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鈴木拡樹渾身の演技が描き出す、暗黒の時代に生きる数学者の信念と矜持。舞台『アルキメデスの大戦』!

一人の天才数学者が時代の波に立ち向かう様を描いた意欲作品、舞台『アルキメデスの大戦』が日比谷のシアタークリエで上演中だ(17日まで。のち21日~23日大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ、25日静岡・静岡市清水文化会館マリナート 大ホール、27日~28日愛知・日本特殊陶業市民会館ビレッジホール、30日香川・レクザムホール(香川県県民ホール)大ホール、11月3日広島・呉信用金庫ホール(呉市文化ホール)で上演)。

『アルキメデスの大戦』は、『ドラゴン桜』や『インベスターZ』などのユニークな作品で鋭く時代に斬り込んできた漫画家・三田紀房が、天才数学者の視点から第二次世界大戦を描くという、かつてない切り口で構築された漫画。歴史の事実に大胆なフィクションを重ね合わせて、欧米の大国列強を相手に戦いに突き進んだ大日本帝国を舞台に、戦争回避の道を探り続けた数学者が繰り広げる攻防戦が大きな反響を呼び、2019年夏には映画化もされるヒット作品となった。

今回の舞台化は、読売演劇大賞をはじめ数々の演劇賞を受賞し、いま演劇界が最も注目する劇団のひとつ劇団チョコレートケーキのクリエイター陣である、独自の視点で史実に隠されたドラマを紡ぐ古川健の脚本。骨太な作品の中に人間の心情を丁寧に描く日澤雄介の演出が揃い、主演の天才数学者・櫂直(かい・ただし)に俳優として進境著しい鈴木拡樹を迎えたのをはじめ、宮崎秋人、神保悟志、岡田浩暉ら個性と演技力に定評のあるキャストが集結。2020年6月の上演予定が、コロナ禍により全日程中止になった令和の時代の荒波を乗り越え、2022年の上演が果たされた。

【物語】
1933年、軍事拡大路線を歩み始めた日本で、戦意高揚を狙う海軍省は、その象徴にふさわしい世界最大級の戦艦を建造する計画を秘密裏に進めていた。そんな中、航空主兵主義派の海軍少将・山本五十六(神保悟志)は、これからの主力は空母であるとの主張を展開し、戦艦建造を推し進めたい海軍少将・嶋田繁太郎(小須田康人)と、同調する海軍大臣・大角岑生(奥田達士)と対立。嶋田派の造船中将・平山忠道(岡田浩暉)が計画する巨大戦艦の、異常に安く見積もられた建造費の謎を解き明かすべく協力者を探していた。

そこで山本が目を付けたのは、100年に1人の天才と言われる元帝国大学の数学者・櫂直(鈴木拡樹)だった。しかし軍を嫌い、数学を偏愛する変わり者の櫂は頑なに協力を拒む。だがそんな櫂を突き動かしたのは、巨大戦艦建造によって加速しかねない大戦への危機感と、罪もない市井の人々のために戦争を止めなければならないという使命感だった。櫂は意を翻し、帝国海軍という巨大な権力との戦いに飛び込んでいく。
櫂を補佐する海軍少尉・田中正二郎(宮崎秋人)や尾崎財閥の令嬢である尾崎鏡子(福本莉子)、そして外から櫂を補佐することになる大里造船社長の大里清(岡本篤)の協力を得て、櫂は平山案に隠された嘘を暴く数式にたどり着こうとする。だが戦艦か空母かを決する会議の日は刻一刻と迫ってきて……

日本が欧米列強を相手にした世界大戦に突入し、日本全国の多くが焼土と化すほどの甚大な惨禍を招いた第二次世界大戦を描いた作品は、様々なメディアで数限りなく制作されている。わけてもやはり軍国主義一色に突き進んでいった当時の日本のなかにも、戦争は止めなければならないとの信念を持ち粉骨砕身した人々がいた、という謂わば戦時下の秘話的ドラマには印象的なものが多い。そこには現代の視点から見た当時の国のあり方に対する批判の目がこめられやすく、素直にシンパシーを感じられることが大きな要因としてあるのだろう。

ただ一方で、厳然とした歴史の事実はファンタジー作品でない限りは動かせるものではなく、そうした人々の努力によって日本が世界大戦突入を免れることができた、という結論を迎えることは決してできない。つまりこうした作品群は、懸命に戦った主人公が志しを果たせず敗れる結果を見るのがはじめからわかっている、爽快なカタルシスをもたらす終幕は望めないという作品としての宿命も抱えている。

ではそこにどんなメッセージを伝えるのか?という重要な1点に於いて、この作品は秀逸な輝きを見せてくれる。長大な原作漫画の世界から、戦艦大和の建造を支持した側、反対した側それぞれの思いが二転三転していくスリリングな物語展開の抽出の仕方は、実写映画版をほぼ踏襲しているが、主人公の櫂直、そして彼と共に歩んだ田中正二郎が最後にたどりつく思いには、胸打たれるものがある。彼らは別の結論に飛び込んだ者がいるなかで、前述した通り歴史の事実として世界大戦に突き進む日本を止められなかった者としての責任を生涯負っていこう。そしてこの愚かな道のりを風化させず、語り継いでいこうと誓うのだ。

 

ここに、脚本の古川健と、演出の日澤雄介の明確な視線があることが、舞台『アルキメデスの大戦』の意義を高めている。戦艦大和の建造や迎える最期、櫂が脳裏に浮かべる戦禍の悲惨などを具体的な「絵」にすることにおいては、最も不利な面を持つ舞台版の表現形態を、シルエットやライティングを駆使しながら、観客の想像力に委ねる。演劇の力を信じた表現方法もむしろ豊かで、非常に残念なことに当初上演予定だった2020年に比して、「戦争」がより現実味を帯びている2022年にこの作品が上演されることになった。その事実さえもに大きな意味を感じた。

