人と人との絆の尊さを描いた永遠の名作ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』開幕!
日本初演から半世紀以上、民族、信仰、家族、隣人へのかけがえのない絆の尊さを描き、愛され続けている傑作ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』が2月4日、日比谷の日生劇場で開幕した(3月1日まで。のち3月5日~7日、愛知県芸術劇場大ホール、3月12日~14日、埼玉県・ウェスタ川越大ホールでも上演)。
ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』は、1964年ブロードウェイで初演され、トニー賞ミュージカル部門の最優秀作品賞、脚本賞、作曲賞など7つもの賞を獲得し、72年まで8年間3.242回の当時としては記録的なロングランを達成した作品。
日本初演はロンドン初演と時を同じくした1967年。森繁久彌のテヴィエ、越路吹雪のゴールデ以下、豪華キャストが顔を揃え、以降森繁テヴィエは通算上演900回を達成するまで再演を繰り返し、作品を日本に根付かせた。1994年からは西田敏行、そして2004年から“21世紀版”『屋根の上のヴァイオリン弾き』と銘打たれ、作品の一部を凝縮した公演で、市村正親テヴィエが華々しく登場。2009年の上演からは市村に「最強の女房」と言わしめた鳳蘭が妻・ゴールデに扮し、文字通りの名コンビによる愛の物語が展開されている。
【STORY】
1905年―帝政ロシアの時代。寒村アナテフカで酪農業を営むテヴィエ(市村正親)は、信心深く、お人好しの楽天家で、25年連れ添っている妻のゴールデ(鳳蘭)に頭が上がらないが、5人の娘たちを愛し、神様との対話を日課にして貧しいながらも幸せな日々を送っていた。
そんな夫婦の娘たちの中で、年頃の長女ツァイテル(凰稀かなめ)、次女ホーデル(唯月ふうか)、三女チャヴァ(屋比久知奈)の最大の関心事は自分たちの結婚について。今日もアナテフカで仲人を一手に務めるイエンテ(荒井洸子)が訪ねてくると気もそぞろ。「姉さんが早く結婚を決めてくれないと、自分たちに順番が回ってこない」と言うホーデルとチャヴァだったが、当のツァイテルは重い気持ちを抱えていた。実はツァイテルは幼馴染の仕立屋モーテル(上口耕平)と相思相愛の間柄になっていたのだが、ユダヤの厳格な戒律と“しきたり”では両親の祝福が無ければ結婚は許されない。せめてミシンを買う資金が貯まるまで、ツァイテルと結婚したいとは言い出せないという、気の弱いモーテルの態度に、別の縁談が進んでしまうのではと、ツァイテルは気が気ではなかった。
案の定、イエンテが持ち込んだのは、金持ちで肉屋のラザール(ブラザートム)がツァイテルを後妻に迎えたいと申し出ているという縁談だった。娘が使用人もいる家の奥様に収まれるとゴールデは大喜び。ラザールを好ましく思っていない上、自分より年上の男が義理の息子になることにはじめは躊躇したテヴィエも、酔った勢いで結婚に同意してしまう。けれども勿論ツァイテルは泣いてこの縁談を断ってくれとテヴィエに訴え、モーテルも勇気を奮って自分たちは愛し合っていると告げる。結婚は親の決めた相手とするものという民族の戒律に従い、自身も結婚式で初めて顔を合わせたゴールデと家庭を育んできたテヴィエは、娘たちの新しい考えに驚愕し、しきたりと娘への愛情の間で懊悩するが、ついに愛情が勝り、若い二人の結婚に同意する。
だが帝政ロシアによるユダヤ人迫害の波は、アナテフカにもひたひたと近づいてきていて、ツァイテルとモーテルの結婚式の晴れの宴が最高潮に達したところで、ロシア人の巡査部長(廣田高志)が部下と共に現れ、会場はめちゃめちゃにされてしまう。
常日頃から人は全て平等であるべきだとの思いを抱き続け、下の娘たちに勉強を教えていた学生パーチック(植原卓也)は、その有様から遂に革命を起こす時だと決断し、仲間と共に蜂起する為アナテフカを去る。彼とその思想に心惹かれていたホーデルは、パーチックとの婚約を決意し、テヴィエに祝福を願う。それはツァイテルとモーテルの結婚以上に、テヴィエにとってしきたりから外れた申し出だった。更に、三女のチャヴァはあろうことかロシア人学生のフョートカ(神田恭兵)と結婚したいと言い出す。民族の絆を何よりのよりどころにしてきたテヴィエにとって、看過し難い出来事が打ち続き、娘たちそれぞれの恋がテヴィエのアイディンティティを揺さぶる中、近隣の村で起きたと噂が広がっていたユダヤ人強制立ち退きの報が遂にアナテフカにも降りかかって……
