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KAAT神奈川芸術劇場 舞台『春のめざめ』レポート&囲みインタビュー

伊藤健太郎が見せた14歳の欲望と衝動。

いっそ狂えたらどんなによかったっだろう。
そんなふうに言葉を振り絞るメルヒオール(伊藤健太郎)を見て、急激に“あの頃”の感覚が甦ってきた。
どんどん伸びていく手足。すっかり高い音が出なくなった声は、まるで自分のものに思えなくて。首筋の裏側の方からだろうか。饐えたような匂いがまとわりついて、どんなに力いっぱい石鹸でこすっても、ちっとも消えなかった。

第二次性徴期。それは、子どもと大人の端境期であり、同時に男と女の分水嶺でもあった。それまでは仲良く一緒に遊んでいたはずなのに、なぜか隣に女の子が立つだけで胸がざわめき、身体の隅っこが縮むように熱くなる。
青春と呼ぶには、青すぎる。まさに青春のとば口、“春のめざめ”としか言えない季節が、確かに僕にも(そして、誰にでも)あったのだ。

ガラス張りの箱の中で、観客は少年少女の暴走を監視する

ドイツの劇作家フランク・ヴェデキントが1891年に発表した『春のめざめ』は、そんな青春のとば口に立った少年少女の抑圧と暴走の物語だ。2017年に白井晃演出のもと上演。観客の熱いラブコールを受け、舞台初主演となる伊藤健太郎ら新キャストを迎えて、再びKAATに帰ってきた。そのセンセーショナルな内容から発表当時は上演禁止の処分を受けた衝撃作を、白井は実にモダンかつシンボリックに立ち上げた。

印象的なのは、まず舞台美術だ。KAATの大スタジオに入ると、客席が階段状になっていて、最底部にステージが設置されている。そして、舞台の壁面にはアクリル板が並べられていて、鏡のようになっている。2017年の上演時、この舞台美術について白井は「ガラス張りの保育器の中でじたばたと暴れているような」、もしくは「二十日鼠のように飼育された状態をガラスケースの上からずっと観察されているような」イメージだとコメントしていた。

その言葉通り、幕が開くとこのガラスケースに閉じ込められた子どもたちが、狂ったように暴れ出す。鏡を何度も叩きつけ、なんとかよじ登ろうとするが、誰もここから出ることはできない。大人たちは、上部のテラスから子どもたちの暴動を見下ろしている。大人によって自由を制限され、抑圧を受けている子どもたちを、非常にわかりやすくビジュアライズした演出だ。
しかも、客席が舞台を見下ろすかたちとなっていることから、自然と観客も子どもたちを監視する“大人”側に立たされていることに気づく。ガラスケースの底でのたうち回る子どもたちを見ながら、しかし誰も手出しはできない。なんて残酷な観劇体験だと肌が粟立ち、呼吸が止まる。

火炎瓶のような白いクリーム。松明のような白熱電球

さらに少年たちはまるで学生活動家が火炎瓶を投げつけるように、このアクリル板に向かって、白いクリームのようなものをぶつける。帯状に伸びていく白いクリーム、その正体は“精液”だ。湧き起こる性欲をコントロールする術など知らない少年たちは、盛んに自慰に耽る。その放出された欲望の残骸が、アクリル板に次々と飛び散る。

少年たちが自慰行為に及ぶときに手にしたクリップライトのような電球も、非常に象徴的だった。闇夜に揺れるオレンジの光は、まるで洞穴を探検する冒険家の松明のようで。スリルと興奮、激しく脈打つ鼓動に、震える吐息。秘密の自慰行為は、あの頃の僕たちにとって確かに背徳の「冒険」だったと、むせかえるような濃い空気の中で思い返す。

真っ暗なスタジオを煌々と照らす白熱電球。それは、淫靡なはずの場面を、夢のように幻想的に見せる。そんな演劇らしい、イマジネーションを刺激する試みの数々で、白井晃は観客を作品世界にどっぷりと溺れさせた。

大人たちは、みな冒険好きの子どもであったことを忘れてしまう

その中で、俳優たちも力を見せる。中でも二度目の舞台となるメルヒオール役の伊藤健太郎の清新な存在感がいい。くりりとした大きな目はどこか幼さを残し、14歳の少年という役に自然と溶け込んでいる。そして、その目は毅然というよりもとろんとしていて、主体性が薄い。それが、明晰な優等生であるメルヒオールの内に秘めた危うさ、アンバランスさを、台詞や仕草以上に雄弁に語っていた。

今にも心の均衡が崩れそうな劣等生のモーリッツ(栗原類)と違い、メルヒオールは大人から見ると“御しやすい”子どもに映る。けれど、その心にはもっと世界の外を知りたいという好奇が絶えず疼き、ゲーテの『ファウスト』の世界に魅入られていた。

彼が内側で飼い慣らしていた“猛獣”は、美しい幼なじみ・ヴェントラ(岡本夏美)の存在により、咆哮をあげる。暴れ出す獰猛な性欲。ヴェントラの細い身体に貪るようにしがみつき、顔を埋め、性急に腰を振る姿は、動物そのものだ。
ずっと抑圧の中で、メルヒオールは生きてきた。けれど、ガラス張りの保育器は、成長したメルヒオールの身体と心には小さすぎた。膨張した衝動は、保育器の中で破裂し、ガラスを粉々に砕く。伊藤健太郎は、コントロールしきれない14歳の暴発を、繊細な揺らぎをまといながら表現する。

