中村ノブアキ作×宮田慶子演出 青年座の新作『DNA』間もなく開幕! 井口恭子インタビュー
作・中村ノブアキ、演出・宮田慶子による青年座の新作『DNA』が8月16日から25日まで、シアタートラムで上演される。中村ノブアキは、現在もサラリーマンとして働いている二刀流の作・演出家で、「大人が楽しめる小劇場」をコンセプトに JACROW を旗揚げ。リアリズムを追求し、会社内部に潜む問題を鋭く追及していく作風が特徴だ。
今回、青年座に書き下ろした『DNA』は、中村の真骨頂である〝企業もの〟と、新たな挑戦〝家庭劇〟を融合させた作品で、演出には第一線で演劇界を牽引する宮田慶子。新国立劇場演劇芸術監督退任後、ホームグラウンドの青年座で最初の新作書き下ろしを手がけることになる。
【ものがたり】
子どものいない夫婦。二人は大手電機メーカーの元同僚。夫婦は同じ部署で働くことができないという社内の不文律により、異動することになった妻は退職、夫はそのまま会社に残った。その後、妻は昔からの夢だったインテリアコーディネートの会社を友人と起業、多忙な日々を送っていた。
そして現在、家庭では――夫婦の間に子どもがいるのは自然なことと考える夫に対し、働くことに生きがいを見出し、子どもがいなくてもいいと考える妻。最近、そのことで言い争いが絶えない。
一方、会社では――夫が所属するPC事業部には、売上目標達成のために、歴代受け継がれる決算方法があった。社員たちは、一歩間違えば不正ともいえるこの方針に従ってきた。会社発展のためにはやむを得ないと考え、それを受け入れなければ出世できないからだ。しかし、新しく配属された社員が異論を唱えたことにより、事態は思わぬ方向へ進んでいく──。
組織存続を最優先に考える企業論理と、人が子孫を残そうとする本能的欲求。一見無関係と思える2つの事柄をらせん状に絡めて物語を編み、「次代に繋ぐ」ことの意味を描くこの舞台で、主人公の母親役を演じる井口恭子。俳優座で長く活躍ののち、青年座の座員となってこれが2作目。豊かなキャリアを重ねてきた彼女に、この作品と自身の演劇との向き合い方について語ってもらった。
宮田演出の緻密に作っていく力を感じながら
──まず、この台本を読んでいかがでしたか?
私は中村ノブアキさんの作品はJACROWの公演で1作観ていて、やはり企業ものでした。ただ、今回の台本は企業の話だけでなく、女性にとって切実な産む産まないという問題も描かれているので、会話などのリアリティについて、演出の宮田(慶子)さんをはじめ、俳優たちも色々な意見を出し合って、ディスカッションをしながら稽古しています。
──井口さんは宮田さんの演出は?
初めてです。でも宮田さんの演出作品は何本も観ていましたし、演出家として力のある方だなと思っていました。実際に稽古に入ってそれを実感しています。芝居をよく見てくださっていて、こちらがちょっとでも逡巡しながら芝居すると、それを全部見抜かれます。役者の状態をよく見ていて、それを踏まえて、今これだけはやってほしいということを適確におっしゃいます。
──作りたい方向がはっきりしているということでしょうか?
はっきりしているだけでなく緻密です。私は色々な演出家の方と関わってきましたが、こんなに緻密に演出をつけられる方は初めてかもしれません。たとえばある演出家の方は、役者を泳がせておいて最終段階で囲い込んで方向を作ります。でも宮田さんは最初から緻密に緻密に作っていくタイプです。その場面が終わるとすぐに、「この方向は違うから」と役者に指摘して、その場で確実に直していきます。
──今回の出演者は、そういう要求にすぐ応えられるような実力派ばかりですね。
若手もできる人ばかりで、先日、通しをしてみたらバーッと行けたんです。みんなすごいなと感心しました。
少子化の問題についてもみんなで話し合って
──井口さんは主人公の母親役で、社長だった夫の死で、代わりに工務店を経営しています。それもあって息子の妻への理解もある素敵な女性です。
夫が突然死んでいきなり社長をやることになったので、仕事をする女性のつらさとかたいへんな部分などもわきまえていて、良い感じにさばけた女性で、演じていて共感はたくさんあります。息子のお嫁さんについても姑という立場でなく、同じ働いている女性同士という立場で向き合うんです。でも稽古で宮田さんから、私はそんなつもりはないんですけど、「優しくしすぎないで」と言われました。お嫁さんの典子は、自分の母親との関係でトラウマがあるので、悩んでいるとき優しくしすぎるとかえって落ち込んでしまう。サバサバと付き合うほうが立ち直れるきっかけになるんじゃないかと。なるほどなと思いました。
──テーマの1つである産む産まないの問題ですが、劇中でも、妻は仕事に打ち込みたいのに、夫はそろそろ子供が欲しいと言い出します。
そんなに簡単に言わないでよって典子は怒るんですよね。本当によくある話だと思います。この作品の最初の本読みで、少子化の問題についてもみんなで話し合ったんです。どういう原因かはわからないけど現代人は生殖能力が衰退しているのではないか、という意見もありました。そういう人間の本能とか生命力の変化もありますし、子どもを産み育てる環境も決して良くなっていないですよね。中村ノブアキさんの作品が注目を浴びているのは、そういう部分も含めて、今の日本社会の色々な問題点をうまく書き込んでいるからだと思いました。
芝居をやる運動体「劇団」の一員にもう一度なろうと
──井口さんはこれが青年座での2作目になります。俳優座から青年座に入った経緯というのは?
