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珠玉の傑作ミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~』上演中!

2012年の初演以来再演を重ね、愛され続けているミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~』が、初演からちょうど10年の節目に日比谷のシアタークリエで上演中だ(31日まで)。

ミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~』は、アメリカの作家ジーン・ウェブスターの代表作「足ながおじさん」を、知的で紳士だが、人嫌いで親戚づきあいを好まない若き慈善家ジャーヴィス・ペンドルトンと、 孤児院で育ち両親を知らない環境のなかでも、豊かな文才と好奇心いっぱいの明るさを持ち合わせる聡明な女性ジルーシャ・アボットという、登場人物を二人だけに絞って創作された作品。2009年にブロードウェイでミュージカル化され、のち2012年音楽・編曲・作詞ポール・ゴードン、編曲ブラッド・ハーク、脚本・演出ジョン・ケアード、翻訳・訳詞今井麻緒子による満を持した日本版が登場。ジャーヴィス役に井上芳雄、ジルーシャ役に坂本真綾のコンビが絶賛を博し、再演を重ねる人気作品として定着した。今回2022年バージョンは、坂本の出産にともなう出演辞退を受けて、新たなジルーシャ役として上白石萌音が初登場。初演から10周年の節目に新しい風をもたらす舞台が展開されている。

【STORY】
ジョン・グリア孤児院に暮らす18歳の少女ジルーシャ・アボット(上白石萌音)は ある夜、院長から「大学へ進学し、その間勉学に不自由ない生活を保証する」という、匿名の理事からの思いもよらない申し出を告げられる。
条件は、ジョン・スミスと名乗る、偽名なことは明らかの慈善家についていっさい詮索しないこと。文才の萌芽を伸ばすために、月に一度彼に手紙を書くこと。ただし、ジョン・スミスからの返信はいっさいないのを承知しておくこと。という一風変わった内容だった。

これまで彼が支援してきたのは男の子に限られていたが、ジルーシャが書いた作文が目に留まったのがことのきっかけだったと知り、ジルーシャは理事たちが視察に訪れた水曜日、車のヘッドライトに照らされて、足長蜘蛛 “ダディ・ロング・レッグズ”のように伸びて見えた影の主が、ジョン・スミスに違いないと確信。見るもの聞くもの全てが新鮮な大学生活の一部始終を、ダディ・ロング・レッグズ=足ながおじさんに宛てて、月に一度どころか毎日のように手紙を書き送り続ける。

一方、怒涛のように送られてくる手紙の生き生きとした描写や、あなたがどんな人なのか想像できるように、髪型だけでも教えて欲しいと幾度となく乞うてくる内容に、関心を寄せずにはいられなくなった謎の慈善家=足ながおじさん=ジャーヴィス・ペンドルトン(井上芳雄)は、ついに自分が足ながおじさんであることを隠したまま、ジルーシャの前に現れて……

ジーン・ウェブスターの「足ながおじさん」は児童文学が明確に男の子向け、女の子向けに分類されていたある年代までの女性なら、必ずと言っていいほど読んでいる小説のひとだろう。この小説には、孤児の少女が資産家にその才能を見込まれ、作家として成功し、更に愛を成就させる定番のシンデレラ・ストーリーの筋立てだけでなく、冒頭の導入部以外の全編が、ジルーシャが足ながおじさんに送った手紙のみで構成されているという、書簡体小説の楽しさを教えてくれる絶好の作品になっている。ウェブスター本人の手によるジルーシャが手紙に書き添えた体で差しはさまれるユニークなイラストの楽しさも相まって、心を惹きつける魅力が溢れる傑作小説だ。

なかでも、足ながおじさんの正体は誰か?が最後の最後まで伏せられていて、小説のラストレターで、ジルーシャが足ながおじさんが誰なのかを知り、二人の恋が成就したことが「初めて書くのに、ラブレターの書き方を知っているなんて不思議ね」というジルーシャの感懐がこもった手紙で明かされる構成の妙が秀逸で、作品の輝きは時代を超えた今もなお色あせない。

だからこの作品、ミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~』の初演に接したときには、まずその斬新な発想に驚かされたものだ。なにしろこのミュージカル版では、足ながおじさん=ジャーヴィス・ペンドルトンだという、小説世界の最大の核心が最初から提示されているのだ。この作品の肝とも言うべき、サプライズ部分をはじめから明かしてしまう大胆な作劇には、衝撃があったのをよく覚えている。

けれども、はじめから足ながおじさんがジャーヴィスだとわかっているからこそ、たった二人のキャストに委ねられたこのミュージカルはある意味小説世界を超えた広がりを示してくれる。

小説がジルーシャからの一方的な手紙だけで綴られているために、わからなかったこと。何故足ながおじさんはジルーシャの手紙に返事を書かないのか。なぜ彼女の希望を頑なに拒否して親友のサリー・マクブライドの家で夏季休暇を過ごさせなかったのか。なぜジャーヴィス・ペンドルトンとしてジルーシャの前に現れたのか。小説を読み終わった時に、改めて行間から想像して補完していった、それら「なぜ」のピースの数々が、このミュージカル版では最初からひとつ、ひとつピタリとハマっていく。つまりジャーヴィス側の視点が描かれることで、二人が惹かれ合っていく丁寧な過程が目の前で展開されるワクワク感には、ラストのサプライズに勝るとも劣らないときめきがあった。特にジャーヴィスが正体を明かした最後にジルーシャが示した反応には、甘いラブレターからはちょっと読み取れなかった、でも至極まっとうな「それはそうだろうな…」という目からウロコの発見もあって、このミュージカルによって複眼の視点を持った作品の豊かさを実感できる。

