2019年に観る新たな作品の輝き「KERA CROSS」第一弾公演『フローズン・ビーチ』!
2018年に紫綬褒章、2019年に第26回読売演劇大賞 最優秀作品賞・優秀演出家賞を受賞するなど、近年その活動が更に高い評価を得ている劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)の傑作戯曲を、才気溢れる演出家たちが新たに創りあげる、シアタークリエの連続上演シリーズ「KERA CROSS」(製作 東宝・キューブ)の第一弾公演『フローズン・ビーチ』が、日比谷のシアタークリエで上演中だ(11日まで。のち大阪、静岡、名古屋、高知、高松でも上演)。
『フローズン・ビーチ』はKERAが1998年に劇団「ナイロン100℃」公演として作・演出し、密室劇の傑作との高い評価を得て第43回岸田國士戯曲賞を受賞した初期の代表作。とある別荘の一室で繰り広げられる、1987年、1995年、2003年、三つの場面16年に渡り偶然と因縁に翻弄された女たちを描いた室内劇で、人気演出家・鈴木裕美の演出の下新たな息吹を感じる上演になっている。
【STORY】
大西洋とカリブ海の間に浮かぶリゾート・アイランドにある別荘。三階建ての家の持ち主・梅蔵はこの島を開発している資産家であり、双子の姉妹・愛と萌(花乃まりあ・二役)の父親で、梅蔵の後妻の咲恵(シルビア・グラブ)もに共に暮らしている。そんな海辺の家に、大学生活最後の夏休みを利用し、愛を訪ねて千津(鈴木杏)とその旧友・市子(ブルゾンちえみ)がやってくる。一見、学生生活最後のバカンスを楽しんでいるかに見える女たちは、けれどもそれぞれにただならぬ思惑を秘めていて、そんな彼女たちがひとつ屋根の下に集まったところから、その人生は複雑にからみあっていき……。
作品に接して感じるのは、KERAの描く戯曲の膨大な台詞量と、桁外れの情報量だ。別荘のリビングただ一室に固定されている舞台は、ことの発端であり最も長い尺がとられている1987年。それから8年後の1995年。そして戯曲が書かれた当時にとっては未来の話だった2003年の三つの時代にまたがり、状況は大きく異なりながらも、同じ一室に同じ女たちが集まることによって進んでいく。その中には、1998年当時にこれを扱っていたことに驚く強烈な時事ネタもあれば、世相の反映もあり、更に2019年の今振り返ると、2003年はこういう時代になるだろうと作家が想像していたのか、に新たな想いを致すものもあり、改めて観ることで生まれる感慨が多い。KERA独特のアイロニーや、一見ただの言葉遊びのワルフザケに感じられた台詞の応酬が、実はラストに向けての大きな伏線になっているなど、非常にリアルな部分と、説明のし難いファンタジーな面とが混在して、独特の妙味を生んでいる。
その中で、1度の観劇では全ては把握しきれないかも知れないと思うほどの、戯曲に書かれた情報量の何ひとつを削っている訳ではないのに、今回鈴木裕美の演出によって生まれ出た『フローズン・ビーチ』には、ストンと戯曲の意味するところを理解しやすくさせる見易さがあった。それは「今、ここに注目して!」にも似た、KERAの戯曲に心酔し、心から愛している鈴木だからこその、丁寧な水先案内の視点から生み出された感覚だった。しかも、その鈴木の指揮の下新たに集った異なる出自を持つ女優たちが演じる『フローズン・ビーチ』には、「ナイロン100℃」の劇団員たちがKERAの世界観をそのまま体現し、また役者たちからもKERAの言葉が紡ぎ出されていく、というあてがきの相乗効果がない故の、逆説的にシンプルな戯曲の面白さが立ち上がる効果につながっていた。二村周作の装置、吉川ひろ子の照明、十川ヒロコの衣裳、瓜生明希葉の音楽も、新たな作品の世界を伝える力になっている。
更に、途方もなく多い台詞量を、ストレスなく客席に届ける個性溢れる女優陣のいずれ劣らぬ好演が、作品を支えている。
