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『この声をきみに~もう一つの物語~』舞台稽古レポート

人気ドラマのスピンオフ・オリジナル舞台として、3月に大阪と東京で上演される予定だった『この声をきみに~もう一つの物語~』は、新型コロナ感染予防のための自粛に伴い、幕が開くことなく中止となった。ただ、公演の記録のための舞台稽古は行われ、そこに立ち会うことができた。幻となった公演だが、今という時期だからこそ、ひときわ胸に残る作品に仕上がっていて、その片鱗でも伝えられればと、提供してもらった舞台写真とともにレポートをお届けする。

本作はドラマ『この声をきみに』を書いた脚本家の大森美香が舞台脚本の書き下ろしにも挑んでいる。物語は、ドラマで描かれた朗読教室を舞台に、新たな登場人物たちが繰り広げる悲喜こもごものエピソードが描かれ、ドラマ同様、朗読が持つ力と言葉の豊かさ、それによって自分を解放し、自分らしく生きていく人々の姿が浮かび上がる。演出は艶∞ポリスを主宰する作・演出家、女優の岸本鮎佳が手がけている。

舞台上には朗読教室となるフロア。シンプルな机や椅子が点在していて、図書館の読書室のようでもあり、家庭の居間のようなアットホームな雰囲気もある。

そんな教室に、新しく参加する1人の青年、岩瀬孝史を中心に物語が展開する。彼は社命で朗読教室に研修に来ることになったのだが、もともと乗り気でなかった岩瀬は、クラス担当となった講師の堀今日子に突っかかり、そのあげく早々に退会を宣言して教室を出て行く。だが数日後、彼は今日子から送られてきた1冊の本を持って、再び教室にやってくる──。

ドラマでは竹野内豊が「ちょっとずれてる不器用な男」を演じて評判となったが、舞台版では歌舞伎俳優として活躍する尾上右近が主人公を演じ、ヒロイン役には佐津川愛美。共演に中島歩、小野武彦をはじめとする個性豊かな俳優が揃っていて、それぞれの人物の背景も書き込まれ、群像劇的な面白さもある舞台となっている。

主人公の岩瀬孝史はIT企業に勤めていて、頭は切れるのだが虚勢を張りがちで、コミュニケーションの取り方があまりうまくない。そんな岩瀬を演じるのは、スーパー歌舞伎II『ワンピース』でルフィを演じた若手歌舞伎俳優の尾上右近。現代的でスマートな素顔を生かして、まだ視野が狭くて世慣れていない青年が、朗読を通して心を開き、成長していく姿を、等身大の若さで明るく自然に演じている。

この教室の講師、堀今日子役は佐津川愛美。幼い頃から文学少女で、地方ラジオ局のオーディションに合格し、パーソナリティやレポーターとして活動していたが、その世界で挫折を経験、今は朗読を教える仕事に生き甲斐を見出している。そんな女性の朗読に寄せる想いの深さや熱い情熱を、可愛さとともに見せてくれる。

クラスのムードメーカーでありリーダー的存在でもある井之上雅哉役には小林健一。仕事も家庭もうまくいかなかったとき、朗読と出会って救われた。朗読の発表会で舞台に立つ自分を、子どもが目を輝かせて見ていると嬉しそうに語る井之上を、小林が人間味たっぷりに演じている。

ボランティアで地域の保育園や養老院などで朗読活動をしている専業主婦の新見雪乃、演じるのは弘中麻紀。人が大好きだが噂話も大好きという、ちょっと厄介な存在だが、いざという時に頼りになる主婦の優しさと強さを、弘中はユーモアを滲ませながらリアルに演じる。

クールで仲間たちとは一線を引いている永井友加里役は小林涼子。友加里はガールズバーに勤めていて、朗読で大きな声を出すことや良い言葉を話すことで、心をデトックスしている。表面は気が強いが内面は寂しい友加里を、小林は共感の持てる女性として描き出す。

爽やかなルックスで周囲の女性たちから人気の竹本圭人を演じているのは高橋健介。圭人はある古い映画を見て以来、すっかり文学好きになった大学生で、今好きなのは萩原朔太郎だと話す。知的でややマニアックな青年のかっこよさを、髙橋は嫌味なく演じてみせる。

元高校の国語教師だった瑞野優作役は中島歩。中島は、ラジオのパーソナリティーもしながら講師をしている男性の実力や教養を、ソフトで落ち着いた持ち味で表現。同時に、今日子をめぐって岩瀬にライバル心を見せる瑞野の人間的な一面も、さりげなくのぞかせる。

元はアナウンサーとして活躍、この朗読教室『灯火親』を約30年主宰している向山士郎を演じるのは小野武彦。あたたかく優しい人柄で、何よりも朗読を愛している向山の大きな存在感と懐の深さを感じさせ、また朗読の言葉の深みはさすがで、作品全体の重石としての役割りを果たしている。

物語の初まりでは朗読に違和感を持っていた主人公・岩瀬が、これまで触れたことのない沢山の文学作品や、さまざまな背景を持つクラスメートたちとの付き合いのなかで自分を解放し、同時に朗読という表現の魅力に目覚めていく。その過程で、シーンごとにソロで、あるいは群読で読まれる日本の文学や海外の物語、あるいはヒット曲の歌詞。そのどれもが心に響き、深く沁みてくる。

たとえば谷川俊太郎の詩ならそのみずみずしくストレートな感性が、萩原朔太郎なら情景を切り取る視線の鋭さが、そして宮沢賢治ならあらゆる生命への祈りが、今生きている人間の声を通して、時を超えて立ち上がり、受け取る人間たちの心へと真っ直ぐに飛び込んでくる。そして聴く者を励まし、勇気を与えてくれるのだ。

と同時に朗読という行為は、読む人自身の心を解放し、豊かにして、新しい自分と出会わせ、他者と出会わせてくれる。そんな喜びを伝えてくれるのが、この舞台『この声をきみに~もう一つの物語~』なのだ。惜しくも今回は上演は叶わなかったが、いつかこの素晴らしい舞台の幕が、明るい光の中で開く日を心待ちにしている。

【お知らせ】
この公演のDVDと公演グッズを販売
販売期間:2020年3月20日(金祝)12:00~2020年5月24日(日)23:59
販売サイト:mu-moショップ
詳細は公式HP(h)へのご案内を
グッズ販売:https://shop.mu-mo.net/avx/sv/list1/?categ_id=234903042
DVD予約:https://shop.mu-mo.net/mitem/ANXZ-24120

【収録公演データ】
舞台『この声をきみに~もう一つの物語~』
脚本:大森美香
演出:岸本鮎佳(艶∞ポリス)
演奏:高木里代子
出演:尾上右近   佐津川愛美/小林健一 弘中麻紀 小林涼子 高橋健介/中島歩/小野武彦
劇場:六本木  俳優座劇場
〈公式HP〉https://www.konokoe-stage.com

 

【文/宮田華子 舞台写真提供/エイベックス・エンタテインメント】

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