お芝居観るならまずはココ!雑誌『えんぶ』の情報サイト。

昭和30年代の博多で生きる人々の哀歓を描く舞台『エル・スール』たかお鷹・藤吉久美子・森川由樹 インタビュー

東憲司の作・演出による舞台『エル・スール』の8年ぶり4度目の再演が、9月21日に東京・俳優座劇場で幕を開ける。東憲司の故郷であり、さまざまな作品のモチーフにもなっている九州博多の昭和30年代を舞台に、博多をフランチャイズにしていた野球界の風雲児、西鉄ライオンズへの憧れや変わっていく世相、その中で生きる人々の哀歓を色鮮やかに描き出した珠玉の名作だ。

昭和30年代の九州博多。
石炭景気、映画、そして西鉄ライオンズ――
戦後の焼け跡の中から、博多の町が生み出す明るさの中で、庶民は逞しく生きていた。
末広長屋に住む一家にもいろんなドラマが刻まれていく──

骨太の中にロマンな世界が展開する東ワールドで、2009年の初演から少年キヨシ役を演じ続けている文学座のたかお鷹。そして初参加の2人、長屋に住む気っぷの良いおばちゃんスズエ役の藤吉久美子と、炭鉱で恋人を亡くして遊郭で生きるユカリを演じる森川由樹。今回、初顔合わせとなった3人が『エル・スール』の世界と、お互いについて語り合ってくれた

森川由樹 藤吉久美子 たかお鷹

野球帽1つかぶっただけでキヨシになれる!

──たかお鷹さんは、2009年の初演からの出演で今回は4度目となります。この作品が何度も再演される理由はどこにあると思いますか?

たかお まず本が良いんです。わかりやすい。そして人情が描かれていて観ている人に伝わりやすい。登場人物全員が情があって、うるさいスズエおばちゃん(笑)も、キヨシの憧れのユカリさんも、みんな温かいんです。

──物語はキヨシの少年時代を中心に描かれますが、たかおさんはそのままで小学5年生のキヨシを演じてみせます。

たかお 少年を演じようとはまったく思っていないんです。内面が少年になっているだけで。外見はどうみても少年には見えませんからね(笑)。

藤吉 でも少年に見えてきちゃうから凄いんです。気持ちがそうなってるんでしょうね。

たかお そういう気持ちになれるように本が書いてあるんです。だから野球帽1つかぶっただけでキヨシになれる(笑)。

──藤吉さんはスズエ役で、今回初参加です。

藤吉 ずっと松金よね子さんが演じられていた役で、私は舞台を拝見できなかったので、どんなスズエだったのか気になるのですが、今回は私から出てくるもので試させていただこうと思っています。一見ガサツなおばちゃんですけど、実は寂しがりやで、みんなのことを自分の子どものように心配している。だからあれこれ口うるさく言ってるだけなんです。

──スズエは鉄工所を経営しているのですね。

藤吉 戦争で旦那さんを亡くして、女ながらも荒くれ男たちを仕切っているんです。そして、住んでいる長屋が大好きで、キヨシやその仲間のトモをよく叱りとばすんですけど、昔のおばちゃんってそういうところがありましたよね。他人の子でも悪いことをしたら叱る。子どもたちもそういう大人を尊敬していたと思いますし、愛情も感じていた。だから真っ直ぐに育ったんですよね。

──藤吉さんは福岡の久留米出身、たかおさんも大牟田出身ですから、やはり物語の登場人物の雰囲気がありますね。

たかお スズエさん合ってるよね(笑)。とくに自由奔放なところが合ってる(笑)。

藤吉 (笑)私は九州の方言を使えるだけで幸せなんです。福岡と久留米では少し違うんですけど、東さんが久留米でかまわないと言ってくださったので、思い切り久留米の方言でやってます(笑)。久留米の言葉で喋らせたら一番うまい女優と言われるのが夢なんです(笑)。

──森川さんが演じるのは遊郭で働いてるユカリです。

森川 ユカリは三井三池の鉱山事故で恋人を亡くして、博多で娼婦として暮らしているんです。でもそれは本意ではないし、なんとか脱け出したい気持ちがあるのですが、なかなかそうはできない現実に苦しみながら生きています。でもとても明るい人ですし、逞しいんです。それはこの物語に出てくる人たちみんながそうで、昭和32年、33年というあの時代を生きていた人たちの逞しさでもあると思うので、そこを大事にしながら物語の中でユカリを作っていけたらと思っています。

──ユカリはキヨシにとって憧れの女性なのですね。

たかお 憧れの女性であると同時に、キヨシにとっては稲尾(和久)選手とも重なるような、子どもが無条件で憧れる存在なんです。最後のシーンはまさにそういう存在として稲尾選手に重なるんですが。昭和33年になって、西鉄ライオンズは負け続けて、キヨシの周りからみんないなくなっていくし、縋るものがなくなっていく。子どもの感覚としては自分を支えきれないんです。だから稲尾に会いたいし、ユカリに会いたいんです。

森川 ユカリにとってもキヨシは支えなんですよね。いつも「このばーたれ」とか乱暴に扱っていますけど、ある場面で「小僧……あんたはええ匂いがする。甘~い匂いがする」って言うんです。その場面がすごく好きで。たぶんキヨシに出会ってなかったら、もう一度あの三池炭鉱に戻ろうなんてユカリは考えなかったと思うので。

他の人に言っている言葉を聞いてこのことを言われていたんだと

──森川さんは関東の出身ですが福岡の方言はいかがですか?