私は俳優座を2002年に退団したのですが、千田(是也)先生が亡くなったのが1994年で、そのあたりから俳優座への思いがちょっと薄れてきて、退団を考えはじめていたんです。ちょうど同じ頃に祖母が亡くなって遺産を残してくれたので、そのお金で以前から作りたかった稽古スタジオを作ろうと。それを建てたら俳優座を退めようと決めていました。その稽古場が、青年座のある代々木八幡の隣の参宮橋だったこともあって、最初に稽古場を借りてくれたのが青年座のワークショップ公演でした。そういう縁もあって、俳優座を退団して半年くらい経ってから、劇団ではなく映放(青年座映画放送株式会社)に入れてもらうことになりました。ちょうど両親の介護もあったので、舞台は年に1本くらいしかできなかったのですが、15年ほど映放所属でプロデュース公演などに出演していました。
──そんな中で、蜷川幸雄さんの『シンベリン』や『日の浦姫物語』などにも出演して成果を残しています。
『シンベリン』は、女優は大竹しのぶさんと鳳蘭さんと私だけで、「何役もやることになるよ」と言われて「面白そう!」と引き受けました。あの公演ではロンドンまで行きました。そのあと『日の浦姫物語』には、双子の主人公の叔母の役で出ました。どちらも楽しかったです。
──そして2017年には、映放から劇団青年座の座員になりますね。
やはり劇団という芝居をやる運動体の一員に、もう一度なってみたいという思いがありました。そして自分が女優としてこれまでやってきたことを、少しでも後輩に伝えられたらと。なぜ青年座なのかというと、すごく元気がある劇団なんです。勢いがあってみんなで一から一緒に作りましょうというエネルギーに溢れている。それに自由で風通しがいいんです。製作部も演出部も若い人たちに意見を言わせてくれる、そういう空気が劇団を活性化しているのだと思います。
──創作劇の劇団という伝統があることで、若い作家の作品も次々に上演していますね。
何事にも積極的なんです。『安楽病棟』でびっくりしたのですが、最初の顔合わせの場に、担当ではないプロデューサーやスタッフまで参加しているんです。稽古中も製作の人がよく観にきているし、そういう熱心さは俳優としても頼もしいですね。その作品に関わる人たちが全員、自分の作品だという思いで一緒に作る。その力はとても大事ですから。
演じる側と観客とがともに燃え上がる瞬間を
──女優としての井口さんにとっても、さらに新しい刺激がありそうですね。
実は最初の『安楽病棟』でボケ老人の役と聞いて、ショックだったんです。「青年座の舞台1作目がボケ老人なの?!」って(笑)。でも実際に稽古をして本番が開いて、千秋楽が終わって、打ち上げに出た時、この芝居に出られてよかったと思ったんです。青年座の人たちと1本作り上げて、本当の意味で一員になれてよかったと。芝居の作り方も納得したし、この劇団で一緒に作っていきたいと思いました。70歳すぎた女優ですからそんなにどんどん役がくるとは思っていませんが、思いとしてはこの劇団で90歳までやるぞぐらいのガッツで(笑)。そういう気持ちになっています。
──素晴らしいガッツです。
芝居をすることは心身ともにたいへんですけど、そのたいへんさを乗り越えていくとエネルギーがどんどん出てくるんです。だからこの青年座で、もう1回女優として生き直そうと。それができる場を与えていただいたことに、とても感謝しているんです。
──これまで以上に力を発揮されるのを楽しみにしています。最後に改めて本作『DNA』のアピールをいただければ。
企業の問題について色々な作品を発表していた中村ノブアキさんが、男と女、つまり人間の起源、DNAをテーマに書いた作品です。その本を演出家をはじめ出演者全員で一緒に考え、かたちにしようとしている。そのエネルギーで、きっと良い芝居になるはずだと思っています。良いお芝居には、演じる側と観てくださるお客様とが、一緒に燃え上がる瞬間があるんです。そういう体験をすることで、人間っていいな、生きるっていいなと思える。このお芝居でもそういう瞬間を作りたいと思っています。
いぐちきょうこ○東京都出身、桐朋学園大学短期大学部芸術科演劇専攻卒、俳優座を経て2002年入団。近年の外部作品は『マヨイガの妖怪たち』2015年・調布市せんがわ劇場、『twelve』2014年・青山円形劇場、『日の浦姫物語』2012年・シアターコクーン他、『シンベリン』2012年・さいたま芸術劇場他、『ヨーン・ガブリエル・ボルクマン』2009年・俳優座劇場、『9人の女』2008年・俳優座劇場、『離婚の条件』2007年・シアタートラムなど。青年座の公演は、昨年の『安楽病棟』に続いて2本目になる。
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