劇団スタジオライフ『VAMPIRE LEGENDS』5/30まで上演中!
劇団スタジオライフは1985年に結成され、1987年より女性演出家・倉田淳のもと、男性のみの出演者で、『トーマの心臓』や『はみだしっ子』など数々の話題作を発表してきた。その劇団の最新作『VAMPIRE LEGENDS』が、5/20、東京・ウエストエンドスタジオにて開幕し、30まで上演中だ。その開幕レポートが到着。ここに紹介する。
ソーシャルディスタンスの時代、新たな吸血鬼伝説が幕を開けた。
男優劇団スタジオライフの『VAMPIRE LEGENDS』。これまで『ドラキュラ』『銀のキス』など吸血鬼を題材とする作品を多く取り上げてきたが、本作はジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』を原作とした作品だ。女性吸血鬼カーミラと彼女に魅かれる人間の娘ローラという設定を、男性吸血鬼ゼーリヒと彼に魅かれる青年ジョージの「男性ヴァージョン」に置き換えて1998年に舞台化された(2006年に再演)。今回はスタジオライフオリジナルの「男性ヴァージョン」に加えて、原作どおり「女性ヴァージョン」を交互に上演するという試み。
スタジオライフの本拠地、ウエストエンドスタジオに到着し、階段を下りるとそこにはひっそりとした闇が広がっていた。黒いボックスがいくつかとステージ上部にある2つのステンドグラスのみというシンプルな舞台空間。劇場に漂う独特の雰囲気に早くも期待をかき立てられる。
吸血鬼に惹かれた青年/娘のモノローグから物語は始まる。人里から隔絶された古城に住むジョージ/ローラは、友もなく孤独な日々を送っていた。ある日唐突に目の前に現れた美しい人ゼーリヒ/カーミラ。謎に包まれた美しい人とジョージ/ローラは幸せな時間を過ごすが、美しい人の秘密が明かされると……。
以前は登場人物52人、出演者32人で上演されていたという本作だが、舞台上での「密」を避けるために登場人物を6人に絞っての上演。脚本・演出の倉田淳が台本に手を入れたというが、改めて気づかされるのは、ジョージ/ローラの孤独とコロナ禍においてソーシャルディスタンスを守らねばならない現代の私たちが抱える孤独がシンクロしているということだ。本作で描かれる「謎の熱病の流行」もコロナ禍の写し鏡のよう。ジョージ/ローラの繊細な心の機微に触れるうちに、ここで語られる話が19世紀のオーストリアという遠い世界ではなく、自分たちの物語のように感じられるのだ。人と人との接触を避け、ステイホームを心がけなければならない私たちはいつの間にか、心の繋がりを失っていたのかもしれない。そう気づかされるのは、ジョージ/ローラがゼーリヒ/カーミラをひたむきに求める姿を見るからだ。
そして、永遠の時を生きる吸血鬼の、究極の孤独。愛する人の命を奪わなければ共にいられないことに葛藤しながらも、人を求めずにはいられない吸血鬼。吸血鬼と青年/娘、二つの魂の孤独が共振する。あまりに純粋で美しい物語に心を揺さぶられないではいられない。
さらに、男優のみで女性役も演じる劇団スタジオライフならではの挑戦で、同じ脚本・ストーリーの流れで男性吸血鬼ヴァージョンと女性吸血鬼ヴァージョンとして上演されるのが、大きな見どころ。両ヴァージョンで吸血鬼を演じるのは松本慎也。男性吸血鬼ヴァージョンではゼーリヒ、女性吸血鬼ヴァージョンではカーミラとなる。また、女性吸血鬼ヴァージョンで娘ローラを演じる山本芳樹がジョージの母を、男性吸血鬼ヴァージョンで青年ジョージ役を演じる曽世海司が女性吸血鬼ヴァージョンではローラの父を演じる。これは決して簡単にできることではなく、松本、山本、曽世の豊かな演技力とスタジオライフでの長年の経験の賜物だ。ジェンダーを超えて演じることで、物語の世界を大きく広げる。
男性吸血鬼ヴァージョンでは、かつて『DRACULA ~The Point of No Return~』(2018年)でドラキュラ役をダブルキャストで演じた松本・曽世が、今回は吸血鬼と青年を演じること に。ストーリーテラーも兼ねて膨大な台詞を操る曽世と男性吸血鬼の孤独に真摯に向き合う松本。倉田が繊細に紡ぎ出す一つ一つの台詞が粒立って、ドラマを立体的に伝える。吸血 鬼物でありながら、研ぎ澄まされた台詞劇・会話劇として、観客の想像力を大いに刺激する。
倉田が「初演・再演の頃は未だ恐れ多くて原作の女性主人公に踏み込む勇気が持てなかった」「時を重ね、幾つもの女性役を演じた彼らなら大丈夫と踏み切った」と述べたとおり、満を持して、女性吸血鬼ヴァージョンの誕生である。『銀のキス』(2006年)では、吸血鬼の青年を演じた山本と、吸血鬼を愛する少女を演じた松本。今回は松本が女吸血鬼、山本が娘を演じる。女性吸血鬼ヴァージョンはより抒情的なものになった。エモーショナルに、あふれる 感情を見せる山本に呼応して、松本が儚くも強い女吸血鬼像で新たな面を見せる。求め合う二人の恍惚と愛が妖しく美しく、エロスの香りが漂う。
他に登場するキャラクターは3人で、両ヴァージョン共通で演じる。大村浩司が演じる乳母ペロドンは感情・愛情、伊藤清之が演じる家庭教師ラフォンテンは理性・知性を象徴して、コロナ禍にある私たちに生きる術を示唆する。物語の鍵を握るシュピールスドルフ将軍は緒方和也が色濃く演じて、作品のアクセントとなった。
脚本・演出の倉田は繊細に心のひだを描き出して、どの瞬間も嘘がない。徹底した世界観に彩られた緊密な100分間の舞台は「これぞスタジオライフ」といえるものだ。1枚のコインの裏表のような「女性吸血鬼ヴァージョン」と「男性吸血鬼ヴァージョン」。性を超えるという演劇の嘘が、真実の想いを呼び覚ます。
人と人とが密接に関わり合ってこその演劇。しかし、今は感染症対策として「密」を避けなければいけない。演技でも近づくことはなかなか許されない。観客である私たちは、劇中の言葉を借りれば「自由という名の足かせ」「檻のない牢獄」に繋がれている気分になることもあるご時世だ。でも、様々なくびきや制限を乗り越え、孤独の末に密に求め合う魂に劇場空間で触れることで、心を解放するだろう。それが演劇の持つ力なのだ。
劇団スタジオライフ公演『VAMPIRE LEGENDS』は2021年5月30日まで、ウエストエンドスタジオにて上演される。
(文/大原 薫)
【公演情報】
劇団スタジオライフ
『VAMPIRE LEGENDS』
原作:ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ
脚本・演出:倉田 淳
日程:2021年5月20日(木)~30日(日)
会場:ウエストエンドスタジオ
劇団公式サイト:http://www.studio-life.com/