中津留章仁・原田祐輔・山崎大輝・長尾純子・辻井彰太座談会
あの衝撃作がリメイクされて帰ってくる! 劇団トラッシュマスターズの主宰で作・演出の中津留章仁が2011年4月に発表し、震災後の演劇界に大きな衝撃を与えた『黄色い叫び』が、3月20日から東京と大阪で上演される。(26日まで全労済ホール/スペース・ゼロ、3月29・30日大阪市中央公会堂 大集会室)
中津留章仁は、現代社会に潜む諸問題を掘り下げ、未来志向の想像力により観る者をひきつけるダイナミックな劇作と演出を駆使し、骨太な作品を発表し続けている。本作は2011年4月に上演されたが、その上演前の執筆中に東日本大震災が発生する。苦慮した末、実施を決定し、さらにそれまで書いていた脚本を捨て去り、新たな物語を構築した。それが災害を題材としたこの『黄色い叫び』だった。
【あらすじ】
とある地方の田舎の公民館。 青年団のメンバーが祭りの為の会議に集まった。 外は台風が近づき、雨足が強くなり始めている。
祭りから、災害対策まで話が及び、会議は紛糾する。 自然災害と人災、都市と過疎地の諸問題が浮き彫りになっていく。
やがて会議は終わり、解散したのも束の間、付近で土砂崩れが発生。 道は完全に遮断され孤立状態に陥った公民館。 そして一人が土砂に巻き込まれ、流血したまま公民館に運び込まれた……
自然災害と人災。都市と過疎化。そこに生きる「人間の生命の格差」はあるのか。 登場する青年たちそれぞれの立場や悩みを通して、この日本の現在に警鐘を鳴らし、人が人間らしく「生きる」ということの意味を突きつける。
登場する青年たちの中で、両親を震災で亡くした万里役の原田祐輔、小学校教諭の岡島役の山崎大輝、介護士のひろみ役の長尾純子、地元の鉱業会社に勤める裕次郎役の辻井彰太という4人の俳優たち。そして作・演出の中津留章仁に稽古場で話を聞いた。
今、起きていることを書こう、今この瞬間を切り取ろうと
──あの大震災から9年目に入りました。この作品は2011年の4月に初演されて、その内容が現実と重なり、大きな衝撃を与えました。
中津留 先日、トラッシュマスターズ公演の『オルタリティ』を終わったばかりなんですが、あれもちょっと内容が似てて、雨量が増えて停電するわけです。自然災害というものは東京に住んでいると実感がないかもしれませんが、僕の育ったあたりは洪水が珍しくなくて、整備するんですけどそれ以上の雨が降るとまた冠水する。ですから住んでいる人間は危機意識もあるし、コミュニティとしての結束も固いんです。あの3.11の時、僕は東京にいて、この地震はただ事ではないと。そしてちょっと作家意識があって、スーパーに行ったんです。最初は沢山あった品物がどんどんなくなって、最後は豆腐しか残ってなくて。でもそれを1人のおばちゃんがカゴにいっぱい詰め込んで持って行くんです。それ絶対おかしいですよね。そういうのを観察してて、我ながらいやらしい作家根性だなと(笑)。
──そういう観察の中で、何か書かなければと思ったのですか?
中津留 阪神淡路大震災の時にも関西にいて、その時は俳優もやっていたんですが、世の中でもっとも役に立たないのが俳優だなと思ったんです。世の中がこうなった時、なんの価値もない種族だと打ちのめされた。その思いがずっとあったので、3.11の時、すでに別の作品を書き上げていたんですが、この時期に自分が表現するのはこれしかないと台本を書き換えて、公演中止も多かった中で、今これをやらなくてどうするのだと。作家には色々なスタンスがあって、検証して後で書くということもできますが、僕の場合はジャーナルで、今、起きていることを書きたい。今この瞬間を切り取るということが多いんです。
──そのドキュメンタリズムに普遍性が落とし込まれていて、まさに訴求力のある作品になりました。そんな作品で今回出演するキャストの方々を、それぞれの役どころとともに中津留さんに紹介していただきたいのですが。
中津留 まず原田さんですが、万里という役は生真面目な青年です。原田さんは骨があって、言葉に対しても誠実で、そういう意味ではぴったりですね。そして万里は社交性のある人ではないのでそのあたりをどう作るか、そこを稽古しながら探しているところです。
──原田さんは、取り組んでみていかがですか?
