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石丸ジキルと柿澤ジキルで歴史をつなぐミュージカル『ジキル&ハイド』上演中!

世界的なミュージカルのヒットメイカー、フランク・ワイルドホーン音楽による大ヒットミュージカル『ジキル&ハイド』が、東京・東京国際フォーラム ホールCで上演中だ(28日まで。のち、4月8日~9日愛知・愛知芸術劇場 大ホール、4月15日~16日山形・やまぎん県民ホール、4月20日~23日大阪・梅田芸術劇場メインホールで上演)。

二重人格の代名詞ともなっているR.L.スティーヴンソンの小説「ジキル博士とハイド氏」をミュージカル化したこの作品は、2001年鹿賀丈史主演により日本初演され、2003年、2005年、2007年と立て続けに再演される人気ミュージカルに成長。2012年に石丸幹二を新たなヘンリー・ジキル役に迎えたニュー・プロダクションがスタートし、2016年、2018年と更に上演を重ねてきた。

今回2023年の上演は、その歴史を紡いできた石丸ジキルが集大成の「最後の実験」に臨むと明言。新たにWキャストとして「実験開始」を果たす柿澤勇人ジキルが初登場。ジキルの周りのキャストたちにも新鮮な顔ぶれが多く集まり、歴史ある作品が次代へとバトンをつなぐに相応しい、熱い舞台が展開されている。

【STORY】
19世紀のロンドン。医師であり科学者であるヘンリー・ジキル(石丸幹二/柿澤勇人Wキャスト)は、「人間のなかにある善と悪という両極の性格を分離できれば、人のあらゆる悪を制御し、最終的には消し去ることが出来る」という仮説を立て、研究を重ねて作り上げた薬は生きた人間で治験を試みる段階に到達していた。ジキルは病院の理事会でこの研究の完成の為に、人体実験の承諾を得ようとするが、理事たちはこれを神への冒涜だと拒絶する。ジキルの婚約者エマ(Dream Ami/桜井玲香Wキャスト)の父であるダンヴァース卿(栗原英雄)のとりなしもむなしく、エマに思いを寄せる秘書官のストライド(畠中洋)の思惑も手伝って、理事会はジキルの要請を却下。親友の弁護士アターソン(石井一孝/上川一哉W)にジキルは、理事会の面々への怒りをぶつける。

そんなジキルを励まそうと、アターソンは上流階級の社交場から抜け出し、場末の売春宿「どん底」へとくりだす。そこで踊っていた娼婦ルーシー(笹本玲奈/真彩希帆Wキャスト)の「自分で(私を)試してみれば?」という誘いの言葉に天啓を受けたジキルは、治験を自分自身で行うことを決意。誰にも打ち明けることなく、研究室で一人試薬を飲み干す。それは人類から悪を駆逐する輝かしい偉業の第一歩のはずだったが、全身を貫く痛みに襲われたジキルが、苦しみにのたうち回り意識が遠のいていった果てに現れたのは、ジキルの負の部分がまるごと分離した人格ハイドで……

「人間」としてこの世に生を受け、日々の暮らしを生きているなかで、自分以外の誰かのことを恨んだり、妬んだり、世の無慈悲や無理解、理不尽だと感じる行為に怒りを覚えたことが一度もない、という人はいないだろう。それは聖書に記されている膨大な言葉のなかで、おそらく一、二を争うほど有名なヨハネによる福音書 8章1~11節「汝らの中、罪なき者、まず石をなげうて」(※不倫の現場で捉えられた女性をイエスのもとに連れてきた学者たちが、「こうした女は石で打ち殺せとモーセは律法の中で命じているが、あなたはどう考えるか?」と問うた時、イエスが答えた言葉)が端的に示している通り、それが刑罰を科されるものかどうかは全く別次元で、広義な意味で罪を犯したことのない人間など、いるはずもないのだ。

そんな人が誰でも持っている「悪」の部分を分離させ、いずれ消滅させようという、この物語で主人公ヘンリー・ジキルが没頭する研究は、つまりは神の領域に他ならない。だから原作小説が提示した物語の顛末はすなわち、神になり代わろうとした人間への天罰ともとれるもので、特にこの舞台のなかでは無理解な俗物として描かれる理事会の面々の言い分の方が、客観的には正論だと言わざるを得ない。やはり本来ジキル博士は研究と言う名の野心に取りつかれた人物で、そうした意味で一癖も、二癖もある主人公と言えるだろう。

