KAAT神奈川芸術劇場公演『蜘蛛巣城』赤堀雅秋・早乙女太一 インタビュー
シェイクスピアの『マクベス』を巨匠・黒澤明監督が日本の戦国時代に翻案して映画化し、日本映画史に残る名画となった『蜘蛛巣城』が、赤堀雅秋の上演台本・演出で舞台化され、2月25日~3月12日、KAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉にて上演される。(そののち兵庫、大阪、山形でも上演。)
『マクベス』には、自分の本分を忘れて欲に翻弄される人間の恐ろしさや愚かさといった普遍的なテーマが描かれているが、このような人間心理は赤堀がこれまで手掛けてきた作品とも通じるものがあり、赤堀は「もし予言を信じずに生きていたら、どこにでもいる仕合せな夫婦だったかもしれない、それが身の程知らずの夢を見て、滅びていく夫婦を泥臭く、青臭く描きたい」と語る。
主役となる戦国武将・鷲津武時とその妻・浅茅を演じるのは、早乙女太一と倉科カナ。早乙女太一と赤堀雅秋は、2017年の舞台『世界』(作・演出:赤堀)で出会っている。それ以来、6年ぶりとなる今回のタッグを前に2人が語り合った「えんぶ2月号」のインタビューをご紹介する。
泥臭く愚かな人間を早乙女太一に演じさせたい
──前回の『世界』から6年ぶりに『蜘蛛巣城』で一緒に作品作りをすることになったわけですが、今の気持ちはいかがですか?
早乙女 赤堀さんに初めて演出してもらった『世界』は、僕にとってすごく大きな経験になっていて、今回は作品の色は全然違うのですが、また赤堀さんの演出を受けられるというのは嬉しくもあり、恐くもありという気持ちです。
赤堀 『世界』での太一くんは、ああいう役は、それまであまりやっていなかったと思うので、たぶん最初は戸惑いもあったと思います。でもこちらが何かヒントを出すと、吸収力というかどんどん理解していく力は稽古場で毎日感じていたので、すごく勘が良いというか頭のいい人なんだろうと思っていました。だからいつかまた仕事をする機会があればと。そういう意味では、この役だから太一くんに嵌まるということより、好きな役者と一緒に純粋に作品を作りたいという思いのほうが強かったんです。今回、早乙女太一が時代劇を演じるということで、たとえばファンの方は、劇団☆新感線のような舞台を考えていらっしゃるかもしれませんが、あくまで私見として、もっと泥臭い、人間臭い、みっともない人間を早乙女太一が演じたら面白いんじゃないかなと。またそれはそれで観たことのない顔が見られるんじゃないかという思いがあって、今回出ていただきました。
──作品が先にあったということですね。黒澤明監督の『蜘蛛巣城』を題材にしようという発想は赤堀さんが?
赤堀 いや、KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督の長塚圭史くんが、こういう作品があるからやってみないかと言ってくれて、僕も面白そうだなと思ったので。
──太一さんは、この舞台化の話を聞いたときは?
早乙女 僕はシェイクスピアの作品はやったことがないのですが、『マクベス』を戦国時代に置き換えているということで面白そうだなと。それに『マクベス』も『蜘蛛巣城』もどちらもよく知られている歴史のある作品で、それはきっと人間本来の持っている欲望だとか愚かさだとか、そういうエネルギーが描かれているからだと思うので、そういう作品に向き合えるのは嬉しいです。
──まだ今回の台本はないそうですが、演じる鷲津武時という武将について、どんなイメージがありますか?
早乙女 いつも大体そうなんですが、自分で先にイメージを作ることはしないんです。演出家の方とか作家の方から与えられたものに、どれだけ自分が応えていけるかが大事だと思っているので。だから今回も赤堀さんと齋藤雅文さんが考えられた上演台本を読むのが楽しみですし、そこから役を作っていきたいと思っています。
──今回のキャストは若い俳優さんが多い気がしますが、そこは意図的に?
赤堀 太一くんの鷲津武時は、映画では三船敏郎さん、松竹の舞台では中村吉右衛門さんが演じた役ですから、そういう方たちの印象が強いと思うんですが、それを踏襲する気持ちはありません。ある意味ゼロから作っていきたいんです。僕自身、まだ早乙女太一が演じる鷲津という人物が掴めていないし、どう演じてもらいたいというのもまだ白紙なんです。もちろん齋藤さんの前回の脚本は何回も読み込んでいるので、それを太一くんが演じたとき、それが血肉になるような生々しい人間であるように、これから脚色、演出していくつもりです。でもそれも彼が言ったように稽古場で一緒にいろいろ話し合って、頭でっかちにならないものにしていきたいと思っているんです。
他者の人生に思いを馳せながら作る面白さ
──この作品は時代劇として作られますが、太一さんは沢山の時代劇を経験していますね。時代劇ならではの面白さはどんなところですか?