原田 僕は出演のお話をいただいて、台本を読んでみたら大役でびっくりしたんです。中津留さんとはそれまでお会いしたこともなかったし、きっと僕では納得されないだろうなと。ところが正式に決まって、そこからとにかく現地に行こうとボランティアに行ったんです。想像していたより復興していて、地元の方々の話なども伺って、力強いなと感じたんですが、やはり8年という時間が経ったことで、どこか遠くなっていこうとしているとおっしゃっていました。ですから、その当時のことをちゃんと役の熱として持てるかというのが,今の僕の課題です。
──原田さん自身は震災当時は?
原田 東京にいたのですが徒歩で帰宅するのに時間がかかったこと、後から東北のことを知ってショックを受けたという記憶があります。今、色々なことをこの作品で改めて学ばせてもらってる感じです。
男性社会の中で生きてきた女性、その内面を想像しながら
──長尾純子さんは、介護士ひろみ役です。
中津留 今回、台本を大きく変更した部分があって、斉藤とも子さんが出演してくださるので、彼女の役の年齢をちょっと上げてスナックのママにして、公民館の下に避難していて会議に参加している女性にしたんです。そこで元はそういう役割りだったひろみを青年団の一員にしました。介護士という設定は同じなのですが。長尾さんは小劇場にも色々出ていて、自分の価値観にフィットした時はリアリティのある演技をする人なので、今回もうまくはまると輝くだろうなと。ただ身体能力も含めて技術はあるのですが、技術だけではうまくいかないところ、自分にない価値観とか、ひろみはそういう部分もあるかなと思うので、それをどこまで突き詰めていけるかですね。
長尾 中津留さんがおっしゃったように、ひろみさんは自分とはちょっと遠い人です。田舎の町で生まれ育って男性社会の中で生きてきた人で、私は東京育ちで自分の生きたいように生きてきた人間なので、彼女について「よくわからないな」と思う部分もあって、どう取り組もうかなと。でも中津留さんと稽古をする中で、私は外側のイメージで捉えすぎだったかなと思えてきて、自分との違いのようなものが気にならなくなってきて、こういう時にこの人がどう思うか、どう行動するかを少しずつ考えられるようになりました。それに皆さんの稽古の様子を見ていると、「中津留さんの言っていたのはこういうことか」と改めて理解できているので、楽しくなっています。
──男女格差がある中での生きにくさもありつつ、人への優しさとか恋する思いとか、女性としてはとても普通の感情を持っている役ですね。
長尾 そう思います。ひろみは青年団の中でもあまり発言をしないので、私から見たらどうして?と思うのですが(笑)、女性としての感情はわかる部分もあるので、少ない台詞の中で想像力を働かせたいですし、やり甲斐のある役です。
針の穴に糸を通すような演出、全員が綱渡りしてる感覚
──地元で働く青年、裕次郎役の辻井彰太さんは、中津留さんの作品は3本目ですね。
中津留 最初は『裏小路』で吉田栄作さんの先生を好きになっていく男子生徒で、ちょっと捻れた役を演じてもらって、次の『明日がある、かな』では花粉症の少年でした。今回は25歳なんですが、青年団の中では若い役です。彼の良さは…ないかな(笑)。
全員 (爆笑)。
長尾 3回目ともなるとこういうふうに言われるんですね。
辻井 そうなんです(笑)。
中津留 (笑)彼の良さは繊細さと、たぶんお芝居がすごく好きで、俳優には、自分でお芝居の探求をすることと同時に、外から、演出家から見てそのアクションが正しいかどうかということの擦り合わせが、どこかで必要になってくるんですけど、辻井くんはわりと1人で作ってきた。彼が外からの目を今後どういうふうに取り込んでいくかが課題ですね。良いところは集中型の俳優なので、ドラマチックなシークエンスとか、気持ちが大きく動くところの芝居などは、得意とするところでしょうね。ちょっと可笑しみもあるし。裕次郎役はいじめっ子キャラなのですが、本人はいじめられっ子キャラなので、そこをどうするかでしょうね。
辻井 裕次郎はちゃらくて軽薄で、学生時代に僕をいじめていたヤツにそっくりです(笑)。たぶんこういう人って悪意なく他人を攻撃できるんでしょうね。そこが理解できなくて、考えたくなくて蓋をしていたんですが、今その記憶を掘り返して(笑)、この役に生かせるかなと思ってるところです。
──辻井さんはこの作品は観ましたか?
