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新国立劇場にて『私の一ヶ月』いよいよ開幕!稲葉賀恵×村岡希美 インタビュー

新国立劇場では、日本の劇作家の新作を届けるシリーズ企画【未来につなぐもの】の第一弾で、須貝英が劇作した『私の一ヶ月』を、本日、11月2日から20日まで新国立劇場 小劇場で上演する。

本作は「ロイヤルコート劇場×新国立劇場 劇作家ワークショップ」から生まれたもので、時間を掛けて議論を交わし、改稿を重ねて作り上げた。稲葉賀恵が演出を手掛け、村岡希美、藤野涼子、久保酎吉、つかもと景子、大石将弘、岡田義徳という6名が出演。劇中では、とある地方都市の古い家、その町のコンビニエンスストア、そして都内の大学図書館の閉架書庫という3つの場所を舞台に、母と娘とその周辺の人々の過去と現在をパラレルに描いていく。

《あらすじ》
3つの空間。2005 年11月、とある地方の家の和室で日記を書いている泉。2005 年 9 月、両親の経営する地方のコンビニで毎日買い物をする拓馬。そして 2021年 9 月、都内の大学図書館の閉架書庫でアルバイトを始めた明結は、職員の佐東と出会う。やがて、3つの時空に存在する人たちの関係が明らかになっていく。皆それぞれが拓馬の選んだつらい選択に贖いを抱えていた…。

この『私の一ヶ月』を演出する稲葉賀恵と、泉役を演じる村岡希美に、作品世界について、そして稽古の様子などを話してもらった。

稲葉賀恵 村岡希美

すでに研ぎ澄まされている感じの台本

──台本を拝見してちょっとびっくりしました。3段に書かれていて、物語が同時進行していきますね。舞台上の空間がどうなるのかにまず興味が湧きました。

稲葉 舞台に三階立てのビルが建つのかと思われそうですよね(笑)。ビルは建てませんが、空間が3つに分かれていることは重要で、たぶん3本の映画が同時に流れているような舞台になると思います。とくに一幕はそういう形で構築すると思います。

──劇作は須貝英さんで、「劇作家ワークショップ」で作り上げた台本だそうですね。そして稲葉さんは出来上がった台本の改訂を一緒にされたと聞いています。

稲葉 私は第4稿から最後の7稿まで参加して、ここをこうしたらいいんじゃないかと思ったことを相談して、須貝さんがそれを書き直してくださって出来上がりました。

──出来上がった台本ですが、村岡さんは初めて読んだときの印象はいかがでした?

村岡 そういう作り方だからでしょうか、すでに研ぎ澄まされている感じを受けました。多くを語ることがない会話の中で、込められている思いとかそのときの光景などが、鮮明に浮かんできました。ただ、それが俳優それぞれの身体と声を通したときどうなるか、想像の領域も多い台本なので、早く声を出して稽古してみたいと思いました。

──物語は3つの空間で進行するわけですが、時間も2005年、2007年、そして2020年、2021年と行き来します。その見せ方についてはどんなふうに考えていますか?

稲葉 行き来する年代の年号とか月日をちゃんと見せるべきなのか、そこも考えましたが、記憶を探す劇なので、ワープしていくことについて年号を細かく見せるより、人がどう変わったのか、これは何かが起きたその前なのか後なのかという、そこで見せていく、過度に説明をしないということを選びました。人が抱えているものがどう変化したかで舞台が変容していくことを実現できたらいいな、と思いながら稽古をしています。

──演じる側としては、その変化をどう表現していくかですね。

村岡 ただその変化の見せ方は、多少はフィジカルな見せ方もあるものの、大事なのは内面の変化なので、稽古のスタートからみんなで沢山の時間を共有して、登場人物1人1人についてその描かれていない部分を想像して話し合ったり、過去の出来事などもエチュードでやってみたり、それは稲葉さんやスタッフの方々も共有してくださって、みんなの記憶と言えるものを積み上げてきました。やはり内側のことが重要な作品なので、小手先の技術では表現できない月日の積み重ねが必要なので。もちろん年月によるビジュアルの変化はありますが、でもそれ以上にもっと繊細な時間の積み重ねが大事で、今は2005年、今は2021年という感じで、一緒にその「今」を生きているという感じです。

