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新橋演舞場で華やかに、花柳章太郎追悼「十月新派特別公演」上演中!

『小梅と一重』(左から)兼吉=田口守、おかね=伊藤みどり、蝶次=瀬戸摩純、宇治一重=水谷八重子、澤村銀之助=喜多村一郎

劇団新派の花柳章太郎追悼「十月新派特別公演」『小梅と一重』『太夫(こったい)さん』が新橋演舞場で上演中だ(25日まで)。

花柳章太郎は大正から昭和にかけて活躍した新派を代表する立女方。コロナ禍の大きな影響を受け「新派朗読劇場」を挟み、1年8ヶ月ぶりとなった劇団新派の大劇場公演は、この偉大な名優が演じた数々の名作のなかから選りすぐった二作品を、劇団新派総力を挙げての上演となっている。

一幕ものの『小梅と一重』は、真山青果が河合武雄と初代喜多村緑郎のために書き下ろし、大正8年に初演された『假名屋小梅』のひと場面「芝居茶屋うた島」の場。初代喜多村緑郎が気に入り、この場面を独立させて上演したのが始まりで、花柳章太郎も昭和28年に小梅を手掛けている。近年では二代目水谷八重子と波乃久里子の上演が馴染み深いが、今回は一重に二代目水谷八重子、小梅に河合雪之丞という新派ならではの女優と女方の競演が展開されている。

『小梅と一重』假名屋小梅=河合雪之丞

【ものがたり】
売り出し中の役者・澤村銀之助(喜多村緑郎※体調不良により休演中。喜多村一郎代役)は、新橋でも一枚看板で意地が売りものの芸者・假名屋小梅(河合雪之丞)と誰知らぬ者もない仲だった。だが銀之助は、小梅のおかげで家柄の無い自分がここまで漕ぎつけられたとの恩義は感じていながらも、それを自身の見栄とする小梅の存在が重くなりつつあり、新富町の芸者・蝶次(瀬戸摩純)の内気で、何かと控えめな人柄に深く心を惹かれる様になっていた。

明治の時代の花柳界では、新橋は一流、新富町は櫓下と呼ばれ二流とされ、その新富町の芸者に銀之助を横取りされた形になった小梅は、顔に泥を塗られたと大酒を飲み、半狂乱で銀之助と蝶次を剃刀で追い回そうとする。
その場に居合わせ、機転を利かせて二人を逃がした一中節の師匠の宇治一重(水谷八重子)は、「お前さんは銀之助さんに会ってどうする気なんだ。泣くのかい。謝るのかい。それとも未練で頼むのかい?」と、銀之助の芸に向かう姿の尊さを説き、小梅を諭すのだが……

『小梅と一重』(左から)宇治一重=水谷八重子、假名屋小梅=河合雪之丞

『假名屋小梅』は明治28年に日本橋で実際に起きた愛情のもつれによる死傷事件を題材にした作品で、のちに川口松太郎が同じ事件を用いて『明治一代女』を書き残している。その『假名屋小梅』から銀之助をめぐる小梅と蝶次の争いを、酸いも甘いも噛み分ける一重が諭す、その一場だけを切り取った芝居がこの『小梅と一重』だが、一幕40分ほどの芝居のなかで、登場人物の関係性や性格、それぞれに抱えている思いがきちんと伝わってくる作劇の巧みさが際立つ。

特に今回は、主要四役が全員初役とのことで、わけても愁嘆場を諭す一重の水谷八重子の台詞術に聞き惚れる。長い台詞がまるで美しい詩のようで、見事に幕を切る様はいまこのような時世でさえなかったら、大向こうから掛け声が飛びかうだろうと容易に想像できるほどに力強く、新派を支えるこの人の存在の大きさを改めて感じた。

『小梅と一重』宇治一重=水谷八重子

対する小梅の河合雪之丞は、このひと場の芝居のなかでは決して出番も台詞も多くないなかで、小梅の不器用な愛とやるせなさをよく伝えている。特に思いが嵩じ過ぎて過激な行動に走る小梅を、女方が演じることで生々しさが軽減される効果もあり、華やかな押し出しと併せて、新派の醍醐味、また花柳章太郎追悼の意義も感じさせる存在になった。

その小梅から心を移す澤村銀之助は、門閥のない身で役者を目指し悔しい思いも重ねながら、いま大きな役者に成長しようとしているという、喜多村緑郎その人の人生が投影されたかのような役柄で、体調不良による休演は非常に残念だが、代役を務める喜多村一郎が、実に爽やかにそうした葛藤を越えた、売り出し中の役者らしい華も見せて出色。喜多村緑郎の早い復帰が待たれるのとは別に、喜多村一郎の堂々とした演じぶりは劇団新派にとっても嬉しい財産になっていくだろう。

蝶次の瀬戸摩純は劇団新派の次代を担うと期待される人材のひとりで、楚々とした美しい舞台姿がこの役柄に打ってつけ。銀之助が心を寄せたのもうなづける、作品の貴重なピースになっていた。またうた島の女将・おかねの伊藤みどり、銀之助の番頭・兼吉の田口守と劇団新派の幹部たちが、いまはない芝居茶屋の空気を伝える重要な役割を果たし、鳴物、笛、三味線と邦楽もふんだんに入る、新派の芝居を堪能させてくれた。

