井上芳雄が新境地を拓いた、愛と再生の物語『十二番目の天使』上演中!
家族を亡くし絶望の淵に立った男に、秘密を抱えた少年が示す生きる為の勇気を描いた、愛と再生の物語『十二番目の天使』が日比谷のシアタークリエで上演中だ(4月4日まで)。
『十二番目の天使』は、全世界で著作が3600万部以上読まれている作家オグ・マンディーノの代表作「十二番目の天使」を、鵜山仁演出、笹部博司台本で、世界初の舞台化を実現した作品。大切な人達との別れと出逢いが生きる勇気を与えてくれる、切なくも優しく心温まる物語となっている。
【STORY】
ビジネスで大きな成功を収め、若くして故郷に戻ったジョン(井上芳雄)は、人々に英雄として迎えられ、妻・サリー(栗山千明)と息子のリック(大西統眞/溝口元太Wキャスト)との幸せに満ちた新生活を始めようとしていた。だがその矢先に、サリーとリックは交通事故にあい、帰らぬ人となってしまう。
二人のいない世界に絶望し、ジョンは自ら人生に幕を下ろそうとするが、その刹那幼馴染のビル(六角精児)が訪ねてくる。ジョンの悲嘆を誰よりも知ることのできる無二の親友であるビルは、ジョンを外に連れ出し、地元のリトルリーグのチーム監督を引き受けてくれるよう頼む。ジョンとビルもかつて地元のリトルリーグでプレイしたチームメイトでもあり、怪我さえなければ大リーガーになっていたのは間違いないジョン以上に、この役目が務まる人間はいないとビルは説く。
その説得に、閉ざしていた心をほんの僅かばかり開いて、リトルリーグチーム「エンジェルス」の監督を引き受けたジョンの前に、身体も小さく運動神経も悪いティモシー(大西/溝口・二役Wキャスト)という少年が現われる。彼を一目見た途端息を呑むジョン。ジョンの目にはティモシーが亡き息子リックに生き写しに見えたのだ。
そんな中、チームの選手を選ぶ監督会議で「エンジェルス」は、地域で1番の実力を持つエースピッチャー・トッド(城野立樹/吉田陽登Wキャスト)の獲得に成功する一方、誰からも選ばれずに最後に残ったティモシーを、十二番目のメンバーとしてチームに加えることになる。
ライトの守備位置でフライを補球することも、ヒットはおろかバットにボールを当てることもできないティモシーだったが、彼は決してあきらめることなく人一倍練習に励んでいた。そんなティモシーにリックの姿を重ねるジョンは、チームの練習とは別に、ティモシーに個人練習をつけることを提案する。それは未だ死への誘惑に引き戻されかかるジョン自身にとっても貴重な時間となり、家政婦ローズ(木野花)の助けも得て、ジョンは次第に生きる目的を見出しはじめる。
やがてティモシーの努力に触発されるように、「エンジェルス」はリーグで快進撃を続け、ティモシーの母ペギー(栗山・二役)、地域の医師メッセンジャー(辻萬長)らの見守る中、決勝戦に駒を進めるが……。
オグ・マンディーノは「世界中で最も多くの読者をもつ自己啓発書作家」と呼ばれ、その著作の多くは人生を前向きに生きる為の言葉に満ちたものだ。この作品「十二番目の天使」でも、生きる希望を失っているジョンの前に現われたティモシーが「僕は、絶対、絶対、絶対、絶対、あきらめない!」「でも、毎日、毎日、あらゆる面で、僕はどんどん良くなっているんです」などの、ポジティブな言葉を言い続け、それによってジョンも、更に関わる人々の人生をも変える発露となっていく。その謂わば人生におけるエピグラムが、小説として感動的な物語の中に収められているのが、オグ・マンディーノの作品を単なる啓蒙本から更に高みへと引き上げたのだが、一方で例えばティモシーがあまりにも健気で立派な少年=天使過ぎることが、文学ではなく舞台作品として、実体化された時どうなるのだろう、という一抹の危惧がないではなかった。
だが、実際に多くの登場人物を7人の役者に絞り、更に映像も効果的に使いながら、場面を極めて抽象的な、演劇の持つ想像力に委ねて進められる舞台に接して、そんな杞憂は雲散霧消していった。物語は井上演じるジョンが語るモノローグからはじまり、登場人物たちとの芝居を挟みながら、最後まで「語り」部分として貫かれることで、小説を読んでいる時の感覚に極めて近い世界観が立ち上るのだ。それが小説自体が持つある意味の出来過ぎている部分を、今目の前にあるファンタジー性を有しながらの現実として提示することに成功している。これは言ってしまえばすべてが「創作」の世界である舞台空間だからこその効果で、その「虚」を「実」に変換する大きな力となっていた。
