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時を経て輝き続けるミュージカル『RENT』上演中!

1996年の初演以来ブロードウェイで12年4か月のロングラン、世界40か国以上で各国語版の上演、2006年には映画化もされたミュージカル『RENT』が日比谷のシアタークリエで上演中だ(4月2日まで。のち4月7日~9日大阪・新歌舞伎座、4月12日~13日愛知・愛知県芸術劇場大ホールで上演)

ミュージカル『RENT』はプッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』をベースに、舞台を20世紀末のニューヨーク、イーストヴィレッジに置き換え、当時の若者の世相に鋭く切り込み、貧困、HIV、ドラッグ、同性愛といった問題と直面しながらも、愛や友情を信じ、未来も過去もなく、ただ今日という日を精一杯生きようとする登場人物たちの姿を描いた作品。1996年にNYの小劇場で誕生したこの作品は、わずか2ヶ月後にブロードウェイに進出。トニー賞4部門、ピューリッツァー賞、オービー賞などの数々を受賞し、今尚、プレビュー公演の前日に35歳の若さで急死した作者、ジョナサン・ラーソンの遺志を継ぎ、世界各地で上演を重ね、愛され続けている。シアタークリエでは2008年から5回の上演を重ね、2020年コロナ禍によって公演途中で閉幕せざるを得なかった6回目の上演時の、主なキャストが再集結。新キャストも迎えて2023年版の『RENT』ファミリーが一丸となり、非常に高いレベルでの舞台を繰り広げている。

【STORY】
20世紀末。NY、イーストヴィレッジ。映像作家を目指すマーク(花村想太/平間壮一 Wキャスト)は友人で元ロックバンドのボーカリスト・ロジャー(古屋敬多/甲斐翔真Wキャスト)と古いロフトで暮らしている。彼らには夢はあるものの懐はからっぽで、滞納していた家賃(レント)がかさみ、クリスマスイヴにもかかわらず電気も暖房も止められてしまう。恋人をHIVで亡くして以来、引きこもりを続けているロジャー自身もHIVに感染しており、せめて死ぬ前に後世に残る1曲を書きたいともがいている。ある日彼は階下に住むSMクラブのダンサー、ミミ(遥海 /八木アリサ Wキャスト)と出会うが、彼女もまたHIVポジティブだった。

一方のマークはパフォーマンスアーティストのモーリーン(佐竹莉奈/鈴木瑛美子 Wキャスト)に振られたばかり。彼女の新しい恋人は女性弁護士のジョアンヌ(塚本直)だ。また、仲間のコリンズ(加藤潤一/SUNHEE Wキャスト)は暴漢に襲われたところをストリートドラマーのエンジェル(百名ヒロキ/RIOSKE Wキャスト)に助けられ、二人は惹かれあう。季節は巡り、彼らの関係も少しずつ変わってゆく。出会い、衝突、葛藤、別れ、そして二度目のクリスマスイヴが訪れた時……

おそらくどんなジャンルの芸術でも変わらないことだと思うが、誕生したその時代を切り取った作品というのは、どうしても過去のものになっていく速度が速い。世の中は目まぐるしく変わり続けていて、それこそ携帯電話の出現ひとつをとっても、すれ違いのドラマを作ることを非常に難しくした。いっそ古典や、時代劇と呼べるほどに過去のものならばまた別の話だが、現代を取り扱っていればいるだけ、作品の鮮度はもちろん感性や常識さえもが、あっという間に変わっていってしまうのは避けがたい。

だから、1990年代当時の若者の世相を反映し、貧困、HIV、ドラッグ、同性愛などの問題をまるごと取り込んでいながら、このミュージカル『RENT』がそうした時の流れによる風化の影響から軽々と飛翔しているのは、それ自体がまるでひとつの奇跡のように思える。もちろん2023年のいま、HIVポジティブは=「死」ではなくなっているし、LGBTQに対する捉え方も、残念ながら日本は公的にはかなり遅れた状態ではあるものの、むしろ一般的な感覚はずっと先に進んでくれているように思う。そう考えると、作品のなかで登場人物たちが直面している問題と、現代のそれとには開きが生じているのは確かだ。

