善人不在を謳ったミュージカル『衛生』~リズム&バキューム上演中!
劇団☆新感線の看板俳優・古田新太と、清元の唄い手として清元栄寿太夫も襲名した歌舞伎俳優・尾上右近のW主演によるミュージカル『衛生』~リズム&バキュームが、TBS赤坂ACTシアターで上演中だ(25日まで。のち7月30日~8月1日に大阪・オリックス劇場、8月9日~11日に福岡・久留米シティプラザで上演)
2015年「汚いミュージカルをやろう」という脚本・ 演出の福原充則と古田新太の発案から生まれたというこの作品は、2018年に『あたらしいエクスプロージョン』で岸田國士戯曲賞を受賞した福原が書き下ろした新作。福原にとって初となるミュージカル作品で、排泄物を肥料として扱う業者一家の悪行三昧を、ポップかつグロテスクにあっけらかんと描いていく、異色のミュージカルとなっている。
【STORY】
昭和33年、水洗トイレが普及する以前から物語ははじまる。し尿の汲み取り業者「諸星衛生」は、社長の良夫(古田新太)、息子の大(尾上右近)を中心に、利益を出すためなら殺人も厭わないという経営方針でのし上がってきた。地元の政治家・長沼ハゼ一(六角精児)をバックにつけ、庶民のわずかな資産を吸い尽くすべく、さらなる経営の拡大を画策している。
一方、諸星衛生のモテない従業員・代田禎吉(石田明)は、恋心を寄せる事務員・花室麻子(咲妃みゆ)を、大に身勝手な理由によって奪われたことでモテない恨みをくすぶらせていた。麻子が、お腹の中に命を宿したまま悲惨な最期を迎えたことで、禎吉のモテない恨みはさらに加速する。
昭和50年、麻子の残した娘・小子(咲妃・二役)は18歳になっていた。諸星衛生の経営は、良夫から大へと事実上の実権が移り、地元の経済を隅々まで制圧していた。その裏で、かつてのライバル業者だった瀬田好恵(ともさかりえ)が、逆襲の機会を窺って怪しい組織を率い、その規模を拡大していた。
そんな中、庶民からの搾取の効率化を進める長沼は、大を起用する一風変わった計画を進めることになる。計画を聞きつけ、水面下で諸星衛生に復讐を誓う者たちが集い始め……
決してそれを肯定している訳ではないことを強く断った上で、日々欠かさずにと言いたいほど送られてくるスパムメールにはじまる、人を騙して濡れ手に粟の利益を得ようとする人々の創意工夫ぶりには、この不断の努力(?)を何かもっと意義あることに振り向けられないものかと感じてしまうことがある。例えばコロナ禍におけるマスク不足やワクチンと言った、時代が最も求めているものにすばやく着目し、新たなあの手この手を繰り出してくるそのスピード感は驚くばかりで、やはり一度労せずして利益を得た経験は、コツコツと働き真っ当な対価を得ることから、人を遥かに遠ざけていくブラックなパワーがあるのだろうと思わずにはいられない。
この作品で描かれているのはまさにそのブラックホールに飲み込まれた人々の生きざまで、詭弁を弄し、策を練り、転んでもただでは起きない主人公諸星親子の抱く、飽くなき欲望には現実に交わされているグロテスクな会話を遥かに飛び越し、その執念にどこかで感心させられてしまうものがある。実は作品の中でこの親子がし尿の汲み取り業者である必然性は薄いのだが、汚いものを追求し尽くすことで爽快感を生んでいこうとしたそもそもの発想は伝わるし、リアルに映像作品で作ることはちょっと考えられない、舞台作品だからこその表現の飛翔とポップな音楽が不思議なエネルギーを発していた。
そんな舞台をW主演で飾る諸星良夫の古田新太は、そこに立っていることそのものに説得力がある域に達した役者だけが持つ凄味を感じさせる。特段派手な動きがあるという訳ではないし、かなり長いスパンが描かれている作品だけに、後半になるに従って役柄も老いるのだが、それでもいつ何を仕掛けてくるかわからない食わせ者感が全編に貫かれていてなんとも効果的。大胆な衣装の引き抜きで、どうするんだ!?と思わせてからの転換の妙も飄々とこなして面白かった。
