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多彩な音楽のパワーが紡ぐ人を愛する尊さと痛み ミュージカル回想録『HUNDRED DAYS ハンドレッドデイズ』

100日を100年のように生きようとした男女の回想録を、二人が所属するバンドのLIVEステージとして届ける異色の作品、ミュージカル回想録『HUNDRED DAYS ハンドレッドデイズ』が、新宿のシアターモリエールで上演中だ(24日まで。のち、3月4日~8日、中野ザ・ポケットでの上演)。

ミュージカル回想録『HUNDRED DAYS ハンドレッドデイズ』は、ロックバンド「ベンソンズ」のメンバー、アビゲイルとショーンが出会って、夫婦になり、現在に至るまでの愛故の葛藤に満ちた道程を、様々な角度から歌で紡ぎ回想していくミュージカル。シアターモリエールの空間が、まさにLIVEハウスとして変貌している臨場感の中で展開される、日本初上陸の作品となっている。

【STORY】

実生活でも夫婦でありミュージシャンでもあるロックバンド「ベンソンズ」のメンバー、アビゲイル(木村花代)とショーン(藤岡正明)は、出会った瞬間に互いに一目惚れし、僅か三週間で結婚するに至る。だが、ある事件をきっかけに、アビゲイルはショーンの未来に恐怖を感じるようになる。この幸福は100日しか続かない。そんな絶望の淵に落ちたアビゲイルを、ショーンは100日を100年のように生きようと、日常の些細な出来事も、大切な思い出として写真に収めるように暮らすことをはじめるが……

何かを得ることは同時に、何かを失うことの恐怖を抱えることなのではないだろうか。かけがえのない相手──肉親でも、友人でも、パートナーでも──を仮に一人も得られないとしたならば、人は生きていけるのか?とは思う。だが同時にそうした相手を得ているからこそ、どこかに口を開けている喪失の恐怖は、常に心や、頭の片隅にこびりついていく。ふとした瞬間にその恐怖が高まった刹那、昭和の大ヒット曲ではないが、相手に例え僅か一日でもいいから、自分より先に逝ってくれるなと願うことをやめられなくなる。けれどもそうして言葉は悪いが首尾よく先に逝けたとしたら、自分が抱えていた恐怖を、相手にそのまま押し付けることになってしまう。それはあまりにエゴイズムで、罪深い願いだ。

この作品『HUNDRED DAYS ハンドレッドデイズ』は、そんな人が避けては通れない幸福故の恐怖を、驚くほどてらいなく描き出している。舞台の形式は「ベンソンズ」という名のバンドが開いたLIVEとして進められる。ボーカルのアビゲイルと、ギターとボーカルのショーンは出会って恋に落ちて、僅か二日目に共に暮らす選択をした為に、互いのことをほとんど知らない。二人にはそれぞれがどんな人生を送ってきたかを語り合う必要があった…そんな形で、ベンソンズのLIVEの観客=ミュージカル『HUNDRED DAYS ハンドレッドデイズ』の観客は、二人の人生に立ち会うことになる。


アビゲイルは十五歳で家族が離散するという悲痛な経験をしたが故に、他者と深い人間関係を築くことを恐れている。愛した人を失った痛みがあまりにも強すぎて、もう一度その痛みを味合わない為には、誰も愛さないのが一番だからだ。一方のショーンは、牧師の息子として生まれたが、父親が信仰を捨てた為に、世界のすべてがなす統べなく180度変わってしまった子供時代を過ごしていた。寄って立つものが変わることによって、接する人々の態度が豹変することを知ってしまった彼は、積極的に人と関わらず全てに中立でいようとしている。

そうした二人が運命の恋をした。それはこれまでの人生で過ごした日々の中で、どうにか自分を守ろうとして彼らがそれぞれに獲得していた処世術や、禁忌を乗り越えさせるほどの衝動だった。けれどもそんな相手と出会ってしまったからこそ、生まれた恐怖に彼らは向き合わなくてはならない。相手が死んでしまったらどうしよう。アビゲイルの恐怖は、しばしばこの恋を遠ざけようとさせる。たぶんそれは本能で。だが、そんなアビゲイルをショーンが追う。とにかく追う。歩いて何時間もの距離を彼は追う。やはりたぶん追うことで、彼もまた自分の心に正直になる術を見出しているから。