にもかかわらず、この作品の登場人物たちが生きていく姿が、いまも隣人のように感じられるのは、この作品が世相を鋭く切り取っている一方で、非常に普遍的でシンプルなテーマを指し示してくれてもいるからに違いない。それは2幕冒頭で歌われる、多種多様なテイストの楽曲の宝庫であるこの作品のなかでも、やはり最も代表的な楽曲と言っていいだろう「Seasons Of Love 」に端的に現れている。「525.600分の1年を何で数えるのか、それは愛だ」というこの曲で歌われる思いを、もし全ての人が実践して生きられるなら、この地上はどれほど美しく輝いてくれることか。この理想があるからこそ、彼らが様々にぶつかりながら生きていく姿に、心を寄せることができるし、ジョナサン・ラーソンの意志が、ここに込められているからこそ、作品は時を超えて輝き続けているのだ。

実際に、1年の時を愛で数えていこうとするのは、たやすいことではない。この作品のなかでは、マークやロジャー、ミミが苦々しく思う人物として登場するベンジャミン・フランク3世=ベニーは、現実社会に照らせばむしろ最も堅実な人物だし、せっかく得た「仕事」がどれほど自分の意に添わなくても、無収入の映像作家志望者に戻る道を選ぶマークのようには、人はおいそれと生きられない。

けれどもだからこそ、この作品に登場する若者たちそれぞれが、悩み苦しみあがきながら、信念を通そうとする姿が美しく映るのだし、コロナ禍という誰も想像できなかった見えないもの、正体のわからないものとの闘いを強いられたこの3年あまり、過去も未来もなく、ただ今日一日を精一杯生きよう、という彼らの考え方が真に迫ってきたのもまた確かなことだった。その切迫感を多かれ少なかれ、誰しもがどこかで覚えたはずの日々を経て、『RENT』で起こる終幕の「奇跡」はより輝かしいものになったし、それはおそらく、キャスト全員にとっても同じだったのだろう。それほど2023年版『RENT』カンパニーが、演じ、歌い、舞台を生きる姿には、これまでの公演から大きく進化し、過去随一ではないかと感じるレベルの高さを示して全員が躍動している。

映像作家志望のマークの花村想太は、20年公演に同役を務めての再登板だが、2022年に演じた『ジャージー・ボーイズ』のフランキー・ヴァリ役で高い評価を受けたのもうなづける、「普通の人」であるマークを等身大に演じながら、自然に舞台のセンターにいることに成功している。現実世界とは異なり、芸術作品のなかで役柄に負の要素が少なくしかも主人公というのは、むしろ難しさをはらむものだが、そこに気負いが少しもなく、マークとしてただ生きていると感じさせる花村の、役者としての凄みを見た思いだった。

一方平間壮一は、2015年、17年公演でエンジェル役を演じたのち、20年公演からマークを務めているのが、俳優・平間壮一の歩みにそのまま重なっている強みがある。まずダンサーとして頭角を現し、次に俳優として個性的な役柄を演じるようになり、やがて普通の人も手中に納めるに至った平間の、こうした役柄で特ににじみでる優しさが、友人たちのなかで一人健康で、自分だけがいつか残される、親しい人たちをすべてを送らなければならないと覚悟しているマークの哀しみを静かに届けた。ちょっとした動きが軽やかなのも、踊れる強みあってこそだ。

ロジャーの古屋敬多は、今回が初登場。元ロックバンドのボーカリストという役柄自体が、古屋に打ってつけで、カリスマ性のあるボーカリストだっただろうとすんなり納得させる力がある。そのロジャーが現在、あたかもハリネズミのように人を寄せ付けず、心を閉ざして苦しんでいることが、尖った表現のなかに生きている。何より、登場してくるだけで空気を変える存在感が得難く、残された時間で後世に残る1曲を書きたいと願い続けるロジャーが、その1曲にたどりつくには、愛が必要だったという作品を体現する役柄によく応えた。

もう1人のロジャーの甲斐翔真は2020年からの続投だが、役柄が抱える不安や焦燥、心もとなさが、これほど繊細に出たロジャーを久々に見た思いがする。というのも元ロックバンドのボーカリスト、という設定からロジャーはアーティストが演じることが非常に多い役柄で、俳優が演じたロジャーはいつぶりだろうか、と改めて考えたほど。この差異がWキャストの決して優劣ではなく、カラーの違いを生む興趣につながった。「死」が突然目の前に現れた現実と折り合えず、分別のある振る舞いもできない役柄の孤独がストレートに伝わり、若さを実感させるロジャーになった。ロックサウンドの発声がピタリとあった歌唱も盤石で頼もしい。

