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カラフルな色彩のなかに奥深いタイトル「愛する家」が内包する意味 『Home,I’mDarling~愛しのマイホーム~』上演中!

現代のロンドン近郊を舞台に、1950年代のライフスタイルを追求するひと組の夫婦に訪れる危機的状況を通じて、ジェンダーや幸福について問いかける『Home,I’mDarling~愛しのマイホーム~』が、日比谷のシアタークリエで上演中だ(11月7日まで。のち全国ツアー公演あり)。

『Home,I’mDarling~愛しのマイホーム~』は、イギリスの劇作家ローラ・ウェイドによるオリジナル戯曲で、2019年度のローレンス・オリヴィエ賞で5部門にノミネートされ、ベスト・ニュー・コメディ賞を受賞したロンドン発の新作ストレートプレイの日本初演。主人公の夫婦に鈴木京香、高橋克実が扮するのをはじめとした豪華キャストと、常に繊細に人の心模様に寄り添う演出で名高い白井晃のオリジナル演出による上演になっている。

【STORY】
現代のロンドン近郊。専業主婦のジュディ(鈴木京香)と夫のジョニー(高橋克実)は、自分たちが愛する1950年代のインテリアやファッションに囲まれた生活を満喫している。同じく50年代のライフスタイルを愛好するフラン(青木さやか)とマーカス(袴田吉彦)の夫婦とも親しい付き合いを続けているが、共働きのフランは家事をしない夫に不満を抱え、一方のマーカスはジュディのように完璧な家事をこなせない妻に何かと口うるさく注文を出している。

実はジュディも3年前までは仕事を持っていたのだが、リストラの波に巻き込まれて失職。心機一転、愛する夫のため50年代の完璧な主婦になることを決意したのだ。だが、ジュディの母親シルヴィア(銀粉蝶)からすれば、女性が生きにくかった50年代を愛し、専業主婦の道を選んだ娘の心境が理解できない。それでも今が一番幸せだと言い切るジュディは、この生活を維持するために出費がかさみ、家計は火の車であることをジョニーはもとより、誰にも打ち明けられずにいた。

そんな現状をジョニーの昇進と昇給によって打破したいと願うジュディは、夫の新しい上司として着任したアレックス(江口のりこ)を自宅に招き、得意の50年代風のもてなしでジョニーの昇進をバックアップしようとするが、パリッとスーツを着こなす若いアレックスと、レトロファッション全開のジュディの話は全くかみ合わない。接待は実らず、ジョニーの昇進は若い社員に奪われてしまい、そこから夫婦間の積もり積もった隠し事や、心に秘めていた思いがあらわになり、幸せな家庭は崩壊の危機に直面する。 この試練をジュディとジョニーは果たして乗り越えることができるのか……

シアタークリエの舞台いっぱいに作られた二階建てのジュディとジョニーの住む家は、各部屋の壁紙といい、調度品の作りといい、あまりにもポップで、カラフルで、可愛らしいを通り越し、どこかモデルハウスかドールハウスのような印象を与えてくる。そのなかで、朝食の支度をしているジュディと出社の身支度をしているジョニーが、BGMになっている50年代の有名ヒット曲に合わせて動く様が、あたかもダンスナンバーのような振付になっていることが更に強いインパクトになっていく。特にジュディが、ウエストをマークし、ペチコートをふんだんに入れ、スカート部分がパっと裾広がりになるワンピースにエプロンという出で立ちなだけに、踊っている感がより強くなり、一瞬この作品はミュージカルだったか?と錯覚したほどだ。

そんなキッチンで食卓を囲む二人が「愛している」「これ以上ないほど幸せ」と互いに連呼し続けるのを聞いていると、この全てが過剰な世界の危ういバランスが冒頭から立ち上ってくる。しかも交わされる台詞から、この日は良く晴れた朝らしいということが伝わるものの、窓やドアから見える外の世界は真っ暗で、まるで夜のようにしか感じられない違和感が加わり、必ず何かが起こると思わせる。これら白井晃の演出力と、松井るみの装置、前田文子の衣裳が手を携えて視覚に訴えてくるもので、あっという間に作品世界に引きこまれる力に驚かされた。

と言うのも、そもそも全てが舞台の上に作られた世界である舞台芸術のなかで、何もかもを「作り物めいて感じさせる」というのは、意外に難しいものだ。特に見えるものを見えるままに映し出す映像の世界と違って、例えばそこにあるのがただの四角い箱だとしても、もっと言えば全く何もない空間にも、山や空や海、或いは豪華な宮殿や調度品までも想像力によって補完していくことを、観る側が無意識にするのが当たり前になっている演劇世界で、何かが過剰で、登場人物たちは何かを隠し、何かを演じているのではないか?といきなり思わせるのは、ほとんど力業と言っていい。

