千年の時を超えて安倍晴明が闇を祓う!『INSPIRE 陰陽師』上演中!
謎の長期日食にさらされた世と、闇に取り込まれる人々の心を、陰陽師・安倍晴明が闇を祓うスペクタクルな舞台『INSPIRE 陰陽師』が、日比谷の日生劇場で上演中だ(6日まで)。
『INSPIRE 陰陽師』は、平安の世から現代の令和へと続く千年の時を超えて、陰陽師・安倍晴明と縁の人々が、世界に光を取り戻そうとする様を音と光とイリュージョンを駆使して描く、スペクタクルなエンターティメント。物語を平安の世から現代へとつなげる、異色の陰陽師ものが展開されている。
【STORY】
平安時代。謎の日食が続く京の都。この異常現象を祓うべく陰陽師・安倍晴明(大沢たかお)は、当代きっての歌人蝉丸(山本耕史)が見守る中、月姫(長澤樹)との婚礼を明日に控える盟友の藤原兼家(古川雄大/村井良大Wキャスト)と共に御霊会に臨むが、思わぬ悲劇に見舞われる。それにより生まれた悲しみ、後悔、嫉妬の陰の気はますます陰陽のバランスを崩し、晴明は北斗(松岡広大)南斗(鈴木仁)ら式神たちを蝉丸に託し、ある大きな決断をして人々の前から姿を消した。
それから千年の時を経た令和の世。再び謎の長期日食に襲われていた世界で、人々の心には陰の気が棲みつき、先の見えない不安を訴える患者が急増。なんとか彼らを救いたいと心を砕く心療内科医・藤堂兼樹(古川雄大/村井良大Wキャスト)は、心理カウンセラー・河瀬景子(山本千尋)の勧めで、人々の視点を変えることで心を癒しているという「芦野アカデミー」の代表・芦野道隆(田口トモロヲ)に面会し、その言葉に希望を見出す。一方、千年の時の間、代々晴明を探し続けていた一族の末裔であるロックミュージシャンの蝉丸(山本耕史)は、遂に現世に生きる阿部春昭(大沢たかお)の存在を突き止め、この未曾有の危機を防ぐべく晴明を覚醒させようとするが……
夢枕獏の大人気連作シリーズ小説をはじめ、平安の世に陰陽五行思想に基づいた陰陽道によって、悪鬼を祓う陰陽師・安倍晴明を主人公とした物語は、映画、テレビドラマ、舞台、漫画、ゲーム等々、様々なメディアで多くの作品を生み出している。舞台作品ひとつをとっても、ミュージカルや、OSK日本歌劇団作品、また新装なった歌舞伎座開場記念の一環として、当代の人気若手歌舞伎俳優が勢ぞろいした新作歌舞伎など、記憶に残る作品がいくつもある。
だが今回、令和二年の大晦日から令和三年の年頭にかけて「幻の六日間」と銘打って上演されたこの『INSPIRE 陰陽師』は、それらこれまで観てきたどの作品とも異なる、どこかで「祈り」に近いものが感じられる特色を持っていた。
そこには、全体を平安の世から現代へと駆ける千年の時を超えた物語、として提示したことが大きく関係している。令和二年から三年、世界を覆った新型コロナ禍、パンデミックの脅威が依然続いている現在、何よりも恐ろしいのは厄災そのもの以上に、それによって人々の心に闇が巣食うことだ……。という、作品が描いた非常にストレートなテーマは、それが言葉にされたことによって、一層腑に落ちる真実を感じさせるものに違いなかった。だからこそ、陰陽師・安倍晴明が真に祓おうとしているものが、日食による物質的な闇以上に、人の心の闇であり、世界に光を取り戻すことがすなわち「希望」である、という舞台からのメッセージには、多かれ少なかれ不安を感じずにいられることはないだろう、令和の闇を祓う力が宿っていた。
何よりも良いのは、そうした今ここにある闇を照射しながら、作品が教訓めいた香りを欠片も発していないことだ。そればかりか、舞台全体を取り囲むように配置された巨大なLEDパネルだけでなく、天井にもとりつけられた円形のLEDパネルによる迫力の映像と照明。トニー賞の音響デザイン賞を受賞した立体音響スピーカーから流れる、轟く雷鳴や吹きすさぶ風の音が生み出す臨場感。更に劇場全体を貫き、縦横無尽に駆けるファイバービームなどの力によって、日生劇場の空間が、全く異次元の世界になったスペクタクル感が全く新しい演劇体験を生んだ。これによって作品は、非常にテンポの良い良質なエンターティメントになっていて、ワクワクドキドキしながら、最後に清々しいものが受け取れる流れが美しかった。
