妻夫木聡&緒川たまきらが演じる夢のような恋と結末。世田谷パブリックシアター+KERA・MAP#009『キネマと恋人』上演中!
ある日突然銀幕から憧れの人が飛び出してきた
人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。そう言ったのは、かの喜劇王、チャールズ・チャップリンだった。
その瞬間は目の前が真っ暗になるような悲しい出来事も、時が流れ、いつか振り返ったときには笑い話になる、なんていうのはよくあること。と言うよりも、苦しいことや辛いことの多い人生を、それでもなんとかやっていけるのは、人が「笑う」ことができる生き物だからなのかもしれない。
そんなことを考えたのは、世田谷パブリックシアター+KERA・MAP#009 『キネマと恋人』を観たから。本作は、ウディ・アレンによる映画「カイロの紫のバラ」にインスパイアされ、ケラリーノ・サンドロヴィッチが2016年に書き下ろしたもの。初演はシアタートラムで上演されたが、2年7ヶ月の間を挟み、今回は世田谷パブリックシアターにて再演。温かい手ざわりはそのままに、人を好きになるときめきとほろ苦さがつまったロマンチックラブコメディに仕上がっている。
時は昭和11年の日本。架空の港町・「梟島」で暮らす36歳のヒロイン・ハルコ(緒川たまき)。彼女には夫の電二郎(三上市朗)がいたが、工場の閉鎖により失業した夫は再就職先を探すこともせず、酒と博打ばかり。ハルコに関心を寄せる素振りは一切なく、それどころか酔うと暴力をふるう有り様。
そんなハルコの唯一の楽しみが、映画を観ることだった。島唯一の古い映画館・梟島キネマで今日も彼女は映画を観る。お気に入りは、三枚目俳優の高木高助(妻夫木聡)。世間はスター俳優の嵐山進(橋本淳)を持ち上げているが、ハルコの目には高助しか入らない。高助の出演作品は隈無く網羅し、新しく上映の始まった人気シリーズ『月之輪半次郎捕物帖』にも飽きることなく毎日のように通う日々。
その日も、いつものように映画館で『月之輪半次郎捕物帖』を観ていた。ところが、突然、自分に向かって話しかけてくる声が聞こえる。その声の主は、銀幕の中の間坂寅蔵(妻夫木聡/二役)。高助が演じる映画の中のキャラクターが、自分に向かって話しかけているのだ。驚くハルコをよそに、なんと寅蔵はスクリーンを飛び出してくる。ハルコの手を引き、映画館を飛び出す寅蔵。映画の世界と、現実の世界。次元を超えたふたりのロマンスが幕を開ける。
夢を追う男と愛に生きる女の結末は…?
まず目を引くのが、KERAの演出だ。オープニングをはじめ、シーンとシーンの転換に、たびたびパネルや木枠が用いられる。まるでパズルゲームのようにスライドするパネル。その動きの面白さはもちろんのこと、誰もいなかった場所をパネルが通過した瞬間、そこから突然登場人物が現れるさまは手品を見ているようで、胸がワクワクする。そしてそれがスクリーンからキャラクターが飛び出すという本作のコアを見事に表現していて爽快だ。
さらに非常に多くの場面転換が組み込まれているのだが、小野寺修二振付によるコンテンポラリーダンスのような動きを織り交ぜながら装置を移動させるので、視覚的に楽しく、ちっとも中だるみ感がない。それでいて、その不思議な動きが作品全体がまとうパフュームの働きをしていて、本来はビターなはずの物語にファンタジックな香りをもたらした。
俳優たちも実にチャーミングだ。高助と寅蔵という二役を演じる妻夫木は、ミュージカルコメディで主役を張りたいという高助の実直さと、まっすぐにハルコへの愛を表現する寅蔵の爛漫さを巧みに演じ分けて、どちらも魅力的に見せている。寅蔵が愛らしければ愛らしいほど終盤の展開に胸が締めつけられるし、高助が決して嫌な男じゃないからこそ最後の決断にやるせなさがにじむ。
緒川たまきの演じるハルコは、何とも不思議なキャラクター。夫に蔑ろに扱われる前半も決して悲壮感を前面に出すわけではなく、どこかとぼけた明るさがあるので湿っぽくならない。劇中に二度、夫に三行半を叩きつけるシーンがあるのだが、他に居場所がないからどうしても夫に依存してしまう前半から一転、後半は人から愛されることで強くなったたくましさがきちんと表現されていて、ハルコという人物像に奥行きをつくった。
助演陣も実力者揃いだが、ハルコの妹・ミチルを演じるともさかりえが、恋におちたら他に何も見えなくなる女の滑稽さをコミカルに体現していて、いいスパイスに。特に占い師とのやりとりは軽妙で、何気ない切り返しについ笑わされてしまう。スター俳優・嵐山進を演じる橋本淳も鼻につく男がよく似合っていて、高助との対比が効いている。
物語全編が品のいいユーモアで包まれているが、ラストは夢を追う男と愛に生きる女のリアルが残酷なほど浮き彫りになり、やるせない気持ちに。人生とはいつだって喜びと悲しみが代わる代わるに顔を覗かせるものなのだろう。
それでも、たとえどんな傷を負っても、もう一生笑わない、ということはない。むしろ手ひどい傷を負えば負うほど、笑うしかないのかもしれない。笑って、泣いて、また笑って、そうやって私たちは生きていくのだ、うまくいかない人生を。ラストシーンのハルコの姿には、人生の哀切と歓喜が集約されていた。
【公演情報】
世田谷パブリックシアター+KERA・MAP#009 『キネマと恋人』
台本・演出◇ケラリーノ・サンドロヴィッチ
映像監修◇上田大樹
振付◇小野寺修二
出演◇妻夫木聡 緒川たまき
ともさかりえ
三上市朗 佐藤誓 橋本淳
尾方宣久 廣川三憲 村岡希美
崎山莉奈 王下貴司 仁科幸 北川結 片山敦郎
●6/8~23◎世田谷パブリックシアター
〈料金〉一般S席7,800円 A席 4,800円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
※U24・高校生以下は半額 ほか
〈お問い合わせ〉世田谷パブリックシアターチケットセンター 03-5432-1515 (10~19 時)
〈HP〉https://setagaya-pt.jp/performances/kinema2019.html
●6/28~30◎北九州 北九州芸術劇場 中劇場
●7/3~7◎兵庫 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
●7/12~15◎名古屋 名古屋市芸術創造センター
●7/20・21◎盛岡 盛岡劇場 メインホール
●7/26~28◎新潟 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
【文/横川良明 撮影/御堂義乘】
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