その困難を開幕して間もなくやってのけたこの舞台は、だからこそ登場人物たちの言動のいちいちにドキドキさせられる。誰の言動にも表情にも「本当に?」という思いが付きまとい、次の展開が気になってならなくなる。もちろんどんなに維持管理に莫大な費用がかかっても、燃費が悪くてもクラシックカーに乗り続けることに喜びを覚える人が一定数いるように、専業主婦に憧れる人だって現代にもきっといるに違いない。特に経済格差が深刻になる一方のいまの時代に、専業主婦を貫けるのは相当に恵まれた環境にいることにも通じるだろうからなおさらだ。

でも決してそれだけではないものが感じられるからこそ、この舞台は様々な問いかけ、夫婦の在り方、時代による性差の考え方、生き方の模索を色鮮やかに投げかけてくる。すべてが作りものに見えるからこそ、あまりにも身近な、社会的な問題がポンと手渡される衝撃には実に大きなものがあった。

にもかかわらず舞台が決して重くなり過ぎないのは、舞台で躍動する6人の登場人物の表現が、コミカルさを存分に含んでいるからに他ならない。

その筆頭ジュディの鈴木京香が何よりもチャーミングなことが舞台全体を支配している。ジュディは失職したショックを、50年代の夢のような家庭に住む専業主婦の自分に置き換えようとする。けれどもそこにはちゃんとプライドがあって、家事を完璧にこなし快適な家を維持する為の労働は、外で働くことと同等の価値があり、決してジョニーに養われているのではないと考えている。この家事労働をきちんと評価して欲しいという思考は非常に今日的な視点だが、では彼女が理想とする50年代の専業主婦が、家庭を営む役割を担当している社会で働く夫と、同等の存在として評価されていたか?と考えると、一気に話の雲行きはあやしくなる。このパラドックスのなかに、作品の登場人物はある意味で全員取り込まれているのだが、そうした内包されている社会問題以前に、まず鈴木が次々と着こなす50年代のファッションの美しさが前面に出ることが、ジュディの複雑な心境により彩りを加えて効果的だった。とても美しくて、華やかで実は…という、作品全体を象徴するジュディだった。

ジョニーの高橋克実は、そんなジュディに惚れ込んでいるが故に頭が上がらず、言いたいことも飲み込んできた夫の姿に真実味がある。高橋の温かい持ち味がジョニーの優しさを支えていて、様々な問題を抱える物語展開にハラハラしながらも、夫婦関係が簡単に壊れないことを期待させるのが絶妙だった。

ジョニーの上司アレックスの江口のりこは、この作品の舞台が現代であることを象徴する存在。仕事ができ、頭が切れるが故に、ジュディが志向する50年代と現代の生活との矛盾を鋭くツッコんでいく様が、江口が演じると決して嫌味ではなく、適度にドライだからこそ可笑しいという味付けになるのが貴重だった。

ジュディとジョーイと同じく50年代を愛する友人であるフランの青木さやかとマーカスの袴田吉彦は、現代と折り合いをつけながら趣味として50年代を愛好しているという立ち位置がグッと現実的。二人にとっては50年代はどこかでコスプレにも似た感覚があるのかもとも思わせつつ、互いが互いに持っている不満の匂わせ方も巧みで、二組の夫婦の違いとその関わり方がドラマ展開に与える影響が効いている。

そして、ジュディの母シルヴィアの銀粉蝶がさすがとしか言いようのない存在感を発揮。当たり障りのない会話を交わしながらも、娘のライフスタイルに感じている複雑さがにじみ出ていて、後半の展開の爆発力は是非とも舞台で確かめて欲しい。もうひとつ加えればカーテンコールの優雅さも必見だ。

全体にも、前述したようにミュージカルかに思わせるステージングや、転換のない一杯道具のなかでも、各部屋の部分部分にパーテーションのような目隠しを下ろして、様々に進んでいく転換も面白く、『Home,I’mDarling』=私の愛する家、というタイトルが内包する奥深い問いかけを、かくもカラフルに提示してきたこと。演劇表現の可能性にまたひとつ出会えた喜びのある舞台になっている。

【公演情報】
『Home,I’mDarling~愛しのマイホーム~』
作◇ローラ・ウェイド
演出◇白井晃
出演◇鈴木京香 高橋克実
江口のりこ 青木さやか 袴田吉彦 銀粉蝶
●10/20~11/7◎シアタークリエ
〈料金〉1,1000円(全席指定・税込み)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777
〈公式サイト〉https://www.tohostage.com/homeimdarling/index.html

[全国ツアースケジュール]
●11/12~14◎兵庫・兵庫県立芸術文化センター阪急 中ホール
〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255
●11/17◎大阪・枚方市総合文化芸術センター関西医大大ホール
〈お問い合わせ〉枚方市総合文化芸術センター別館 072-843-5551
●11/20~21◎愛知・日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
〈お問い合わせ〉キョードー東海 052-972-7466
●11/23◎山形・山形市民会館
〈お問い合わせ〉山形市民会館 023-642-3121
●11/25◎岩手・岩手県民会館
〈お問い合わせ〉岩手県民会館 事業課 019-624-1173
●11/27~28◎宮城・仙台銀行ホール イズミティ21 大ホール
〈お問い合わせ〉仙台放送 022-268-2174

 

【文/橘涼香 写真提供/東宝演劇部】

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