──それだけ膨大な共同作業が、この作品には必要なのですね。

稲葉 そうなんです。でも役者さん1人1人が、それぞれ自立していて、舞台上でそこに存在しているという説得力は最初からある方ばかりなので、信頼しています。ですからそこで私ができることは、たとえば些細なしがらみのようなものが、そこで起こるためにはどうしたらいいのだろうという、サプライズイベントをどれだけ投入できるかを考えていくことかなと思っています。

計り知れない中にある本当のものを探っているような

──この作品の核には、泉の夫の拓馬という存在があると思いますが、拓馬はほとんど別の空間にいますね

村岡 ずっとコンビニに出入りするシーンばかりで、じいじとばあば(拓馬の両親)とは何度か一緒のシーンがあるのですが、泉とのシーンは少ないです。そういう意味では家族との本当の関係性は、ほとんど見えない形になっていると思います。でも、彼に対して家族それぞれが罪悪感を持っていたり、後悔があったり悲しみがある。そして彼の不在を、それぞれがどう受け止めて過ごしたかは計り知れないのですが。でも、そういう計り知れない中に、本当はこういうものがあるんじゃないか?というのを探っているような、そういうものがとても繊細で絶妙な感じに描かれていると思います。

──この作品で起きることは、今の日本の日常にあることでもあって、それを繊細に巧みに、どこか不穏な空気を感じさせながら書いてあります。それが舞台ではどのように表現されるのかなと。

稲葉 昨日の稽古で感じたのですが、ある人が日常を過ごしているその歯車の中にいて、ふっと不在になる。残された人間はそのことに引っ張られ続けるし、家族としての繋がりを考えるとその辛さは計り知れない。そういうそれぞれの中で起きていることは、俳優の皆さんの中に稽古で蓄積されているので、それを演出でことさら誇張することなく、でも劇場全体がそういう空気で満たされるためにはどうしたらいいのかということを、いつも全体像を見ながらちゃんとジャッジメントしていきたいと思っているところです。

沢山の人の記憶を内包している場所

──泉は日記をつけますね。どんな思いで書いていたのでしょうか?

村岡 日記は拓馬の不在の1ヶ月後からつけ始めるんですよね。自分のせいだとか、あのとき何かが出来ていればということは、周囲の人間はいやでも考えてしまいますし、どんなにそのことで泣いても、また朝がきて、日々を過ごしながらもまた心に襲いかかるものがある。そういう中でどう前に進もうかというときに、泉はふと日記を書こうと思ったんでしょうね。日記を書くことは、自分の辛さを吐露して発散するということではなく、誰かに読んでもらおう、まだ小さい自分の娘が大きくなったときに読んでもらおうという気持ちで。それは娘のためだけでなく拓馬のために書くことでもあって、1つ目的ができた。それが小さな第一歩になったのかなと思うんです。まだ全然大丈夫ではないけれど、それで1日1日を生きられるという。

──近くにいた人の突然の不在は、それだけ周りの人間にも深い傷を与えるということですね。稲葉さんは改訂から関わってきたこの作品で、一番伝えたいものはなんですか?

稲葉 これはいつも取材で言っていることなのですが、私は死者を思う気持ちを内包しているような本を選びがちで、翻訳劇か日本の作品かは関係なく、死生観にまつわるような作品、そこに肉薄している作品を演出したいというこだわりが自分の中であるのだと思います。そして、今回も3つの場所が出て来ますが、私は場所の持つ記憶というものがあると思っていて、劇場はいろいろな作品を上演して、沢山の人の記憶を内包している場所ですが、それは家もそうで、人の一生が80年だとしたら建物の一生はもっと長かったりする。そういう記憶を内包しているけれどやがて朽ちていくものに対して、新しいものに変えるサイクルがどんどん早くなっていってる、その悲しさがあるんです。前世が建物だったんじゃないかというぐらい(笑)。そして、いろんなことが起こったそういう場所を簡単に崩して新しいものを作っていくことに、消費と搾取をすごく感じますし、そのことと人の命って繋がっているような気がするんです。この作品はそういうことも書いてあると思いますし、そこまで行ける気がしています。

