猿之助・隼人、それぞれのオグリの魅力全開!全く新しいスーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)『新版 オグリ』上演中!
市川猿翁による伝説のスーパー歌舞伎『オグリ』が、スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)の第三作『新版 オグリ』として新たによみがえり、新橋演舞場で上演中だ(11月25日まで)。
スーパー歌舞伎『オグリ』は、1991年新橋演舞場で初演された三代目市川猿之助(現・猿翁)による伝説的な作品。古典歌舞伎としても愛され続けている小栗判官の物語が、猿翁の手によってエンターティンメント色を前面に押し出した作品となり、スーパー歌舞伎屈指の大人気作品となった。
そんなスーパー歌舞伎『オグリ』から、その精神を受け継ぎ、変わらぬ魅力をもつ梅原猛の原作に、スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)第二作『ワンピース』で大ヒットを放った横内謙介が再び脚本を手がけ、当代市川猿之助と杉原邦生が演出を担当。スーパーバイザーとして猿翁が加わり、日本を代表するクリエイティブスタッフが集結し、新しい解釈で描くスーパー歌舞伎II『新版 オグリ』として、ところも同じ新橋演舞場の舞台で新たに生まれ出ることになった。
【物語】
武芸学問に通じた美貌の若者・藤原正清、後の小栗判官=オグリ(市川猿之助・中村隼人 交互出演)は、世の中の全てのしがらみに縛られることを嫌い、心のままに生き、同じく生まれた家や、立場に苦しんでいる若者たち、小栗六人衆(市村竹松、市川男寅、市川笑也、中村福之助、市川猿弥、中村玉太郎)と共に自ら「小栗党」と称していた。ある日小栗党は、横山修理(市川男女蔵)の娘・照手姫(坂東新悟)を輿入れ行列から奪い取る。それは小栗党の一人五郎(猿弥)の片思いからはじまったすれ違いではあったが、その騒動の中でめぐり会ったオグリと照手姫は強く惹かれ合い、夫婦となることを誓う。
だが、修理は親に背いた二人の仲を許さず、オグリたちは殺され、照手姫は川に流されてしまう。閻魔大王(浅野和之)の前にやってきたオグリは、自分はどうなってもよいから仲間たちだけは娑婆へ返してくれと掛け合ううちに、閻魔大王の怒りに触れ、その驕りを戒める為、顔も手足も重い病に侵された餓鬼病の姿で娑婆に送り返される。生き返ったオグリは遊行上人(市川猿之助・中村隼人 交互出演)の導きで、善意の人が曳く土車に乗り、熊野を目指すことになる。その道中、一命をとりとめ流転の人生の中懸命に生きていた照手姫と再会するが、姫は餓鬼病の身の彼をオグリとは気づかず、オグリも名乗ることのできないまま、二人は再び別れて行き……。
七色のライトが煌めき、客席天井には星空、幕開きから無数の桜の花びらが舞い散る舞台は、プロジェクションマッピングによる鮮やかな映像が、瞬時に時と場所を変えていく。だが実のところその華やかな絵面は、意外なほどにシンプルな舞台面で構成されている。大きなセットと言えるものは映像と、時には客席を、また時には舞台の人々をも映し出す鏡だけで、徹底的に役者を見せることに演出の主軸が置かれているのだ。これは若い役者たちも多い座組にとっては、かなり難しい設定だったと思うが、演出も務める猿之助、また共同演出の杉原邦生の高い要求に、彼らが持てる力を発揮して体当たりで挑む熱量には、スーパー歌舞伎お馴染みの本水の滝の中で繰り広げられる大立ち廻り、また、新橋演舞場史上初の客席左右同時に行われる、天馬に乗っての宙乗りというスペクタクルに負けない力があった。
特に脚本の横内謙介が、作品の中に現代の問題を巧みに忍び込ませていることが、ケレンたっぷりのエンターティンメントに真実味を与えている。オグリと徒党を組む小栗六人衆には、求められた剣ではなく学問に己の才能を見出した者や、虐待を受けていた者、生まれついた性と本人の性自認が一致しない者などが登場する。彼らが生まれや立場のしがらみを捨てて、自由に生きたいと願う渇望は、令和元年のいま、身近にいくらでもあるものとなんら変わらず、彼らを率いるオグリを応援する気持ちが高まる効果になっていた。
一方で、村社会に住む老人たちが、意表をつく現代のツールで悪意に満ちた噂話を拡散させていき、登場人物に疑心暗鬼を植え付けていく怖さもまた描かれ、人の心の移ろいやすさや、嫉妬心や惑いが、この世界ならではのケレン表現と結びついて違和感がないのに驚かされる。これは浅野和之、石橋正次、下村青など、現代劇やミュージカルの舞台で活躍している役者たちが、歌舞伎俳優に混じって共に作品を創り上げていく、スーパー歌舞伎IIの良い意味の混沌感、垣根のなさが作用してのことに違いない。