辻井 観てないんです。本を最初に読んだ印象では、自分を鑑みる作品だなと。人間の心の卑しさとか貧しさを糾弾するシーンがあるんですけど、僕は兵庫出身なので阪神淡路大震災も小さい時に経験していて、震災の恐さとか教え込まれて育ったんです。3.11の時も兵庫で演劇部で大道具を叩いてて、すごい揺れにヤバイことが起きてるって思って体育館に避難したんです。それで東北に大震災が起きていると聞いて、その時に僕が思ったのは、「あ、よかった。東北には親戚がない」ってことで。でもそれはやはりおかしいですよね。それって命を線引きしているわけで、そういう心の貧しさって人間にはあるわけで、それをこの作品を観ているお客さんも感じてもらえれば。この作品はそういう意味で自分を鑑みて自分を考える作品になればいいなと。そういう力のある本だと思います。
──中津留作品に2本出て感じる面白さはどんなところですか?
辻井 すごい緻密なんです。演出もソリッドで理知的で、中津留さんがイギリス演劇の戯曲とか演出されるとすごく映えると思います。もちろんご自身の書かれるものもすごく面白いですし、演出家としての魅力と劇作家としての魅力と別個に持っている方だなと。演出家としては針の穴を通すような、絶対そこを通らないといけなくて、全員が綱渡りしてる感覚ですね。1人でも落ちたら成立しない。その緊迫感の中でどう作品を乗りきるかなんですが、でも絶対に見棄てる方ではないので、だからこそがんばろうと思わせてくれます。今回のカンパニーはすごく真面目な人ばかり揃ってて、演劇が好きで、持っているスタイルは違うけど、全員真摯に向き合ってるので、きっと大丈夫だという安心感があります。
若い人向けの戯曲で稽古場が毎回青春グラフィティ
──山崎大輝さんは小学校教師の岡島役です。
中津留 山崎さんは今回参加が決まってから、どの役がいいかなと一度本読みをしてみたんです。2.5次元にも出ていたり、ちょっと毛色が違うので、今ちょっと調教していて。
山崎 調教って(笑)。
中津留 僕は別に2.5の良さは否定しませんし、そこで俳優としてスタートする人たちも沢山見てきました。問題は例えば10年ぐらい過ぎて、そこからどうなっていくかで。そこから俳優を続けていくためには、基本的な実力が必要なんです。山崎さんは真面目ですし、芝居を真剣にやろうとしている思いが最初の本読みで伝わってきたし、真摯な姿勢で向き合おうとしているので、とてもいいなと思っています。あとはもう少し身体的にも解放されるといいなと。この作品は生活感が出る芝居なのですが、まだちょっとよそよそしい。見せることを意識しないで、勝手に観客が見るんだと思えばいいので、そこを理解するともっと俳優として成長する。この作品の上演は今度で4回目なんですけど、毎回若い俳優さんばかり出るので、いつも稽古場が『がんばれベアーズ』みたいになるんです。
全員 (爆笑)。
中津留 初演は「中津留章仁LOVERS」というカンパニーで上演したんですが、そういう若い人向けの戯曲だから、稽古場が毎回青春グラフィティで(笑)、そういう裏のドラマと災害で追い詰められた状況が重なるんです。それで戦友みたいになっていくという側面が毎回あるんです。
──山崎さんはこの作品と出会っていかがでした?
山崎 そもそも題材的にここまでシリアスでデリケートな部分が描かれている作品って初めてだったんです。それで「俺、引き出しないな」と(笑)。やったことないので当然なんですが。帰り道、「これは波乱の予感」と劇中に出てくる台詞を言いながら(笑)。より気合い入れてやらないと皆さんに迷惑かけるし、僕自身も恥ずかしいのでがんばろうと思いました。稽古を始めてから、やっぱり今までやってきた中で一番繊細だし、辻井さんの言ったように「針の穴に糸を通す感覚」を本当に味わっていて、これが芝居というものなんだなと。
──小学校教諭の役は似合いそうですね。
山崎 でも台詞だけ読んでいると、岡島の気持ちの奥底を知ることはけっこう難しいなと思いました。立場としてはかなり特殊だなと。登場人物にはそれぞれ正義があってそこに突き進んでいる感じがするんですけど、岡島はどちらの気持ちもわかるけど、ある意味中立な部分もあって、でも「自分は本当は」というのもある。どちらかに突っ走ることが出来ないキャラクターで、ちょっと人狼ゲームの狂人(笑)みたいなところもあるかなと。
辻井 ああ!(笑)
山崎 それでどうやろうかと考えた時、よくよく考えたら僕ってこういう人間かもしれないなと。ちょっと優柔不断なところがあるので、そこはぴったりかなと。そういう新しい発見もあったりしながら、今、模索中です。
──岡島は教師という立場が言動の歯止めになっているのでしょうか。
中津留 理性的で、たぶん青年団員の中で一番賢いかもしれません。この町の空気を知ってて、万里の言い分に賛同する気持ちもあるけれど、この町の空気に流れていく部分もあるんです。
演劇的に高い作品になることが結果的に震災のことを甦らせる
──これだけ個性的な皆さんをどう演出していくのでしょうか?
