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帝国劇場に響き渡る人と人が手を取り合える世界への祈り ミュージカル『笑う男  The Eternal Love -永遠の愛-』上演中!

口を割かれた奇怪な顔のために幼少から見世物として生きる「笑う男」が辿る数奇な運命と、彼を取り巻く人々が織りなす人間模様を描いたミュージカル『笑う男  The Eternal Love -永遠の愛-』が東京・有楽町の帝国劇場で上演中だ(19日まで。のち3月11日~13日大阪・梅田芸術劇場メインホール、3月18日~28日福岡・博多座で上演)。

『笑う男  The Eternal Love -永遠の愛-』は、19世紀が生んだ世界的文豪ヴィクトル・ユゴーが自身の最高傑作と評した原作小説を、ロバート・ヨハンソン脚本、フランク・ワイルドホーン作曲、ジャック・マーフィー歌詞でつむいだミュージカル。2018年に韓国で世界初演されたのち、翌2019年日生劇場にて日本初演。翻訳・訳詞も担当した演出の上田一豪の登場人物を繊細に丁寧に表出した演出と、浦井健治、山口祐一郎をはじめとしたキャストの熱演が好評を博した。今回の上演は、そんな作品の装置を一新し、ミュージカルの殿堂・帝国劇場での待望の再演となっている。

【STORY】
1689年、イングランド、冬─
“子供買い”の異名を持つコンプラチコの手により、見世物として口を裂かれ、醜悪な笑みを貼り付けられた少年グウィンプレン(土屋飛鳥、ポピエルマレック 健太朗、松浦歩夢/トリプルキャスト)は、一行の船から放り出され、一人あてもなく雪の中を彷徨うなか、凍え死んだ女性が抱える赤ん坊、後のデアを助け、偶然辿り着いた興行師ウルシュス(山口祐一郎)の元へ身を寄せ、二人は彼と生活を共にすることになる。

時はたち青年に成長したグウィンプレン(浦井健治)は、その奇怪な見た目で「笑う男」として話題を呼び、一躍有名人になっていた。生まれついて盲目だったデア(真彩希帆/熊谷彩春 ダブルキャスト)と共に生い立ちを演じる興行で人気を博す二人は、いつしか互いに愛し合い、生涯共にいると誓いあっていた。

そこへ彼らの興行に興味を持ったジョシアナ公爵(大塚千弘)とその婚約者デヴィット・ディリー・ムーア卿(吉野圭吾)が来訪。醜くも魅惑的なグウィンプレンの姿に心を惹かれたジョシアナは、彼を自身の元へ呼びつけ誘惑する。高貴な女性からの求愛に動揺するグウィンプレンは、混乱したままウルシュスらの元に戻るが、突然牢獄に連行されてしまう。生きて帰った者がない牢獄にグウィンプレンが連れ去られたことで、悲嘆にくれるウルシュスと一座の者たちが、その事実をなんとかデアに伝えまいとしていたころ、当のグウィンプレンは王宮の使用人フェドロ(石川禅)から衝撃の事実を聞かされて……。

 

この作品が日生劇場で日本初演を迎えた2019年のことを思い返すと、あの頃はなんと平易な気持ちで劇場にいたことかと、どこかで夢を見ているような気持ちにさえなってくる。華々しい初演の翌年の2020年。未知の感染症と言われた新型コロナウィルスは、信じ難い速さで世界を覆い、この脅威はすでに2年余りに及んでいる。この間、今度こそ好転するだろう、いくらなんでももう終息するだろう、という人々の期待を幾度となく裏切り続けた見えないものとの戦いは、いまも尚続いている。この帝国劇場での再演もまた、そんなパンデミックの大きな影響を受け、当初発表の2月3日から初日を2月10日に順延して、漸く舞台の幕が開いた。だが、その間にキャスト・スタッフ・関係者の全てが、決して諦めずに開幕を模索し続け、観客がその日を待ち望んだ思いの深さが、すべて舞台に乗り移っているかに思えるほど、この帝国劇場版『笑う男  The Eternal Love -永遠の愛-』は、濃密で繊細で、なお美しい舞台に仕上がっていた。

