傑作舞台『笑の大学』間もなく開幕! 三谷幸喜インタビュー
僕にとっての特別な作品を託せる俳優さんがふたり揃った
三谷幸喜が90年代に書き下ろした傑作舞台『笑の大学』を作家手ずから演出する。
菊谷栄をモデルにし、戦時中の検閲に負けず作品を守り続ける劇作家・椿一と警視庁検閲係・向坂睦男の攻防を描いた作品は、「ものを作ることに向き合った、あるいはものづくりにおける妥協とは何かという話」であり、椿は三谷自身を投影し、向坂は、彼の前に立ちはだかる制約のメタファーであるという。
自分の信じるおもしろい物語をいかに完成させるか、どんな障害があってもそれすら糧として物語を作り上げる三谷幸喜の作家としての孤高の闘い、凄まじいまでの信念が、25年の年月を経て、内野聖陽と瀬戸康史という俳優の肉体を得て、再び燃え盛ろうとしている。
間もなく開幕する『笑の大学』について語ってくれた三谷幸喜の「えんぶ2月号」のインタビューをご紹介する。
制約を逆手にとって、もっとおもしろくしようと
──ご自身の書いた『笑の大学』を、今回はじめて演出されるにあたり構想はありますか。
これまで僕が自分が書いたものを演出していたときは、なるべく特別なことはせず、いわば台本の補足説明を稽古場でやっているかのような感覚でした。ただ『笑の大学』に限って言えば、劇作家・椿一は僕にとって理想の脚本家であり、検閲係の向坂睦男と椿のやりとりは、これを書いた頃の自分とテレビドラマのプロデューサーとのせめぎあいが元になっているので、演出しやすいような気がしています。
──25年前の三谷さんはプロデューサーから台本チェックを受けていたと。
僕の脚本家としての出発点だった小劇場ではなんでもありでしたが、テレビドラマの脚本をはじめて書いたときは衝撃でした。予算やスケジュールや、俳優の事情や、プロデューサーの思惑など……制約だらけで、それをどうクリアしてやりたいものをどう作っていくか、僕にはとても新鮮に思えたものです。理想と思って書いたものからどんどん遠ざかっていくのは耐えられない、という作家もなかにはいらっしゃるかもしれないけれど、僕は制約を逆手にとってもっとおもしろくしようという気持ちになるほうで。その経験を元に、椿は僕自身として、向坂は僕の前に立ちはだかる制約というものをひとりの人間に置き換えて描きました。タイトルに「笑」という文字が付いていますが、実は、笑いをテーマにした作品ではなくて、ものを作ることに向き合った、あるいはものづくりにおける妥協とは何かという話ですね。
──三谷さんは俳優に当て書きをする脚本家として知られています。今回25年ぶりに俳優が変わることで台本を変える可能性はありますか。
いまの段階では前の台本をそのまま使うつもりです。再演のときはだいたいそうですが、基本的に、あまり手はいれません。でも稽古がはじまると、俳優さんが異なれば僕のイメージもだいぶ変わってくると思うので、おそらく稽古場でいろいろ進化していくのではないでしょうか。
──今回、25年ぶりに再々演を決めた理由が、演じるに足る俳優が現れたからということですが、内野聖陽さんと瀬戸康史さんのどこに惹かれましたか。
内野さんは高校の後輩です。そこからこの業界に入った人は僕と内野さんと左とん平さんくらいしかいないんです。そういう意味で、後輩の面倒を見たいなという思いがひとつと、大河ドラマ『真田丸』(16年)で徳川家康をやっていただいたとき、僕がやってほしいことを100%具現化してくれてびっくりしたんです。テレビドラマの脚本家は現場には行かないので、俳優さんと演出家に託します。お任せした結果、こんなふうにやってくれたのかいう意外な驚きもあるものの、ときには、一言も打ち合わせていないにもかかわらず、僕のやりたいことを完璧にやってくれる信頼のおける俳優さんが稀にいて、西田敏行さんや伊東四朗さんなどがそうですね。そして、内野さんもそのひとりとなりました。瀬戸さんは僕が演出したニール・サイモンの『23階の笑い』(20年)に出ていただいたのが最初です。そのときのキャスティングは僕ではなく、シス・カンパニーの北村明子プロデューサーが決められて、僕はそれまでは瀬戸さんのことを存じ上げなかったんです。でも、稽古を進めていくうちに、彼はとても笑いに貪欲な人だと感じました。『23階の笑い』は、ニール・サイモンの自伝的な要素が強い作品で、瀬戸さんはニール・サイモン自身を投影した役柄だったのですが、笑いが好きで、常にお客さんを笑わせようとする意欲を的確に演じてくれていました。もちろんそういう意図のある台本ですが、俳優はストレートに笑いに走ることが照れくさく、直接的に笑わせようとする芝居を控えがちになることがあるのですが、瀬戸さんは笑わせようと常に努力していて、それが喜劇作家の気持ちと合致して見えたんです。僕も笑いが大好きな喜劇作家なので、その姿勢に共感を覚えて、それ以来、ミュージカル『日本の歴史』(21年再演)、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(22年)と続けざまに出演していただきました。