中津留 さっきの山崎くんが言った「人狼の狂人」というような解釈、そういうバイアスを持った人なんだとか、そういう情報が大事なんです。辻井くんが言った「針の穴を通す演出」というのは、たぶんトラッシュの役者が言ったと思うけど(笑)、僕自身はそんなイメージはなくて、とにかく本が求めているものを、みんながちゃんと読解してくれればいい。
俳優に求められているのは2つあって、1つは読解力で1つは表現力で、どこまで読み込めているかに俳優の力量が出る。そして表現については、求めていることにどこまで順応できるかであり、さらに俳優が持っている個人化、つまり戯曲とバッティングしないところで個人で埋めていく作業にかかっている。個人化というと、いわゆる小劇場の芝居では、自分の持っている感性をそのまま当て込むということとごっちゃになってる面があって、もちろんその価値観もありますが、でも違う人物を演じる時に手がなくなるし行き詰まる。長尾さんに言ったように、自分にない価値観をどう取り込むかということでは、日本の演劇や芸能すべてにおいて、外国の俳優に比べて圧倒的に弱いんです。そこは俳優たちの課題だと思います。
キャスティングである程度安心な人で埋めていくのは本当は刺激がないんです。全体の創造性を担保するためにも、技術のレベルの高さを求められることが大事だと思っています。今回の公演でも、自分の普通の生活の感性と、演技するうえでの距離感とか在り方とか持ち込み方とか、そこを摺り合わせていく。たとえば袖に入って、次に出てくる時には変わっている必要がある。でもなかなかそこまでは若い俳優は読み解けないところがあるから、そこを細かく摺り合わせていくことになります。
──出演者の皆さんは、すごく良い俳優修業をさせてもらえそうですね。では最後に改めて作品のアピールを。
山崎 今回、4回目の上演ということで、そこまで続いている理由が台本を読んでわかりました。稽古してみて更にわかってきているので、本当に色々な方に観ていただきたい作品です。自分自身としても新しい世界が開けそうです。
辻井 観る人にとって他人ごとではないという世界があります。全員一丸となってがんばります。
長尾 3.11から9年目で、あの時の感覚がどんどん薄れてきているなと、台本を読んで改めて思います。その薄れていることへのハッとするような思い、それをお客さんとともに共有できたらいいなと思います。そしてこのあともこの作品が上演され続けるその橋渡しが、このカンパニーでできたらいいなと思います。
原田 1人1人が考えなさいと言っている作品だと思います。それをちゃんと伝えられるようにがんばります。
中津留 まず演劇的に高い作品を目指します。それが結果的に震災のことを鮮やかに甦らせることになると思うので、まずはこの座組で質の高い演劇を目指します。
【公演情報】
トム・プロジェクト プロデュース
『黄色い叫び』
作・演出◇中津留章仁
出演◇ 斉藤とも子 原田祐輔 山崎大輝 中嶋ベン 長尾純子 太平 岡田優 伊藤壮太郎 足立英 辻井彰太
●3/20~26◎全労済ホール/スペース・ゼロ
〈料金〉一般前売¥4,000 一般当日¥4,500(全席指定・税込)
●3/29・30◎大阪市中央公会堂 大集会室
〈料金〉一般前売¥2,000 一般当日¥2,500(チケット発売中)
〈お問い合わせ〉トム・プロジェクト 03-5371-1153(平日10:00~18:00)
※各種割引あり 販売はトム・プロジェクトのみ
〈トム・プロジェクトHP〉https://www.tomproject.com
【取材・文/榊原和子 撮影/岩田えり】
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