映画『わが心の歌舞伎座』トーク付き先行上映会レポート
第4期歌舞伎座のすべてを捉えたドキュメンタリーが、4月7日から13日まで、期間限定のリバイバル上映中だ。(東劇のみ4/20までの2週間限定上映)
現在の歌舞伎座は、明治22(1889)年11月に開場した第1期歌舞伎座から数えて第5期にあたる。明治44(1911)年11月に改築開場して、大正10(1921)年10月に漏電のため焼失した第2期。大正14(1925)年1月に新築開場して、昭和20(1945)年5月に第二次大戦中の空襲で、外郭だけ残して灰燼に帰した第3期。その外郭の一部を再利用して、戦後の復興期である昭和26(1951)年1月に開場して、平成22(2010)年4月に建替えのため幕を閉じたのが第4期である。
映画『わが心の歌舞伎座』は、その第4期歌舞伎座の建替えが決まり、2010年4月の「閉場式」を迎えるまで、あこがれの檜舞台を彩った名優たちの心情や珠玉の舞台から、稽古や楽屋の様子、歌舞伎の舞台創りに力を尽くすスタッフたちの制作現場、そして劇場の歴史に燦然とかがやく名優たちの思い出などを収めた、貴重なドキュメンタリー作品だ。ナレーターは、かつて松竹音楽舞踊学校で学んだ倍賞千恵子がつとめている。2011年1月に上映されたこの作品が、第5期歌舞伎座の新開場十周年にちなんで、今回、東劇ほか全国の映画館で、期間限定で再上映されることになった。
その映画、『わが心の歌舞伎座』のトーク付き先行上映会が、4月1日に東劇で行われた。客席は満員御礼! 多くは中高年層だったが、20代や30代と思われる若い観客も混じっていた。
万雷の拍手のなか登場したのは、4月は明治座の「壽祝桜四月大歌舞伎」に出演中の片岡千之助、中村莟玉、中村歌之助。3人とも、公開当時はまだ10代だったフレッシュなメンバーだ。司会は、NHKの名アナウンサーだった葛西聖司。本作品の魅力や見どころ、第4期歌舞伎座にまつわる思い出など、短い時間ながら、楽しいトークが繰り広げられた。
平成16(2004)年11月、歌舞伎座の『松栄祝嶋台』で初舞台を踏んだ千之助。一番思い出に残っている場所を聞かれて、「大間です」と答えた。大間とは、歌舞伎座を入ってすぐの、大きな吹き抜けのロビーのこと。「小さい頃、いろいろな俳優の方々の番頭さんたちに遊んでいただいた場所です」とほほ笑む。
映画には、尊敬する祖父・片岡仁左衛門とともに旧歌舞伎座に残した、ある“思い出”が映像に残っている。また、片岡仁左衛門家にとって大切な役である『菅原伝授手習鑑』「道明寺」の菅丞相を演じる際の、楽屋の様子なども記録されている。「楽屋のなかでお軸を掛けて、お供え物をして…その役をやらせていただきますという、しきたりに近いものです。楽屋からすべてが始まっています」と神妙な表情で語った。同じ歌舞伎俳優でも目にすることのない光景は、役の肚(性根)を知る手がかりにもなるだろう。
莟玉は、平成18年4月、現在は養父となった中村梅玉の部屋子となり、歌舞伎座の『沓手鳥孤城落月』の小姓ほかで、前名・梅丸を名乗った。作品を見直して、観客には見えないバックステージがよく映っていることに驚いたという。「成田屋のおじさん(十二代目市川團十郎)が『勧進帳』の弁慶で引込まれて、鳥屋口(花道の出入り口)からご自身の楽屋までお入りになるところをずっとカメラがついて、すごいなと思いました」。
一般家庭に育ち、歌舞伎が大好きだった莟玉少年にとって、歌舞伎座の、特に楽屋は特別な空間だった。「前の楽屋は狭くて、衣裳を着てしまうと入れ替わるのも大変でしたが、その感じが素敵でした」。映画には、三島由紀夫も心酔した名優の養祖父・六代目中村歌右衛門のことも出てくる。「祖父・歌右衛門は、前の歌舞伎座でどうしても襲名したいという願いがあって、戦後すぐの劇場で襲名しました。僕も会ったことがないような先輩たちも憧れを抱く場所でした」と、劇場の伝統と風格を改めて感じたことを語った。
歌之助は、千之助と同じ平成16(2004)年の9月、歌舞伎座の『菊薫縁羽衣』の宿星の童子ほかで初舞台を踏んだ。舞台以外で好きだった場所は、照明室。二階の左右にあり、先輩たちの舞台を観て勉強していた場所だ。「昔は部屋が小さくて、みんなぎゅうぎゅうに詰めて先輩方の芝居をこっそり観ていました。すごく刺激になりました」と振り返る。
