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奇跡のミュージカル『The Fantasticks』が紡ぐ、東宝ミュージカルの矜持

1960年にオフブロードウェイで初演され、以来2002年まで実に42年間上演され続けた奇跡のミュージカル『The Fantasticks』が、上田一豪の新演出により、日比谷のシアタークリエで上演中だ(14日まで)。

ミュージカル『The Fantasticks』は『シラノ・ド・ベルジュラック』などで知られるフランスの劇作家エドモン・ロスタンの韻文劇『レ・ロマネスク』をもとに、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』『真夏の夜の夢』のエッセンスを織り交ぜたミュージカル。誰もが経験する恋と人生のなかから浮かび上がるメッセージが不朽の名作として愛され続け、オフブロードウェイでの公演回数は17,162回に及んだ。これは米国のミュージカル最長連続上演記録となっているほか、世界67ヶ国以上で上演されている。

日本では1967年、東宝創立35周年記念公演として菊田一夫が製作を手掛けて芸術座にて初演されたのち、以後、異なるカンパニーによって断続的に上演が続けられてきた。

今回の公演は、その日本初演を手掛けた東宝製作による55年ぶりの上演で、現在の東宝ミュージカルを担う一人である気鋭の演出家・上田一豪の新演出により、芸術座のDNAを受け継ぎ、様々な海外ミュージカルの上演に精力的に取り組んでいるシアタークリエの舞台で、新たな『The Fantasticks』が展開されている。

【STORY】
マット(岡宮来夢)とルイーザ(豊原江理佳)は、隣同士にすむ恋人たち。二人はルイーザの父・ベロミー(今拓哉)とマットの父・ハックルビー(斎藤司)の目を盗み、不仲の父親たちが隣家と関わらない為に築いた壁越しに日々語らい、将来を誓い合っている。そこへ現れたのは、怪しげな流れ者のエル・ガヨ(愛月ひかる)、老俳優のヘンリー(青山達三)、旅芸人のモーティマー(山根良顕)。彼らのある企みによってルイーザは窮地に陥るが、勇敢なマットの活躍でことなきを得る。この出来事によって父親たちも和解し、二人の恋は晴れて日の目を見る。だが、幸福いっぱいだったはずの二人の関係は少しずつ変化を見せはじめて……

カンパニーは台詞を話さず装置の一部とも化しながら、舞台上で様々な役割りを果たすミュート(黙者)の植田崇幸を加えた8人だけ。この少人数で紡がれる物語には、これだけ長く上演が続いてきた理由でもあるだろう、あまりにも普遍的な人と人との営みが描かれている。両家の間にある「壁」が象徴する、障害があるからこそ燃え上がる若者たちの恋と、それを知っている大人たちの思惑が絡み合い、やっと成就したはずの二人の恋は「めでたし、めでたし」では終わらない。「シンデレラ」にも「白雪姫」にも、王子様が迎えにきて、お城に入ったそのあとお姫様がどうなったのか?は描かれていない。けれどもこの作品は、そのハッピーエンドの後に営々と続く日常に、大きく場面と時間をさいていく。あんなにも恋焦がれた人が常に隣にいる。過ごす時間が長ければ長いほど、思いの深さはやがて当たり前になっていき、むしろ気づかなかった欠点も見えてくる。そうしていつか、互いの存在が大切なものなのかさえあやふやになっていった時、自分の人生はこれで良かったのか?との疑問が芽生え、瞳は互いを通り越して外を向いていく。これは恋人同士に限ったことではなく、相手が物でも、職業でも、長年の夢だったとしても変わらない、人生につきまとうほろ苦い感覚に違いない。

つまりミュージカル『The Fantasticks』が描いているのは、人の気持ちの不確かさと、その愚かさ故の愛おしさだ。しかもそうした誰しもがどこかに共感できる普遍的なテーマを、ミュートが両家を遮る「壁」を演じたことに象徴される、セットや道具を用いずに、ほぼ全てを演劇の想像力に委ねる、初演当時としてはかなり前衛的な作りで表現した斬新さが作品の不思議な魅力を醸し出していたのだ。