そんな作品を脚本・演出のジョン・ケアードが、基本的にはジャーヴィスの書斎を舞台上手側に作り付けて、それ以外のアクティングエリアを、トランクやボックス、灯りを入れる窓など、ある意味写実をそぎ落として、あらゆる場面に変化させる演劇の想像力に委ねた演出をしていることが、この二人ミュージカルの豊かさをより深めている。いくつかの箱を積み重ねただけで、その場所が、二人が初めて共に上った山の頂だと舞台と客席がすんなり共有できる。そこには、あくまでもリアルであるべき映像世界とは異なる、演劇の独自性があって、その力をまっすぐに信じた演出が美しい。これは『千と千尋の神隠し』の舞台化でも顕著だった、ジョン・ケアードその人の演劇に対する信頼感の表れでもあることが静かに胸を打つ。一方で、ジャーヴィスの書斎の、書棚や壁のいたるところに、ジルーシャからの手紙がピンアップされ続けていくことで時の経過を表す表現には、二人の心の交流の重なりが視覚化される効果があり、「ミスター女の子嫌い」「幸せの秘密」「あなたの目の色」「マイ・マンハッタン」等々、クラシカルな曲調を持つポール・ゴードンのミュージカルナンバーも、作品に相応しい香気を放った。

そんな二人ミュージカルで、ジャーヴィス・ペンドルトンを初演から演じ続けている井上芳雄の適役ぶりが、この公演の幸福な道のりを支えている。基本的にはジルーシャの物語である原作世界から、ジャーヴィスとジルーシャの物語へと進化したこのミュージカル版で、井上がシンデレラ・ストーリーという側面から言えば王子様にあたる役柄ながら、一癖も二癖もあるジャーヴィスの複雑な心理を、当然ジルーシャの手紙を読んでいるシーンが極めて多くなる作品のなかで、見事に表現したことがこのミュージカルの成功に寄与したのは間違いない。実際、ミュージカル界のプリンスとして、日本のミュージカル界そのものを牽引し続けてきた井上が、数多演じてきた役どころの多彩さを思えば、やや暴論かもしれないが、それでも誤解を恐れずに言えば、このジャーヴィス役は井上最大の当たり役、代表作だと思える。それほど上流階級に生まれながら、その世界に馴染めず、かと言って自分を形成しているのは間違いなく当の生まれによるものだ、というジレンマのなかで拗れているジャーヴィスの、時に自虐的だったり、時に好戦的だったり、時に傲慢だったりといった様々な表情が、結局はとても魅力的な紳士に映る。このミラクルは、毒舌家を気取りながら、実は落としているのは自分だけで、誰も傷つけていないクレバーさを併せ持つ、井上芳雄という俳優自身の魅力そのままだ。特に、慈善を施す者と施される者の間にどうしても立ちはだかってしまう壁と、慈善を施すことで救われているのは真実誰なのか?を問いかけるジャーヴィスのソロナンバー「チャリティ」が加わってからは、ジャーヴィスの思いの噴出も表現できる形になり盤石の構え。できる限り長くこの役柄を演じて欲しいと、10年目の公演に接して思いを新たにする好演だった。

その井上に対するジルーシャとして今回初登場した上白石萌音は、舞台『千と千尋の神隠し』の大成功をはじめ、演劇に映像にと八面六臂の活躍を続けていて、井上とは『ナイツ・テイル─騎士物語─』でも恋人同士になる役柄を演じている人だが、初演から10年初めて登場した新たなジルーシャとして、作品に新鮮な風をもたらしている。とりわけ顕著だったのは、恋物語としての質感が格段に高まったことで、名前も知らない足ながおじさんに寄せる好意と信頼とは全く別の次元で、ジャーヴィス・ペンドルトンに惹かれていくジルーシャの恋心が手に取るように伝わってくる。それによって井上のジャーヴィスからも、非常に早い時点であれこれ理屈をつけながら、ジルーシャに恋をしている香りが照射されていて、コンビが新たになることによって、これだけ作品から匂い立つものが変わってくるのかと、嬉しい驚きがあった。色の乏しい孤児院の世界から大学生活へと飛び出したジルーシャの、世の中の全てが輝いて見える興奮や、同級生たちが一般常識として持っている知識を持ち合わせていない焦りなど、感情の起伏の表現も豊かで、守ってあげたい可憐さと、そこから奮闘していく逞しさが共にあるジルーシャ像だった。もちろんこれは坂本真綾の聡明で潔いジルーシャと甲乙をつけるものではない、それぞれに独自の良さがあるジルーシャ像で、いつかWキャストで二人が共にジルーシャを演じる公演の実現も(ただでさえ取れないチケット難がどんなことになるのかには目をつぶって)夢みる気持ちが膨らんだ。

そんな珠玉の作品、ミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~』が、10年の節目を迎えたことが何より嬉しく、配信も決定したこの愛すべき作品の温かさと幸福感が、困難が続くこの時代により多くの人に届くことを願っている。

【公演情報】
ミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~』
音楽・編曲・作詞◇ポール・ゴードン
編曲:ブラッド・ハーク
翻訳・訳詞:今井麻緒子
脚本・演出:ジョン・ケアード
出演:井上芳雄  上白石萌音
●8/24~31◎シアタークリエ
〈料金〉10.800円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777
〈公式サイト〉https://www.tohostage.com/ashinaga/index.html

【LIVE配信情報】
●8月31日18:00開演
〈視聴料金〉4,400円(税込)※アーカイブ配信あり。公演終了後準備整い次第、9月7日(水)23:59まで
視聴チケット販売期間 8月24日(水) 12:00から9月7日(水) 20:00まで
〈お問い合わせ〉
uP!!!  https://live.au.com/help/
TELASA  https://live.au.com/telasa/help/

 

【取材・文・撮影/橘涼香】

 

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