──瀬戸さんに『23階の笑い』に続いて喜劇作家役を託したのですね。
椿はコメディアンではないけれど、浅草の笑いの世界に足を踏み入れている人のひとりとして、コメディアンのニオイがするし、なにより笑いに対して貪欲なキャラクターです。だから、瀬戸さんにぴったりだと思ったし、瀬戸さんに演じてほしいなこの役は、と思ったんです。
自分で演出をするようになってト書きを書かなくなった
──内野さん、瀬戸さんは三谷さんの観たいものを体現できる俳優のようですが、例えば、ご自身が見たいものと俳優のやりたいことが違った場合、すり合わせていくにはどういう方法をとりますか。
今回に限らずですが、自分で演出をするようになって、台本のト書きを書かなくなりました。稽古場で直接伝えればいいと思うようになったんです。脚本を書きはじめた頃は、俳優さんがこのせりふをどんな感情で言うか、例えば、(内心忸怩たる思いで)などとかっこでくくって書いていましたが、今は、もう現場で伝えればいいと考えるようになりました。逆にいうと、台本に書かなかったことを稽古場で説明することが僕の仕事みたいな感じですね。もちろん、台本を書いているとき、僕なりのイメージはあるんです。このときどんな気持ちで言うのか、せりふを言うときの目線は相手を見ていたほうがいいのか、あえて見ないほうがいいのか、あるいは背中で伝えたほうがいいのか…。でもそれは、おそらく稽古場でお伝えてしていくことになると思います。ただ、今回、内野さんも瀬戸さんもレベルが高い俳優さんですから、自由にやっていただいて、そのなかで軌道修正をしていくことにとどまるかもしれません。とにかく、やってみないとまだわからないですね。
──『笑の大学』はシンプルなふたり芝居。俳優と俳優の感情をしっかり見せればほかは何も要らないということになりますか。
例えば、ロシアでやった『笑の大学』を観たら、もちろんロシア語がわからないので、どの程度台本どおりにやっているかわからなくて判断しづらかったのですが、天井から衣裳が下りてきてその都度着替える演出があったんです。おそらく、7日間の話で、日々の移り変わりを表しているのと、衣裳が上がり下がりする視覚的面白さみたいなことを狙ったのだと解釈しました。そういう演出もあってもいいと思いますが、シンプルな会話劇だから、僕はほんとうにふたりだけのやりとりで演出すると思います。
──脚本の力が強いから俳優の芝居だけで伝わるでしょうね。
ありがとうございます。僕にとって特別な作品を託せる俳優さんがふたり揃ったことが心強いです。
──『笑の大学』の椿のように、書き直しの提案やアイデアを誰かにもらったときに、こいつなかなかやるな、などと、友情や同志的な想いを抱いた経験はありますか。
そういう経験はないですね。芸術家同士の友情があるかをテーマにした『コンフィダント・絆』(07年)という作品を書いたこともありますが。これは画家の話で、〝コンフィダント〟とはものを作る人間の背中を押してくれる存在らしく、僕にも創作の過程で力になってくれる人はいます。例えば、ひとりで悩んでいても埒があかないとき、誰かと話をしながら自分のなかで考えを組み立てていくことはあります。ただ、誰に話してもいいわけではなく、きちんと受け止めてくれる人でなければいけないし、とても大事な存在ではありますが、だからといってその人が創作のパートナーに成りえるかというとそうではないんです。
──じつは90年代『笑の大学』を観たとき、異なる価値観がいかに融和するかというコミュニケーションの物語にも見えたのですが、ものづくりと制約の物語と伺って、興味深く感じました。
そういう視点もゼロではないし、物語としての体裁というか、形を整える意味で、そういういった要素を付け加えることもありますが、それが物語を描く目的では決してないですね。
