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文学座アトリエ公演『歳月』『動員挿話』2本立て上演中! 若手演出家 西本由香・所奏インタビュー

文学座アトリエは 70 周年を迎えた。その記念公演のオープニングを飾る公演として、また、同時に開催する「岸田國士フェスティバル」の第一弾として、岸田國士作『歳月』と『動員挿話』の2本立て公演を、3月17日から29日まで上演中だ。
文学座の創立者である岸田國士の作品を現代に甦らせる2人の演出家は西本由香と所奏。西本は『ジョー・エッグ』という問題作を、所は『いずれおとらぬトトントトン』で怪作をアトリエから世に送り出した、ともに文学座期待の若手演出家だ。

『歳月』は大正8年(1919 年)から昭和初めにかけての東京山の手の一家の物語。一人娘の八洲子には信じる男がいて子供を身籠ったが、相手が結婚を拒んでいることから彼女は自殺未遂にまで追い込まれる。妹のために兄・計一と弟・紳二は結束、八洲子の友人・礼子も巻き込んで厳格な父の耳に入る前に自分たちで最善策を探ろうとする…。それから 7 年、さらに 10 年と歳月は過ぎてゆく。
『動員挿話』は明治 37 年(1904 年)の夏。日露戦争の真っ只中の東京、陸軍少佐・宇治の師団に動員令が下った。将校は馬丁を1人連れていくことになり、友吉に声を掛ける。逡巡する友吉に代わって妻・数代は、主人がいなければ生きている甲斐がないと断固拒否。そして宇治は妻に見送られながら戦地へ。その時、友吉、数代が選んだ道は…。

それぞれ1935年と1927年に書かれた作品で、岸田國士は30代~40代、まさに今回の演出を手がける西本由香と所奏と同年代だった。そんな戯曲への取り組みを西本由香と所奏に語ってもらった。

所奏 西本由香

メッセージを優位にではなく、交わされる言葉を上位に

──最初に西本さんから『歳月』という戯曲との出会いや取り組みを話していただけますか。

西本 岸田國士作品を演出するにあたって、これまで読んだいくつかの短編の、切れ味の鋭さなども印象にあったのですが、もう少し長いものをと思って探したときに『歳月』に出会いました。『歳月』は岸田國士が初期から言っている「『或こと』を言ふために芝居を書くのではなく、芝居を書くために『何か知ら』云ふ」というモットーの、1つの到達点だったと彼自身も位置づけていて、同時にそのようにして書いた最後の作品になったとも言っています。そういう意味では彼の創作史の前期における1つの集大成ではないかと思いますし、正面から取り組むのに相応しい一番高い山ではないかと。

──『歳月』はあまり上演されていませんね。それだけハードルの高い作品ということでしょうか?

西本 そうですね。初めて読んだとき、読みやすくてどんどん読めたのですが、でも底が見えないというか、ちゃんと中身を読み切れていない気がしたんです。今、上演に向けて作って行く中で感じているのは、不在の人物である斉木という男性、八洲子が子を身籠もった相手ですが、この人物をどう扱いどう描くかが一番大事で、難しいところかなと思いました。状況だけを聞くととんでもない男にも思えるのですが、でも八洲子は彼を信じたいと。そしてその思いが結晶化していって、最後は現実の存在を凌駕していくわけですが。男がただ酷いやつだなという印象になってしまわずに、八洲子のほうにお客さんも引っ張られるように作れたら、最後の展開も含めてとても面白くなると思います。

──80年以上前の作品なのに、八洲子は現代の女性たちに近い自我と価値観を持った女性ですね。

西本 そう思います。『動員挿話』もそうですが、岸田國士はあの時代にしかも男性でありながら、よくこんなふうに時代に流されない自我とか個人というものを持った女性を描けたなと。

──フランス留学なども関係があるのでしょうか?

