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あの恐怖政治の時代を、芸術家たちはどう生きたか。『機械と音楽』稽古場レポート

誇りを胸に生き抜いた建築家たちの信念のドラマ

1917年、それは世界の歴史が動いた年だった。
皇帝専制政治を打ち倒し、史上初の社会主義国家・ソビエト連邦が誕生。革命の風は芸術とも深く結びつき、絵画、彫刻、建築、写真などあらゆるジャンルでロシア・アヴァンギャルドと呼ばれる芸術運動が巻き起こった。
中でも興隆を見せたのが、ロシア構成主義と呼ばれる芸術様式だ。これまでの伝統的な芸術手法とは一線を画し、鉄やガラスといった工業的素材を用いた前衛芸術は、新しい社会主義国家建設のシンボルとして、1920年代のロシア芸術の中心を担うまでに広まった。
しかし、やがてスターリンが政権を掌握するや、独裁的な恐怖政治が加速。その圧政により、構成主義は一気に衰退した。

serial numberの最新公演『機械と音楽』は、そんなうたかたの構成主義時代を駆け抜けた芸術家たちの物語だ。主人公のイヴァン・レオニドフ(田島亮)は、その卓越した才能から「構成主義建築の星」とも謳われた天才建築家。しかし、理想を追求しすぎるあまり実現性を度外視した彼の作品はユートピア的とも非難され、57年の生涯の中で実作の機会を得ることはほとんどなかった。
そんな不遇の天才と彼を取り囲む建築家たちの20余年の日々が、劇作家・詩森ろばの硬骨な筆致によって浮かび上がっていく。

構成主義の終焉。芸術の敗退に、彼らは何を想うのか

その日稽古が行われたのは、物語の佳境。1934年、最高指導者の座に就いたスターリンの弾圧は年々強まり、政府の敵と見なされた者たちは次々と収容所に強制送還されていた。忍び寄る粛清の恐怖。それは、イヴァンたちも例外ではない。ロシア・アヴァンギャルドの一翼を担った左翼文学団体・レフの主要メンバーであったオシープ・ブリーク(大石継太)は酒に溺れる有り様。そんなオシープとイヴァンの対立が最初の山場だ。

オシープ(大石継太)

居直るような態度を見せるオシープを、イヴァンは「責任転嫁」だと非難する。そこからのオシープの長台詞が胸を衝く。夢潰えた男のやるせなさが、哀愁と皮肉のこもった大石の台詞まわしから染み出る。イヴァンに向けて声を荒げ、その頬を両手で掴むオシープ。若き理想家を見つめる眼差しには苛立ちと、どこかかつての自分に言い聞かせているような含みがあって、思わず惹きつけられた。

ヴェスニン(青山勝)

さらにそこに、絵画科の学生だったイヴァンを建築の世界に導いた恩師であるアレクサンドル・ヴェスニン(青山勝)と、構成主義の代表的な建築家のひとりであるモイセイ・ギンスブルグ(酒巻誉洋)が登場。オシープは、彼らに構成主義の終焉を決定づけるあるニュースをもたらす。

ギンスブルグ(酒巻誉洋)

そこからの男たちのぶつかり合いもまた大きな見せ場のひとつだ。構成主義を守るために、誇りを封じ、妥協を選んだヴェスニン。だが、それは芸術家にとって堕落だとイヴァンは指摘する。ここで詩森が一旦芝居を止めた。
ヴェスニンは、これまで守ってきた芸術家としての挟持を自ら裏切ったことに対して、どの段階から自覚があったのか。きっとイヴァンに指摘されるまで自分で気づいてはいなかったのではないか。そう詩森は説明する。

詩森の提案を受け、同じ場面が行われた。今度は台詞のベクトルまで、細かく詩森のオーダーが入る。二度、三度と同じ場面が繰り返される。最初はイヴァンの指摘に対し、威厳を保って答えていたように見えたヴェスニンだが、繰り返すごとに苦悶の色がにじむように。詩森は俳優たちの細かいニュアンスにまで神経を研ぎ澄まし、違和感を取り除いていく。

抑圧の先にある、誰も辿り着けない天才・イヴァンの境地

そして、この日、最も苦しんだのがイヴァン役の田島亮だった。構成主義の終焉に打ちひしがれるヴェスニンたちに、イヴァンは彼の代表作として現代まで語り継がれている「『重工業省』コンペ案」を発表する。その斬新なデザインに言葉を失うヴェスニンたち。だが、それだけの有り余る才能を持ちながらも、彼は一度として現実の建物を建てたことがなかった。その惨めさを吐露するイヴァン。高まる感情を抑えきれないように、田島は声を張り上げる。

すると、詩森が即座に「そっちに行っちゃうと、誰も同情してくれなくなる」とストップを入れた。あなたが爆発しているだけじゃ届かない。人はそんなに優しくないから。詩森は田島をまっすぐ見つめて言った。

否が応でも気持ちが高まる場面だからこそ、どれだけそれを抑制できるか。自己陶酔にならず、イヴァンの悲しみを観る者に伝えられるか。詩森は、それを田島に求めた。もっと耐えなきゃ。発散しちゃダメ。師のように柔らかい口調で言い聞かせる詩森に、田島も自分の気持ちを整理するように頷く。

