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愛と赦しを格調高く描くミュージカル『ジェーン・エア』上演中!

シャーロット・ブロンテの不朽の名作のミュージカル化であるミュージカル『ジェーン・エア』が東京芸術劇場プレイハウスで上演中だ(4月2日まで。のち7日~13日大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで上演)。

ミュージカル『ジェーン・エア』は「ブロンテ姉妹」として知られる、19世紀イギリスのヴィクトリア時代を代表する小説家姉妹の長姉、シャーロット・ブロンテの代表作である同名小説を原作に、『レ・ミゼラブル』『ダディ・ロング・レッグズ』『ナイツ・テイル─騎士物語─』『千と千尋の神隠し』など、日本でも大きな反響を巻き起こした作品を手がけ続けるジョン・ケアードが脚本、演出を、『ダディ…』『ナイツ・テイル』でもジョンとタッグを組んだ作曲家ポール・ゴードンが音楽を担当して1996年にカナダ・トロントで初演された作品。2000年にブロードウェイでのロングラン上演を果たし、トニー賞作品賞を含む主要5部門でノミネートされる好評を得た。日本では松たか子、橋本さとし主演で2009年に初演、2012年にも再演されているが、今回のプロダクションは全体に丁寧な見直しがなされた新演出版で、上白石萌音と屋比久知奈の役替わりによるWキャストのヒロインに、井上芳雄をはじめとしたカンパニーで、新たなミュージカル『ジェーン・エア』が生まれ出ている(※文中舞台写真は上白石ジェーン・エア、屋比久ヘレン・バーンズ回)

【STORY】
1840年代のイングランド。父母を亡くし孤児となったジェーン・エア(上白石萌音/屋比久知奈Wキャスト)は伯母のミセス・リード(春野寿美礼)に引き取られるが、率直な物言いで媚びることをしないジェーンは伯母に目の敵にされ、規則が厳しいことで知られるローウッド学院に寄宿生として送られてしまう。

自由がない学院生活での理不尽な仕打ちに対して怒りに震えるジェーンだったが、そんな彼女に“赦す”ことを教えたのが、学院で生活を共にする敬虔なキリスト教徒であるヘレン・バーンズ(屋比久知奈/上白石萌音Wキャスト)だった。二人はかけがえのない友として深く結びつくが、はやり病にかかったヘレンは若くして天国に旅立ってしまう。

それから8年。成長したジェーンはローウッド学院で教師をしていたが、自由を求めて学院を離れることを決意。広大な屋敷の主人、エドワード・フェアファックス・ロチェスター(井上芳雄)の被後見人である・アデール(岡田悠李/萩沢結夢/三木美怜 トリプルキャスト)の家庭教師となる。

主人のロチェスターは皮肉屋で風変わりな男だったが、ジェーンは彼の孤独を察し、自分と共通する何かを感じ取る。ロチェスターもまた、ジェーンの聡明さ、率直な物言いを好ましく感じるようになり、二人はやがて心を通わせていく。だがこの屋敷には夜になると聞こえてくる不気味な声があって……

もちろん日本にもそれぞれの信仰に対して忠実で、信心深い方々も多くいることは承知しているので、あくまでも自分に照らしてということなのだが、こうした海外の文学作品、それも歴史を重ねて長く読み継がれている傑作小説のミュージカル化作品に接して思うのは、根底にある神に対する絶対的な畏敬の念と、それ故の強さだ。最も端的に言うなら、このミュージカルを作り上げたジョン・ケアードその人が、日本で勇名を馳せた最初の作品であるミュージカル『レ・ミゼラブル』で、あまりにも過酷な状況のなかで登場人物が息を引き取る時に、最も明るいスポットライトがその人物を照らし出す演出に象徴されるすべて─死は神に召されること、主の国に迎えられ真の自由と安寧を得ることだ─という概念そのものに、ひれ伏すような気持ちになる。それは神様仏様ご先祖様お天道様、時には富士山にも等しく手を合わせ、バレンタインもイースターもハロウィンもクリスマスも、とりあえず楽しいイベントとして消費している自分が、決して持ち得ない精神の支柱に感じられる。

だからこそこの作品の主人公ジェーン・エアが獲得していく、生きることは信じ、赦すことだという精神世界が、不遇な少女時代を過ごし、周りの全ての不平等と理不尽に憤っていたジェーンが、自由を獲得する為の戦いを続けながら、なおしなやかな強さを秘めた女性に成長していく様に圧倒されるし、そんな彼女に雇い主であったロチェスターが惹かれていき、やがて救いを見出す展開に心を持っていかれる時間が、殊更尊く思えてくる。特に近年のジョン・ケアードがますますその志向を強めている「演劇の想像力」への信頼が、今回の新演出版にも色濃く表れていて、これまでジェーン役者が一人で語っていた、彼女の信条や、ひいては原作者のシャーロット・ブロンテの描いたテーマを、様々な役を演じるキャストたちがコロスとして代わる代わる語っていくことで、キャスト全員が物語を紡ぐ、このミュージカルを作り上げる大切なひとり一人という感覚が立ち現れたのが、演劇ならではの興趣を深めていた。これによって、イギリスの果てしなく広がる荒野を思わせる松井るみの美術のなかで、出道具で場面を変え、その場で着替えも見せていく演出もより演劇的に映り、観る者の想像力を深く刺激してくる。