西本 ヨーロッパでの経験が岸田の個人主義者としての一面を強めた部分はあると思いますが、それはもともと彼が本質的に持っていたものであり、だからこそ日本より当時のヨーロッパ社会のほうが折り合いがよかったのではないかと思います。そしてそれを男性ではなく女性に投影したのかなと。作中には自身を投影した男性像も出て来ますが、劇の中で個としての主張を多く女性に語らせているのが面白いです。当時の日本の社会だと男性よりむしろ女性のほうが自由になれる。男性のほうが社会にコミットしているぶんしがらみも多かったのではないか。だからこそ女性にその思いを仮託したのかなと思っています。

──執筆したのは1935年、まさに太平洋戦争開戦前夜という時期です。

西本 彼は、この『歳月』に至るまでの作品群の中で、なにかしらの主義、主張、メッセージを優位におくのではなく、そこで交わされる言葉というのを上位におきたいということを、潔癖なまでに徹底していたわけです。でも政局と無関係には書けなくなってきた。その流れの中での、いわば芸術至上主義であり演劇至上主義で書き切った最後の作品なのではないかと思います。

結局誰がおかしいんだろう?みたいな話になれば

──所さんにもまず『動員挿話』を演出することになった経緯から伺いたいのですが。

 岸田國士作品を連続上演する実行委員会からの話で、この作品を提案されまして、他にやりたい作品があればそれでもいいというので、いくつか探したのですが、やはり『動員挿話』が面白いのではないかということになりました。岸田國士の作品にしては言いたいことがはっきりしてるというか、例えば『紙風船』などのように「これは一体なんの話なの?」というものに比べれば、わりとメッセージ性が高い作品です。といって、戦争反対一色という演出では観ていられないだろうなと思うので、結局誰がおかしいのだろう?みたいな話になればと思います。

──誰がおかしいのだろう、というのは?

 背景になっている日露戦争の時代は、戦場で死ぬのは男の本懐だという考え方が当たり前ですよね。その時代に夫を戦争に行かせたくないという馬丁の妻は、当時の人から見ればおかしいと思われるわけです。でも今の僕たちから見れば、当然のように戦場に人を送り出すことのほうがおかしいと思うわけです。でも実際のところどちらが狂っているのかというのは、時代にもよりますし人にもよるわけです。そういう価値観の揺さぶりをうまくかけられたらいいなと思っています。

──執筆は1927年で、昭和の初めに書かれた作品ですが、数代という馬丁の妻の主張は、現代の女性にもまったく違和感がないですね。

 たぶん、岸田國士はこういう時代(2020年)になるとは思っていなかったでしょうね。それについては、彼の先見の明というより、作家としての想像力で書いたのではないかと思っているんです。意外と下世話に、「こういう人物が出てきたら面白いだろうな」くらいの気持ちで書いていたとしたら楽しい(笑)。岸田國士というと、どうしても文豪とかすごい人に思いがちですが、僕はもっと普通の人間として考えています。

──『動員挿話』については西本さんはどこが面白いと?

西本 今回の企画の打ち合わせで、なぜ数代が死ぬのかという話も出たのですが、私は「愛」だと。女性ならではの「執着」というか。私を置いて居なくなることが許せないというか、男の社会的な体面が「私」という存在より優位になることへの「NO」であり、憎しみに近い「愛」だなと。戦争反対ということ自体は彼女には重要ではなくて、男が体面を取ることへの怒りを感じますね。夫はそれがどれだけ妻に大きな影響をもたらしているか最後の最後にならないと気づかない。そこに男と女のズレがあることが面白いなと思います。

──所さんは『歳月』はいかがですか?

 一幕だけ見ると男尊女卑の芝居に思えるんですよね、家制度の時代だなと。その中で息子2人が妹のことでいろいろしゃべっているんですが、ぐだぐだと煮え切らなくて(笑)。そういうところが逆に岸田國士の作品の面白さなんだろうなという気がします。

2本立てなので、どちらかは楽しんで帰ってもらえるはず

──お二人はこれまで何本もの作品を演出していますが、西本さんは前回の英国の翻訳劇と日本語の戯曲との違いは?

西本 英語は結論からコミュニケートしますが、日本語は先に補足情報を言って結論は後にくるわけです。その異なるコミュニケーション方法で書かれた翻訳劇の言葉は、それをしゃべるための筋力がいりますし、言葉以上に膨らませる力技も必要になってきます。日本語の戯曲も、決して全部が日常会話のレベルで使っている言葉ばかりではないのですが、やはり日本人の思考で書かれているので、言葉を脳に通したとき、俳優自身の生理に自然に噛み合う。そこを信用して作っていけるということが、翻訳劇と違うところですね。

──所さんはわりと日本の戯曲が多いのですが、岸田作品ということでどう演出しようと?