森川 私は佐世保に親戚がいて、家に遊びに来ると福岡の方言で話をするので、自然に耳に馴染んでいたんです。女性でも威勢がよくて(笑)、聞いてるだけでいつも元気が出ました。その経験もあってこの芝居の台詞を喋るのがすごく楽しいんです。お二人にもイントネーションを教えていただくのですが、当時聞いていた言葉の記憶にも助けられています。

たかお それで上手いんだ。

藤吉 普通はそんなに簡単にはできないから。小さいときの音の記憶があるからなのね。私は地元の言葉だけにすごく感情が込めやすいんです。だからつい込めすぎてしまうんですけど、標準語の芝居より何倍も楽しいです(笑)。

たかお 僕は福岡を離れてから長いから、戻るのにちょっと時間がかかるんだよね。で、今回やっと戻ってきたので、逆に標準語の仕事、吹き替えとかナレーションとか入れたくないんだよね(笑)。

──清水伸さんは初演から参加で博多っ子のトモを見事に演じていますが、新潟出身なのですね。

たかお 彼はとにかく芝居がうまいですから。トモはどうみてもバカにしか見えない(笑)。

藤吉 (笑)トモは明るいんですよね。ご本人はすごく真面目な方ですから、トモのちゃらんぽらんさはすごく研究して出してるんでしょうね。

たかお 自分の役にしてて本当に面白いよね。

──そして斎藤美友季さんが演じるヒロコですが、長屋に住む同級生でキヨシのことを好きなのですね。

たかお キヨシはユカリへの気持ちは憧れで、それとは別にヒロコのことも好きなんですよね。

藤吉 キヨシとヒロコが一緒に映画の話をしているシーンなど、鷹さんが本当に少年そのもので照れくさそうで、初恋の感じがすごく伝わるんですよね。

──そういう5人が今、たかおさんと清水さんという初演組を中心に熱い稽古をしているわけですね。

たかお 中心はスズエおばちゃんですから(笑)。

藤吉 いえいえ(笑)。私はお稽古場が大好きなんです。毎日「ああ楽しかった」って帰るんです。本公演より稽古が好きなのかもしれない(笑)。人の演技を見たり、演出の東さんがまた凄い方なので、学ぶことが多くて、他の人に言っている言葉を聞いて、「あ、私はこのことを言われていたんだ」と気がついたり、そういう発見が本当に楽しくて。

たかお 良いこと言うね! 俺もまったくそうなんだよね。

藤吉 舞台の稽古場でいろいろ身につけると、それが映像の現場で役に立つんです。だから舞台は私の役者としてのベースだし楽しい場所なんです。

東さんの作品にはどれも「生きろ」というメッセージが込められている

──藤吉さんは1982年に劇団☆新感線のいのうえひでのりさん演出の舞台『広島に原爆を落とす日』でデビューして、それが女優としてのスタートでしたね。

藤吉 まだ新感線が学生劇団だった頃で、いのうえさんに「立ってるだけでいいから」と言われて、8行ぐらいの台詞だったので出たんです。それがきっかけでNHKからオーディションの話がきたのですが、女優になる気がなかったので断ろうとしたら、いのうえさんに「劇団員なんだから受けて」と言われて受けたら、受かってしまったんです。そこから10何年経って、私も劇団☆新感線に出たいなと思って、いのうえさんに「劇団員だよね」と言ったら「違う!」って(笑)。ひどいですよね。

たかお・森川 (笑)。

藤吉 でもそのおかげで、この仕事をしていなかったら出会えないような素晴らしい方々に出会えたので感謝しています。それこそ山田五十鈴先生のお芝居なども目の前で見ることができましたから。今もこうして文学座の重鎮のたかお鷹さんとご一緒ですし。

たかお またまた(笑)。

藤吉 いえ、本当に勉強させていただいてます。

森川 鷹さんは、私は『國語元年』(こまつ座)以来で、7年ぶり2度目なのですが、当時の私はいっぱいいっぱいだったんです。それがこうしてまた共演できて、しかも相手役で、女優としてこんなに嬉しい機会はないので、沢山吸収させていただこうと思っています。

たかお 今回、久しぶりに会って成長してるなと思った。

森川 えーっ、嬉しいです!(笑)

たかお 芝居で大事なのは、自分の台詞なんかどうでもいいんです。それを聞いてどうなるかという反応が大事で、それができるようになっていた。びっくりした。

森川 嬉しい!