SMクラブのダンサー、ミミの遥海も2020年からの続投で、思い切りの良い全身でぶつかっていくような演じぶりが、前回公演の突然の中止で大きく残っただろう葛藤を払拭するが如きの勢いにつながっている。ダイナミズムの裏にある悲しみがきちんと両立しているミミになった。

同じく八木アリサは、スラリとした長身のプロポーションで、初登場時からどこか寂し気な人恋しさを感じさせるミミに仕上げていて、ヒロイン感がよく出ている。そうでいつつパフォーマンスシーンは大胆に歌い、踊りきり、バランス感覚に優れた美しいミミになった。

コリンズの加藤潤は、『RENT』に参加して10年を迎えたとのことで、コリンズとしての安定感が抜群。登場人物のなかでもボヘミアン気質を色濃く持つコリンズの、捉われない生き方と、エンジェルとの恋に真摯な姿が並び立つ今回も魅力的なコリンズだった。

そのコリンズとして初参加のSUNHEEは、全体に野性味が加えられていて、勢いのあるコリンズ像が新鮮。作中で愛する人を見送る経験が実際に描かれる役柄の、心情変化をよく表現していた。

ストリートドラマーでドラァグクイーンのエンジェルで初登場の百名ヒロキは、全員をその優しさでつないでいる役柄をなんともキュートに演じていて、コリンズはもちろん誰もが慕っているエンジェルに説得力があった。

一方続投のRIOSKEは、過去髄一ではないかと思える美貌のエンジェルとしての存在感が絶大。コリンズがひと目で恋に落ちることを素直に納得させるエンジェルで、美しきドラァグクイーンぶりが、現代の上演により相応しかった。

マークの元恋人でパフォーマンスアーティストのモーリーンの佐竹莉奈は、長尺のパフォーマンスシーンをきっちりともたせる力量に優れていて、自分の感情や欲望に忠実なモーリーンの奔放さをよく表現している。

もう1人鈴木瑛美子は、舞台のセンターに登場してくるのがかなり遅いモーリーンの、「ステージはどっち?」という出のインパクトが鮮烈。ここが押さえられているからこそモーリーンがよく際立ったし、溌剌とした舞台姿も役柄によくあっている。

主人公のマークから恋人のモーリーンをさらった、という舞台がはじまる前に既にドラマがあるジョアンヌの塚本直は、スラリとした長身が規律や約束を重んじるジョアンヌの固い部分にスタイリッシュさを加味。歌声の迫力も心地よい。

ベンジャミン・フランク3世=ベニーの吉田広大は、マークたちの元ルームメイトで結婚を機に「RENT」を取り立てる側に回ったベニーを、過度に露悪的に演じなかったのが好印象。社会に順応したことで仲間から毛嫌いされてはいるが、根っこでは彼らの敵ではないベニー像が作品のファンタジー性にも大きく寄与した。

また、様々な役柄を演じ分ける面々では、チャンへが役どころごとに別人に見える変身の妙で魅了するし、 長谷川開の豊かな歌声、小熊綸の的確な演技力、ロビンソン春輝の飄々とした存在感、吉田華奈のパワフルボイス、Zineeの初ミュージカルとは思えない躍動と、とにかく全員がハイレベル。ストレートに「愛」と生きる意味を訴えるミュージカル『RENT』が、これまで以上に必要とされているこの2023年に、過去随一と思える仕上がりで登場してくれたことに、敬意を覚える貴重な公演に感謝したい。

【公演情報】
ミュージカル『RENT』
脚本・作詞・音楽:ジョナサン・ラーソン
演出:マイケル・グライフ
出演:花村想太(Da-iCE)/平間壮一  古屋敬多(Lead)/甲斐翔真 遥海/八木アリサ 加藤潤一/SUNHEE 百名ヒロキ/RIOSKE 佐竹莉奈/鈴木瑛美子
塚本直 吉田広大 チャンへ 長谷川開 小熊綸 ロビンソン春輝 吉田華奈 Zinee
●3/8~4/2◎東京・シアタークリエ
〈料金〉11.800円(全席指定・税込) エンジェルシート 5.000円
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777
〈公式ホームページ〉https://www.tohostage.com/rent2023/

【全国ツアー】
●4/7~9◎大阪・新歌舞伎座
〈お問い合わせ〉新歌舞伎座 06-7730-2222
●4/12~13◎愛知・愛知県芸術劇場大ホール
〈お問い合わせ〉キョードー東海 052-972-7466

 

【取材・文・撮影/橘涼香】

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