 『動員挿話』は真面目な話をしている戯曲なのですが、そんなに眉間にしわをよせなくてもいい舞台にしたいと思います。50分座ってしゃべっていても、ちゃんと終わりまで行けてしまう戯曲でもあるのですが、それでは今この作品をやる面白さは出てこないのではないかと。新劇というよりはアングラとか小劇場演劇に近いかたちに寄っていってます。僕の演出はよく変化球に見られるのですが、自分としては全力でストレートを投げているつもりなんです。

西本 私も所さんは変化球が好きなんだなと思っていたんですけど、実はストレートだったという話が出て。

 僕の中ではこれがストレートなんだけど。そういう意味では西本さんの『歳月』は直球の世話物芝居というか、ソファがあって机があってという感じになるのかなと思ってます。『動員挿話』のほうはほぼ小道具なしの抽象舞台。2本がすごく違う舞台になるので、少なくともどちらかは楽しんで帰ってもらえると思います。

西本 私も2本立てでよかったなと思っています。アトリエ公演なので、何かしらの挑戦は考えていますが、引っかき回すのは所さんがやってくれるので(笑)、私は正面から行こうと。ただ、正面から向き合うということは、きっと地道な作業の繰り返しになるなと思っています。岸田國士の初期の作品が発表された当時は、洒落た会話だけじゃないかという批判もあったようです。そんな中で、彼は「この会話そのものを書きたい。メッセージに従属したくない」という作り方にこだわった。きっと風当たりも強かったと思いますし、その中で潔癖に居続けるのは大変だったのではないかと思います。その潔癖さを持った岸田國士の言葉を、細かい編み目で掬い取るという、ちょっと気の長い仕事に向き合いたいと思っています。

 岸田國士はこういうふうにやらなくてはいけないのかな?と思っている方がいたら、そんなことないんだよと。やり方はいろいろできるよ、ハードルは意外と低いよと。これからもっと岸田作品を上演する人や機会が増えてくれればいいなと思っています。

■PROFILE■

にしもとゆか○日本大学藝術学部演劇学科演出コース卒。2006年文学座附属演劇研究所入所(46 期)。2012年座員に昇格。文学座公演に演出部として参加する他、劇団内外で主に鵜山仁、松本祐子などの演出助手を務める。近年では、ドイツ同時代演劇リーディングシリーズ『明日から世界が!』(17年)、文学座附属演劇研究所研修科卒業公演『美しきものの伝説』(18年)、文学座有志による自主企画公演・世界の演劇『モロッコの甘く危険な香り』(18年)を演出。2018年12月アトリエの会『ジョー・エッグ』が文学座での初演出となった。2019年1月から1年間、文化庁新進芸術家海外研修制度により渡独、マキシムゴーリキー劇場にて研修。

ところかなで○1977年、東京生まれ。玉川大学文学部芸術学科芸術表現コース卒。2003年文学座附属演劇研究所入所(43期)。2008年座員昇格。文学座公演に演出部として参加する他、文学座では西川信廣、鵜山仁、坂口芳貞の演出助手を務めた。2017年の 5月アトリエの会『青べか物語』で演出家デビューを飾る。近年の演出作品は、ドイツ同時代演劇リーディング・シリーズ『観客たち』(17 年)、文学座附属演劇研究所本科卒業発表会『生きてるものはいないのか』(18 年)、キッズシアター~ボクとキミの秘密基地~『妖怪博士』(18 年)、文学座アトリエの会『いずれおとらぬトトントトン』(19 年)。

【公演情報】
文学座アトリエの会『歳月』『動員挿話』
作:岸田國士
演出:西本由香(『歳月』)・所 奏(『動員挿話』)
出演:中村彰男、神野 崇、越塚 学、名越志保、吉野実紗、前東美菜子、
音道あいり、磯田美絵(以上『歳月』)
斉藤祐一、西岡野人、西村知泰、鈴木亜希子、伊藤安那、松本祐華(以上『動員挿話』)
●3/17~29◎信濃町 文学座アトリエ
〈料金〉前売:4,600 円 当日:4,800 円(全席指定・税込)
ユースチケット:2,700 円※25 歳以下対象。観劇当日、年齢が確認できる証明書等を要提示
〈お問い合わせ〉文学座 03-3351-7265(10:00~18:00 日・祝除く)
〈公式サイト〉http://www.bungakuza.com/information/

 

【取材・文/榊原和子 撮影/岩田えり】

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