もう一人の主演者、諸星大の尾上右近は、コンサート形式で上演を果たしたミュージカル『ジャージー・ボーイズ』で示した、悪気のないワルの造形の魅力を更に深めている。手段を択ばず利益を得ることが正義だとして育てられた、自分の行動に一欠片の曇りもないワルぶりが突き抜けていて、彼が扮するからこそ多く取り入れられた、グロテスクなものを一瞬にして美に変換できる歌舞伎表現も作品の重要な柱になっていた。
のちに右近の妻になる事務員・花室麻子の咲妃みゆは、宝塚歌劇団でトップ娘役を務めた時代から、夢の世界と言われる宝塚のなかでも純朴に近い純粋さを誇っていた人だけに、この企画に参加することが非常に意外だったが、その意外性も作品に作用するように作られている二役の演じ分けを含めて様々な発見があった。憑依型の役者の萌芽がより顕著になってきていて、この経験が更に役幅を広げていくに違いない。
その咲妃演じる麻子に恋する従業員・代田禎吉の石田明は、如何にも小市民然としていた前半から、想いを寄せていた麻子を大に奪われたあとの憎しみを前面に出した表現の鋭さに驚かされた。非常にクッキリとメリハリのついた芝居を披露していて、目を引く存在になった。
そんな石田と共に初ミュージカルとなったライバル業者の社長夫人瀬田好恵のともさかりえは、舞台上に登場してきた時の華やかさが強烈なだけに、一転非常にコミカルな振付にも果敢に挑んでいる姿の可笑しみが倍化する。相手のレベルに合わせなければいけなかった…という役柄の視線が大事な要素になっていて、それをきちんと印象づけているのも見事だった。
そして、政治家・長沼ハゼ一の六角精児が、視線を動かしただけで空気も動かす腹に一物があり過ぎる政治家を巧みに演じている。一方で相当に際どい振付もこなしまさに縦横無尽。六角が出ると聞いただけで、観てみようかと思わせる役者としてのパワーがますます上がっていて頼もしい限りだ。
その長沼を支える秘書役の佐藤真弓もまさに体当たりの演技で魅せるし、ともさか演じる好恵の夫で、ライバル業者の瀬田楢太役の村上航の豊かな表情も目に残り、振付稼業 air:manの個性豊かな振付を出演者全員が軽快に踊り、いきものがかりの水野良樹と益田トッシュの音楽も多彩。観終わって気が付けば「金払え、金払え」と口ずさんでいる、異色中の異色のミュージカルになっている。
【囲み取材】
公開ゲネプロを前に囲み取材も行われ、古田新太、尾上右近、咲妃みゆ、石田明、ともさかりえ、六角精児が登壇。公演への抱負を語った。
──明日の初日を控えた今の心境と、ミュージカル初出演の方はそれも合わせてお聞かせください。
古田 連日のリハーサルで疲れてます。明日はたぶんヘトヘトだと思います(笑)
──楽しみと不安とはどちらが大きいですか?
古田 お客さんの前でやれるのは楽しみですね。どういう反応が返ってくるのか。それによってまた僕らのお芝居も変わっていくと思いますので。こういうご時世ですけど、待っている方もいらっしゃると思いますので、我々はやる気満々でやって行こうと思っております。
右近 ミュージカル経験がほとんどない中で、今回、こういった力強いミュージカルに呼んでいただきまして本当に嬉しく思っております。こういう状況だからこそ、皆さんに作品に出会っていただいて、楽しんでいただけたらなと思っております。
咲妃 今までの舞台人生で経験したことのない出来事が日々巻き起こっていて、ようやくここまでたどり着いたという感じなのですけれども、無事にお客様に届けられるように健康第一で頑張ってまいりたいと思っています。
──出来事というのは舞台上でのことですか?それともリアルな世界で?