そのような、作品に「今」を感じさせる世界が、全ての登場人物が呪縛から解き放たれ、歓喜の舞を舞い、喜びに満ちるラストシーンへとつながるカタルシスには絶大なものがあった。「愛」や「幸福」「思いやり」といった、美しい想いを真正面からてらいなく訴えてくる世界。当代猿之助の目指す、美しい心の循環が、新橋演舞場に満ちる様には、エンターテイメントの力の真髄を観る想いがした。
そんな舞台で、主演のオグリを交互に演じる猿之助と、中村隼人のそれぞれのオグリが非常に面白い。猿之助のオグリには「小栗党」を率いるリーダーとしてのどっしりとした重みがあり、オグリを中心に物語が回っていくことに当然ながら自然な説得力がある。特に餓鬼病の身に落ちてからの、苦悩や心の叫びを語る迫真の演技と、まるで謳うように見事な長台詞には、スーパー歌舞伎がエンターテイメント性を十分に含んで尚、やはり「歌舞伎」であり「歌舞伎」でなければならない醍醐味が溢れ、胸に深く落ちるものがあった。
一方、中村隼人のオグリには、まず何よりもストリート系のテイストも加味された豪華な衣裳を美しく着こなす姿の良さと、溌剌とした爽やかさがあり、それが薔薇の花をこよなく愛しているという今回のオグリ像が持つ、むしろダークではない完全なヒーロー感に直結する効果になった。照手姫との恋にも運命を感じさせ、猿之助とは全く別のアプローチのオグリが誕生していて見応えがあった。
互いがオグリを演じていない時に扮する、終幕へ続くキーパーソンとなる遊行上人にも、猿之助の軽やかさ、隼人の生一本とそれぞれの味わいがあり、二人でこなす宙乗りも実に華やか。オグリの衣裳や鬘も場面によって異なっていて、これは是非なんとしても両キャストを観て欲しい贅沢な交互出演となっている。
またこの作品の魅力はヒロインの照手姫の造形によるところが大きく、関東武士の家に生まれ親の決めた縁組を受け入れざるを得なかった照手姫が、自らの意志で行動し、それによって艱難辛苦と言っても差し支えない境遇に変転していくものの、決して誰も恨まず、後悔もせず、ただ真っ直ぐにオグリへの愛と、己の心とを信じて生き抜いていく姿はなんとも感動的だ。ここまで美しい心根の女性が絵空事にうつらないのは、やはり歌舞伎の女方が演じているからこその効果で、坂東新悟が女方としてはかなり長身であることもむしろ美しさにつなげて、健気に、かつたおやかに、心も姿も美しいヒロインを造形して素晴らしかった。
小栗六人衆の小栗一郎・市村竹松、二郎・市川男寅、三郎・市川笑也、四郎・中村福之助、五郎・市川猿弥、六郎・中村玉太郎は、それぞれに役柄を個性的に見せて、一団であり個である小栗六人衆に深みを加えている。ここにスーパー歌舞伎のヒロイン女方として活躍した笑也がいることも大きい。元々性を超越している存在である女方が、性自認は男性という役柄を演じるのはかなり難しいはずだが、笑也の培ってきた経験が、小栗三郎を登場の瞬間から単なる立役に見せない優れた成果をあげていた。
横山修理の市川男女蔵、乳母鷹乃の市川門之助、閻魔夫人の市川笑三郎、カメ婆の市川寿猿など如何にも歌舞伎の大きさを出すベテランたちや若手の市川弘太郎らも、それぞれの見せ場で活躍、飄々とした可笑しみが得難い閻魔大王の浅野和之や、実直さが表れる翁の石橋正次、フグ婆と女郎屋女将を見事に演じ分ける下村青、武家の矜持を見せる横山家継の高橋洋、何役も演じ分ける石黒英雄や嘉島典俊など、それぞれの個性で浚う俳優たちとの懸け橋になった。登場が交互出演となる市川右近の金坊の、愛らしさと母を思う心の表出にも心を打たれた。
終幕には、会場で購入できる猿之助と隼人のサインも入った、光るリストバンドで舞台と客席で等しく光の海を創るという、全面鏡の舞台面がより映える演出もあり見どころ満載だが、何よりもそんな徹底され尽くしたエンターテイメント性の中に、人の心、情が描き出されているのが得難い。長尺の三幕の舞台を全く飽きさせず、心に沁みるものにした、スーパー歌舞伎IIの可能性を更に感じる舞台になっている。
【囲み会見】
初日を明日に控えた10月5日、隼人主演版の通し稽古に続いて、猿之助主演版の通し稽古を前にした新橋演舞場のロビーで囲み会見が行われ、猿之助と隼人が共にオグリの扮装で登場。公演への抱負を語った。
──いよいよ明日初日を迎えますがいかがですか?
