全てを吹き飛ばすハッピーオーラ全開!ミュージカル『ヘアスプレー』
1960年代のアメリカ、ボルティモアを舞台に、夢に向かって突っ走るビッグサイズの女の子が、様々な出来事を通じて自分の夢だけでなく、人種・体型・性別等々の違いに囚われず、皆で楽しく前向きに生きよう!という大きな望みを叶えるべく奮闘していく姿を、明るくパワフルに描いたミュージカル『ヘアスプレー』が、池袋の東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)で上演中だ(10月2日まで。のち10月7日~18日福岡・ 博多座、10月23日~11月8日大阪・梅田芸術劇場 メインホール、11月12日~20日愛知・御園座で上演)。
ミュージカル『ヘアスプレー』は、1988年公開のジョン・ウォーターズ監督による映画「ヘアスプレー」をもとに、2002年にブロードウェイで開幕したミュージカル。たちまちにして大評判となり、主演女優賞、主演男優賞、助演男優賞、ミュージカル作品賞、演出賞、脚本賞、音楽賞、衣裳賞の、トニー賞8部門受賞の栄誉に輝いた。2007年にはこのミュージカルをベースに、アダム・シャンクマン監督により再び映画化され、『サタデイ・ナイト・フィーバー』で世を席捲した大スター、ジョン・トラボルタが主人公の母親を特殊メイクで演じたことも話題を呼び、世界中で大ヒットとなった。今回の日本版は、本来2020年7月に上演予定だったが、新型コロナウイルスの影響により残念ながら上演中止となっていた初の日本人キャストによる待望の上演で、主演のトレイシー役に渡辺直美、その母親・エドナ役に山口祐一郎、と大きな注目を集めたキャストのほとんどが再集結。数々のキラーチューンで彩られた熱いステージが展開されている。
【STORY】
1960 年代アメリカ。ボルティモア州に住むトレイシー・ターンブラッド(渡辺直美)は、ダンスが大好きでちょっぴりビッグサイズな女の子。彼女の夢は、大人気のテレビダンス番組「コーニー・コリンズ・ショー」のダンサーになることで、今日も親友のペニー(清水くるみ)と、テレビの前で憧れのスターダンサー・リンク(三浦宏規)を見つめ、共に踊る夢を抱いていた。
折も折、番組の女性メンバーがしばらく休業するために、新メンバーを募集するというニュースが飛び込んでくる。トレイシーはオーディションを受けたいと両親に懇願するが、心配性でトレイシーと同じくビッグサイズな母のエドナ(山口祐一郎)は、娘をテレビが受け入れてくれるはずがない、傷つけたくないと思うあまり反対する。だが父で発明家のウィルバー(石川禅)は娘の夢を応援。晴れてオーディションを受ける許可を得たトレイシーは、学校で高く盛り過ぎといくら叱責されても貫いてきた自慢の髪型をバッチリ決めてオーディション会場へと向かう。けれども、番組のスターダンサーを自称するアンバー(田村芽実)の母親でプロデューサーのヴェルマ(瀬奈じゅん)から、ただ太っているという理由だけで、オーディションを受けることさえ認めてもらえず……
ミュージカル『ヘアスプレー』は、1960年代のダンス音楽やダウンタウン・リズム・アンド・ブルースを使用した、迫力の歌とダンスが随所に盛り込まれたカラフルで熱いビート満載のミュージカルだが、一方で1960年代の米国に、現在よりもずっと根強かった人種差別、男女の画一的に求められていた役割、見た目の美しさや痩身がまず価値基準になるルッキズムなど、非常に多くの問題を根底に描いている物語でもある。特に、マイノリティや社会的弱者の立場に立ち、人種や宗教、性別などに対して寛容であり、平等であろうとするポリティカル・コレクトネスの考え方が広がり、映画や舞台芸術などのエンターテイメント作品が本来描いている世界観や、歴史的な事実を無視してでも、キャストの人種割合が優先される傾向が顕著な時代の流れのなかでは、ある意味の難しさを抱えた作品になっているのは否めない。