そんな物語の中に、真実の心を通した主演の井上芳雄の演じる力と存在感が素晴らしい。元々ミュージカル界のプリンスとしてだけでなく、ストレートプレイ作品にも積極的にチャレンジしてきた井上だが、彼がそもそも持っているスター性には、虚構の世界にピタリとハマる様式美があって、それが例えば『黒蜥蜴』の名探偵明智小五郎や、これはミュージカル作品だが『グレート・ギャツビー』のジェイ・ギャツビー等、日本人の、生身の男性が演じることには、ややハードルが高いと思われる役柄を手中に納める力になっていたものだ。それはもう少し年齢を重ねたら、『風と共に去りぬ』のレット・バトラー等の、気障を極めた上で余裕綽綽という役柄も、井上なら演じられるのではないか?と思わせる個性だ。だが、今回のジョン役はそういう様式的な性質とはある種真逆の、ビジネスで大成功を納めたという背景こそあれ、アメリカの良き夫であり、良き父である極普通の男性像だ。そんな役柄を井上が自然体で、しかも温かな父性も滲ませて演じていることに、役者・井上芳雄が経験を重ねて獲得した新たな地平が見えている。そればかりでなくほとんどの場面でジョンのモノローグが入る、つまり観客と舞台の架け橋の役割も果たす「語り部」でもある井上の、感情表現豊かで真摯な熱演が、作品世界に観る者の心をシンクロさせた力には、実に大きなものがあった。確実にこの作品は井上芳雄の、役者としての大きなエポックメーキングとして記憶されるものになる。そう実感させる見事な主演ぶりだった。
そのジョンを取り巻く人々の多くが、二役を演じていることにも作劇上の秘密があって、冒頭亡くなってしまうジョンの妻サリーと、ティモシーの母ペギーを栗山千明が演じることで、役柄に作品のヒロインとして、更にジョンが見ている世界の愛の象徴としての姿を膨らませる効果になっている。栗山の抜群の美貌がその役割にまず似つかわしいし、ペギーのひたむきさ、亡きサリーが舞台上にしばしば現れて見せる慈愛が、共に美しさを与えたことが、作品の鮮やかな光彩になった。
同じことが、ジョンの母と家政婦のローズを演じる木野花、ジョンの父とメッセンジャー医師を演じる辻萬長にも言えて、ジョンを助け、誰もがジョンを慮るあまりに口にできずにいた耳に痛い真実を、敢えて口にするローズに母親像を。黙々とティモシーを見守り、最も重要な時に、ジョンに事実を告げにくるメッセンジャー医師に父親像を重ね合わせた脚本と演出の妙に、二人のベテラン俳優が的確に応えた味わいが舞台に深い。
一方、ジョンの無二の親友ビルに扮した六角精児は、役者本人が持つ飄々とした軽やかさが、「辛かっただろう」や「お前の気持ちはよくわかる」等の、わかりやすい慰めの言葉を吐かないまま、ジョンの悲しみに寄り添う親友役に、実存感を与えて見応えがある。これもまたキャスティングの勝利で、六角の存在が舞台に寄与した大きさにも得難いものがある。
更に、この作品の要「十二番目の天使」であるティモシーとジョンの息子リックは、大西統眞の回を観たが、所謂「上手な子役」らしさが全くない、極めて朴訥とした演じぶりが、ティモシーという役柄を最大限に活かしている。涙を誘おうという一種のあざとさが欠片も感じられないのは、簡単なようで実は大変難しいものなはずで、大西の何よりの美点として輝いていた。重要な役柄だけに、個性の異なる溝口元太のティモシーも楽しみだ。
もう1人、誰もが羨む才能の持ち主であるエースピッチャーのトッド役もWキャストで、城野立樹が才能に溢れていながら、全く驕らずにティモシーを仲間として温かく迎え入れる、懐の大きな少年を活写。ポイント、ポイントの出番で役柄をよく引き立てていた。吉田優登のトッドが加える色彩にも興趣が膨らむ。
総じて、終幕に歌われるテーマ曲「白いボール、青い空へ」(宮川彬良作曲、安田佑子作詞)が、ミュージカル界のプリンスである井上芳雄が、所謂観客サービスで歌うといった性質のものでは決してなく、涙と共に心に残る物語世界のすべてを象徴した楽曲になっていることも滋味深く、様々な場所で新しい世界に踏み出す人の多い、更に新しい御代も迎える2019年の3月〜4月に相応しい、心に勇気を持って一歩を踏み出せる作品となったことを喜びたい。