猿之助 初日前の独特の、なんと言うのかな「勝つか?負けるか?」というヒリヒリしたものがね。僕はラスベガスが好きなんだけど、超高額のスロットマシンに当たるか?外れるか?という時の心境と全く同じですね。
隼人 ギャンブルの!
猿之助 ギャンブルだよ、まさにギャンブル。
──その勝負は?
猿之助 たぶん勝つと思います。大変良い仕上がりになっていると思う。今までのスーパー歌舞伎とも違うし、『ワンピース』とも全く違うしね。その辺をちょっと期待して頂けると、面白い仕上がりになっていますので。
──隼人さんはいかがですか?
隼人 僕自身も今日通しの舞台稽古をはじめてやらせて頂いて、昨日、猿之助兄さんの舞台稽古で舞台全体をはじめて観たのですが、非常に楽しみだなという感じの仕上がりでした。猿之助兄さんの言った通り『ワンピース』でもなく、従来のスーパー歌舞伎でもない作品になっているんじゃないかなと思っているので、自分も今回は二役させて頂くので、作品創りの力になれればと頑張っています。
──猿之助さんの通しをご覧になって、どの辺が楽しみだと思いましたか?
隼人 やっぱり猿之助兄さんが、このオグリというのはわりと荒くれ者で、現代で言うとちょっとヤンキー集団というような集まりの人たちをどう演じるのかが面白いですし、そんな全てを持っていた男が閻魔大王の罰で何もかも失って餓鬼病になっている落差ですとか、餓鬼病が治った時に、人と人とのつながりの大切さを知るというところの、心情の変化がとても素敵だと思っているので、その辺りに注目して観て頂きたいです。
──猿之助さんは隼人さんの演技をご覧になって。
猿之助 二人全く別ですね。人生をより多く経験している人と、若さの絶頂にある人と、この違いがどう出るか?ということですけれども、今回群像劇として創っているので、スーパー歌舞伎を今まで支えてくれた人たち、またセカンドから来てくれた仲間と、新たにまた仲間が加わって、特に小栗六人衆が非常に良い個性でね。今誰が一番プロマイドが売れるか勝負しようか?というくらい、それぞれに個性があって良いんですよね。
──ちなみに誰が一番売れそうですか?
猿之助 それぞれ愛すべき存在で、竹松君も良いし、男寅君も良いし、新たに加わった福之助君も良いし、玉太郎君も良いし、彼らが稽古初日から比べると断然良くなってきているので、僕はそれを見るのが非常に楽しみです。
──稽古を重ねていて、これは大変だなとか、ここは難しいと思ったことは?
猿之助 今回舞台が非常にシンプルに映像と鏡だけなんで、芝居が上手くないと全く面白くないんです。芝居力がモロに出ちゃう、何にも助けてくれないので。だから彼らのストレートな心がバンと出れば良いなと思っています。彼らには想像以上の、力量以上のものをこちらが要求しているので、それを是非跳ね返して、明日の初日から爆発して頂くようにお願いしたい。
──皆さんにアドバイスは送っているのですか?
猿之助 まぁ、訊きにくれば言いますけど(笑)、僕は静かに見守っています。彼(隼人)が色々先輩として言っていますね。
──衣裳もポスターで拝見するのとは、全く迫力が違いますね!
猿之助 着方も全くわからないんですよ(笑)。鎖が色々着いちゃったりしてね。まぁ、こっちは(隼人)こういうのを着るのは慣れているだろうけれども。
隼人 いえいえ、こんなに装飾品が多いものは!このポスターの時よりも増えているんですよ。より動きにくくなっている(笑)。
──重さも結構ありそうですね!
猿之助 これはまだ軽いんです。おかげ様で。
隼人 他の衣裳の方が重いです。豪華絢爛な衣裳なので。
──そもそもスーパー歌舞伎IIに『オグリ』を持ってきたきっかけと言うのは?