こうしたひと言で言うなら冒険的な作品を、オフブロードウェイでの初演から7年後に東宝が製作している歴史の事実には、驚きと敬意を感じる。オフブロードウェイでは150席の小劇場で上演されている作品を、まだまだミュージカルを観る人口が大変少なかったはずの1967年の日本で、約750席の中劇場の芸術座を用いてほぼ1ヶ月の公演を打つ。それは興行という意味では、作品以上の大冒険だったに違いない。『The Fantasticks』の歴史をつないだ別カンパニーによる様々な興行が、渋谷の東京山手教会地下にあった渋谷ジァン・ジァンを筆頭に、200席以下の小劇場で多く上演されてきたことを考えても、初演時の東宝の、菊田一夫の勇気が推し量れると思う。

だからそんな作品を55年ぶりに東宝が製作するにあたって、再構築された舞台には様々な思いが去来した。カーテンコールのあとキャスト全員がステージ上を去ったのちに、撮影OKタイムが用意されているから、SNSなどを通じて多くの人が目にしていることだろうが、まず印象的なのがあまりにも愛らしいそれ自体がひとつの物語のように作りこまれた竹邉奈津子の美術だった。中央に円形舞台を置き、上手にマット、下手にルイーザのそれぞれの部屋があり、様々な吊りものなどが飾りこまれ常夜灯が点っている、ファンタジー色の極めて濃い、けれどもどこかでは写実性も持った芝居小屋の雰囲気。ここには何もない空間に、タイトル幕と柱とキャストだけという原典と、55年前には芸術座で、そして2022年のいまはシアタークリエで上演される、人の手のぬくもりを手放さないラインでの潤沢な作りこみという、あくまでもメジャーが作る『The Fantasticks』との絶妙なすり合わせがなされていた。

しかも、この舞台で躍動する8人のキャストの出自と来し方のある意味のカオス感が、舞台のファンタジー色を強める効果になっている。

主人公の青年マットを演じる岡宮来夢は、ミュージカル『刀剣乱舞』、『王家の紋章』などで活躍している期待の若手で、これが東宝ミュージカル単独初主演。ほぼ全編で眼鏡をかけたままのマット役でも、そのチャーミングさが生きていて、ヒーローになったと有頂天になっている姿と、それには実はからくりがあったと気づく後半の打ちひしがれた様との落差をきちんと表現している。55年前にマットを務めたのは、当時非常に珍しかったオーディションを勝ち抜いた沢木順で、のちのミュージカル俳優としての沢木の大活躍は言うまでもなく、岡宮にも是非東宝版2代目マットとして、これを機にさらなる上昇気流に乗り駆け上っていって欲しい。

マットと恋仲のルイーザの豊原江理佳は、海外のトイショップにあるお人形を思わせる愛らしい外見に、意外なほどパワフルなエネルギーを秘めているのが面白い個性になっている。それもそのはず、ミュージカルデビューは、今や国民的ミュージカルとさえ呼ばれる『アニー』のアニー役で、その後のキャリアも豊富な人ならではの、夢みるパワーにあふれたルイーザに仕上がっていて、発せられる力感として岡宮のマットよりもカラーが強めなのが良い効果になっている。

物語の発端を作る二人の父親の一人、ルイーザの父ベロミーの今拓哉は、俳優という以上に「ミュージカル俳優」と呼びたい人材。この人が入ることによって、異種格闘技的な要素の強いカンパニーに大きな安定感が生まれたし、歌えるのはもちろんのこと、笑いについては本職がいる舞台でも、きちんと独自の可笑しみを際立させていて、実力派の面目躍如だった。