そのことが、2020年の上演が残念ながら中止になってしまったあと、主にアジア人種だけでこの作品を改めて上演することができるのだろうか?という危惧を抱かせた時期もあったし、晴れて実現を果たしたこの舞台でも、多様な人種構成を見た目で表現するのを難しくさせている。そのことが、トレイシーにダンスを教えるシーウィード(平間壮一)とペニーの恋や、「コーニー・コリンズ・ショー」で月に一度行われる〈ブラック・デー〉の司会者 “モーターマウス”メイベル(エリアンナ)が、有色人種も番組に参加させて欲しいと訴え続けた結果勝ち取れたのは、番組内での多人種の共演ではなく、月に一度の〈ブラック・デー〉だけだった。と語ることで、「人種を隔てることなく皆で一緒に踊りたい!」と願うトレイシーの思いが、やがて大きなうねりになっていく様が、ややわかりにくい部分はどうしても残った。
だが、むしろだからこそ、この作品からそうした謂わば理屈や、頭での理解を超えて、とにかく楽しく、とにかく明るく、とにかくパワフルという体感の醍醐味がストレートに前に出てきたのは、驚くべき喜びだった。もちろん多様性は尊ばれるべきだし、人種の違いによるいわれなき差別は絶対に克服しなければならない問題だ。けれども例えば看護婦や看護士を看護師と言い換えたり、カメラマンをフォトグラファーと言い換えて、男女格差をなくしたつもりになっているよりも、ひとつのエンターティメントのなかで、全ての登場人物が手を取りあい、なんの隔てもなく歌い踊る理想郷を示してくれることの方が、実はずっと大きな力がある。ここに理想の世界があると提示できるフィクション、物語だけが持つパワーがこの作品には漲っていて、こんな世界を手に入れたいと素直に思えわせてくれる。その眩く色鮮やかな舞台を、山田和也のベテランらしい直球の演出と、松井るみの立体的な装置とが織りなしたバランスも絶妙だった。
そんな舞台をとびっきりハッピーにしたのが、ダンスが大好きなビッグサイズの女の子トレイシーの渡辺直美で、常日頃ボディコンシャスな出で立ちや、パワフルなダンスでシャープなカッコよさを感じさせてきた渡辺が、素敵な男の子の隣でダンスを踊りたい!テレビに出たい!という如何にもティーンエイジャーらしい夢を持つトレイシーを、愛らしさいっぱいに柔らかく表現してきたのが新鮮。トレイシーが決してカリスマではない夢みる女の子から出発しているだけに、彼女の心の成長が物語を届ける力になっていて、改めて渡辺がトレイシー役として登場した効果を知る思いだった。
“モーターマウス”メイベルのエリアンナは、近年エキセントリックさのない人物を演じる機会も増えた蓄積が功を奏し、これまでも闘ってきたし、これからもそうする。まだ勝ち取っていかなければならない未来があると訴える重要な役どころを、力みなく演じているのがいい。そのことが、今や彼女の十八番となっている、奴隷のような生活を強いられてきた薄幸の黒人女性が、私は生きている、私はここにいる、私は美しい!と自己を肯定する様を歌った、ミュージカル『カラーパープル』のビッグナンバー「I’m Here」にまるごと通じる、「I Know Where I’ve Been」を更に印象深いものにしていて、今回の上演に際して、この人がメイベル役で登場してくれたことに感謝したい仕上がりだった。
「コーニー・コリンズ・ショー」のスターダンサーで、トレイシーの憧れの人 リンクの三浦宏規は、ミュージカル『GREASE』、舞台『千と千尋の神隠し』と身体能力を生かした役どころを経て存在感が格段に大きくなり、トレイシーが憧れる「スター」らしさが全身からこぼれでるよう。それでいて、自分の将来と正しいとわかっていることの間で揺れ動く若者らしさもきちんと表現していて、文句なしに好感の持てるリンクだった。やはりバレエの確かな基礎に裏打ちされたダンス力に秀でる三浦の存在は貴重で、今後がますます楽しみだ。