咲妃 主に舞台上でのことです。
古田 主にね(笑)。
咲妃 はい(笑)。ですがお稽古中から、役作りも見聞きする光景も、真新しくて感情が忙しかったです。
石田 僕はミュージカルということで、当初はガッツリお断りしたんです。でも、プロデューサーと演出家さんが、わざわざ「ルミネtheよしもと」まで来て下さいまして、「どうしても出てくれ」と。何を観てそう思ったのかはわからないのですが(笑)。「最悪歌わなくてもいい。歌っているふりをしてくれたら、めちゃめちゃ歌の上手い人に吹き替えでやってもらうから」と。それならやれるかなと思ってお受けしたら、結果、めちゃめちゃ歌わされてます(笑)。なので詐欺にあった気分です。(この座組は)詐欺集団やと思ってます(笑)
ともさか 私もミュージカルに出演するのは初めてなんですけど、私はミュージカルの大ファンなので、この聖域だけは侵してはいけないとずっと心に決めていました。でも今回、それを破ってしまったということで反省気味なんです。私もお引き受けしていいものかと悩んでいる時に、演出家が力強く「大丈夫です」とおっしゃるので、何が大丈夫なんだかさっぱり未だにわかっていないんですけど、何かあったら演出家のせいにしようと思いつつ(笑)、素晴らしいキャストの方に囲まれて、本当に酷い人しか出てこないんですけど、でもどこか不思議で爽快感のある、他にはないミュージカルに仕上がっていると思います。こういう場でミュージカルデビューできるのはとても幸せなことだなと思っております。
──六角さんはミュージカル2作目ということになりますね。
六角 そうですね。ちょっと前までやっていたミュージカルとは、だいぶ違う感じになっていますね(笑)。ただ人間が生きているという意味ではあまり変わらないんだろうなとも思っています。ですから(お客さんの)反応はすごく楽しみです。今年はなんだかミュージカルに包まれて生きてるなって感じがしてね。珍しい一年だなと思っています。特に今回の芝居の反応は全く私もわからないので、これは楽しみですね。
──このミュージカルを思いつかれたきっかけを教えてください。
古田 福原充則くんと話している中で、基本下ネタが好きなんで、いわゆる性癖モノはだいぶやったから、もう一つの下ネタやろうよって。それはやっぱり“うんこ”とかだろうなって(笑)。もうどうせだったら音楽劇っていうエクスキューズをつけずに、ミュージカルと名乗ってしまえみたいな。もともとミュージカルって下衆なものですから。昔からあるものでも『三文オペラ』とか『ベガーズ・オペラ』や『ロッキー・ホラー・ショー』とか、いわゆる下ネタが多いミュージカルはいっぱいあって、それでも溌剌とした気持ちでお客様に帰っていただくというのがミュージカルの良さだと思います。そのためにTBSさんのお力も借りてですね、ギリギリの予算の中、このようなスターを集めまして、汚いミュージカルをやろうというのが発案です(笑)。
──どんなミュージカルなんだろうと思っていらっしゃる方もたくさんおられると思うので、お客様にズバリ、本ミュージカルの見どころを伝えるとしたら?
古田 酷いんです(笑)。たぶん観ておいた方がいいと思います。もし、こんな状況だしなと、劇場に来るのをためらっていらっしゃるんだとしたら、その面の対策は僕らも必死でやってるんで、その中で思いっきり汚いもの見せますので。いわゆる「見てないと何も言えないぜ」ってことですね。批判も喜んで受けますし「痛快でした」って言葉も期待しています。
──右近さん、ミュージカルの舞台と歌舞伎との違いについてはどう感じられていますか?
右近 もちろんそれは違いますし、僕も歌舞伎経験もまだまだ少ないなかで、違いの方が多く感じられて、それに戸惑って稽古中もどうしてよいかわからないというところもありましたが、福原さんをはじめ皆さんに助けていただきながら、やらせてもらってきました。そのなかでやはり共通点も見つかりますし、歌舞伎らしい演出を取り入れていただいたりしているところもあります。何よりも人間力と言いますか、生きる力みたいなもの、それをどういう角度から描くかと言うと、歌舞伎もわりとエログロ系はお得意なんです。そういう面では共通点もあるなぁと感じながら、人間として強く生きている姿を自分なりに演じたいなと思っている次第です。
──咲妃さん、先ほど、これまでの舞台人生で経験したことのないことが日々起こっているとのことでした、具体的に教えてください。
咲妃 これまで生きてきた中で、やや避けて通ってきた道のど真ん中を突き進んでいるという感じで。伝わりますでしょうか?(笑)お稽古場の時点から、アワアワしちゃったりしたのですが、それは本当に私がいわゆる「おシモ」な内容を表面的に捉えていただけであって、もっと深くその人間性を…(古田が笑うので)なんで笑っていらっしゃるんですか?
古田 いやいや「おシモ」ってさ(笑)「お」を付けると余計にイヤラシイから(笑)
咲妃 その人間性を掘り下げていくミュージカルなのだということが自分の中で腑に落ちた時に、一気に「よし、やるぞ」という気持ちが湧いてきました。今はやる気満々でございます。
──この6人の中では一番ミュージカル経験が豊富なのは咲妃さんだと思いますが、初ミュージカルの方達の中でいかがですか?
