ドラマ性に優れたミュージカル版ついに登場! ミュージカル『ボディガード』上演中!
ミュージカル『ボディガード』待望の東京公演が、東京国際フォーラムホールCで上演中だ(19日まで)。
ミュージカル『ボディガード』は1992年にケビン・コスナーとホイットニー・ヒューストン主演により、世界中で大ヒットを遂げた映画『ボディガード』をミュージカル化した作品。2012年にロンドン・ウェストエンドで誕生したこの舞台は、「英国ローレンス・オリヴィエ賞」の最優秀作品賞を含む4部門にノミネートされるなど高い評価を受け、オランダ、ドイツ、韓国、カナダ、イタリア、オーストラリア、スペイン、フランス、オーストリア、米国等世界14ヶ国で上演されている。日本では2019年に本場英国キャストによる初の来日公演を経て、2020年、新演出にて日本人キャスト版の初演を東京・大阪にて予定していたが、コロナ禍の影響による政府からの要請に基づき、東西で予定の33回公演の内、大阪公演5回のみが上演されたのち、全公演回が中止となっていた。
今回2022年の上演は、それ以来となる待望久しい再演の実現で、1月21日から31日までの大阪公演を経て、2月8日から東京国際フォーラム ホールCでの華やかな開幕を迎えた。
【STORY】
歌手として4回のグラミー賞受賞を経て女優デビューを果たし、オスカー賞を目指すスーパースター、レイチェル・マロン(柚希礼音/新妻聖子/May J.)は、精力的なプロモーション活動を展開していたが、息子のフレッチャー(大河原爽介/福永里恩/重松俊吾)と姉のニッキー(AKANE LIV)と暮らす彼女の周辺には、いつからか謎のストーカー(入野自由)の影が潜んでいた。
マネージャーのビル(内場勝則)はこの状態を憂い、敏腕ボディガード、フランク・ファーマー(大谷亮平)にレイチェルの身辺警護を依頼する。だが、フランクの存在はオスカー賞レースの為に、よりレイチェルの露出を高めたい広報担当のサイ(猪塚健太)、古参ボディガードのトニー(大山真志)、そして何より自分の思う通りの生活ペースを貫きたいレイチェル本人の反発にあい、相互の意思疎通は一向に進まずにいた。
そんなある日、レイチェルはフランクの忠告を聞かず、サイが勧めるシークレット・ライブに出演するが、興奮した観客がステージに押し寄せ、あわやのところをフランクに救われる。このことをきっかけに、レイチェルはフランクに深い感謝と信頼を覚え、二人の距離は急速に近づいていく。ところが、レイチェルに男性の影を感じ取ったストーカーの不穏な行動はエスカレート。フランクは依頼人とボディガードというそもそもの互いの立場を優先しようとするが、納得がいかないレイチェルは態度を硬化させ、二人の心がすれ違う間にも更に大きな危険が忍び寄ってきて……
全世界で大ヒットした映画版をベースに、グラミー賞受賞曲『オールウェイズ・ラヴ・ユー I WILL ALWAYS LOVE YOU』をはじめ映画の楽曲をふんだんに使ったこのミュージカルだが、全体を通してまず感じるのは、20世紀を代表する歌姫ホイットニー・ヒューストンの歌声をふんだんに聞かせ、彼女を守るボディガード役であるケビン・コスナーのカッコ良さを徹底的に見せる、謂わばスター映画の在り方を貫いている映画版よりも、ぐっと整合性を通したストーリーが展開されていることだった。特に自身も歌手を志しながら、圧倒的なスター性を持つ妹と自らの違いを目の当たりにして、裏方に徹しているレイチェルの姉ニッキーの行動や、そもそもの発端であるレイチェルをつけ狙うストーカーの存在に、映画版よりも真実味のある裏付けがなされているから展開に無理がない。これによって、レイチェルと距離を置こうとするフランクの心情にも、プロのボディガードとしてのプライドだけではない切実な理由が生まれているのも効果的で、作品のドラマとしての面白さを高めた。この物語部分がしっかりしていることで、心情を切々と歌う場面も多くあるものの、レイチェルが歌い踊るショーステージをはじめ、登場人物が作品世界のなかで実際に歌っている設定のナンバーがより大きな印象を残す「音楽劇」の要素が強い作品の、エンターティメント性とドラマ性がきっちりと融合して飽きさせない。