藤吉 泣こう!(笑)

森川 当時、稽古場ではもちろん本番でも沢山教えていただいたんです。「今日のあれ、どうしてああなったかわかるか? お前は集中の方向が閉じている。柔軟で集中しているということは、とにかく開いているということなんだよ」と。でもその感覚がなかなか掴めなかったんですが、ある日「今日出来てた。わかっただろ」と。そのときは自分でも自由になった感覚があったんです。鷹さんはご自身が柔軟で開いて自由なので、人のこともちゃんと見ていてくださるんです。

たかお 芝居って周りが全部見えて、全部聞こえた状態でやるものだから。藤吉さんもそれは出来てる。

藤吉 いえ私は出来てないです。

たかお いや出来てる。出来てないのは台詞をまだ覚えてないからで(笑)。原因ははっきりしてるから心配ないわけ。

藤吉 そうなんです!(笑)

たかお 第一声を間違えるなよって。

藤吉・森川 (爆笑)。

たかお ほかは出来てるから大丈夫。あとは台詞さえ入ったらそこはプロだから。

──そういうふうに大事なことを言ってくれる存在はありがたいですね。

藤吉 本当にそうなんです。

たかお でもこちらも教わるし、一緒にやってて楽しいんです。

──そんな良いカンパニーで演じる『エル・スール』を観にくる方に、メッセージをいただけますか。

森川 この舞台を観てくださったらきっと元気になっていただけると思います。長いマスク生活で内に籠もりがちなご時世ですけど、これだけ人と人の距離が近くて、明るくて、温かさとか体温を感じるお芝居はちょっとないと思います。期間が短いのですが、お時間を作って観にきていただけたら嬉しいです。

藤吉 私は東さんの作品にはどれも「生きろ」というメッセージが込められているのを感じるんです。今いろんなことで悩んでいる方も多いと思いますが、この舞台を観たら、前向きに「生きていくぞ」という気持ちになってもらえると思います。ぜひ観ていただきたいです。

たかお この芝居を観たら、とにかく人が好きになります。出てくる人間たちがみんな人が好きなんです。だからこの舞台を観て人を好きになってください。

森川由樹 たかお鷹 藤吉久美子

たかおたか○福岡県出身。1974年文学座研究所入所、1979年座員となる。舞台・映画・ドラマで活躍中。近年の出演作品は、【ドラマ】NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』連続テレビ小説『ちむどんどん』、【映画】映画『カイジ ファイナルゲーム』(佐藤東弥監督)『燃えよ剣』(原田眞人監督)『PLAN 75』(早川千絵監督)、【舞台】『五十四の瞳』(文学座本公演)『ジャンガリアン』(文学座本公演)『ピアフ』(東宝)『紙屋町さくらホテル』(こまつ座)。平成19年度 第62回文化庁芸術祭大賞(『殿様と私』)平成19年度 第15回読売演劇大賞優秀男優賞(『殿様と私』)。

ふじよしくみこ○福岡県出身。大学在学中に、NHK連続テレビ小説の出演者オーディションで、ヒロインに選ばれ、82年放送の連続テレビ小説『よーいドン』で主人公・みおを演じて人気を博す。その後もホームドラマからサスペンス、時代劇まで幅広く活躍中。近年の出演作品は、【映画】『太陽とボレロ』(水谷豊監督)『われ弱ければ矢嶋楫子伝』(山田火砂子監督)、【ドラマ】『警視庁強行犯係樋口顕2』(テレビ東京)『正体』(WOWOW)『相棒19』(テレビ朝日)『恋はDeepに』(NTV)、【舞台】『めんたいぴりり~博多座版~ 未来永劫編』(博多座)『夕』(タクフェス)など。

もりかわゆき○埼玉県出身。新国立劇場研修所6期生。近年の出演作品は、【舞台】『百枚めの写真 ~一銭五厘たちの横丁~』『萩咲く頃に』『狸の里帰り』『芸人と兵隊』(以上トム・プロジェクト プロデュース)『レバア』(西瓜糖)『リハーサルのあとで』(地人会新社)『唐十郎 楼閣興信所通信』(泉鏡花×鳥山昌克)『少年Bが住む家』(名取事務所)など。

【公演情報】
トム・プロジェクト プロデュース
『エル・スール』~わが心の博多、そして西鉄ライオンズ~
作・演出:東憲司
出演:たかお鷹 藤吉久美子 森川由樹  斉藤美友季 清水伸 涌澤昊生
●9/21~25◎俳優座劇場
〈料金〉一般前売5,500円 当日6,000円 U-25[25歳以下]3,000円 シニア[60歳以上]5,000円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
※U-25・シニア券はトム・プロジェクトのみで販売。要身分証明書。前売当日とも同料金
〈チケット問い合わせ〉トム・プロジェクト03-5371-1153(平日10:00~18:00)
〈公式サイト〉https://www.tomproject.com/peformance/-elsur22.html

 

【取材・文/榊原和子 撮影/田中亜紀】

記事を検索

観劇予報の最新記事

草彅剛・主演のシス・カンパニー公演『シラの恋文』ビジュアル公開!
数学ミステリーミュージカル『浜村渚の計算ノート』開幕!
『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』井上芳雄最終日の写真到着&再演発表!
 「池袋演劇祭」まもなく開幕!
加藤拓也の最新作『いつぞやは』開幕!

旧ブログを見る

INFORMATION演劇キック概要

LINKえんぶの運営サイト

LINK公演情報