映画の最初と最後に登場するのは、祖父の七代目中村芝翫。「僕には、あの背中がお祖父ちゃんの形であり、師匠である祖父の形です。祖父が新しい歌舞伎座に出ることはありませんでしたが、あの背中はいまだに感じています」と懐かしんだ。さよなら公演の『実録先代萩』(2010年4月)で共演した時、千穐楽にご褒美でくれたのは、革の台本カバー。「名前を入れてくれて、『お前たちはこんなものをもらってもいやだろうけど、今後は使うんだよ』って(笑)。当時はこれかあと思いましたが、大人になって、祖父からこれをもらっておいてよかったなと思います。台本を入れて毎日持っていて、昨年、歌舞伎座で『新選組』を勤めた時も、カバーに、行ってきます!と言っていました」。俳優仲間とこっそり持ち帰った、誕生日と同じ数字が書かれた客席の席番プレートとともに、歌之助の“お守り”である。
この台本カバーは、『実録先代萩』で共演した千之助も実は持っている。ただ、こちらは「もったいなくて、僕はまだ使えていないんです。自分の部屋の、一番見えるところに置かせていただいています」。千之助がこの台本カバーを使い始める頃は、俳優としてきっともっと大きくなっていることだろう。
トークショーの最後は、3人からの挨拶で締めくくられた。歌之助は「僕たちにとって歌舞伎座はホームグラウンド。その開場十周年はすごく嬉しいとともに、昔の歌舞伎座も僕たちの胸に刻まれています。今のお客様に改めて昔の歌舞伎座を知ってもらえると思うので、再上映は嬉しい。新しい歌舞伎座も100年、200年先まで皆様に愛していただければ」と思いを込めて語った。
莟玉は「最初の上映時は、この東劇で拝見して『やっぱりかっこいいな』という思いで先輩方を見ていました。13年経って改めて見直すと、自分も先輩方も年を重ねている。それは、良い意味で自分たちへのプレッシャーです。今の歌舞伎座も、前の歌舞伎座に負けない歌舞伎座にしていきたい」と決意を新たにした。
千之助は「この映像を見て、歌舞伎座が多くの歌舞伎俳優にとってどれだけ大切だと思える場所か改めて感じた。新しい歌舞伎座ができて10年、あっという間のようですが、諸先輩方が出てらっしゃって、いつか僕たちがこうなる時が来るのかと思うと、今の歌舞伎座をもっともっと素敵にしたいし、『僕たちにとって歌舞伎座はこういう場所だった、あの時はこうだった』とさらに後の世代に繋げていけるよう、憧れの先輩方のような俳優になれるよう頑張りたい。歌舞伎座はホームで、何よりも大切ですが、大阪には大阪松竹座、京都には南座があって、劇場という場所はどこでもやはり夢の場所。いろいろな劇場で、世界でも歌舞伎ができるように、歌舞伎がさらに発展するよう頑張りたい」と将来に思いを馳せた。
現在でも活躍している俳優だけでなく、新しい歌舞伎座の舞台を踏まずに亡くなってしまった名優たちの思いや舞台、さらにその前の世代の名優たちの偉業、公演を縁の下の力持ちとして日夜支えるスタッフたちの姿、近代的な劇場だがどこか芝居小屋のような雰囲気が漂う楽屋の水場、奈落などの舞台機構、上演中の舞台の装置の陰に広がる思いがけない光景──。
観客が目にし、あるいは目にすることができなかった、いくつもの思い出が『わが心の歌舞伎座』にはたっぷり詰まっている。懐かしいあの俳優やあの場所に、久しぶりに、または初めて会える約3時間の邂逅。あなたにとっての“わが心の歌舞伎座”を、ぜひ楽しんでください。
【上映情報】
映画『わが心の歌舞伎座』
監督:十河壯吉
ナレーター:倍賞千恵子
撮影:柏原聡
照明:藤井克則
音楽:土井淳
製作・配給:松竹
協力:公益社団法人日本俳優協会 株式会社歌舞伎座
出演:
十二世市川團十郎
尾上菊五郎
片岡仁左衛門
坂田藤十郎(四世)
中村勘三郎(十八世)
中村吉右衛門(二世)
七世中村芝翫
中村富十郎(五世)
中村梅玉
坂東玉三郎
松本白鸚(五十音順)
11人の語り手ほか、歌舞伎俳優総出演
2010年/2時間47分/HD (c)松竹株式会社
●4/7~4/13◎東劇ほか、全国の映画館で1週間限定上映
※東劇のみ4/20までの2週間限定上映
https://www.kabuki-bito.jp/special/more/#cinemakabuki
【取材・文/内河 文 写真提供/松竹】
Tweet