咲妃 新太さんが取材の中で「これもミュージカルなんだぜ!」とおっしゃっていた記事を拝見して、私もまさにそういう気持ちですし、ここに並んでいらっしゃる錚々たる方々をはじめとしたキャストの皆様と一緒にね。
古田 やっちゃいけないことはないんだよね。
咲妃 そうですね! ですから皆様の人間性が全て現れた素敵なミュージカルだと思います。
──石田さん、稽古されている中で戸惑ったことがあれば教えてください。
石田 まぁまず歌はそうですけれども、咲妃さんと同じシーンでダメ出しされたところがあって。でもそれについてうろ覚えな部分があったので、咲妃さんに「どの部分がダメなんでしたっけ?」って聞くんですよ。そうしたらそのダメ出しのきっかけのワードが大体下ネタなんです。だから、俺がなんかすごい陰険なセクハラをしているみたいになって、すごく気まずい空気になりまして(笑)それは戸惑いましたね。
──ともさかさんはミュージカルファンとのことですが、これまでご覧になってきたミュージカルとこの作品との違いは?
ともさか 私はわりと王道のキラキラミュージカルが好きなのですが、でも日々この「おシモ」のワードに囲まれて、古田さんや右近さんがそういうワードを連発するのを聞いていたら、これはこれですごくキラキラしているなと。本当にエログロ満載ですし、もしかしたら敬遠される方もいらっしゃるかもしれませんが、本当にカッコイイミュージカルナンバーにのせられると不思議な感動があって。自分が出ていないシーンも見ていて感動します。稽古場から楽しませていただいています。
──このような状況での稽古場で感じたことは?
六角 稽古場でも静かに皆マスクをしているので、本当はどんな顔をしているのかわからないんですね。舞台稽古になってはじめてマスクをはずしたので「この人こんな顔だったんだ」とまじまじと見ているのが可笑しかったです。
──最後に古田さん、緊急事態宣言発令の中での上演になりますが、主演俳優のお一人としての受け止めをお聞かせください。
古田 ミュージカルってのは楽しいものだと僕は思っているんで、本当は終演後にみんなでご飯食べながら、お酒飲みながらベラベラ喋って、面白かったねとか、面白くなかったねとか言うのが楽しいと思うんですけれども。今回ばかりはそうもいかないんで、あの、先に飲んできてください(爆笑)。酔っ払った感じで観てくれれば、観終わった後、何が行われていたか分からなくなると思うんで(爆笑)、それぐらいが楽しいと思います。ですから十分注意していますので、気楽に足を運んで下さい。お客さんはマスクを外せませんけれども、マスクの下でクスクスと笑ってほしいなと思っております。(感染対策を)クリアするための努力と、楽しんでもらうための努力は、この一か月半みんなでやってきましたので。是非「バカだな、こいつら」とでも思って帰っていただければ幸いです。
尚、作品が上演されているTBS赤坂ACTシアターでは、ステリルエアージャパン社の強力な紫外線殺菌装置を、日本の劇場として初導入。空調機の中を通る空気に高出力の紫外線を照射し、常に殺菌・ウイルス不活性化された安全な空気が客席に届けられる万全の対策で、観客を迎えている。
【公演情報】
ミュージカル『衛生』~リズム&バキューム~
脚本・演出:福原充則
音楽:水野良樹(いきものがかり)益田トッシュ
振付:振付稼業 air:man
出演:古田新太 尾上右近 咲妃みゆ 石田明(NON STYLE) 村上航 佐藤真弓 ともさかりえ 六角精児 ほか
●7/9~25◎TBS赤坂ACTシアター
〈料金〉S席13.500円 A席10.000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉キョードー東京 0570-550-799(平日11:00~18:00/土日祝10:00~18:00)
●7/30~8/1◎オリックス劇場
〈お問い合わせ〉キョードーインフォメーション 0570-200-888(11:00~16:00/日祝休業)
●8/9~11◎久留米シティプラザ
〈お問い合わせ〉キョードー西日本 0570-09-2424(11:00~17:00/日祝休業)
〈公式ホームページ〉https://musical-eisei.com/
(※最新の公演情報はHPをご覧ください)
【取材・文・撮影/橘涼香】
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