早乙女 複雑じゃないところでしょうか。明確に生と死が近くにあって、人との距離感とか人の思いとか行動なども、生き死にが身近にあるうえでの関係性とか人間性になってくる。きっと人間として持っているものは同じだと思いますが、なかなかそれは現代では見えない部分で、それが時代劇を通すと見えやすくなるのかなと。
──赤堀さんから見て時代劇というものは?
赤堀 今、太一くんが話したことは面白い意見だと思うし、何かでパクろうと思っていますけど(笑)。でも今の日本でも、一見、死が遠いようだけど、年間何万人だか自殺者がいて、実は切実に身近に転がっているわけで。ですからこの作品も僕はいつもの現代劇のような感覚で作ろうと思っています。ただ、ものを作っていて面白いのは、その時代の人たちがどうやって生きているのかという想像力ですね。それは例えば殺人者でも医者でも八百屋でも、その他者の人生に思いを馳せながら作るわけで、この時代のこういう人たちがどういうことを思いながら生きていたのかと、想像力をかき立てられるのは、もの作りの豊かなところだなと思います。
──太一さんが演じる鷲津武時は、主君とか仲間の武将などを手に掛けていく役ですが、そういう役を演じることについては?
早乙女 なんか、楽しみにしているとも言えないですし(笑)、自分にとっては挑戦的な役だなという感覚のほうが強いですね。とにかくちゃんとやりたいという思いしかないです。
赤堀 ものを作るというのは毎回未知の世界に飛び込むわけですから。現場に入る前には彼が言ったように、何も考えずに入ったほうがいいんです。僕としても机上の空論で早乙女太一がやる鷲津武時はこうなるだろうという思いはあったとしても、実際に彼が動いて喋ったら全然また違うものになるでしょうし。毎回未知のところに飛び込むからこそ、楽しくもあり恐くもありということで、一緒に遊べればと思っています。
──太一さんにとって、演じるうえで一番大事だと思うのはどんなことでしょう?
早乙女 言ってしまえば全部ウソなんですけど、どれだけウソをなくせるかを毎回やっていると思います。自分だけでも絶対にウソにならないように。そういう意味では『世界』のときも、すごく見抜く赤堀さんが目の前にいて、お芝居をしようとか演技で何かしようとか思うと全部見抜かれるので。そういうところに逃げないで、本当にその時その時を生きられるか、ちゃんと向き合えるか、それはどの役を通しても大事なところだと思っています。
目の前の人たちの生々しい姿を観てほしい
──今回の上演台本は、2001年に松竹が舞台化した際の齋藤雅文さんの脚本をもとにして作るということですが、台詞などは時代ものの言葉で、赤堀さんのいつも書く台詞とはだいぶ違うと思いますが。
赤堀 それに関しては目の前で演じている人が、ちゃんと活き活きとリアリティを持って生々しければ、たとえ時代劇としてのルールに反していても関係ないと、僕は思っているので。それは歌舞伎(オフシアター歌舞伎『女殺油地獄』)を演出したときもそうでしたし、シェイクスピアを自分が演じるときも、もちろん一言一句ちゃんと言おうと思っていますけど、様式にとらわれるとか様式美で表現したいという気持ちはないです。
──太一さんは様式的な舞台も経験していますが、そういう場合、言葉にリアリティをもたせる苦労などありますか?
早乙女 普段言い慣れていない言葉だったり、詩的な言葉だったりすると、不自然に聞こえてしまう場合もあるので、それを舞台上でいかに本当に言っているように言えるかで、それは時代とか関係なく大事にしたいと思っています。
──赤堀さんは、この物語が伝えようとしているものはなんだと思いますか?
赤堀 ありきたりに聞こえるかもしれませんが、幸福のあり方だったり豊かさのあり方だったり、そこはどの時代でも変わることはないと思っていますし、そういう、言ってみればチンケな部分に人間の本質や幸福はあるんだろうなということが、この物語を通じて表現できたらいいのかなと。
──物語の解釈の1つとしてマクベス夫人の野心とか欲望が、この悲劇の大きなファクターになっているという考えもありますが、それはいかがですか?