観た方が一緒に旅をしてくれるような作品

──その意味では、この作品に出てくる地方の古い家と、無機的なコンビニと、都会の図書館という3つの場所はとても象徴的ですし、静かな中にいろいろな思いを突きつけてくる作品だと思います。では最後に改めて観てくださる方へ一言いただけますか。

村岡 あまり肩肘張らずに観ていただきたいです。お客様もそこにふっと存在していただいて、目に前にいる人たちに想像を膨らませていただく。お芝居を観るぞという構えた感じではなく、人がここにいますという、自分もその1人ぐらいの気持ちで、演劇体験をしにきていただければ。皆さんにとって身近な世界だと思いますし、参加するような気持ちで足を運んでいただければ嬉しいです。

稲葉 この芝居は、観はじめたときの印象と最後の印象が変わっていく、そういう作り方をしているつもりです。ちょっとした機微みたいなところからすごいスパンに到達するような、そんな振り幅を感じていただきたいと思っています。最終的には俳優たちがただ舞台上に存在しているだけというところを、この座組の皆さんなら目指せるし、自分でも行ったことのないところを目指しています。観た方が一緒に旅をしてくれるような、そんな作品になるのではないかと思っています。

村岡希美 稲葉賀恵

■PROFILE■
いなばかえ○日本大学芸術学部映画学科卒。在学中は映像作品、インスタレーション作品などを創作。2008年文学座附属演劇研究所入所。13年に座員となる。同年4月『十字軍』にて文学座初演出。主な演出作品は、『解体されゆくアントニンレーモンド建築旧体育館の話』(シアタートラムネクストジェネレーション)『野鴨』(文学座アトリエの会)『野良女』(東映ビデオ)『川を渡る夏』(オフィス3〇〇)『ブルーストッキングの女たち』(兵庫県立ピッコロ劇団)『墓場なき死者』『母 MATKA』(共にオフィスコットーネ)『熱海殺人事件』(文学座アトリエの会)『加担者』(オフィスコットーネ)など。新国立劇場では、『誤解』(18年)を演出。

むらおかのぞみ○ナイロン100℃、阿佐ヶ谷スパイダース所属。これまでの主な出演作品は、【映画】『108~海馬五郎の復讐と冒険~』『岸辺の旅』『凶悪』、【テレビドラマ】『空白を満たしなさい』『やんごとなき一族』『妖怪シェアハウス-帰ってきたん怪-』『日本沈没-希望のひと-』『ドクターX~外科医・大門未知子~』、【舞台】『ディグ・ディグ・フレイミング!~私はロボットではありません~』『老いと建築』『湊横濱荒狗挽歌~新粧、三人吉三。』『フェイクスピア』『終わりのない』『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』『キネマと恋人』『イーハトーボの劇列車』『贋作 桜の森の満開の下』『百年の秘密』など。新国立劇場では『天守物語』に出演。

【公演情報】
新国立劇場2022/2023シーズン 演劇
『私の一ヶ月』
作:須貝 英
演出:稲葉賀恵
キャスト:村岡希美 藤野涼子 久保酎吉 つかもと景子 大石将弘 岡田義徳
●11/2~20◎新国立劇場小劇場
〈料金〉A席7,700円 B席3,300円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈お問い合わせ〉新国立劇場ボックスオフィス 03-5352-9999(10:00~18:00)
新国立劇場Webボックスオフィス  http://pia.jp/nntt/
〈公式サイト〉https://www.nntt.jac.go.jp/play/my-month/

 

【取材・文/榊原和子 撮影/中村嘉昭】

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