これは、異人種間のロマンスがベースにある(殊更それに注力していないのが、ハリウッド映画として画期的なものでもあるが)映画版からミュージカル版、さらに日本人の俳優だけで演じる日本版への展開のなかでも非常に重要なポイントで、スティーブン・スピルバーグ製作総指揮のNBCミュージカルドラマ「SMASH」の振付でエミー賞を受賞し、2018年には宝塚歌劇団「WEST SIDE STORY」の演出・振付も務めた ジョシュア・ベルガッセの演出・振付にも、その要素が生きている。全体の流れとして、実にレベルの高いアンサンブルの面々を加えたショーシーンで、舞台面を大きく使いながら、二階、三階に相当する高みにもアクティングエリアを作った美術(二村周作)を駆使して、ドラマ部分をスピーディーに進めていく演出のテンポの良さが光った。
そんな作品のなかで、ヒロイン・レイチェル・マロンには、初演からのキャスティングである柚希礼音と新妻聖子にMay J.を加えたトリプルキャストが組まれていて、三者三様のレイチェル像が楽しめる。
柚希礼音のレイチェルは、まずなんと言ってもこの役柄がスーパースターであることに説得力を与える、柚希本人が持っている押し出しの良さとスター性で魅了する。冒頭『夜の女王 QUEEN OF THE NIGHT』でダンサーを従えて初登場時した時のインパクトに絶大なものがあり、宝塚歌劇団で長くセンターを担ってきた人ならではの、空間掌握力が頭抜けている。一時期高音の伸びがやや危ぶまれたが、持ち声にあった音域とのすり合わせが奏功しているし、得意のダンスはもちろんのこと、今回の上演では特にレイチェルの心情変化などの、芝居面に注力していることがよく伝わってくる。フランクをはじめ周りの人間たちとの関わりによって、心を開いていく過程とスターのプライドのバランスに優れたレイチェルだった。
新妻聖子のレイチェルは、『ボディガード』と言えば、おそらくほとんどの人が瞬間的に頭に浮かべるだろう「エンダー~~」というメロディラインを持つ、『オールウェイズ・ラヴ・ユー I WILL ALWAYS LOVE YOU』こそが作品の代名詞だと、改めて感じさせる圧巻の歌唱を披露。ここに至るまでの数々のナンバーも、クライマックスがこれからだということを、ある意味計算せずにパワフルに歌い切る、ミュージカルスター新妻聖子の個性が、音楽劇要素の強い作品によくあい、新妻のキャリアの中でも役と本人との親和性の高さを感じさせた。適度に好戦的だが、それは思ったことを正直に言っているだけで、決して悪気はないというレイチェルのスターらしさの表出も面白く、新妻のレイチェルの妙味になっている。
そして初参加のMay J.は、言うまでもなく『アナと雪の女王』の日本版主題歌「エンドソング」で飛躍的に知名度を高めた人で、ミュージカル作品への出演はこれが二作品目。三人のなかでは最も愛らしさが前に出るレイチェルで、フランクに恋していく過程もロマンチック。スーパースターのある意味のアクは薄いが、これまで歌手としての活動が主軸にあった人らしく、ノミネートされているアカデミー賞受賞式で歌ひとつに感情を乗せていく『ワン・モーメント・イン・タイム ONE MOMENT IN TIME』の歌唱に秀でていて、最もボディガートを必要とする、守ってあげたいレイチェル像が新鮮だった。
この三人のヒロインを「レイチェル三姉妹」と表現したボディガード、フランク・ファーマー役の大谷亮平は、メインビジュアルで見せた役柄に相応しいカッコ良さを、舞台でも維持しているのが主に映像を中心に大活躍している俳優として好印象。カラオケバーでいざ歌ってみたら全く歌えないというオチを抱えている、ミュージカル作品のなかで歌わないヒーローというかなり珍しい設定の役柄だからこそ、こうした新鮮なキャスティングも実現できるのだろう。容姿は申し分ないので、舞台発声を獲得していくと更に可能性が広がると思う。期待したい。
レイチェルの姉ニッキーのAKANE LIVは、前述したようにこのミュージカル版で大きく描き方が変わり、自らが望んで得られなかったものを獲得している妹に、献身しながらも心の奥底で複雑な感情を抱くという、非常に共感できる役柄を、更に深い理解で表現している。大変豊かな歌唱力の持ち主だが、その歌い方も場面に合わせて絶妙なコントロールをしていて、その心情を思うと切なさが募る、作品の裏ヒロインとも感じさせる存在にニッキーを昇華させて素晴らしかった。