だが、そうした人物像を描いた小説世界が、古今東西を問わずあらゆる芸術、あらゆるメディアでとりあげられ続けるのは、1人の人間が一瞬にして研究者のジキルと、悪の権化のハイドに人格が入れ替わる、俳優ならチャレンジ精神を刺激されるに違いない、所謂演じ甲斐のある役どころの魅力が大きく起因している。ことにトリックや撮り直し、各シーンを細切れにつなぐことができない舞台芸術の世界で、生身の俳優が目の前で二つの人格を行き来するスリリングさは、この上ない演劇的興奮を高める要素になる。ましてこのミュージカル『ジキル&ハイド』は、ミュージカルの作曲家として大活躍を続けるフランク・ワイルドホーンが初めて書き下ろしたミュージカル作品で、「時が来た」「あんな人が」「あれは夢」「その目に」「罪な遊戯」「新たな生活」等々、全編を通じてミュージカルコンサートなどでも頻繁に取り上げられる名曲の宝庫。楽曲を聞く為だけにでも作品を観に行く価値があると思えるパワーには絶大なものがある。しかもそのミュージカルナンバーが持つ魅力だけに決して頼らずに、二転三転するストーリー展開のスリリングさを、ケレン味も交えて最後まで途切れることのなく伝えてくれる、山田和也演出の妙味が加わった日本版はドラマ性も非常に豊か。人間の業や、愛、赦しといった登場人物たちを通して届けられる様々な感情にも普遍性のある、端的にいって非常に完成度の高いミュージカルになっている。

そんな作品で、2012年から主演のヘンリー・ジキルを演じ続けてきた石丸幹二は、この人が主演を担った2012年版から、ジキル博士が善と悪を分離する研究にのめりこんでいったのは、精神を病んで意思疎通をはかることのできなくなってしまった父親を助けたいという切なる思い故だったという動機づけがなされ、「知りたい」という新たなナンバーも追加されたニュー・プロダクションとなった。この設定が、柔和で紳士であくまでも端正という「俳優・石丸幹二」の個性にフィットしたことも力になり、作品を今日まで牽引し続けてきた石丸の、『ジキル&ハイド』が集大成を迎えるにあたって、作品のハイライトと言えるビッグナンバー「時が来た」の熱唱は劇場中を揺るがすばかり。更に石丸本来の個性とは遠いところにあると思えたハイドの表現にも、どこかで本人が変身の妙を楽しんでいるのだろうな、と感じられる余裕があり、ワンフレーズごとに人格が入れ替わる「対決」の演じ分けは圧巻。現在『ハリーポッターと呪いの子』との掛け持ちで作品を務めていることもあって、いま少し落ち着いた形で「最後の実験」に臨んで欲しかった、それ以前にまだまだやれるのでは、と思わされるもするが、実に見事に『ジキルとハイド』の歴史をつないでくれた石丸の功績に、惜しみない拍手を贈りたい。

その石丸とならぶWキャストとして今回ヘンリー・ジキルに初挑戦した柿澤勇人は、まず身体能力の高さで、自ら発明した薬の力により悪の人格ハイドがこの世に現れる瞬間、床を転げまわり、のたうちながらハイドがジキルの身体を支配していく様を絶妙に演じてまず絶大なインパクトを残すことに成功している。人格が変わることによって利き手も変わるなどの、細かい工夫にも芝居心を感じさせるが、何よりもハイドの「悪」を臆せず表出する思い切りの良さが頭抜けていて、自分の研究が如何に画期的なものかを理解しない周りの人間すべてに苛立っているジキル博士のなかに、このサディスティックで悪魔的なハイドが確かに潜んでいたのだという説得力を与える鮮烈なデビューになった。「時が来た」をはじめとした、ワイルドホーンメロディーも伸びやかに歌い切り、想像を遥かに超えた盤石の「実験開始」が嬉しい。全く新しいヘンリー・ジキルの誕生で、ここから柿澤が紡ぐ作品の歴史のなかで、どんな進化を遂げてくれるのかにも期待が膨らんだ。

ハイドと深く関わる娼婦ルーシーは、2012年、2016年にジキルの婚約者エマを演じ、2018年に初めてルーシーを演じた笹本玲奈が続投。マルシア、濱田めぐみなどの強烈なイメージが残る役柄をなぞるのではなく、自分の人生はどこまでいっても仕事場の名の通り「どん底」でしかないという諦観のなかにいた女性が、ジキルに一縷の希望を見出しつつ、ハイドの悪魔的な魅力にも抗えない哀しさをにじませる、笹本独自のルーシーが生まれてきたことが嬉しい。この萌芽が更に育っていく進化も楽しみにしている。