対するマットの父親ハックルビーは、お笑い芸人トレンディエンジェルとしての大活躍だけでなく、『レ・ミゼラブル』の拝金主義者・テナルディエ役でグランドミュージカルにも出演した斎藤司。ミュージカルの舞台にいることに違和感がなくなっている上に、色々と口うるさいだけで根は善人のハックルビーが本人の個性によくあっていて、ますます達者な舞台を見せている。

彼らの立てた計画に加担する、シェイクスピア役者である老俳優ヘンリーを、自身がシェイクスピアものに欠かせないベテラン俳優・青山達三が演じるのがなんとも粋なキャスティング。「小さな役というものはあるけれど、小さな俳優はいないのです」という趣旨の演劇ファンのツボをつく名台詞中の名台詞が、この人から発せられることが実に貴重だった。

ヘンリーと行動を共にする旅芸人モーティマーの山根良顕は、お笑いコンビ・アンガールズとして大活躍中で、この舞台がミュージカル初出演。出てきただけでインパクトがあるのがやはり強みだし、笑いを追求している人たちに共通する反射神経の良さを随所に感じさせる初舞台になっていた。

台詞がないミュート(黙者)は、壁に扮してほとんど動かないという原典の演出から発展し、物語全体を見守る役どころ。俳優でダンサーの植田崇幸が様々な形で舞台に関わり、動きに軽やかさと柔らかさが共にあることが今回のミュートをよく活かしていて、出過ぎず引きすぎずの塩梅もよく考えられていた。

そしてこの物語のストーリーテラーであり、登場人物たちを時に翻弄もし、導いてもいく流れ者のエル・ガヨを、元宝塚歌劇団星組男役スターで退団後初ミュージカル出演となる愛月ひかるが演じていることが、今回の新しい『The Fantasticks』の世界観を決めたと言っても過言ではない。それほど愛月の存在は舞台全体を通して際立っていて、そもそも何故これまで男性俳優が演じてきた役柄を愛月に振ったのか?に、疑問の余地がない颯爽とした男役ぶりで、舞台全体を牽引している。特に宝塚時代の後半ではラスボス的な役柄を演じる機会が多かった愛月が発する、艶っぽさと色悪の香りが、ルイーザがひと時マットではなくエル・ガヨにときめきを覚えてしまう展開に説得力を与えていて、写実を加えた作品のなかにファンタジー性をも取り込む絶大な効果になっていた。宝塚の男役出身者が退団後こうしたカンパニーで性別を超越した存在でい続けることの可能性が、またひとつ広がる表現者としての愛月の新たな出発に拍手を贈りたい。

この8人のカンパニーを支えるPf・江草啓太、Bass・西嶋 徹/田辺和弘、Drums&Per・赤迫翔太、Harp・SANAEの生演奏も美しく響き、ほろ苦い人生のなかで、見回せば必ずあなたのすぐ近くに幸せはあるんだよ、という困難多く、暗いニュースに溢れる2022年にこそ必要なメッセージが詰まっている作品だと改めて感じた。更に、連綿と続いてきた東宝ミュージカルの目指すべきところの現れである、メジャーが作り出す矜持を持った作品として発信された『The Fantasticks』が、芸術座から魂を引き継いだシアタークリエにある意味で帰還し、またある意味でここから出発していくことに大きな意義を感じる舞台だった。

【公演情報】
ミュージカル『The Fantasticks』
台本・詞:トム・ジョーンズ
音楽:ハーヴィー・シュミット
翻訳・訳詞・演出:上田一豪
出演:岡宮来夢 豊原江理佳
今拓哉 斎藤司(トレンディエンジェル)
植田崇幸 青山達三 山根良顕(アンガールズ)
愛月ひかる
●10/23~11/14◎シアタークリエ
〈料金〉11,500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777
〈公式サイト〉https://www.tohostage.com/fantasticks/index.html

 

【取材・文・撮影/橘涼香】

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