『太夫さん』(前列左から二人目より)喜美太夫=藤山直美、おえい=波乃久里子、善助=田村亮、長治=河合雪之丞

続く『太夫さん』は昭和30年に花柳章太郎主演で初演されて以来、上演が重ねられてきた北條秀司の代表作。遊郭に身売りされた娘・きみ子と、きみ子を立派な太夫に育てるために奮闘するおえいとの温かく、可笑しみもある交流か描かれていく。

【ものがたり】
京都島原遊廓で約三百年続く老舗妓楼・宝永楼の女将・おえい(波乃久里子)は、商売柄に似合わぬ無類のお人好しで、全盛期を過ぎた多くの太夫を抱えながらも島原の伝統を厳守しながら暮らしている。

昭和23年秋、裏のガス会社でストライキがはじまった朝、気の強い玉袖太夫(春本由香)は登楼客にそそのかされ、他の太夫たちを扇動して待遇改善の要求書をおえいにつきつける。彼女たちに愛情を持って接して来たと自負していたおえいの怒りは収まらず、初恋の相手でもあった輪違屋の善助(田村亮)に、いよいよ宝永楼をたたむべきかと嘆く。
そんな騒ぎの中、安吉と名乗る男が妹のきみ子(藤山直美)を連れてやって来る。同じ奉公に出すのなら日本の国宝とも言うべき島原で太夫にしたいという安吉の言葉に感じ入ったおえいは、自分に背いた女たちへの面当ての気持ちも重なりきみ子を引き取るのだが……

『太夫さん』おえい=波乃久里子

休憩二回を挟む三幕で描かれる物語は、新橋演舞場の広い舞台いっぱいに建て込まれた「宝永楼」のセットのなかで進んでいく。老舗遊郭に起きた新しい風、きみ子がやってきたことから起きる騒動の数々ともちろんドラマは次々に起こるのだが、何よりも顕著なのはこの時代に、この京都の町に生きる人々の丁寧な描き方だ。例えば太夫たちがそれぞれに箱膳を棚から降ろし、茶わんにご飯、お椀に汁物を注ぎ食事をする様や、みぞれのまじる寒空にきみ子にせがまれて外出するおえいが、羽織を二枚重ね、更にショールも巻き、履こうとした履物をみぞれに気づいて雨用のものに履き替える、といった一連の動作が何も省略されることなく舞台で展開されていくのだ。このやがて時と共になくなっていく「遊郭」で生きる人々の生活を淡々と、ある意味でたっぷりと描いてちゃんと間が持ち、ちゃんと時代の空気を立ち上らせることができるのは、いまや劇団新派をおいて他にないだろう。実際、久々の大劇場公演に新派の俳優たちがまさにオールスターキャストの趣で出演しているが、誰もが着物を日常に着ていた日本人を演じて違和感がない。この劇団の何よりの強みが、すべての幸せを人情が運ぶ物語を支えていた。

そんな中でおえいを演じる波野久里子が情感豊かに、人の好い遊郭の女将を演じている。台詞のいちいちに可笑しみがあり、情緒があり、真剣に怒っているのだがどこかで微笑ましい。何も注釈をされずとも、この人は好い人に違いないと思わせるのが、波野久里子のあくまでも凄味を感じさせない凄味。観る度に上手いなぁとつぶやきたくなる名演技が健在だった。

『太夫さん』喜美太夫=藤山直美

そんなおえいのもとにやってくるきみ子には、平成8年からこの役柄で客演を続ける藤山直美が登場。悪気はひとつもないが要領も物覚えも悪いきみ子が起こす騒動の一つひとつ、もっと言えばただ振り返る、舞台を横切る、それだけの動きで笑いを誘う絶品の演技で場をさらうのはさすがのひと言。幸せになって欲しいと自然に願う気持ちになるきみ子だった。

おえいの初恋の相手でもある輪違屋の隠居・善助も客演で田村亮が扮し、持ち前の姿の良さだけでなく、飄々とした佇まいが作品の彩を深めた。映像作品の数々で二枚目ぶりを披露し続けていた時代から、年齢を重ね、軽やかさも渋みも併せ持つ多くの魅力を持った俳優としてますます進化し続けているのが頼もしい。

『太夫さん』(左から)善助=田村亮、おえい=波乃久里子

また、遊郭で待遇改善を訴える玉袖太夫の春本由香が、強気の女性を生き生きと演じていて、深窓のヒロイン役も多く演じている人だが、こうした勝気な役柄もよく似合って目を引いた。他の太夫たちの面々をはじめ、新派俳優たちが前述したように総出演。いまはなくなってしまったが、それほど昔のできごとではない、日本人の在り様に想いを馳せられる芝居になっている。

【公演情報】
花柳章太郎 追悼「十月新派特別公演」
『小梅と一重』
原作:伊原青々園
脚色:真山青果
演出:成瀬芳一
出演:水谷八重子 喜多村緑郎 河合雪之丞 ほか
(※喜多村緑郎は休演。復帰の日程決定次第告知。詳細は公演ホームページ参照 )

『太夫さん』
作:北條秀司
演出:大場正昭
出演:波乃久里子 田村亮 藤山直美 ほか

●10/2~25◎新橋演舞場
〈料金〉1等席:13,000円 2等席:9,000円 3階A席:5,000円 3階B席:3,000円 桟敷席:14,000円
〈お問い合わせ〉チケットホン松竹 0570-000-489 (10:00~17:00 年中無休・年末年始除く)
〈公演ホームページ〉https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/2110_enbujyo/

 

【取材・文/橘涼香 写真提供/新橋演舞場】

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