お芝居観るならまずはココ!雑誌『えんぶ』の情報サイト。

示唆的かつ斬新なアプローチとなったミュージカル『太平洋序曲』上演中!

近代日本の夜明けを、海外の視点から描いたミュージカル『太平洋序曲』が東京・日比谷の日生劇場で上演中だ(29日まで。のち4月8日~16日大阪の梅田芸術劇場メインホールで上演)

ミュージカル『太平洋序曲』は、江戸時代末期の日本が長く続けてきた鎖国政策を、ペリー提督率いるアメリカからの黒船来航によって解き、開国によって西洋化へと向かうまでの激動の日々を描いた、ミュージカルの巨匠スティーヴン・ソンドハイムの作品。これまでも日本の歴史の転換点を海外の視点で捉えたユニークな作品として知られてきたが、今回の上演は、梅田芸術劇場と英国メニエールチョコレートファクトリー劇場との共同制作で、アメリカで書かれた作品を、英国人のマシュー・ホワイトが演出し、日本人キャストで上演するという新たなアプローチによって、非常に示唆的かつ斬新な舞台になっている。

海宝・山本・ウェンツ

【物語】
時は江戸末期。海に浮かぶ島国ニッポンは、長く海外への渡航も海外からの来日も許さず、独自の文化と習慣のなかで変わらない日々を送っていた。
だが、ある日突然黒船に乗ったペリー提督がアメリカから来航。鎖国政策を敷くニッポンに開国を迫ってきた。慌てた幕府は浦賀奉行所の下級武士、香山弥左衛門(海宝直人・廣瀬友祐Wキャスト)に役職を与え、ペリーとの交渉に臨み、黒船を追い返せという無理難題を課してくる。突然陥った窮地に弥左衛門は、鎖国破りの罪で捕らえられていたジョン万次郎(ウエンツ瑛士・立石俊樹Wキャスト)のアメリカ生活での知識を頼みに、ペリー上陸を阻止すべく働き、一度は危機を乗り越える。
だが、将軍(朝海ひかる)の元には諸外国が開国を迫って列をなしてくる。狂言回し(山本耕史・松下優也Wキャスト)が見つめる中、ニッポンは否応なく開国へと押し流されていき……

廣瀬・松下・立石

SNSが発達し世界各国の情報が瞬時に知れ渡り、異なる国家、異なる民族、異なる言語、異なる肌の色で、何人も不利益を被ってはならない、という多様性の尊重が叫ばれるいまの時代にあっても、差別とは全く異なるものの、単純に互いの理解が追いつかない事態は依然として生まれてしまうものだ。例えば茶道を海外の目で見た時に、畳に直接茶道具を置くことに抵抗を覚えると聞くことがしばしばあるが、その時「あぁ、そうかも…」ではなく「外を歩いた靴のまま家に入る人たちが!?」(むしろだからこそなのだろうが)と疑問を感じてしまう感覚の差異は、もう育った文化の違いとしか言いようがない。

そう考えた時に、この『太平洋序曲』という作品にはこれまで、それがエンターティメントだと重々わかっていても、どこかで微かな居心地の悪さがつきまとったものだ。それは例えばミュージカル『南太平洋』で主人公たちが危険な任務を遂行し、戦いに勝利した!と快哉を叫んでいるときに、つまりいま攻撃されたのは……と、ふと、気持ちが落ち着かなくなるのと同種の致し方なさだと思っていた。

だが、今回日英共同制作による、新演出版として作られたこの新たな『太平洋序曲』から、そういった意味での肌触りの悪さが全く感じられないのは、非常に嬉しい驚きだった。ひとつには初日前会見で脚本のジョン・ワイドマン自らが意図を解説していたように、香山弥左衛門とジョン万次郎、二人の男が育んだ友情と、その後の生き方により焦点を合わせる為に、不要と思われるシーン、具体的には滑稽味の強かった「菊茶」をカットし、1幕もののノンストップ約1時間45分で物語を駆け抜けた効果が大きい。これによって、あくまでも歴史を題材にしたフィクションであり、スティーヴン・ソンドハイムの複雑精緻な音楽で綴る絵巻物のような作品の作りに、観ている間は良い意味で心地よく騙されることのできるスピード感が生まれた。