一方、今回ルーシーとして初参加の元宝塚雪組トップ娘役の真彩希帆は、笹本が感じさせる自らの境遇に対する諦観すらもない、ここに生まれ落ち、言われるままに娼婦として生きていることに恨みや怒りさえも覚えない、「何もない女の子」としてルーシーを表現してきたのが斬新だった。おそらくジキル博士の薬を飲んでも、新たな人格は生まれてこないのではないかとさえ思えるルーシーで、これは逆にいまの真彩にしかできない造形。ジキルからの「逃げろ」という伝言を、必死で伝えるアターソンの言葉を何も聞いていない、という観客をハラハラさせる状況も、このルーシーならそうだろうなと思わせたのが、非常に面白かった。数年後また真彩がルーシーを演じた時に、どんな表現になるのかも是非観てみたい。

ジキルの婚約者エマには、これがグランドミュージカル初挑戦となるDream Amiが扮し、しっくりとこの世界に親和しているのがこちらも嬉しい驚き。ジキルに対しても、自分の父親に対しても、どこかで母のようでもあるエマの包容力を、自然に醸し出して役割りを立派に果たしている。

もう1人のエマの桜井玲香は、近年ミュージカルの世界で数々のヒロイン役を務めた力が役柄に生きていて、可憐な容姿のなかに一本芯の通ったエマを魅力的に見せている。言うべき時は言い、どんな不安のなかにあってもひたすらにジキルを信じるエマが終幕に見せる憤りの瞳の強さも印象的で、観る度に伸びやかになる歌唱も頼もしい。

ジキルの親友ジョン・アターソンには、「この作品が大好きで、実験に使うフラスコ役でもいいから出たかった」と熱い思いを語っていた石井一孝が初登場。ジキルを案じる心根にどこか前向きなものを感じさせるのが石井の個性故で、石丸ジキルとの抜群のコンビネーションはもちろん、柿澤ジキルに対しても信頼する兄貴分と映る寄り添い方が良い効果になっていた。群衆に交じって踊り歌う「事件、事件」などのナンバーも水を得た魚のようだ。

そして、こちらも初登場のアターソン上川一哉は、石丸、柿澤と同じ劇団四季出身という出自が生き、柿澤ジキルの唯一の友という立ち位置が自然で、二人の会話に真実味がある。一方石丸ジキルに対しても、研究に没頭するあまり社会性に乏しい友人を守っているという感触をきちんと出していて、俳優としての懐深さを感じさせた。

エマの父親ダンヴァース卿にもやはり劇団四季出身で、ミュージカル作品に欠かせない顔の一人栗原英雄が初登場。娘を溺愛していて、ジキルに対しては時に複雑な感情も抱いているダンヴァースの複雑な立ち位置を的確に表現している。

その秘書官のストライドの畠中洋は、石丸ジキルの初演以来この役柄を演じ続けていて、俯瞰してみると実はさほど間違ったことは言っていないのに、全てがエマに横恋慕しているが故の嫌みや当てこすりに聞こえる、嫌な奴の造形に更に磨きがかかっている。

栗原、畠中共に「ミュージカル」が身体のなかに入っている人がこうした役柄を固めてくれることで、作品の良質さが際立つのはもちろん、宮川浩、川口竜也らベテランのミュージカル俳優たちや、ジキルの執事プールを演じ続ける佐藤誓の醸し出す味わいが、舞台の魅力を高めた。

何よりも石丸ジキルの「最後の実験」と柿澤ジキルの「実験開始」という、大きな節目を担った公演が、確実に作品を次代に送り出す華として舞台にあることが尊く、作品の未来への期待もふくらむ2023年版ミュージカル『ジキル&ハイド』だった。

【公演情報】
ミュージカル『ジキル&ハイド』
原作:R.L.スティーヴンソン
音楽:フランク・ワイルドホーン
脚本・詞:レスリー・ブリカッス
演出:山田和也
上演台本・詞:髙平哲郎
出演:石丸幹二/柿澤勇人(Wキャスト)、笹本玲奈/真彩希帆(Wキャスト)、Dream Ami/桜井玲香(Wキャスト)、石井一孝/上川一哉(Wキャスト)、畠中洋、佐藤誓、栗原英雄 ほか
●3/11~28◎東京国際フォーラム ホールC
〈料金〉S席14.000円 A席9.000円B席5.000円
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777
ホリプロチケットセンター03-3490-4949
〈公式サイト〉https://www.tohostage.com/j-h/

[全国ツアー公演スケジュール]
●4/8~9◎愛知・愛知県芸術劇場 大ホール
〈お問い合わせ〉キョードー東海 052-972-7466
●4/15~16◎山形・やまぎん県民ホール
〈お問い合わせ〉キョードー東北 022-217-7788
●4/20~23◎梅田芸術劇場メインホール
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場 06-6377-3800

 

【取材・文・撮影/橘涼香】

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