昔の作品を見たり、台本を読むと恥ずかしくなる
──91年初演の『ショウ・マスト・ゴー・オン』と96年初演の『笑の大学』と最近、90年代の作品の再演が続きますが、この頃の作品をいま行う意図はありますか。
大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の脚本を2年近く書いていたため、この2年、新作を作ることが難しく、かといって、僕は舞台の人間と思っているので、2年以上も演劇から離れたくなくて、その間は再演をやろうということになったとき、たまたま『ショウ・マスト・ゴー・オン』と、僕の演出ではないですが、92年に初演した『VAMP SHOW』と……ほんとにたまたま重なった感じですね。
──改めて90年代の作品を振り返っていかがでしょうか。
それぞれ思いは違いますが『ショウ・マスト・ゴー・オン』や『VAMP SHOW』は、いまでは絶対やらないような笑いのネタ──ドリフターズに近いような、動きやビジュアルで笑わすようなことをやっていて、登場人物たちの心情もあっけらかんとしていて、いまならこうは書かないなと思います。登場人物たちが苦悩していないんです。もちろん悩みはあるけれど、楽しげなんですね。いつしか自分も年齢を重ねてきたからか、少しは人物の陰影が深くなっているつもりで、そうではない昔の作品を見たり、台本を読んだりすると恥ずかしくてしかたがなくなります。ただ、もちろんいいところもあって、いまでは出せない勢いやパワーを感じて、そこに嫉妬する気持ちもあります。
──『笑の大学』はPARCO劇場の50周年企画です。どのように感じていますか。
当時まだ西武劇場という名だったPARCO劇場で、ニール・サイモンの『おかしな二人』を観て、はじめて演劇がおもしろく、自分でもやってみたいと思いました。あの日、西武劇場のあの席に座って観ていなかったら、いま僕はここにいないでしょう。きっかけを与えてくださった劇場に、僕はまだまだ恩返しをしきれていない気がしているので、この先、新しくなったPARCO劇場に、新たな代表作と呼ばれるものを作らないといけないと感じています。
■PROFILE■
みたにこうき○東京都出身。日大芸術学部演劇科在学中の83年に劇団「東京サンシャインボーイズ」を結成(94より休団中)。放送作家としてもヒットドラマ多数。近年の作品に【映画】(監督・脚本)『清須会議』『ギャラクシー街道』『記憶にございません!』、【ドラマ】『新選組!』『真田丸』『風雲児たち~蘭学革命編~』『鎌倉殿の13人』Amazonプライム・ビデオ『誰かが、見ている』、【舞台】(作・演出)『国民の映画』『エノケソ一代記』『子供の事情』『酒と涙とジキルとハイド』『burst!~危険なふたり』『不信~彼女が嘘をつく理由』『江戸は燃えているか』『日本の歴史』三谷かぶき『月光露針路日本 風雲児たち』『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』『大地』『ショウ・マスト・ゴー・オン』、(上演台本・演出)『抜目のない未亡人』『23階の笑い』、(演出)『ドレッサー』など。
【公演情報】
PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『笑の大学』
作・演出:三谷幸喜
出演:内野聖陽 瀬戸康史
●2/8~3/5◎東京公演 PARCO劇場
〈お問い合わせ〉サンライズプロモーション東京 0570-00-3337(平日12:00~15:00)
●3/11・12◎新潟公演 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 劇場
●3/18・19◎長野公演 まつもと市民芸術館 主ホール
●3/23~26◎大阪公演 サンケイホールブリーゼ
●3/30~4/2◎福岡公演 キャナルシティ劇場
●4/6~9◎宮城公演 電力ホール
●4/13~16◎兵庫公演 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
●4/20・21◎沖縄公演 那覇文化芸術劇場なはーと 大ホール
〈公演サイト〉https://stage.parco.jp/program/warai
【取材・文/木俣冬 撮影/岩田えり】
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