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月組の芝居力がさく裂する二本立て上演中!

月城かなと&海乃美月トップコンビを擁する宝塚月組の平安朝クライム『応天の門』─若き日の菅原道真の事─とラテン グルーヴ『Deep Sea─海神たちのカルナバル─』が、日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(30日まで)。

平安朝クライム『応天の門』─若き日の菅原道真の事─は、新潮社の月刊コミックバンチで連載中の灰原薬による「応天の門」をもとに、田渕大輔が初のミュージカル化に挑んだ作品。学問の神様と称えられる菅原道真と、平安の色男・在原業平が都で起こる怪事件を次々と解決していく様を描いた歴史サスペンスを、宝塚歌劇ならではの華やかな演出でテンポ良い舞台に仕上げている。

【物語】
時は平安のはじめ。藤原北家の筆頭である藤原良房(光月るう)とその養嗣子・基経(風間柚乃)が朝廷の権力を掌握しつつあった頃─。京の都では、月の子(ね)の日の夜に鬼たちが大路を闊歩、姿を見た者を憑り殺すという「百鬼夜行」の噂に人々が怯えていた。
京の治安を守る検非違使の長・在原業平(鳳月杏)は、時の帝・清和帝(千海華蘭)から、この怪事件の早急な解決を託される。妹の多美子(花妃舞音)が近く入内することが決まっている藤原常行(礼華はる)が解決策を案じるのを尻目に、業平は「助っ人を依頼するのです」と磊落に言う。というのも業平は、ひょんなことから知り合った幼い頃から秀才との誉れ高き文章生・菅原道真(月城かなと)の才気に目をつけていたのだ。
その道真は学者を多く輩出している菅家の三男で、大学寮で学ぶ文章生でありながら、凡庸な貴族の子弟らと学ぶことに意義を見出せず、屋敷に籠って書を読み耽る日々を送っていて、はじめは業平からの唐突な依頼をにべもなく断る。だが、嫌疑をかけられたのが、学友の紀長谷緒(彩海せら)が多額の借金を作っていた唐渡りの品を扱う店の女主人・昭姫(海乃美月)だったことから、成り行きのまま捜査に乗り出すことに。昭姫をはじめ多くの人々の協力のもと、次第に真相に近づいていく道真。けれども、ことのはじめから「この世に鬼などいない」と言い切っていた道真の読み通りに、事件の背景には鬼や物の怪の仕業を装い暗躍する権力者たちの暗闘が渦巻いていて……。

はじめにこの作品が宝塚で舞台化されると聞いた時、まず興趣を感じたのが、宝塚歌劇団の座付き作家である田淵大輔の視点だった。藤原氏が権力を掌握しつつあったこの時代の宝塚作品として一番に思いつくのは、なんと言っても在原業平と帝に嫁ぐことが決まっていた藤原高子の逃避行を中心に描いた柴田侑宏の『花の業平』だろう。それは切なくも美しいロマンチシズムに溢れた悲恋もので、おそらく世間一般が「宝塚歌劇」に抱いているイメージにぴったりの世界観で紡がれた舞台だった。そんな先達の作品がある同じ時代背景のなかで、学問の神様の菅原道真と業平がバディを組んで、平安の怪事件を解き明かしていくという灰原薬の斬新な設定に惹かれ舞台化を望んだ田淵大輔の感性が、まず新たなものに感じられた。実際、こうした新しい作品や、海外のミュージカルを宝塚が上演するときに改めて驚くのは、この題材は柴田侑宏がもう書いているな…と思うことの多さで、これは宝塚が花、月、雪、星の四組で構成されている時代のことだが「いつどの組で作品制作の依頼があってもいいように、常に各組に合った題材を二本ずつ程度用意している」という趣旨の発言をしていた柴田絶頂期の、旺盛な創作力が遺した財産に違いない。その膨大な作品群、鉱脈でもあり高い山でもある仕事を前に、いまの時代の作家たちはさらに新しいものを生み出していくという命題を担っている。

その一人である田淵が「クライム・サスペンス」と銘打って、藤原氏を軸に権力の掌握を目指した暗闘を長大なストーリー展開の根底に置きつつ、軽妙なユーモアをもって一つひとつの事件を解決しながら進んでいく短編集の良さもある「応天の門」の自由な表現に着目したのは、非常に良い着眼点だったと思う。もちろん現在の宝塚五組のトップスターの中で、最もクラシカルでストレートな美しさの持ち主である月城かなとになら、華麗な宝塚ロマンの王朝ものはさぞぴったりと似合っただろう。だが一方で、そういう選ばれし美質の持ち主の月城だからこそ、こうした変化球の題材、変化球の役柄でも宝塚歌劇作品として浮かないばかりか、むしろどんな作品をも最終的には「宝塚歌劇」という大きなジャンルのなかに咀嚼し、成立させてしまえる宝塚の底力を提示することができたのだと思える。それが、発想の面白さを基本にしながら、業平と藤原高子の恋を、それこそ『花の業平』へのリスペクトが感じられる描き方で大きくフューチャーしたり、約1時間半の上演時間のなかで、原作世界のおおよそ12巻程度までのエピソードから、亡くなった道真の兄吉祥丸を介した道真と藤原基経との関わりを、しっかりと入れ込んできた田淵の作劇に観て取れた。