「金持ちの楽園は貧乏人の地獄によって作られる」
ヴィクトル・ユゴーの書いたこの一節が、字幕に浮かび上がってはじまる舞台は、生まれながらにして身分による差別を受け、僅か1%の富める者がより豊かになる為に、それ以外の者たちが搾取し続けられるという悲惨な現実が描かれる。その象徴となるのが、金持ちが一時の嘲笑を得るために、口を切り裂かれ醜悪な笑みを永遠に貼り付けられた主人公グウィンプレンで、自らが受けた仕打ちの記憶がないほど幼くして激動の運命に放り込まれた彼は、世の不平等に憤り、誰にでも幸せになる権利はあるはずだと闘おうとする。このテーマが他でもない帝国劇場で上演された時、同じヴィクトル・ユゴーの大河小説を題材にした不朽の名作ミュージカル『レ・ミゼラブル』が重なって見えてくるのは、むしろ自然なことだと思う。ここにはフランス文学を代表する文豪の一人ユゴーが、常に訴え続けた世にはびこる不正や不平等の撲滅と、それを成し遂げることのできない現実への嘆きと、それでも未来に希望を託す祈りが共通して描かれている。この三つの思いは、2022年の現在にも無念ながら全く変わらずに通じているものに違いない。

だが『レ・ミゼラブル』と『笑う男』にある決定的な違いは、前者が貧しき者たち同士も食うか食われるかの壮絶な闘いをひたすら続けているのに対して、後者には底辺を生きる者たちの連帯が描かれていることだ。もちろん少年のグウィンプレンと、赤子のデアを引き取ったウルシュスがまず教え説くのは「生き抜くためには誰かを蹴落とすしかない、自分以外は敵だ」と歌うナンバー「世界は残酷」だが、そう言いながらウルシュスは、酷寒の森を彷徨う少年と赤ん坊を、自分一人が食べるにも事欠く我が家に迎え入れているのだ。そののちも、興行師としては詐欺まがいの行為もすれば、グウィンプレンの「笑顔」をはじめ、世の中からはみ出した座員たちを見世物にもするものの、彼らが盲目のデアを助け、互いに身を寄せあって暮らす姿は、豪奢に描かれる宮廷の描写よりも温かい。そのことが作品に「大人の寓話」の香りをもたらすのと同時に、パンデミックの只中にエンターティメントが示すべき、遠くかすかだが、確かな希望の光を感じさせてくれている。

特に具体的に書くことは控えたいが、初演のラストシーンで、これではあまりにもウルシュスに酷だと感じさせた結末が、この再演ではどこかでウルシュスもそう望んだこと、逆説的ではあるが『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンが歌う「彼を帰して」と同じ思いがここにあると思わせたのは、浦井健治の渾身の表現はもちろん、山口祐一郎の不器用だからこそひたすらに真摯な芝居と、ただ二人の幸せを願った座員たち、ひいてはそうありたいと腐心したのだろう上田一豪の演出。劇場に合わせてスケールアップを果たした石原敬の美術。笠原俊幸の照明。奥秀太郎の映像。そして、ワイルドホーンメロディの豊かさを大きなスケールで伝えた音楽スーパーヴァイザー・指揮の塩田明弘らの、スタッフワークあってのことだった。この切なくも美しい昇華が、2022年のいま帝国劇場で上演される『笑う男  The Eternal Love -永遠の愛-』の描く、「永遠の愛」を支えていた。

その2022年版で、初演に引き続き主演の「笑う男」グウィンプレンを演じる浦井健治は、自らが幸せになりたいと願い、分をわきまえろと諭すウルシュスと衝突しながらも、激変していく境遇のなかで自分だけではなく、全ての貧しい人々が幸せになるべきだという思いに至る青年の純粋を、この人らしい真っ直ぐさで表現している。帝国劇場のセンターにいることが当然に思えるキャリアが余裕につながっていて、貧しき者から目を背けないでと訴える「目を開いて」から、真実を突き付ける「笑う男」に至る、作品のなかでも秀逸な、グウィンプレンの内面の変化と置かれた状況を見事に表したワイルドホーンの音楽変化を、着実に伝えた空間掌握力が光った。

グウィンプレンの育ての親であり見世物興行を取り仕切るウルシュスの山口祐一郎は、既に「山口祐一郎」というひとつのブランドとも思える存在のなかに、ウルシュスの逞しさと慈愛を落とし込んで惹きつける。特に「お前は笑う男、俺は泣かない男だ」と豪語していた若き日から、グウィンプレンとデアの「父」として過ごす日々のなかで芽生えた父性、二人を思って誰憚ることなく泣き、喜び、神がいるなら自分の命に替えてもこの子らを守ってくれと祈るに至るウルシュスの変貌に、説得力を与える山口の温かさが作品全体の色を決めたと言って過言ではない。巧拙の論議から遥かに飛翔したミュージカルの帝王が、若いミュージカル俳優たちに注ぐまなざしが、そのままウルシュスと重なるのがただ尊く、浦井との息のあった「コンビ」感すら漂う交感が圧巻だった。

