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手錠でつながれた男ふたりの友情と亀裂 イマシバシノアヤウサ『アイランド』稽古場レポート

浅野雅博、石橋徹郎

文学座の鵜山仁、浅野雅博、石橋徹郎の3人による演劇ユニット・イマシバシノアヤウサが、8月1日より下北沢OFF・OFFシアターにて『アイランド』を上演する。

『アイランド』は、南アフリカ共和国の国民的作家、アソル・フガードの作品で、反アパルトヘイト運動の闘士たちが投獄された孤島の強制収容所を舞台に、理不尽な刑に処せられたふたりの男がギリシア悲劇の『アンチゴーネ』を上演しようとする姿を描いた骨太なふたり芝居だ。

日本の演劇シーンでは「知られざる名作」に数えられるであろう良質な海外戯曲に、これまで数多くの翻訳劇を手がけてきた鵜山仁演出のもと、同じ文学座で研鑽を積んだ浅野雅博、石橋徹郎という実力者が挑む。

今回は、その稽古場に密着。稽古の模様をレポートする。

その日稽古が行われたのは第二場。

政治犯として罪に問われ、懲役10年の刑罰を受けたジョン(浅野雅博)と終身刑を言い渡されたウィンストン(石橋徹郎)。同じ監房の中で暮らすふたりは、収容施設内で開かれる演芸会に向けて、『アンチゴーネ』を上演しようと画策する。

『アンチゴーネ』は、国家に逆らった罪として埋葬を禁じられた兄の遺体に弔いの土をかけたことから捕えられた少女・アンチゴーネが、たとえ法に背くこうとになろうとも、時の王・クレオンの説得に応じることなく、自らの正義に従い、信念を貫き通す物語だ。古代ギリシアの悲劇詩人・ソフォクレスによって書かれ、その後もフランスの劇作家であるジャン・コクトーなどによって翻案されている。

たとえ為政者に逆らうことになっても、己の良心を守り抜いたアンチゴーネ。それをアパルトヘイト撤廃を求め権力と戦った活動家たちが多数収監されている収容所で上演する。自らの立てた計画にジョンは執着心を示すが、ウィンストンは気乗りのしない顔だ。

なぜなら、ウィンストンにあてがわれたのは、アンチゴーネの役。かつらをかぶり、つくり物の乳房をつけて、みんなの前で女役を演じることがどうにも我慢ならない。しかも、衣装を身につけた姿をジョンが大笑いしたことで、ウィンストンはますますヘソを曲げる。第二場は、『アンチゴーネ』の上演をめぐって、ジョンとウィンストンが衝突するところから始まる。

俺は男だ。だからアンチゴーネはやらない。そう拒絶するウィンストン。自分は自分だ。それ以外の何者でもない。その頑なな姿勢の背景には、これまで肌の色が違うだけで差別と迫害を受けてきた歴史が透けて見える。

『アンチゴーネ』は所詮伝説上のつくり話。子どもの遊びだとこき下ろすウィンストンに、それでは自分たちをもてあそぶ権力者たちと何も変わらないとジョンも反論する。食い違うふたりのぶつかり合いを、浅野と石橋が力強い演技で見せる。よく鍛えられた両者の言葉には厚みがあり、ふたりが言い争うたびにぐっと手綱を引っ張り寄せられるような感覚を覚える。

両者の意見が真っ二つに割れたところで、物語に転機が訪れる。懲役10年の刑に処せられていたジョンの減刑が認められ、3ヶ月後にはここから解放されることが決まったのだ。突然降って湧いたような自由に、惚けたように戸惑うジョンと、我がことのように喜ぶウィンストン。思わずふたりはこの監獄島に連れてこられてからの日々を振り返る。

理不尽な判決を言い渡されたときの悔しさ。この収容所で味わわされた屈辱の数々。同じ時間を共にしてきたふたりは、同じだけの怒りと無力感を分かち合ってきた。こんなどん底暮らしを耐え抜くことができたのも、仲間がいたからだ。初めて出逢った日のこと。今だから話せる笑い話。まるで目が覚めたように高揚した表情で、ジョンとウィンストンは想い出話に耽る。

その顔は、自由を奪われた囚人のそれというより、確かな連帯感で結ばれた同志の友情が強く感じられて、だからこそジョンだけが減刑を認められたという事実の残酷さが浮き彫りになっていく。なぜなら、終身刑のウィンストンは、ジョンがいなくなった後も、ひとりでここに残り続けなければならないのだから。

この皮肉な展開までを、浅野と石橋が人間臭さたっぷりに演じ上げてみせた。我が身に起きたことをジョンが語るくだりは、並の役者だと台詞が上滑りしてしまうところだが、浅野のなめらかでありながらグラデーション豊かな台詞まわしのおかげで、自然と光景が浮かんできて引き込まれる。

一方の石橋は、アンチゴーネを演じることに対して怒気をはらんだ声で抵抗したり、釈放が決まったジョンに対して喜びを爆発させつつも、やがてそれが意味することを悟り表情を失っていったり。めまぐるしく揺れ動くウィンストンの感情をその迫力のある声と雄弁な目で表現する。

それに対し、演出の鵜山仁は台詞の細かい一言を変更したり省いたりしながら調整を加えていく。今回の上演は、鵜山自ら翻訳を手がけている。原文に対し、どんな言葉に置き換えるのがふさわしいのか。稽古中も最適解を求め、絶えず練り直している。演出である鵜山が翻訳も兼ねることで、こうしたタイムリーなブラッシュアップが可能になっているわけだ。

そして、それは稽古の場だけに限ったことではないという。これまでの作品でも、本番中、必ず最初のウォーミングアップで浅野と石橋は台詞を頭から終わりまで通すそうだ。そして、そのときに感じた違和感や気づきを随時鵜山に報告し、相談の上で修正を加えてきた。

芝居というものに完成はない。やればやるだけ、また新しい発見が見えてくる。そうやって生き物のように変化していくことが芝居の面白さであり、その面白さを最大化できるのがロングラン公演の醍醐味と言えるだろう。

今作も恐らく幕が上がってなお、日々観客の視線に晒されながら変化していくはずだ。それだけ『アイランド』という戯曲に秘められているものは深遠で果てがない。その探検を演じ手と共に楽しむことも、観客に与えられた贅沢と言えるかもしれない。

イシバシノアヤウサ『アイランド』は、8月1日(木)から8月25日(日)まで東京・下北沢OFF・OFFシアターにて上演。8月1日(木)・8月2日(金)はプレビュー公演として前売・当日共に2500円で鑑賞できる。

物語はここからさらに佳境へと進み、立場が分かれることになったジョンとウィンストンの激しい葛藤が描かれる。自由を目の前にした親友への羨望。気が遠くなるような投獄生活への恐怖。その果てにふたりは『アンチゴーネ』を演じることで何を見たのか。実力派ふたりによる渾身のふたり芝居を存分に楽しんでほしい。

【公演情報】
 
イマシバシノアヤウサ『アイランド』
原作:アソル・フガード、ジョン・カニ、ウィンストン・ヌッショナ
翻訳・演出:鵜山仁
出演:浅野雅博、石橋徹郎
●8/1~08/25 ◎東京 OFF・OFFシアター
〈料金〉前売・当日共¥3,900(全席指定・税込)
 8/1・8/2 プレビュー公演 前売・当日共¥2,500
〈お問い合わせ〉 SUI<スイ>03-5902-8020(平日11:00~17:00)
〈d公式HP〉https://ameblo.jp/mojo-mickybo/ 

 

【取材・文・撮影/横川良明】

 

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