そんな菅原道真の月城かなとは、原作設定よりは少年感を曖昧にはしているものの、あくまでも「─若き日の菅原道真の事─」という、非凡な才能と、兄吉祥丸の死にまつわる鬱屈とで、他者とうまく関われない若い道真を豊かに描き出している。特に驚いたのは大きな瞳をさらに大きく感じさせるメイクと視線の使い方で、原作コミックそのままの三白眼に見せたことで、その細かい作りこみに感心した。兄を凡人だったと言いきれてしまう頭脳を持ち合わせているからこそ、権力に縛られず自分の才能だけで生きていける国にいきたいと願う、未だ生まれた国で自分の進むべき道と理想を見出せずにいる道真の、表に現れる相当に拗れた面のなかに、内心のまっすぐさをも透けて見せた表現が秀逸だった。ここぞというところで聞かせる伸びやかな歌声もドラマを支える力になっている。

唐渡りの品々を扱う店の店主で、自身も唐から日本にやってきた昭姫の海乃美月は、宝塚のトップコンビとしては異色の恋愛関係にならない道真との関わりを、次第によき理解者となっていくという絶妙な立ち位置で表していて、これは娘役としての経験値が高い海乃だからこそできる技。自分の信じる正しさの為に頑なになりすぎる道真を諭し、この世に生きるすべての人が、互いの心を信じていきられたなら、との桃源郷を夢見る「理想の国を」の道真とのデュエットが美しく、このまま分かり合えるのかと思いきや……、という展開の面白さもよく動く表情で伝えて笑わせる。いま男役トップを「坊ちゃん」と呼んで成立するトップコンビはこの二人をおいてないだろうし、こうした変化球の役柄でも凛として美しいトップ娘役を維持できる、海乃の力量の確かさが光った。

在原業平の鳳月杏は、道真に対して大人の男の余裕を持ちつつ、藤原高子との恋で肩身の狭い宮中で、なお頭を上げて生きている業平を大きな演技で描き出している。女人を見るととりあえず褒めておくのが礼儀と信じているかのようなプレイボーイの振る舞いと、高子への純愛が乖離しないのは、鳳月のなかで役柄の背骨がしっかりと立っているからこそだ。高子との恋に比重がある分、原作の道真とのバディ感が脚本上やや後退しているなかでも、二人が奇妙な信頼関係を結んでいることを台詞のないところでも醸し出す、月城とのコンビネーションも良かった。

藤原基経の風間柚乃は、本心を完全に隠した能面を感じさせる白を強調した化粧から工夫があり、謀略を張り巡らすことになんの罪悪感もないのだろう基経の思考回路を、こぼれ出る不敵な笑みで表して目が離せない。他を圧する才をもって生まれたことに対する、心の奥底の痛みという道真との共通点が、道真の兄・吉祥丸を介して語られる脚本の厚みも手伝って、「もう一人の少年」のソロナンバーの切々とした響きは圧巻。一方で、己の道を阻む者は肉親であっても許さないと歌う場との歌い分けも見事で、芝居の達者さに目を奪われていたが、歌唱力も十二分なのだなと、今更ながら再確認した思いがする。向かうところ敵なしの充実ぶりが頼もしい。

その基経に「そなたこそ藤原よ」と言わせる実妹・藤原高子の天紫珠李は、位取りの大きい、高子の芯の強さを表した演技で強烈な印象を残す。業平との恋が「百鬼夜行」事件の通奏低音として全体を通して語られている脚本のなかでは、もう一人のヒロインともいえる役柄を印象深く通した姿に、天紫の進化と充実を感じる。おそらく前後の出番の関係で難しかったのだろうが、高子のラストシーンが大橋泰弘の装置と九頭竜ちあきの映像効果とあいまって非常に美しいだけに、ここは鳳月業平との場面になったらとの思いもあるが、若き日の業平の英かおとの舞姿も十分に優美で目に残った。

藤原常行の礼華はるは、今回の作劇のなかではひたすら妹の多美子を思う兄として登場していて、ホープとしての期待度がわかる立ち位置に懸命に対峙している。決して器用な人ではないと思うが、その分全てが真摯なところに、恵まれた長身と日本ものがことに似合う涼やかな風貌にスター性が備わってきた勢いを感じさせた。常行が心にかけるのも最もだと思える、多美子の花妃舞音の愛らしさも役柄によく適っている。

もう一人の期待株、紀長谷緒の彩海せらは、本来の持ち味には「ちゃっかりした」に類する香りはあまりないと思うが、それを超えてコミックから抜け出してきたような長谷緒を細かい芝居で表現して楽しい。菅家の女房・白梅の彩みちるもコミックのイメージにピッタリで、二人が走り回る姿が、作品のユーモア面を底上げする力になった。

