭一、劇作家・シライケイタ、振付家・下司尚実による延べ37日、100時間を超えるワークショップを通して、言葉、演技、身体について徹底的な研鑽を積んできた。
今回の修了イベントは、その成果を発表する場で、生活することと演劇することを両立させながら、演じるプロとしての模索に明け暮れた2ヶ月間で、彼らが学んだことと、その成果が披露された。
まずはじめは、この企画の総合監督も務める講師である板垣恭一が担当する、「演劇がどう創られるか?」を見せていくコーナー。
アメリカの南部の街で育った三姉妹が、久しぶりに実家に戻ってきたという設定のワンシーンを、9人の参加者が3チームに分かれてそれぞれ演じる。婚期を逸した長女、女優を志してハリウッドに移り住んだ次女、南部の有力者と結婚した良識ある三女が繰り広げる3人芝居で、はじめは「私のチョコレートを食べた」という一見些細に思えるいさかいが、やがて家族の介護を誰が担ったかから、互いの男性関係をえぐり合う壮絶な会話になっていく。
廣岡悠那&門田奈菜&茶谷力輝、庄司大希&小松崎楓&吉岡瞳、服部真由子&田中佑果&鈴江真菜、それぞれのトリオが演じると、自然に3人の姉妹の力関係や、思惑が違って見えてくることが面白い。特に、段取りは一切決めていないという中で、まず3人が通して場面を演じたあと、演出の板垣が「そこで(チョコレートの)箱を取っちゃわない方が良い」「折角動いたんだからもっと大きく」等のサジェスチョンを与えて、場面を時に止め、時に「もっと行け!」「もっと出して!」と、声をかけながらもう1度進めていくことで、役者たちの感情表現が格段に深化していくのが、ハッキリと目に見えるのが刺激的だ。同じ役、同じ場面だからこそ役者の個性が生き生きと表われ、板垣の演出術と共に、演劇がどう創られていくかの現場に立ち会っている醍醐味があった。
そこから音楽が流れ、役者たちが踊りながら芝居で使っていたテーブルや椅子を片付けて、次の場面にセットチェンジしていく「転換」の技法が示されて、振付家・下司尚美により、舞台で芝居をすることに於ける「身体表現」の大切さが語られる。映像と違いクローズアップがなく、ステージに出た途端全身が視線にさらされる舞台演劇の世界では、歩き方、立ち方、姿勢の全てが役柄を表現するものになる。翻ってそれができるようになる為には、まず自分自身がどんな立ち方、歩き方、癖を持っているのかを知り、それを矯正し役柄に合わせて自在に変化させられなければならない。
その為のワークショップとして行われたのが、無作為に選んだ5人の観客に歩いてもらい、役者たちがその後ろを歩いて、前を歩く人の歩き方の癖を真似ていき、更にその特徴をデフォルメしていくという作業。もちろん突然参加者全員の前で歩いてくれと言われた5人の観客の中には、綺麗に歩こうと意識するあまり歩みがぎこちなくなる人もいたのだが、それも役者たちがちゃんとわかって特徴を真似ていくのがなかなかに見事。「ちょっと首が前に出る」等のわかりやすい特徴だけでなく、「床を優しく踏む」とか「掌が後ろを向いている」等、短時間でとても細かい観察眼を発揮していることが伺い知れた。それこそが下司がこの2ヶ月役者たちと研究してきたことだそうで、自分の身体の特徴を知ることで、台詞だけではなく身体を如何に使って表現をするか?に、役者たちが向き合った時間が伝わってきた。
その集大成として、言葉を全く挟まずに、出会った男女がどう関わっていくかを描いたパフォーマンスが行われたあと、輪になった役者たちがそれぞれペアになり『ロミオとジュリエット』の名シーン、ヴェローナの街から追放になり、夜明けまでに街を出ろと命じられているロミオが、ジュリエットとの新床から旅立っていく、二人の恋人たちにとって実は永遠の別れとなる朝の場面が演じられる。
この場面を担当したのが演出家のシライケイタで、全く床を離れずに接近したまま、まさに二人の世界に入ったまま演じる組もあれば、ビルの窓のカーテンを開け放ち外を意識させて、遠い遠い彼方に引き裂かれる二人を感じながら演じる組もあるという、シェイクスピアの古典を使うからこその、様々な演じ方が提示される。それぞれのペアはじゃんけんで決められたそうで、シライがもちろん演出家としてアイディアも出しつつ、まず各ペアがやりたいことを引き出していく作業が進められたという。その中で9人の役者たちで奇数になることから、シライ本人が鈴江真菜とコンビを組んで演じるサプライズもあり、「折角2ヶ月を共に過ごすのだから、何か伝えられることがあればと、ちょっとリスキーだなとは思ったのですが」と話すシライの表現力はやはり大きく、様々なペアの『ロミオとジュリエット』、つまり演劇の大きな可能性が堪能できた。
最後に9名からそれぞれがこの企画で得た手応えなども話され、「演劇」を通じてめぐり会った9人が、この新しい試みで掴んだものの大きさを感じさせる、和やかな時間が過ぎていった。
何よりも感銘を受けたのは、「演劇」と「ビジネス」の融合という難しいテーマに果敢に取り組んでいるこの企画の素晴らしさだ。「お金をたくさん儲ける人が偉い」という現代に確実に流れている空気の中で、営利が第一義ではない魂に訴える「演劇」の世界と、儲けを数値化して価値判断をする「ビジネス」の世界が、こうした形で融合していくことができたら、世の中は確実に一歩美しい方向に進んでいくことができるだろう。その第一歩が、ここからはじまってくれることに期待を寄せられる、意義あるプロジェクトの今後の発展を期待していきたい。
〈公演データ〉
劇と暮らしpresents『ビルで働く演劇人』「影響し合う動きと創作のプロセス」2/28◎日本橋高島屋三井ビルディング9階日本橋ホール
講師◇板垣恭一、シライケイタ、下司尚美
演劇人◇門田奈菜、小松崎楓、庄司大希、鈴江真菜、田中佑果、茶谷力輝、服部真由子、廣岡悠那、吉岡瞳
劇と暮らしプロジェクト
【取材・文・撮影/橘涼香】
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