もうひとつには、英国内にとどまらず世界各国で活躍している演出家マシュー・ホワイトが日本の文化や価値観を尊重し、もちろんコミカルな場面もあるものの、相対的には静謐な美のなかに作品を描いていることがある。それは月にも時代を映す鏡にもなる円窓や、坂や船や時空を超える道に変化していく曲木など、空間や余白を愛する日本美術にインスパイアされたポール・ファーンズワースの美術、それぞれにシンボリックな前田文子の衣裳と共に、舞台全体の色を決める力になった。特に『太平洋序曲』というタイトルにある裏の意味、決してこの開国が「平和的に行われたものではなかった」という点がきちんと踏まえられているのが様々な暗喩を導き出していて、2023年に観る作品の意味を深めている。

何よりも全員をメインキャストと呼んでいい、出演者たちのレベルが総じて非常に高く、不協和音のハーモニーの、本来は親和しないはずの響きがいつか心地良い美しさにつながっていくソンドハイムメロディーの不思議を、全員が完璧に歌いこなしているのが圧倒的だ。

山本

その名の通り作品の「狂言回し」である山本耕史は、この新演出版で「現代の美術コレクター」という設定の現代人として登場する冒頭から、全体を引っ張る力感が極めて強い。基本的には作品を外枠から観て、客席に解説していく役回りなのだが、山本のそれはドラマのなかにも自在に行き来している感覚が強く、文字通り全てを牽引している、作品が狂言回しの手の中にあると思わせる「山本ワールド」が圧巻。個性と力強さが共にある歌いっぷりも胸がすくほどだった。

松下

一方、松下優也の狂言回しは、どこか飄々としていて、外枠から作品を俯瞰している印象が前面に出る。1曲で何年もの時間が過ぎることもある作品を解説していくわけだから、当然ながら膨大な台詞があるが、そのどれもに「本当のところは誰にもわからないけどね」と言わんばかりのニュアンスがあって、「木の上で」で歌われる作品のテーマ、歴史の真実は実は誰もしらないに直結する役作りが面白い。だからこそ終幕を含め、打って変わった強い声を発する場とのコントラストも生きていて、二人の狂言回しが全く違うアプローチをしていることの興趣が絶大だった。

海宝

香山弥左衛門の海宝直人は、「浦賀奉行所の与力としてごく慎ましい生活を送っていた一介の武士」という冒頭の香山に真実味があり、知恵も勇気もある人物だが、現代で言うならあくまでも会社に忠実なサラリーマンとして、与えられた職務をこなしていく実直さを貫いた造形が、海宝の端正な個性によく叶っている。万次郎との掛け合いの「俳句の歌」で妻のことしか詠まない男が、将軍の命のままにそうした思いに蓋をしていかざるを得ない悲しさのある弥左衛門で、盤石の歌唱力が得難いことは言うまでもない。

廣瀬

もうひとりの弥左衛門の廣瀬友祐は、妻を愛し、武士と言っても長く続いた太平の世で人を斬ったこともおそらくないだろう優しい男が、激動の日々に放り込まれたあと意外なしなやかさと柔軟性を見せていく様が、海宝のそれとはまた違った弥左衛門像につながっていく。西洋の優れた文明に親和していく弥左衛門の姿が、決して嫌みに映らず自然なことに感じられるのは、廣瀬の微かに寂しげな風情が香る持ち味と、近年果敢に取り組んできた個性的な役柄で培った表現力の賜物だろう。歌声もますます伸びやかに進化して聞かせた。

ウェンツ

ジョン万次郎のウエンツ瑛士は「いまでは青い目になっちゃって」という異国に渡った幼友達を思った童謡の一節を思わせるほど、西洋を色濃く感じさせる容貌と演技が役柄の変化を強調する効果を生んでいる。鎖国政策の禁を破った罪に問われているが、仮に不可抗力が認められていたとしても、言語と共にアメリカの文化を吸収しつくした万次郎が再びこの時代の日本で生きる困難さが、西洋そのものを感じさせるウエンツの表現からあふれ出ているからこそ、万次郎の向かう先に「そうなるだろう」という真実味が強く感じられた。

立石

他方、立石俊樹のジョン万次郎は、「俳句の歌」でつねにアメリカへの憧憬を詠み続ける万次郎の微笑ましさ、人懐っこさが強く出る演技が印象的だからこそ、終幕の登場に強いインパクトがあった。相手の求めているものをいち早く察知して、その通り差し出していくだけの回転の速さで万次郎は生き抜いてこられたのだ、と素直に信じさせてくれる役作りで、有事に際しての強い台詞発声も実にクリア。直近の公演『エリザベート』のルドルフ皇太子に比しても格段の成長を遂げていて、末頼もしい逸材ぶりを示している。