盲目故に「笑う男」としてではなく、心のままのグウィンプレンを理解し愛するデア役には、共に初役のダブルキャストが組まれている。その一人、歌唱力に秀でた元宝塚雪組トップ娘役の真彩希帆が、豊かな歌声のなかでも、終幕のデュエットにクライマックスをきちんと持っていく絶妙の冷静さを実は残しながら、心の目で全てを見ているデアに憑依したかに見える演じぶりで目を引く。感性と理性のバランスに優れた真彩のデアを構築して見応えがあった。

一方ミュージカル『レ・ミゼラブル』の、史上最年少でコゼット役を務めた熊谷彩春は、澄んだソプラノと儚げな佇まいで、グウィンプレン、ウルシュス、座員たちの誰もが守ろうとする天使のような少女を体現している。それこそ大人の寓話の、おとぎ話のヒロインらしいヒロインであるデア役に個性がよくあっていて、自然と心を寄せたくなるデアだった。

グウィンプレンに強い関心を抱き我がものにしようとするジョシアナ公爵にも、初役の大塚千弘が挑んだ。ヒロイン経験の豊富な人らしく非常に美しく登場して、全てを手にしているが故に刺激を求める女公爵という表の顔以上に、孤独に苛まれている一人の女性の面がより強く出た造形が面白く、新鮮さを感じさせるジョシアナだった。

その婚約者デヴィット・ディリー・ムーア卿に吉野圭吾が参加したことで、作品が初演よりも人間臭さを増したと思えるのは吉野の役者としての力量の賜物。捻じれに捻じれている彼のコンプレックスが一挙手一投足から激烈に感じられ、物語世界のドラマ性を高める役割を果たしていた。

宮廷使用人という架空の、だがこの作品にはなくてはならないフェドロ役の石川禅の芝居力もまた、初演からさらに大きく飛躍していて、台詞の一つひとつのトーン、去り際に客席に向ける一瞬の表情と何もかもに目が離せない。今日は石川を観る日と割り切った観劇をしたいと思わせるほどで、歌唱力の充実と共にミュージカル界になくてはならない演技者として日増しに高まる存在感を示している。

また前述したように、ウルシュスの率いる見世物小屋の一座の面々の連帯が作品の温かさにつながっていて、誰もが個性的だが、歌やダンスに大きな働き場のあるフィーヴィーの宇月颯と、ビーナスの清水彩花が際立ち、青系と赤系の衣裳もそれぞれによく似合っている。宇月には確かなダンス力を感じさせる場面もあり、この二人はきっとウルシュスの傍にいてくれるだろうと、想像の余地を残す救いにもなる存在だった。

他にアン王女の内田智子のカリカチュアに徹した演技が、最も醜悪なのは本当に「笑う男」なのか?という作品テーマをよく描き出したし、大役を全うしたリトル・グウィンプレンの土屋飛鳥、ポピエルマレック健太朗、松浦歩夢、メインとなる役柄以外でも様々な印象を残した港幸樹、上野哲也をはじめ、2022年に演じられるべき『笑う男  The Eternal Love -永遠の愛-』の、人と人とが手を取り合える日への希望を、キャスト全員が高い集中力で届けてくれた姿に拍手を贈りたい。

【公演情報】
ミュージカル「笑う男  The Eternal Love -永遠の愛-』
脚本:ロバート・ヨハンソン
音楽:フランク・ワイルドホーン
歌詞:ジャック・マーフィー
翻訳・訳詞・演出:上田一豪

キャスト:
グウィンプレン…浦井健治
デア…真彩希帆/熊谷彩春(Wキャスト)
ジョシアナ公爵…大塚千弘
デヴィット・ディリー・ムーア卿…吉野圭吾
フェドロ…石川禅
ウルシュス…山口祐一郎

港幸樹、上野哲也
宇月颯、清水彩花、内田智子
小原和彦、仙名立宗、棚橋麗音、早川一矢
福永悠二、森山大輔、横沢健司
池谷祐子、石田佳名子、島田彩、富田亜希
松浪ゆの、美麗、吉田萌美
(男女50音順)
リトル・グウィンプレン…土屋飛鳥、ポピエルマレック健太朗、松浦歩夢(トリプルキャスト)

●2022/2/3~19◎帝国劇場
〈料金〉S席 14,500円 A席 9,500円 B席 5,000円 (全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777
東宝ナビザーブ https://stage.toho-navi.com/
●2022/3/11~3/13(◎梅田芸術劇場メインホール
〈料金〉S席 14,000円 A席 9,500円 B席 5,500円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場メインホール  06-6377-3800
●2022/3/18~28◎博多座
〈料金〉A席 14,500円 B席 9,500円 C席 5,500円 (全席指定・税込・未就学児童入場不可)
博多座電話予約センター 092-263-5555

〈公演公式サイト〉https://www.tohostage.com/warauotoko/

 

【文/橘涼香 写真提供/東宝演劇部】

 

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