今なお世界からなくなっていない、異なる文化、異なる宗教を持つ民族同士の故なき争いと迫害を根底に据え、子供たちの恋愛、そして結婚が親の信念を揺さぶる。そんな重いテーマをうちに秘めながら、半世紀を超えてこの作品が愛され続けている背景には、これらの問題が持つ普遍性と同時に、作品全体が不思議なほどの明るさと生命力を持っているからだろう。折に触れて天上の神様と語り合うテヴィエをはじめ、キャストが交わすユーモアたっぷりの台詞の数々。民族色豊かで軽快なダンスシーンを多く含んだ、幾多のミュージカルナンバーの楽しさ。そして、どんな状況に置かれても前を向いて歩き出す登場人物たちのエネルギー。それら全てが、このミュージカルの輝きを生み出している。
実際、怒涛のように展開される「伝統(しきたり)の歌」が、ユダヤの人々に伝わる民族の戒律を、見事な重唱とダンスで一気に観客に提示してくる冒頭から、休憩込み約3時間半という今の時代で考えれば長尺の上演時間が、客席に座ると全く長さを感じさせないのだ。そればかりか、「陽は昇りまた沈む(サンライズサンセット)」や「人生に乾杯」といった、今やスタンダードとしても耳に馴染んでいるミュージカルナンバーが作品の中で息づいていく様には、伝えたいテーマをあくまでもエンターティメントの輝きに包括していく「ミュージカル」の持つ力、その魅力がぎっしりと詰まっている。
オリジナルプロダクション演出・振付のブロードウェイの神様、ジェローム・ロビンスの精神を守り切り、初演から半世紀以上、作品の振付に関わっている真島秀樹や、連綿と続く作品の歴史を次の時代にもつないでいこうとする日本版演出の寺崎秀臣、共同演出の鈴木ひがしら、真摯なスタッフワークに支えられて、古典と呼んで差し支えなくなった名作ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』が、コロナ禍の中尚不屈の魂を秘めて、今の時代を生きていることに感動を覚える。
そんな作品のバトンを2004年から受け継いでいる市村正親が、ますます軽妙にしかも貫禄を持ってテヴィエを演じている。そもそも市村テヴィエの登場は、日本に於ける作品の上演史の中で、初めてミュージカルスターがテヴィエ役を担ったという画期的なものだったが、どんな悲劇を演じていても、どこかに愛嬌が生まれる市村正親という稀代の俳優とテヴィエ役の親和性の高さがその輝きを更に深めている。学生「パーチック」を「ピーチック」と呼び間違えるのは、森繁久彌時代から続いている、最早日本版『屋根の上のヴァイオリン弾き』の伝統芸だが、言うぞとわかっていて尚その台詞が笑えるのは、市村の芝居勘とリズムの良さ故に他ならない。2004年の初登場時、本人が年齢を重ねることがむしろプラスになる、「俳優・市村正親」がライフワークを得たと感じたテヴィエ役だが、その感覚は最早確信となって、妻に対して、娘たちに対して、神様に対して、それぞれに愛情深いテヴィエ像が頼もしい。
その妻ゴールデを2009年から演じている鳳蘭は、元宝塚歌劇団トップスターにして、日本のミュージカル界の大スターの一人。初演の越路吹雪以来、上月昇、淀かおる等、宝塚歌劇団出身者が多く演じてきた役柄だが、鳳蘭のハマり役ぶりは群を抜いていて、「伝統の歌」でママの役わりを歌う合唱部分から、一人スポットライトが当たっているかのような華に圧倒される。市村テヴィエを向こうに回して尚、テヴィエが「恐妻家」であることを素直に納得させる、おおらかで力強い存在感はまさに「ゴールデンコンビ」。家族を、隣人をとことん愛する肝っ玉母さんぶりに感嘆させられる。
この名コンビ夫婦の娘たちには、新キャストが揃った。長女・ツァイテルの凰稀かなめは、元宝塚歌劇団宙組トップスター。クールビューティな男役との誉れ高かった人だが、とことん突き詰める芝居心にも優れていて、恋する娘時代、結婚、そして母となる、作品の中で大きく変化していく長女役の背景をしっかりと感じさせる、ツァイテルの成長が楽しめる好演だった。
次女・ホーデルは2017年公演の三女・チャヴァ役から役替わりになった唯月ふうかが扮した。まだ十分チャヴァ役が似合う可憐な容姿の持ち主だが、2017年から2021年の現在までに、数々演じてきた大役経験が生きて、進歩的な思想を持つホーデルを熱演。難曲として知られるソロナンバー「愛する我が家をはなれて」も、果敢に歌い切り気を吐いている。