教育が発達した現代で、ヴェントラのように14歳で子どものつくり方さえ知らない、というのは考えにくいかもしれない。けれど、真っ向から子どもとセックスについて語れる親も少ないだろう。大人たちは、なるべく子どもを安全で神聖な場所に置きたがる。
だが、子どもにとってそんな無菌室ほど退屈なものはない。若さは、刺激と冒険を求める。大人だって、かつては未知を愛する子どもだったはずなのに、いつの間にかそれがわからなくなる。だから、子どもを保育器に押し込めてしまう。あるいは、二十日鼠のように観察下に置くことを愛だと勘違いしてしまう。白井晃は、そんな“大人”と“子ども”の対比を明確に炙り出す。

14歳のあの季節、心は無防備で、あらゆるものに傷ついていた。なのに世界はどこまで行っても正常で、いっそ狂ってしまえればどんなに幸せだろうと自分を恨めしく思った。抑圧の中で、狂う道しか残されていなかったモーリッツ。大きな罪を犯しながらも狂うことのできなかったメルヒオール。その差を分けたものは何だったのか。終演後、誰もいなくなった保育器を見ながら、そんなことを考えていた。

今、自分の出せる力を全部出し切りたい

白井晃 岡本夏美 伊藤健太郎 栗原類

囲み取材では、メルヒオール役の伊藤健太郎、ヴェントラ役の岡本夏美、モーリッツ役の栗原類が登壇。

伊藤は「根本的な声の出し方から身体の動かし方までイチから白井さんに教えてもらって、そこで苦戦する部分もありました」と稽古を振り返り、「稽古が終わってみんなで御飯に行ったりしてるときも、ほぼこの舞台の話」とカンパニーの一体感を証言。「この『春のめざめ』という舞台をつくり上げる期間が本当に楽しくて、すぐ稽古場に行きたいなと思える1ヶ月間でした」と充実した表情を浮かべながら、「その成果じゃないですけど、今、自分の出せる力を全部出し切って頑張りたい」と本番に向けて意気込みを語った。

岡本は「稽古期間の中で『ヴェントラを生きろ』という言葉をもらって、それがずっと心の中にあった」と白井とのエピソードを披露。「『ヴェントラを選んだのは僕だから責任を持つ』という言葉を昨日いただいて」と白井からの言葉を噛みしめつつ、「全公演を通してヴェントラを生きられるように、しっかり舞台に立ちたいなと思います」と前を向いた。

一方、栗原からは「白井さんの言葉が毎回刺さるし、新しい発見が常にいっぱいあるんで、欲を言えばもっと稽古がしたい」と本音がこぼれ、伊藤も思わず「確かに」と笑みを浮かべて共感。そんな和やかな空気の中、栗原は「白井さんからの言葉も信じるというのもそうなんですけど、僕ら自身がこの芝居を楽しむっていうのを大事にしたい」と結び、強い意志を瞳に宿らせた。

また、2016年にKAATの芸術監督に就任して以来、白井にとって本公演が初の再演作品。再演の理由を「約130年前に描かれた作品なんですけど、実際やってみて、今を生きる子どもたちの社会との対峙の仕方だとか性の悩みが何も変わっていないんだなと改めて感じた」からだと説明。「これからもレパートリーのような形で繰り返していけたら」と抱負を述べると共に、集まった若い俳優たちに向けて「(この作品を通じて)演劇の面白さを知ってほしいし、厳しさも知ってほしい。5年後10年後みんながどんどん活躍してくれるような場をこの劇場がつくっていけたら」と未来への期待を込めた。

 

〈公演情報〉

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース

『春のめざめ』

原作◇フランク・ヴェデキント

翻訳◇酒寄進一

構成・演出◇白井晃

音楽◇降谷建志

振付◇平原慎太郎

出演◇伊藤健太郎 岡本夏美 栗原類

小川ゲン 中別府葵 古木将也 長友郁真 竹内寿 有川拓也 川添野愛 三田みらの

あめくみちこ 河内大和 那須佐代子 大鷹明良

●2019/4/13~29◎KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ

〈料金〉6,500円 U24チケット(24歳以下)3,250円 高校生以下割引(高校生以下)1,000円 シルバー割引(満65歳以上)6,000円(全席指定・税込)

〈お問い合わせ〉チケットかながわ 0570-015-415(10:00~18:00)

〈公演HP〉http://www.kaat.jp/d/harumeza2019

●2019/5/6◎東広島芸術文化ホールくらら 大ホール

〈料金〉S席6,000円 A席5,000円 B席4,000円[学生B席3,500円](全席指定・税込)

〈お問い合わせ〉東広島芸術文化ホール くららチケットセンター 082-426-5990(10:00~19:00土日祝営業)

●2019/5/11・12◎兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

〈料金〉6,500円(全席指定・税込)

〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255(10:00~17:00/月曜休み ※祝日の場合翌日)

 

【取材・文/横川良明 撮影/宮川舞子】

 

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