そんな非常に大切で重いテーマに挑んだ、櫂直役の鈴木拡樹渾身の演技が、役柄の持つ矜持と信念を描き出して素晴らしい。
鈴木の櫂直は、この作品の要である天才故の奇人ぶりを存分に発揮してまず強い印象を残す。鋭い観察眼となんでも計測し、計算式を書かないではすまない櫂の振る舞いは、確かにかなりマニアックで、鈴木が涼しい顔である種のフェチシズムを描き出す様にいつの間にか引き込まれてしまう。そんな櫂が、家庭教師をしていた尾崎財閥の令嬢・鏡子との関係を疑われ、大学を退学になり、すっかり日本に嫌気がさしてアメリカ留学を決めていたにもかかわらず、嫌っていた軍隊に協力しようとする。その過程に、鏡子が戦禍に見舞われる様が脳裏に浮かんだからという、一転して非常にロマンチシズムな展開が待っていることも、鈴木本来の甘い二枚目ぶりがすんなりと納得させる力になって、海軍首脳部との頭脳戦のエンターティメント性を高めた。台詞と黒板に書き連ねていく双方で膨大な数式が登場するのは、やり直しが効かない生の舞台では殊更大きな負荷になると思うが、それも着実にこなした鈴木の熱のこもった芝居が、作品を支えて見事だった。

櫂を補佐する海軍少尉・田中正二郎の宮崎秋人は、多くの舞台作品、しかも幅広い役柄で活躍を続けている人だが、はじめはうさんくさいと思っていた櫂の、数学者としての力量と戦争を止めたいという真摯な思いに傾倒していく様を明確に示して、観客の思考をもリードしてくれる存在。階段の下に隠れるなどの、ちょっとしたシーンに高い身体能力が生かされていて、さりげなく作品に与えるアクセントも抜群だった。

実在の人物であり、作品のなかで櫂に戦艦大和建造を阻止させようとする海軍少将・山本五十六役の神保悟志は、映像作品での活躍が特に顕著な俳優だが、苦み走った風貌からは想像できない、本人は大真面目な故のおかしみを持つテレビシリーズで人気の役柄でおなじみの個性が、この作品にも生きているだけではなく、その大真面目が最後にゾッとするものに変化していく妙に、ベテランの味わいがあった。

一方、櫂と真っ向から戦うことになる嶋田派の造船中将・平山忠道の岡田浩暉は、繊細でいながら舞台に適した大きな感情表現を表す、常日頃慣れ親しんだ岡田らしい演技を封印。寡黙で表情もほとんど変えない平山の姿が、他ならぬ岡田が演じているだけに非常に新鮮で、これが後半の展開に生きてくる抜群の存在感を放ってくれた。

尾崎財閥令嬢の尾崎鏡子の福本莉子は、第8回「東宝シンデレラ」オーディションでのグランプリ受賞後、話題作への出演が続いている人で、この時代の深窓のご令嬢に現代的な個性を加味しているのが、櫂の為に大胆な行動もとる鏡子をすんなりと想起させる効果になっている。

また、巨大戦艦の建造を推し進める海軍少将・嶋田繁太郎役の小須田康人の、笑顔だけはなんとも穏やかだが、そこからにじみ出る絶妙な食えなさ加減と、そこにすっかり乗せられていく海軍大臣・大角岑生の奥田達士の、カリカチュア風味のある造形との対比が面白い。鏡子の進言で櫂に協力する大里造船社長・大里清の岡本篤は、漫画、実写映画を通じ、笑福亭鶴瓶の印象があまりに強い役柄を、きちんと抜け目なく、それでいて信義にも厚い大阪人として飄々と演じていて、岡本独自の大里を作り上げて実力を発揮。更に平山の副官・高任久仁彦の近藤頌利は、スッキリと美しい風貌で平山以上に寡黙な存在を印象づけたことが、後半の展開に大きく寄与している。そして、初日から数日間体調不良の近藤に代わり高任役を見事に務めた神澤直也の誠実な演技が、作品の船出に貢献した力にも拍手を贈りたい。

何よりも、鈴木と宮崎に代表される若い世代に多くの支持を受けている俳優たちが、こうした作品に取り組んでくれることで、「歴史の事実を糊塗せずに伝え続ける」という舞台版が大きく掲げたテーマが、これからを担う世代にエンターテイメントを通して伝わる意義を感じる、2022年10月に無事に開幕してくれたことを、改めて尊く思う舞台だった。

【公演情報】
舞台『アルキメデスの大戦』
原作:三田紀房『アルキメデスの大戦』(講談社『ヤングマガジン』連載)
舞台原案:映画『アルキメデスの大戦』(監督 脚本:山崎貴/製作:『アルキメデスの大戦』製作委員会)
脚本:古川健
演出:日澤雄介
出演:
鈴木拡樹
宮崎秋人 福本莉子 近藤頌利 岡本篤  奥田達士
小須田康人 神保悟志 岡田浩暉 ほか
●10/1~17◎ 日比谷シアタークリエ
〈料金〉9,200円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777

【全国ツアー公演】
●10/21~23◎ 大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場 06-6377-3888
●10/25◎静岡・静岡市清水文化会館マリナート 大ホール
〈お問い合わせ〉キョードー東海 052−972−7466
●10/27~28◎愛知・日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
〈お問い合わせ〉キョードー東海 052−972−7466
〈公式HP〉https://www.tohostage.com/archimedes/

 

【取材・文・撮影/橘涼香】

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