ストーカーの入野自由も、ミュージカル版で役柄に十二分な性格づけと過去が書きこまれていて、それだけにハラハラもしゾっともさせる存在を、立ち姿から不穏なものを漂わせて表出している。声優としてはもちろん、舞台にも積極的に出演しているお馴染みの顔だけに、あそこにストーカーが!と驚かせる効果が大きく、首をカクッカクッと動かす動作の不気味さにも、俳優・入野自由の力量が投影されていた。
広報担当のサイの猪塚健太は、この再演版からの参加だが、レイチェルの周りの人間たちがストーカー騒動を大事だと思っていない空気を双肩に担い、プロモーションしか頭にない男を突き抜けた表現で演じている。特にフランクがボディガードとして最大のミスを犯したと後悔している出来事を、プロモーションとして最高だった!と言い切る場面で、フランクの焦燥をより感じさせた役割が秀逸で、大きなインパクトを残していた。
古参ボディガード、トニーの大山真志は、レイチェルを守るのは自分だと新参のフランクに不快感を示している冒頭から、やがてその力量に心酔していく過程を、台詞のない場面でも非常に明確に演じている。常に何か食べていて、ボディガードにしてはどこかのんきな面に嫌味がないのは大山のおおらかな個性故で、歌も踊りもないのがもったいなく感じる思いを払拭するカーテンコールまで、目が離せない存在だった。
マネージャーのビルの内場勝則は吉本新喜劇で長く座長を務めた人で、舞台姿に愛嬌と同時に人情味があるのが、レイチェル側のスタッフで唯一、早い時点で事態の深刻さを把握している人物を自然に見せる味になっている。この人を中心にしているから、レイチェルのファミリーはどこかで温かく、一見バラバラなようでちゃんと結束していると感じさせる存在だった。
レイチェルの息子フレッチャーのトリプルキャストの大河原爽介、福永里恩、重松俊吾も大役だが、それぞれが個性的なだけでなく、フランクに最初からなついていく、この人は信じていい人だと肌感覚で理解している少年の敏感さを、それぞれきちんと表現しているのがいい。また、ダンスキャプテンとして様々なシーンで爽快な踊りっぷりを示しつつ、フランクが信頼する警察側の人間レイ・コートを演じる青山航士がダンス力に勝るとも劣らない芝居力を示して、作品のサスペンス部分を支えたのは特筆に値するし、前述したようにアンサンブルのダンサーたちのレベルが非常に高く、見せ方も魅せ方も心得たひとり一人が作品を底支えした力は絶大だった。
全体に、メリハリの効いた休憩込み2時間半の上演時間も心地良く、コロナ禍を乗り越えて作品の上演が叶ったことを喜びたい舞台になっている。
【公演情報】
ミュージカル『ボディガード』
原作:ローレンス・カスダン作 ワーナー・ブラザース映画「ボディガード」
脚本:アレクサンダー・ディネラリス
訳詞:森雪之丞
翻訳:阿部のぞみ
編曲:クリス・イーガン
演出・振付:ジョシュア・ベルガッセ
出演◇柚希礼音・新妻聖子・May J.(トリプルキャスト) 大谷亮平
AKANE LIV 入野自由 猪塚健太 大山真志/内場勝則
大河原爽介・福永里恩・重松俊吾(トリプルキャスト)
青山航士/飯田一徳 小山銀次郎 宮垣祐也 加賀谷真聡 鹿糠友和 落合佑介
杉浦小百合 吉元美里衣 橋本由希子 HitoMin 杉原由梨乃 原田真絢 斎藤葉月
●2/8~19◎東京 東京国際フォーラム ホールC
〈料金〉S席13,500円・A席9,500円・B席5,500円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場(10:00~18:00)
〈公式サイト〉http://bodyguardmusical.jp/
〈公式Twitter〉https://twitter.com/BodyguardNIPPON
【取材・文/橘涼香 撮影/岸隆子】
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