また、脚本が退団者に手厚いのも、座付き作家としての田淵の目配りが効いている部分で、単なる組長というよりも、スター格の一人と言える組長だった藤原良房の光月るうの食えなさ加減、92期生にしてこれだけ愛らしいお上がピッタリと似合うことに驚嘆する清和帝の千海華蘭、基経配下の黒炎を苦み走った風貌で表現した朝霧真、多美子付き女房・吉野を堅実に美しく演じた清華蘭、祭りだけでなく道真の夢でも大きな働きをする大師の結愛かれんの可憐さと色気が並び立つ貴重な個性、重要な役割りで客席の視線を一身に集める女官の花時舞香、若き日の高子で娘役の本懐と思えるたおやかな美しさを見せた蘭世惠翔と、それぞれに見せ場を作った手腕が光る。

他にも回想シーンが非常に意味のある吉祥丸の瑠皇りあの活躍も目立ち、ベテランに目を転じれば、道真の女房桂木を丁寧に演じた次期組長の梨花ますみ、高子の女房山路を控えた静けさで見せた白雪さち花、藤原良房の弟で兄に先んじようと虎視眈々と牙を研ぐ藤原良相を堂々と立たせた春海ゆう、生きるために苦渋の選択をした道真の父・菅原是善の佳城葵の、冒頭で演じた酔った町人との見事な演じ分け、検非違使・國道の蓮つかさの業平への軽蔑を隠さない絶妙な演じぶりなど多士済々。一点、原作世界では大きな役柄である伴善男の夢奈瑠音が、今回の作劇での切り取りでは極端にしどころに乏しく、月組の大切なスターの一人だし、本人はビジュアルの作りこみを含め実直に役柄に取り組んでいるだけに、配慮が欲しかったのは惜しまれるが、全体にはまだまだ役柄が多く、ひと言台詞の下級生に至るまで、役作りに真剣に取り組む月組芝居の良さが存分に出ている。道真の後ろに藤原一族が揃うラストシーンも、物語が続いていくことを如実に表した見事な絵作りで、あと1.5秒照明のカットアウトを遅らせて欲しいと思ったほど。全体に異色の作品に、果敢に取り組んだ月組生の健闘を称えたい舞台だった。

そこから一転、海底の奥深くに、誰も知らない海神たちの生きる場所があり、年に一度のカルナバルが行われているという設定ではじまるラテン グルーヴ『Deep Sea─海神たちのカルナバル─』は稲葉太地の作。月城かなとの開演アナウンスの最後のひと言「ダイブ」に導かれて、ラテンの「チョンパ」と言える鮮やかなプロローグに歓声があがる幕開きから、華やかで熱いラテンのグルーヴが舞台上からこぼれ出る。

鳳月杏と海乃美月の組み合わせが楽しい「踊るマーメイド」、月城と風間柚乃のコミカルな掛け合いから海乃が登場する芝居心たっぷりの「海神の戯れ」、月城と女役に回った鳳月に、裏声も駆使した風間の歌唱が独特の雰囲気を醸し出す「秘密の花園」など、各場面のメリハリもくっきり。

特に暁千星の星組異動で、ダンス力の低下を懸念する声も一部聞かれた月組だが、『ダルレークの恋』フィナーレナンバーで、当時新人公演が上演できない時期のせめてもの代わりに用意された初舞台から七年目までの、新人公演メンバーだけで繰り広げたダンスシーンが圧巻だった記憶から「いやいや、月組踊れる若手たくさんいるはず」と感じたことを見事に証明した「眠れぬ夜」は、平沢智の洒落た振付も相まって、日々進化する若い力を感じさせてくれる好場面になった。

そしてロケットからフィナーレへの流れも面白く、月城&海乃の「黒い瞳」によるタンゴデュエットダンスは、銀橋でこの振付をこなすのは二人の信頼感あってこそだと感嘆させられた。

何よりも、歌える娘役5人で役替わりという、おそらく例がなかったエトワールの競演は、桃歌雪、天愛るりあ、白河りり、きよら羽龍、咲彩いちごの、それぞれ個性が異なる美声と共に、各組で続けて欲しいと思う好企画で、ラテン=褐色メイクという刷り込みは時代の要請もあり宝塚の作家陣にアップデートして欲しいとだけは感じたものの、観終わって元気と活力を存分にチャージできる熱いショーが、月組の未来にますます期待を抱かせる時間になっていた。


【公演情報】
宝塚月組公演
平安朝クライム『応天の門』─若き日の菅原道真の事─
原作:灰原薬「応天の門」(新潮社バンチコミックス刊)
脚本・演出:田渕 大輔
ラテン グルーヴ『Deep Sea ─海神たちのカルナバル─』
作・演出:稲葉太地
出演:月城かなと 海乃美月 ほか月組
●3/25~4/30◎東京宝塚劇場
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォメーションセンター 0570-00-5100
〈公式ホームページ〉https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2023/outennomon/index.html
※4月30日(日)13:30公演 全国各地、台湾・香港の映画館でライブ中継&「Rakuten TV」「U-NEXT」にてライブ配信
詳細下記参照
https://www.tca-pictures.net/haishin/live/#outennomon-tokyo

 

【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】

 

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