特に今回の新演出版で取り入れられた、二人の女優がジェーン・エアと、彼女にはじめて「赦すことで得られる安寧」を説いた親友ヘレン・バーンズを、役代わりで交互に演じた効果には非常に大きなものがあった。そうしたことで、出番としては決して多くないヘレンが、ジェーンの魂をある意味で救い、成長させた物語のキーとなる人物であること。更には「死」という仮初めの別れを経てはいるものの、その魂はずっとジェーンと共にあり、やがては神の国で出会えることを実感させて、終幕の感動をどれほど高めたか知れない。そういう意味でこのWキャストはそれぞれを見比べるという妙味以上の、非常に深い意味を持つ仕掛けになったし、長大な原作世界をスピーディに、かつ重要なポイントを何ひとつ取りこぼすことなく20分の休憩込み約2時間45分の作品に仕上げたジョン・ケアードの真骨頂が現れた、知的で格調高い作品世界をより明確に指し示す力になった。美しいメロディーラインが常にあるポール・ゴードンの楽曲も、この世界観に相応しい。

そんな作品でヒロインのジェーン・エアとヘレン・バーンズを演じた上白石萌音は、両親の庇護も社会的地位も財産もなく、ましてや小柄で取り立てて美人でもない、という作者のシャーロット・ブロンテが、ただでさえ女性の生き方に大きな制限があった時代に、負の要素をこれでもかと持たせたヒロイン・ジェーンが、ジェンダーも生まれもルッキズムも超えて、人が神の前に等しく平等であるべきだと闘い続ける様を、上白石らしい内に秘めた強さのなかで表現してきたのが秀逸だった。もちろん彼女はとても美しい人だが、決して媚びを売らず、正しいと思ったことは口にするその精神が、ロチェスターを惹きつけたことにきちんと説得力を与えるジェーンに見せたのは深い芝居心の賜。特に『ナイツ・テイル─騎士物語─』で初めてコンビを組んだ時には、少々身長差がありすぎるか?と感じさせた井上芳雄との関係性が、長く演じ続けるうちにしっくりと馴染んで、二人が出会うことからロマンスが生まれる説得力につながっているのは、感慨深いことだった。一方のヘレン・バーンズにはあたかも聖母のような優しさが満ちていて、こちらは上白石の手のなかにあるとも言える役柄だけに、ポイントの出番で大きな印象を残している。

同じくジェーンとヘレンを交互に演じた屋比久知奈は、伸びやかな高音を持つ歌唱力を軸に、自らが置かれた境遇からの脱却を目指して格闘するジェーンの、強い信念を前面に出した演じぶりに勢いがある。『レ・ミゼラブル』のエポニーヌや、『ミス・サイゴン』のキムで得た経験が、ジェーンのなかに生きていることが確かに感じられ、時代に抗う生命力にあふれたジェーンが息づいていた。井上とは演劇作品としては意外にも初共演とのことで、その新鮮さもまたジェーンとロチェスターの関係を違った色に見せてくれて面白い。他方ヘレンは、はじめは諦観に見えている争わない姿勢が、すべては神の国で報われるのだという信仰につながっているとわかる造形で、屋比久らしいヘレンになっている。

その二人のジェーンと対峙していくロチェスターの井上芳雄は、猛々しさよりも皮肉屋でひねくれ者として役どころを押し出してきたのが、井上がロチェスターを演じるからこその妙味になっている。こうした拗れた表現には元々秀でたもののある俳優だが、どんなに露悪的に振る舞っても、その裏にそうさせている何かがあると感じさせる井上の根本に流れるヒーローの香りが、ジェーンが惹かれていくことに納得できるロチェスター像につながった。特に積極的に取り組んでいる台詞劇への挑戦が井上のなかで大きく実を結んでいることが伝わり、イギリス文学らしい英明さのなかで、内にあるあまりに大きな苦悩を表現してきたのが、俳優としての深まりを感じさせる。歌唱の説得力は既に言うまでもなく、はじめに聞いた時には驚きもあったキャスティングを盤石なものに仕上げて頼もしい。

ジェーンが進む道に最初に立ち塞がる壁である伯母、ミセス・リードの春野寿美礼は、こんなにも厳しくジェーンに接するには実は何か理由があるのではないか?とは感じさせない、おそらくは生理的にジェーンを受け入れられないのだろう彼女の嫌悪感を臆さず表出した冷たさが、ドラマの舵を担う役割を果たした。原作設定とは異なり、ミセス・リードとジェーンの関係性は終幕まで続くが、あくまでも軟化しないことでむしろ役柄が人間的に写るのも印象深い。ジェーンとヘレン、そしてロチェスター以外のキャストは等しく様々な役柄を演じるが、なかでももうひと役ロチェスター邸を訪れるレディ・イングラムの、権高さの押し出しが鮮やかだった。