朝海

将軍の朝海ひかるは、四代の将軍を一人にコラージュしている役柄で、実は場面、場面で微妙に声のトーンや立ち居振る舞いを変えているが、演じ分けているというよりはその場で求められている将軍像を見せていく塩梅が絶妙。伝えられている歴史の事実とはドラマが大きく異なる展開を見せるだけに、ハッキリ演じ分けず、どうにでも取れる在り方が効果的だった。もうひと役「ウェルカム・トゥ・カナガワ」を歌う女将も演じるが、これまでは男性俳優が演じてきた役柄に朝海が扮することによって、今回の上演で俳優たちが性別を超越して数々の役を演じる意図を象徴する存在になった。引っ込み際の「グッバイ」のリズム感が小気味いい。

もうひとり、香山の妻たまての綿引さやかが、全体を通して当時の日本女性の美徳、価値観を一身に背負った役どころを、芯の強さと美しいソプラノの歌声で表現したし、性別を超えて様々な役柄を演じ分ける、全員がプリンシパルだと思わせるキャストが、この大作ラッシュの3月によくぞ集めたと感嘆するいずれ劣らぬ実力派揃いなのには、ただただ感心させられる。冒頭の当時の日本を見せる「此処は島国」からコーラスの厚みと、西洋と東洋を巧みにミックスした力強い振付をこなす全員に魅了されるし、黒船来航に混乱する人々を描く「四匹の黒い龍」で堂々のソロを務める漁師の染谷洸太の、これだけ歌える人材の宝庫の座組のなかでなお秀でる歌唱力には、どこかで呆気にとられたほど。

ここで染谷からソロを引き継ぐ泥棒の村井成仁も自在な歌声だし、老中や香山の後添いを早替わりする可知寛子、「木の上で」の少年役のソロがひと際印象深い谷口あかり、「やあ、ハロー!」で日本人から見ると理不尽な各国の提督たちをコミカルに演じるだけでなく、様々な役柄で八面六臂の活躍を見せる武藤寛、中西勝之、杉浦奎介、田村雄一、照井裕隆、藤田宏樹。メロディーがこの1曲に限ってストレートに美しいことにやがてゾっとする「プリティ・レディ」で美貌を煌めかせた井上花菜、スイングも務める横山達夫と、誰が欠けても成り立たないだろう、製作の良心を感じるハイレベルなキャストが集ったことが作品の要になっている。

総じて「ソンドハイム=難しい」という認識が共通している楽曲の数々を、これだけノンストレスで聞かせてくれるカンパニーが、コロナ禍と物価高騰の波が、未来に不安感を広げ続けるいまの日本の「NEXT」を、まだ決まっていない未来として届けてくれたことに、僅かにではあれ希望も見え隠れする新たな『太平洋序曲』の誕生を喜びたい。

ジョン・ワイドマンとの取材会にて廣瀬・海宝・ウエンツ・立石

【公演情報】
ミュージカル『太平洋序曲』
作詞・作曲:スティーヴン ・ソンドハイム
脚本:ジョン ・ワイドマン
演出:マシュー ・ ホワイト
出演:山本耕史/松下優也(Wキャスト) 海宝直人/廣瀬友祐(Wキャスト)ウエンツ瑛士/立石俊樹(Wキャスト)
朝海ひかる
可知寛子 綿引さやか 染谷洸太 村井成仁 谷口あかり
杉浦奎介 武藤寛 田村雄一 中西勝之 照井裕隆
藤田宏樹 井上花菜 (登場順) 横山達夫(スイング)
●3/8~29◎日生劇場
〈料金〉S席13.500円 A席9.500円 B席5.000円
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場 0570-077-039
●4/8~16◎梅田芸術劇場メインホール
〈料金〉S席13.500円 A席9.500円 B席5.000円
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場 06-6377-3800
〈公式サイト〉https://www.umegei.com/pacific-overtures/

 

【取材・文・撮影(山本・海宝・ウエンツ出演回)/橘涼香 撮影(松下・廣瀬・立石出演回)岡千里】

記事を検索

観劇予報の最新記事

草彅剛・主演のシス・カンパニー公演『シラの恋文』ビジュアル公開!
数学ミステリーミュージカル『浜村渚の計算ノート』開幕!
『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』井上芳雄最終日の写真到着&再演発表!
 「池袋演劇祭」まもなく開幕!
加藤拓也の最新作『いつぞやは』開幕!

旧ブログを見る

INFORMATION演劇キック概要

LINKえんぶの運営サイト

LINK公演情報