赤堀 確かに『マクベス』が元になっていますが、とくにマクベス夫人に焦点をあてるつもりもないですし、その時代をそれぞれの欲望や生き方で生きていたその姿を生々しく体現することだけしか考えてないので。つまり『マクベス』とはこういう作品であるとか、吉右衛門さんがやった『蜘蛛巣城』はこうだったとか、それを前提で観てほしくないし、僕らは僕らなりのリアリティで、たとえそれがつたないとしても、ゼロから僕らの作品を作れたらと思っています。
──最後に改めて観てくださる方へのメッセージをいただけますか。
赤堀 僕は若い人たちに演劇を観てほしいんです。今を生きている若者たちが、舞台上で生きている人たちに感化されて何かが蠢けばと思って作っているんです。今回、シェイクスピアとか時代劇とか一見小難しい感じがするかもしれないですけど、太一くんとか倉科さんとか、テレビに出ているような人たちがやっているところに面白味を感じて、演劇に興味を持ってくれたらいいなと思っています。
早乙女 この前「2022年を振り返る」という質問があったんですが、僕は2022年は、舞台の良さというか生ものの良さを実感したんです。ここ数年、映像の仕事のほうが多くて、もちろん映像には映像の良さが沢山あるんですが、舞台で目の前で生きている人たちを観る、僕たちからするとそこで生きられて、それを観てくれる人たちがいる。そのエネルギーの交換というのは、当たり前のようにやってきましたけど、ものすごく貴重でものすごく大事なことなんだと、最近すごく思っていて。それはずっと舞台を観ている人たちにはわかっていることなんですけど、若い世代には舞台を観たことのない人が多くなっているので。この作品は一見難しいように見えますけど、実はとてもシンプルな気がするので、携帯とかテレビでは観られない生々しい姿を、ぜひ劇場で目の前で観てほしいです。
■PROFILE■
あかほりまさあき○千葉県出身。劇作家、脚本家、演出家、俳優。1996年劇団THE SHAMPOO HATを旗揚げ、作・演出・俳優の三役を担う。人間の機微を丁寧に紡ぎ、市井の人々を描くその独特な世界観は赤堀ワールドと称され、多くの支持を集めている。第57回岸田國士戯曲賞受賞、映画監督としても受賞多数。最近の舞台作品は、『パラダイス』『ケダモノ』『白昼夢』『神の子』(以上、作・演出・出演)『イモンドの勝負』(出演)など。
さおとめたいち○福岡県出身。大衆演劇「劇団朱雀」二代目として4歳で初舞台を踏み、全国で舞台を行う。2003年に北野武監督の映画『座頭市』出演をきっかけに一躍脚光を浴び人気を博す。2015年の劇団解散以後は、舞台やドラマ、映画出演などで活躍中。2019年に5年振りに上演された大衆演劇『劇団朱雀 復活公演』では総合プロデュース、脚本、振付、演出を手掛けた。最近の主な出演作品は、舞台『SHIRANAMI』『けむりの軍団』、ドラマ『カムカムエヴリバディ』、『ミステリと言う勿れ』『封刃師』『六本木クラス』『親愛なる僕へ殺意をこめて』、映画『孤狼の血 LEVEL』など。2023年2月3日には映画『仕掛人・藤枝梅安』の公開が控えている。
【公演情報】
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『蜘蛛巣城』
上演台本:齋藤雅文 赤堀雅秋
演出:赤堀雅秋
出演:早乙女太一 倉科カナ
長塚圭史 中島歩 長田奈麻 山本浩司 水澤紳吾
久保酎吉 赤堀雅秋 銀粉蝶 ほか
●2/25~3/12◎KAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉
〈お問い合わせ〉チケットかながわ0570-015-415(10:00~18:00)
〈公式サイト〉https://www.kaat.jp/d/kumonosujo
●3/18・19◎兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255
https://www1.gcenter-hyogo.jp/
●3/25・26◎枚方市総合文化芸術センター 関西医大 大ホール
〈お問い合わせ〉枚方市総合文化芸術センター本館 072-845-4910
https://hirakata-arts.jp/
●3/30◎やまぎん県民ホール(山形県総合文化芸術館)大ホール
〈お問い合わせ〉やまぎん県民ホールチケットデスク 023-664-2204
https://yamagata-bunka.jp/
【取材・文/宮田華子 撮影/中村嘉昭 ヘアメイク(早乙女)/奥山信次(barrel) スタイリング(早乙女)/八尾崇文 衣装協力(早乙女)/ジャケット、パンツ:Iroquois 03-3791-5033、シャツ:Wizzard(TEENY RANCH) 03-6812-9341】
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