イヴァン(田島亮)

ここで一度短い休憩がとられた。ふーっと大きく息を吐く田島。思わず口から「キッツいなあ」と弱音がこぼれる。芝居は発散させることよりも、抑制をかける方が肉体的にも精神的にも負荷が大きい。汗でぐっしょりと濡れた田島の顔が、それを証明していた。横にいた酒巻が「まあそうでしょうね」と笑う。イヴァンという役は、俳優にとってそれだけ難易度の高い役なのだろう。

身体を休めながら、田島が「シンプルイズベスト」と呟いた。それを聞いた詩森が「顔がゴテゴテしてるんだから、引き算引き算」と茶化す。すると、ふっと周囲に肩の力が抜けたような笑いが広がった。ほんの短いやりとりだったけれど、そこに二人三脚で歩む詩森と田島の信頼が窺えた。

そして、稽古再開。同じ場面を、丹念に、丹念に、深めていく。田島は、今にも暴れ出しそうな感情に小さな楔を打っていくように、イヴァンの無念と悔恨を台詞に乗せる。だが、どうしても身体が反応する。目に涙が溢れてくる。だが、詩森はそれもまたよしとはしない。わかりやすい表現に走ったら、辿り着けない。もっともっと、どれだけ手を伸ばしても掴めない途方に、天才・イヴァンの孤独がある。

詩森は「泣きそうになったら、いくらでも間をとっていいから呑み込んで。そんなもの見せたくないから、耐えて」と田島にオーダーする。さらに一歩でも田島が動けば、それさえも禁止する。あらゆる生理的反応を封印し、削いで、削いで、削ぎきった先にあるものを、要求した。

それは、とても酷な作業に思えた。俳優にとって、四肢に重い枷を嵌められているようなものだと思った。だが、それは田島ならその極限に到達できる。そう信じているからに他ならない。初日までに田島は天才・イヴァンの境地に至れるのか。ぐっと稽古場の熱が上がる。

熟練の俳優たちが見せる、静と動の演技

この『機械と音楽』は成熟した俳優たちによる、衣擦れの音ひとつ許さないような張りつめた会話が魅力のひとつだ。だがその一方で、格闘技のような激しさも孕んでいる。それを体現しているのが、イヴァンとギンスブルグ、そしてイヴァンとブフテマス(国立高等芸術技術工房)時代からの盟友であるエレーナ・セミョーノヴァ(三浦透子)との対峙だ。それぞれお互いの誇りと信念をかけて、取っ組み合いになってぶつかり合う。その迫力は、思わず撮影のカメラを止めてしまうほど。このシャッター音が、俳優の芝居を邪魔することがあってはならない。そう本能的に思わせる気迫が漲っていた。

エレーナ(三浦透子)

酒巻はギンスブルクをただの気取ったインテリではなく、彼もまた理想を愛した情熱家なのだと感じさせる演技で人物像に奥行きをつくり、三浦は気丈な女性の中にある不器用さ、いじらしさを観る者の胸が締めつけられるような表情で表現した。

ニコライ(田中穂先)

手練れの俳優が揃っており、ニコライ・クラシルニコフ(田中穂先)は、一筋縄ではいかないキャラクター揃いの中で、ふっと観客が和める清涼剤的存在。田中自身の愛され感がとぼけた味となっている。さらに、偏屈な皮肉屋のように見えたコンスタンチン・メーリニコフ(浅野雅博)も最後に大きな見せ場が待っており、浅野の人間味溢れる演技が感動を呼ぶ。終盤のイヴァンとメーリニコフの応酬は、重い展開の中で射し込む温かな希望だ。実力者同士の演技が、観る者の心を遥か遠き1930年代後半のモスクワへと連れて行ってくれる。

メーリニコフ(浅野雅博)

独裁政治によって国民を支配したスターリン政権。革命を愛した芸術家たちが辿り着いた場所には何が待っているのか。この『機械と音楽』は前身である風琴工房中期の代表作。それを今このタイミングで再び上演しようと考えた詩森の意図は、作品を観ればおのずと伝わってくるはずだ。

serial number『機械と音楽』は6月12日 (水)より吉祥寺シアターにて開幕。6月18日 (火)に千秋楽を迎える。

田中・青山・酒巻

ニーナ(熊坂理恵子)・オリガ(きなり)

〈特報〉
https://youtu.be/n4846dHnrJ0
〈PV〉
https://youtu.be/yxf-g-svc2E

【公演情報】

serial number『機械と音楽』
作・演出◇詩森ろば
出演◇田島亮/三浦透子 大石継太 青山勝(道学先生) 田中穂先(柿喰う客) 酒巻誉洋 熊坂理恵子 きなり/浅野雅博(文学座)
●6/12~18◎吉祥寺シアター
〈料金〉一般前売4,700円  当日5.000円/障害者2,000円(前売・当日共) /学生券(大学生以下)2,500円(前売・当日共)/はじめて割(1公演3組6名限定)4,700円(全席指定・税込)
〈公演HP〉https://serialnumber.jp/next.html

 

【文・写真/横川良明】

 

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