猿之助 伯父の猿翁がこれをやったのが二十数年前なんですが、その時にやりたかった演出があったんですね。それは映像を使うことだった。でもその当時は伯父の演出の発想に技術が追い付いていなかったんです。やっと現代、令和元年になって伯父がやりたかったことができるということは、やっと伯父の発想に時代が追い付いた。今度はそれを僕の身体を使ってやるということで、是非これをやりたいと。暗いニュースが多い中、「人は幸せになる為に生まれてくる」「皆で幸せになろう」という、一見陳腐かも知れないけれども、やっぱりそこに立ち返っていきたいと思います。
──見どころは色々あると思いますが、ひとつあげるとしたら?
猿之助 今回はこのスーパーリストバンドです。(腕につけているのを見せて)光る!『ワンピース』ではスーパータンバリンでしたが、今回はリストバンドで、最後は皆さん腕につけて頂いて「歓喜の舞」で盛り上がろうと!しかも消費税が上がったにも関わらず税込み1000円!(爆笑)。
隼人 これは安いですよ!(拍手)
猿之助 普通は1100円になっても良いところを、税金が上がったにも関わらず値段は据え置きで1000円です!しかもこれは電池を入れ替えれば繰り返し使えるので、タンバリンよりも使い道は多いと思います(爆笑)。
隼人 帰り道暗い時にもね!
猿之助 停電になっちゃった時でもよく照らせますので。
──本番、猿之助さんたちもつけるのですか?
猿之助 つけます、皆でつけます。
──舞台も、客席の皆さんもつけるということは、かなり盛り上がりますね!
猿之助 盛り上がって頂きたいですね!
隼人 そうですね!
猿之助 しかも全面鏡なので、これが鏡にも映って光の海になる予定です。ただ絶縁シートを抜かないといけないので、わからない方がいると光らないのですが、その説明タイムもありますので、今回はこれをたくさん売ることが目標です!(笑)
──でも、他にも見どころありますよね?本水の立ち回りもあるとか?
猿之助 それもありましたね(笑)。本水の立ち回り、馬に乗っての宙乗り、また演劇自体がスペクタクルなので。あとは今回泣ける芝居です。今までで一番深い芝居じゃないかと思います。
──深い芝居ということですが、いかがですか?
隼人 その通りだと思います。やっぱりスーパー歌舞伎と言えば、本水の立ち回りであったり、宙乗りであったり。今回馬に乗っての客席左右同時の宙乗りは歌舞伎史上初めてだと伺いましたし、その他プロジェクションマッピングや、LEDパネルを使った映像表現もあって、客席の場所によって見え方がだいぶ違ってきています。また、普通に道具を置いて光りを鏡に当てて反射させたりもしています。あとはお客様の頭上に星空が広がるようにLEDを仕込んであるので、そういったところも見どころだと思います。
──盛りだくさんなんですね!猿之助さん二ヶ月の公演ですが、ちょうど二年前に事故がありましたが。
猿之助 10月9日ですね。忘れもしない。今回も10月9日を乗り越えられるかどうか?なのですが、あれから危機意識が増えましたので、舞台も安全に万全を期してやります。これで挟まったら自己責任なのでね。でもまたこの衣裳が挟まりやすい!(笑って袖を振る)
隼人 待って、待って、いやいやいや!(縁起でもない!と言わんばかりに押しとどめて)細心の注意を払っていますから!(猿之助大笑い)
──スタッフさんも万全に!
猿之助 大道具さんなどは一週間泊まり込んでいますし、三日くらい徹夜してもいます!
──SNSもずいぶん遅い時間に更新されていて。
猿之助 はい、お客様の歓喜の為に我々頑張っておりますので、是非観て頂いて歓喜を感じて頂きたいです。
──では最後にお客様にメッセージを。
猿之助 『ワンピース』に続くスーパー歌舞伎II(セカンド)、二十数年ぶりに『オグリ』をリメイク致しました。歓喜と愛の物語、そして最後は歓喜の渦の中で、客席と舞台が一体となって歓喜の踊りを踊るという、歌舞伎史上初めてのものとなっております。是非一人でも多くの方に観て頂きたいと思います。劇場でお待ちしております。
【公演情報】
スーパー歌舞伎II(セカンド)
『新版 オグリ』
原作◇梅原猛
脚本◇横内謙介
演出◇市川猿之助・杉原邦生
スーパーバイザー◇市川猿翁
出演◇市川猿之助 中村隼人 ほか
●10/6~11/25◎新橋演舞場
〈料金〉1等席16,500円 2等A席9,500円 2等B席6,500円 3階A席6,500円 3階B席3,000円 桟敷席17,500円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈お問い合わせ〉新橋演舞場 03-3541-2600
チケットホン松竹 0570-000-489
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/shinbashi/play/622/
【取材・文・撮影◇橘涼香】
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