そんな二人のやりとりが、基本的には全く動かないLIVEハウスのステージの上の、スタンドマイクの前で、あくまでもLIVEとして歌いながら綴られていくのが圧倒的だ。変化といえば照明効果くらいのものなのに、そこに豊かな場面、場面が立ち上るのは、演出の板垣恭一の人に対する目線の温かさと、同時に厳しさがある故だろう。実際、時に台詞はバンドメンバーにも引き継がれるが、アビゲイルとショーンを除いて、彼らは役者がミュージシャンに扮しているのではなく、本物のミュージシャンたちだから、控え目に表現してもその台詞はかなり生っぽい。だが、その生っぽさが、むしろ作品にリアルを加えていて、ある意味客席にいて逃げ場のない感覚に陥った。作りものだからと俯瞰することを許さない、これはあなたの話でもあります、と客席を巻き込んでいく力には途方もないものがある。
その熱量の発生源が、アビゲイルを演じる木村花代と、ショーンを演じる藤岡正明なのは言うまでもない。

木村は言わずと知れた劇団四季の主演女優として大作ミュージカルのヒロインをたて続けに演じてきた人で、その愛らしい美貌と、美しい歌声のプリンセスぶりの数々が、今も鮮やかに目に残っている。退団後、大人の女性役はもちろん、かなり個性的な役柄まで幅広く演じていて、常に新鮮な印象を与えてくれているが、どこかではやはり近づきがたい姫役者のイメージを、ついついこちらがひきずっているところもあったものだ。けれども、アビゲイルを演じる木村の、すべてをさらけ出しているとしか思えないステージでの在りようには、心を鷲掴みにされるパワーがあった。太い地声も迫力のシャウトも、自由自在に繰り出してロックしていながら、技巧で歌っている感が全くないのに恐れ入る。苦しみも叫びも切なさも喜びも。すべてがアビゲイルの魂の叫びとして響いてくるからこそ、アビゲイルになんとか幸せになって欲しいと祈るような気持ちにさせられた。それが木村=アビゲイルが笑ってくれることが嬉しいにつながる、圧巻のパフォーマンスだった。

対するショーンの藤岡正明も、ミュージカルシーンでは近年特に「チョイワル」や、強面の役柄を演じることが多く、またそれが見事に似合っていて、骨太な魅力を醸し出し続けてきている。だが、『いつか one fine day』に続いて、今回のショーン役でもそうした要素を封印し、悲しみを湛えた普通の人を演じることで、料理上手なお父さんである藤岡の素の顔がふと覗くような、抜群の実存感をステージに表出している。所謂グランドミュージカルの、ショーストップのビッグナンバーも朗々と歌い上げられる人が、ギターを手に温かな歌声を披露し、自身も迷いながらも、アビゲイルを守ろう、救おうとすることで自らも救われていくショーン像が明確だった。何より、しみじみと滋味深いこの人の豊かな芝居心が生きていて、丸眼鏡で照れ臭そうに登場した時には、お、新鮮な藤岡正明!と思わせたものが、ステージが進むに連れて、素顔の藤岡正明を観ている錯覚に陥ったのにはただただ感心させられた。こういう言い方が良いかどうかわからないが、つくづく上手い人だ。

そんな二人が、いつかすべてを受け入れて前に進もうとすること、その二人が得た勇気は、だから等しく観客の、ここに集った全ての人たちのものだと思わせてくれた。この作品は、そんな希望を手にできる、背中を押してくれる異色のミュージカルになっていて、キャストの一員と言って間違いない音楽監督&キーボードの桑原まこ、ベースの遠藤定、ドラムの長良祐一(2月22日、23日は小久保里沙)、チェロの石貝梨華を含めた「ベンソンズ」のバンドメンバーと共に、観客すべてがその時間を共に生きる空間となった。多彩な楽曲の魅力も楽しめ、アンコールでは日替わりのポピュラーも登場するとのことで、観劇するを超えた、体感するミュージカルになっている。

【公演情報】
ミュージカル回想録『HUNDRED DAYS ハンドレッドデイズ』
日本語版上演台本・訳詞・演出◇板垣恭一
音楽監督◇桑原まこ
出演◇藤岡正明 木村花代
●2/20~24◎シアターモリエール
●3/4~8◎中野ザ・ポケット
〈料金〉8,500円(全席指定・税込)
〈公式ホームページ〉http://www.consept-s.com/100days
〈お問い合わせ〉info@consept-s.com

【取材・文・撮影◇橘涼香】

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