三女・チャヴァ役は、こちらも『レ・ミゼラブル』『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』と大作ミュージカルへの出演が続いている屋比久知奈が登場。役柄が求めるいつも優しい良い子になりきっていて、初めての恋と家族への愛の間で揺れ動くチャヴァの心情を的確に伝えていた。
娘たち三人の人生、引いてはテヴィエの人生をも変えていく青年たちにも新キャストが多い。ツァイテルと愛し合っている貧乏な仕立屋・モーテル役には、2013年公演でフョートカ役を演じた上口耕平が登場。端正なマスクと確かなダンス力で知られる人だが、気の弱い、思ったことをなかなか口に出せないモーテルを十二分に描き出していて、遂にツァイテルとの結婚が叶った喜びを歌う「奇跡の中の奇跡」が大きな聞きものになっている。
次女・ホーデルと恋に落ちる学生・パーチック役にはミュージカル『エリザベート』『ダンス オブ ヴァンパイア』など数多くの作品に出演してきた植原卓也が初挑戦。非常にシャープで直球の演技が、パーチックの革命を志向する真っ直ぐさにそのままつながっていて面白く、回を重ねると更に進化するだろう伸びしろも感じさせた。
三女・チャヴァと駆け落ちするロシア人青年・フョートカには、『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『ビューティフル』でも実力を知られる神田恭兵が前回公演に引き続き出演。森繁時代から長く、居酒屋での見事なテノールのソロはオペラ歌手が出演して務めてきたものだったが、このソロをフョートカを演じる役者が務められるようになったことに、日本のミュージカル界の成熟が表れている。神田のソロは実に豊かで役柄を大きく押し上げる力になっている。
そしてもう一人、娘ほど歳の差があるツァイテルとの結婚を望む、肉屋のラザール役にブラザートムが初出演。元々の持ち味に良い意味の権高さがあることが、ラザール役によく合っていて目を引く。彼ら多くの初登場キャストに、石鍋多加史、荒井洸子、園山晴子、青山達三など、作品の歴史を作ってきた、この人たちがいることで、あぁ『屋根の上のヴァイオリン弾き』だ…と感じさせる面々をはじめ、確かな実力を持つ役者たちががっちりと作品を固めている。
特に、世界を襲ったコロナ禍の中でこの作品が上演される形になったことは、作品の中でサークルとして描かれる彼らの絆の強さと愛が、どんな状況に陥っても、更に遠く離れても決して変わりはしないというメッセージがより強く浮かび上がるという、思いもかけなかった効果を生んでいた。全ての人が難しい局面に接している今だからこそ、劇場で体感して欲しい、舞台から確実に生きるパワーを得られる作品だ。
【公演情報】
『屋根の上のヴァイオリン弾き』
台本:ジョセフ・スタイン
音楽:ジェリー・ボック
作詞:シェルドン・ハーニック
オリジナルプロダクション演出・振付:ジェローム・ロビンス
翻訳:倉橋健
訳詞:滝弘太郎・若谷和子
日本版振付:真島茂樹
日本版演出:寺﨑秀臣
共同演出:鈴木ひがし
出演:市村正親
鳳蘭
凰稀かなめ 唯月ふうか 屋比久知奈
上口耕平 植原卓也 神田恭兵
ブラザートム
真島茂樹 石鍋多加史 青山達三 廣田高志 荒井洸子 祖父江進
かとりしんいち 山本真裕 品川政治 日比野啓一 北川理恵 園山晴子 ほか
●2/6~3/1◎日生劇場
〈料金〉S席13.500円 A席9.000円 B席4.500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777 帝国劇場内日生公演係 TEL.03-3213-7221
〈公式ホームページ〉https://www.tohostage.com/yane/index.html
[全国公演]
●3/5~7◎愛知県芸術劇場大ホール
〈お問い合わせ〉キョードー東海 052-972-7466
●3/12~14◎埼玉県・ウェスタ川越大ホール
〈お問合わせ〉ウェスタ川越 049-249-3777(9:00~19:00 休館日を除く)
【取材・文/橘涼香 写真提供/東宝演劇部】
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