冒頭この人さえ生きていてくれたら、と思うジェーンの母を瞬発的な出番で強く印象づけた仙名彩世も、多種多様な顔を見せてくれるなかで、やはりロチェスター邸に訪れて、彼と親交を深めるかに見えるブランチ・イングラムの気位の高さと、ジェーンをまるで息をするように見下している表現が特筆もの。ロチェスターとの絡みで全く客席を向かないのは、オンステージシートを設けたこの作品の、ステージ上の観客だけに向けた特別な演出でありつつ、ジェーンから二人がどう映っているのかをシンボリックに見せる効果につながっていて、後ろ姿も美しい仙名の姿と共に、さすがはジョン・ケアードと思わせる。

ジェーンが追いやられたローウッド学院の教師ミス・スキャチャードの樹里咲穂は、ジェーンに理不尽な罰を科すポイントをあくまでも怜悧に、自分が信じる規律に忠実な権化に見せたのが演技巧者の樹里らしい。一方、ロチェスター邸の召使いベッシィの何をやってもテンポがずれていく表現の巧みさも面白く、他にも大きな役柄を担い、それぞれをきちんと演じ分けて役幅の広さを感じさせた。

また、ロチェスターの人生を大きく左右するリチャード・メイスンを大澄賢也が演じるのも贅沢な布陣で、神のもとに正直であることが全ての美徳である、俗世の人間としては複雑さも覚える役柄を、大澄が演じたからこそのインパクトで示している。

他方、ロチェスター家を取り仕切る家政婦頭ミセス・フェアファックスの春風ひとみが、あくまでも使用人としての分別と踏み越えてはならない境界線を厳格に守っているようでいて、心根にある優しさに納得させられる巧みな演じぶりが光った。

そして、再三触れているようにキャストたちが様々な役柄を演じ分けていくことで、演劇の醍醐味がより深まる作劇のなかで、ロチェスター家の召使いグレース・プールを印象深く見せた折井理子。仙名のブランチと姉妹のメアリー・イングラムで貴族令嬢の天真爛漫ぶりを発揮した水野貴以ジェーンの父の温かさと、終盤に大きな役割を果たすシンジュン・リヴァーズの信仰が何にも勝る様を強固に表出した中井智彦。教師の理不尽な厳しさを体現したブロックルハーストの萬谷法英。わがまま放題の息子の小賢しさが腹の立つほど巧みだった神田恭兵。気性の激しいヤング・ジェーンと、甘えん坊のお嬢様アデールをトリプルキャストで立派に務めた岡田悠李、萩沢結夢、三木美怜。作品の屋台骨を支えるスウィングも担うローズの江崎里紗、ニコラスの犬飼直紀と、全員で紡ぐ舞台の格調の高さがとりわけ心に残る、引き締まった作品になった。

両ジェーン回のアーカイブ付き配信も決定していて、憎しみの連鎖を断ち赦すことは、他者ばかりでなく、誰よりも自分自身を解き放つことなのだという真理を、是非多くの人に受け取って欲しい舞台だった。

【公演情報】
ミュージカル『ジェーン・エア』
原作:シャーロット・ブロンテ
脚本・作詞・演出:ジョン・ケアード
作曲・作詞:ポール・ゴードン
翻訳・訳詞:今井麻緒子
音楽スーパーバイザー:ブラッド・ハーク
出演:上白石萌音/屋比久知奈(役替わりのWキャスト)
井上芳雄
春野寿美礼 仙名彩世 樹里咲穂
折井理子 水野貴以 中井智彦 萬谷法英 神田恭兵
岡田悠李 萩沢結夢 三木美怜
江崎里紗 犬飼直紀
大澄賢也 春風ひとみ
●3/11~4/2◎東京芸術劇場プレイハウス
〈料金〉オンステージシート:14,000円(公演オリジナルマスク付き)S席:13,500円 注釈付S席:13,500円 A席:9,500円
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場 0570-077-039
[大阪]06-6377-3888
●4/7~13◎梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
オンステージシート:14,000円(公演オリジナルマスク付き)全席指定:13,500円
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場 06-6377-3888

【配信情報】
4月1日(土) 17:30公演/上白石萌音(ジェーン)屋比久知奈(ヘレン)三木美怜(ヤング・ジェーン)岡田悠李(アデール)
4月2日(日) 12:30公演/屋比久知奈(ジェーン)上白石萌音(ヘレン)岡田悠李(ヤング・ジェーン)萩沢結夢(アデール)
※いずれも各回生配信終了後48時間後までアーカイブ視聴可能
視聴チケット料 5,000円(税込)
公演プログラム郵送サービス付き)7,200円(税込)※送料別途必要
視聴チケット販売期間
《4月1日(土) 17:30公演》3月10日(金) 12:00~4月3日(月) 17:30まで
《4月2日(日) 12:30公演》3月10日(金) 12:00~4月4日(火) 12:30まで
購入方法など詳細は公式ホームページ参照
https://janeeyre.jp/index.html

 

【取材・文・撮影/橘涼香】

 

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