初日を前に、井上芳雄、栗山千明からのコメントが届いた。
【井上芳雄コメント】
世界初演なのですが、鵜山さんの演出のもと、静かに着々と立ち上がってきて、とても自然に今の段階にたどり着いた感じがしています。
他に類を見ない演劇のスタイルと言っていいと思うので、きっとお客様の反応がプラスになる作品です。早くお客さんと一緒にこの物語を共有したいという気持ちです。
とにかく台詞の量が多いのが大変でした! 絶望の中にいる時間が長い役ですが、でも不思議と、一度はじまってみると自然に台詞が流れるようになってきたし、今は台詞も入っているので苦しい時間は過ぎ去ったと思います(笑)。いつも誰かが笑っている現場です。年齢の幅が広いカンパニーだけど少人数なので、つかず離れずいい距離感でやれている。
心地よく、ストレスなくやらせてもらってます(笑)。
悲しみの中にいる人をとても具体的に励ます、希望の物語だと思います。全国もまわりますし、素晴らしいキャストとスタッフのみんなで心を込めて作りましたので、大事な人や、家族に会いにくるようなつもりで観に来ていただけたら嬉しいです。
【栗山千明コメント】
いよいよ初日ですが、もう少し稽古したいくらいです(笑)。
稽古場では毎日毎日課題が見えてきていたので、ひとつひとつクリアしてから、明日の初日を迎えたいと思います。
劇中では一人だけで舞台に立って語るシーンがあるのですが、野球の試合を一人で実況中継をするので、ひとつひとつの言葉の意味を勉強しながらやっています。完全に一人のシーンで誰にも助けてもらえないのでプレッシャーです(笑)。少し悲しい話ではあるのですが、ティモシーの「あきらめない」「毎日良くなっている」という言葉を持って、お客様にも前向きなあたたかい気持ちで帰っていただけるはずです。
大切なメッセージが入っている作品だからこその重み・見ごたえを、それぞれの出演者のお芝居の中できちんと伝えられる舞台になっていると思います。ぜひ劇場へお越しください!
【公演情報】
『十二番目の天使』
原作◇オグ・マンディーノ
翻訳◇坂本貢一(求龍堂刊「十二番目の天使」より)
台本◇笹部博司
演出◇鵜山仁
出演◇井上芳雄、栗山千明、六角精児、木野花、辻萬長、大西統眞/溝口元太(Wキャスト)、城野立樹/吉田陽登(Wキャスト)
●3/16〜4/4◎シアタークリエ
〈料金〉10,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777 (平日 9時半〜18時)
〈公式ホームページ〉http://www.tohostage.com/thetwelfthangel/
〈全国ツアースケジュール〉
●4/6〜7◎新潟・りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館劇場
〈お問い合わせ〉りゅーとぴあチケット専用ダイヤル 025-224-5521
●4/9〜10◎石川・北國新聞 赤羽ホール
〈お問い合わせ〉北國芸術振興財団(平日10:00〜18:00)076-260-3555
●4/13〜14◎茨城・水戸芸術館ACM劇場
〈お問い合わせ〉水戸芸術館ACM劇場 029-227-8123
●4/17◎香川・レクザムホール(香川県県民ホール)大ホール
〈お問い合わせ〉県民ホールサービスセンター 087-823-5023
●4/19◎福岡・久留米シティプラザ ザ・グランドホール
〈お問い合わせ〉ピクニックチケットセンター(平日11:00〜17:00)050-3539-8330
●4/21◎福井・越前市文化センター
〈お問い合わせ〉越前市文化センター 0778-23-5057
●4/24◎愛知・日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
〈お問い合わせ〉キョードー東海 052-972-7466
●4/26〜29◎兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス(10:00〜17:00 月休/祝日の場合翌日)0798-68-0255
【取材・文・撮影/橘涼香】
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