そんな作品の主人公、陰陽師・安倍晴明の大沢たかおが、柔らかで優しさの前に出る個性で、作品の中で様々な苦悩も抱える安倍晴明を的確に描き出している。特に大沢の台詞発声にある心地良い深みがヒーリング効果につながり、晴明の持つ神秘をエキセントリックとは別の方向性で表現していて、現代パートにも違和感がなく、大沢たかおが演じるからこその安倍晴明になっているのが印象的だった。
その晴明と強い親交で結ばれている藤原兼家は、古川雄大と村井良大のWキャスト。しかも村井は大晦日一日二公演のみの出演という贅沢なキャスティングが組まれていて、それぞれに見応え十分。
まず古川の姿の良さと、どこか現実を超越しているように感じられる神秘性が役柄に生きていて、晴明への無条件の信頼が伝わってくる。現代パートではある誘いを受ける設定だが、勧誘する側の狙いがよくわかる佇まいで、意識が覚醒するコンテンポラリーダンスが、古川の得意中の得意であることも含め、適役ぶりが際立った。
一方一日限りの出演になった村井良大は、「普通の人」感を演出している時には敢えて見せないようにしているのだろう、特段に整ったビジュアル力をこの役柄では開放していて、見惚れるほどの美しさ。現代パートの人々の闇を救いたいと願う医師の悩みや惑いから、希望を選び取っていく心境変化も手に取るようにわかり、はじめ驚かされたたった一日の出演の意義を感じさせていた。
また、晴明の行動を傍近くで見続ける歌人・蝉丸の山本耕史の安定感が座組を底支えしている。現代パートではロックミュージシャンになっているという設定で、ミュージカルではないこの作品で歌も聞かせるが、本人が台詞でも話しているようにやや強引な流れを、見事な歌唱力でねじ伏せていて、あくまでも控えていながら明晰な台詞発声が舞台の心地良さに寄与していた。
「芦野アカデミー」の代表・芦野道隆の田口トモロヲの胡散臭さも作品のインパクトになっていて、闇をどう捉えるかという自説を確信を持って語る様には、うっかり納得してしまいかける説得力がある。
その一端を担うのが、心理カウンセラー・河瀬景子の山本千尋で、芦野に傾倒している様を意味深長な視線や動きで表現。クライマックスのアクションシーンのキレもさすがだった。
兼家との婚姻を控えた月姫の長澤樹が、愛するが故に兼家の晴明への心酔に闇を抱えていく流れがよく表されているし、式神の北斗の松岡広大と、南斗の鈴木仁が、それぞれの個性にもつながる身長差がありつつ、互いの動きにブレがないのも見事。殺陣やアクロバット、コンテンポラリーなダンスを披露するアンサンブルのメンバーも、実際の人数の何倍にも感じられる大活躍で舞台を盛り上げた。
何よりも、イリュージョンを含めた採算度外視としか思えない大がかりな作り込みの中から、未来を照らす希望の光が感じられることが嬉しく、エンターティメントの力を改めて感じさせる舞台になっている。
【公演情報】
『INSPIRE 陰陽師』
脚本◇ブラジリィー・アン・山田/岡本貴也/寺西南都
演出◇山田淳也
イリュージョンデザイナー◇HARA
振付◇辻本知彦(※つじは一点しんにょう)
ステージディレクター◇大田高彰
企画協力◇阿部秀司
出演◇大沢たかお/古川雄大・村井良大(ダブルキャスト)
松岡広大 鈴木仁 山本千尋 長澤樹
/田口トモロヲ/山本耕史 他
●2020/12/31~2021年1/6◎日生劇場 ※1月1日休演日
〈料金〉S席13.500円 A席11.500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場 0570-077-039
サンライズプロモーション東京 0570-00-3337
〈公式WEBサイト〉https://inspire2020.jp/
〈公式Twitter〉inspireOMJ2020
【取材・文/橘涼香 撮影/岡千里】
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