千津の鈴木杏は、三つの時代の中で大きく変転していく女性の人生を、深い演技力で体現していく。本人は必死に考え、必死に自分の意志で生きているようでいて、まず相手の顔色を見て、場の空気に合わせてしまう千津の、その性格故の暴走と切なさがよく表現されている。膨大な言葉が飛び交う世界の中で尚、言葉にしないところでの千津の想いが伝わってくるのも大きく、戯曲の書かれた1998年と現代とでは、周りの空気を読んで突出しないことを求める同調圧力の激しさがいや増しでいるだけに、KERAが当時からこういう思考の「良い子」の危険性を描いていることに驚かされた。そんな危うさを鈴木杏が巧みに描き出したことで、作品が現代を映すことにつながったのが素晴らしかった。
市子のブルゾンちえみは、時に常軌を逸したような行動に出る市子が、実は最も純粋な人物であり、だからこそ三つの時代の中で病んでいることに説得力を与えている。全く畑の違うジャンルからこの作品で初舞台を踏むというハードルは、想像を絶するほど高かっただろうと思うが、極自然に舞台上で動き、息づいているのが実に見事。得てして舞台慣れしていない人は台詞は語れても、歩いただけでぎこちなさが出てしまうのが、アップやカット割りのない舞台作品の怖さでもあるが、そこをまずきちんとクリアしているたけでなく、尚チャーミングな持ち味が市子役に活きていて、「舞台女優」としてのブルゾンのセンスを感じた。これを機会に是非積極的に舞台作品にも進出してきて欲しい。
愛と萌の二役を演じた花乃まりあは、朝倉あき体調不良による急遽の登板となったが、宝塚歌劇団のトップ娘役を務めた出自が持つ舞台作品に対する経験値の高さと、当時から美しい容姿だけでなく、とことん突き詰めた芝居で見せていた才能を一気に噴出させている。病弱な萌と、それ故に周りの配慮や愛情を独り占めしている萌に嫉妬の感情を抱く双子の愛、二人の演じ分けも見事で、早替わりの醍醐味と同時に、花乃の両役の変身の妙も楽しめる。千津に対して、咲恵に対して、双子の二人が持つ「そういうこと?」と瞠目するような心の襞もよく伝わり、まさにNew『フローズン・ビーチ』の救世主。宝塚退団後は映像に活動の軸足を置いていたが、舞台でこれだけ輝ける人だと改めて証明した形で、今後舞台活動も精力的に展開して欲しいと願うや切だ。
咲恵のシルビア・グラブは盲目の女性として登場するが、それ自体をむしろ自分でネタにして笑い飛ばしているブラックユーモアを、陰湿なものを感じさせないカラッとした演じぶりで見せているのに感嘆した。やはり2019年の今、この描写の難しさは初演時よりも格段に上がっていると思うが、実は、実は、と転がっていく展開に欠かせない部分でもあって、そこをあくまでもあざとくなくおおらかに見せたシルビアの功績は大きい。義理の娘である愛と萌との関係に緊迫した部分もある冒頭から、時代を経ての関係性の変わり方にも、シルビアの咲恵が魅力的だからこそすんなり納得でき、絶妙な存在感で全体のまとめ役的役割りを果たしている。
この女優陣それぞれの芝居の濃さ、台詞の応酬の小気味よさが新たな『フローズン・ビーチ』に癖になる面白さを生んでいて、誰かの視点に立って繰り返し作品を観たいと思える、演劇の豊かさにあふれた舞台になっていた。何よりも、第二弾以降の予定も発表された「KERA CROSS」という斬新な企画の意図するところ、その楽しさが伝わる舞台になったことが貴重で、今後のシリーズの展開にも期待が膨らむステージになっている。
【公演情報】
KERA CROSS第一弾『フローズン・ビーチ』
作◇ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出◇鈴木裕美
出演◇鈴木杏 ブルゾンちえみ 花乃まりあ シルビア・グラブ
●7/31〜8/11◎東京 シアタークリエ
〈料金〉9,000円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
●8/16〜18◎大阪 サンケイホールブリーゼ
●8/21◎静岡 静岡市清水文化会館マリナート
●8/23◎名古屋 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
●8/28◎高知 須崎市立市民文化会館 大ホール
●8/31◎高松 レクザムホール(香川県県民ホール) 小ホール
〈公演HP〉https://www.keracross.com
【取材・文・撮影/橘涼香】
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