トレイシーに新しいダンスのステップを教えるシーウィードの平間壮一もまた優れた踊り手だが、三浦とは得意とするダンスジャンルやスタイルが異なることが、作品を支える大きな力になっている。この人もエキセントリックな役柄を多く演じてきた時期を経て、近年は気遣いのできる優しさを持った役柄を柔軟に表現していて、役者としての幅をますます広げている。アクロバティックな動きも難なくこなしながら、紳士で真摯なシーウィードを作り上げて頼もしい。
そのシーウィードと恋に落ちるトレイシーの親友ペニーの清水くるみが、周りとはほんの少しテンポがずれたペニーを、あくまでもキュートに演じて愛らしい。このペニーを親友に持つトレイシーも、ペニーを好きになるシーウィードもみんな良い人に違いないと思わせるし、口うるさい母親プルーディーの可知寛子の造形も至極もっともに感じられる。清水の役作りが周りのキャラクターをも照射する効果が面白かった。
「コーニー・コリンズ・ショー」のトップアイドルを気取るアンバーの田村芽実は、ひたむきな役柄の数々で見せてきた魅力とはまた違った、外面と内実にハッキリ落差がある役柄を果敢に振り切って演じている。それでいて尚、どこかに憎めなさを残すのが田村の真骨頂で、確かな歌唱力はもちろん、十二分にキュートなヒール役の造形が全体のアクセントになっていた。
「コーニー・コリンズ・ショー」の司会者 コーニー・コリンズの上口耕平は、プロデューサーの圧力にも屈しない信念と回転の速さを芝居部分で確かに表現しつつ、小気味よいほどキレるダンスでも魅了。自身の名前が冠される番組を持つスターの風格充分だった。新型コロナウイルスの影響で初日が押したあと一週間ほど、トレイシーをイメージモデルに起用するビッグサイズドレスの専門店店長Mr.ピンキーも二役で演じたが、おそらく数日もなかったのでは?という準備期間に、コニーとはまた違った色を華やかに出したMr.ピンキーを演じ切り、改めて確かな力量に感嘆した。26日から復帰したアレックス カワモトのMr.ピンキーもきっと颯爽としていることだろう。期待が膨らむ。
トレイシーの父親ウィルバーの石川禅は、ビッグサイズの妻と娘をこよなく愛する、二人に負けないビックなハートを持った父親像を温かく演じている。素晴らしい美声の持ち主だし、役幅も限りなく広い人だが、こうしたひたすらに温かい人物を演じた時の石川ここにあり!の趣はやはり別格。長年の盟友である山口祐一郎と「夫婦」を演じる日がくるとはちょっと想像していなかったが、こうしていざ舞台の幕があがると、この人しかいないと思わせる、阿吽の呼吸も心地よかった。
「コーニー・コリンズ・ショー」のプロデューサーでアンバーの母ヴェルマの瀬奈じゅんは、基本的にはハロウィンシーズンのこの時期脚光を浴びるヴィランズそのものの役どころ。巨大なセットを背負って1人歌いきる迫力は、宝塚歌劇団時代からこれまでに積み重ねた瀬奈の豊富なセンター経験あってこそだし、そんなヴェルマにも意外な結末が待っているのが、作品の豊かさと優しさを感じさせた。彼女の思惑に振り回されつつ、自社製品の「ヘアスプレー」の売れ行きに一喜一憂するスプリッツァーの川口竜也がいつもながらの良い味を出しているし、トレイシー同様ヴェルマにオーディション参加を一蹴されるリトル・アイネスの荒川玲和もよくキャラが立っている。
そして、ビッグサイズで引っ込み思案なトレイシーの母 エドナの山口祐一郎は、登場の瞬間から、話しても歌っても踊っても面白いという、まさに作品の飛び道具。日本版『ヘアスプレー』上演の第一報から、トレイシーの渡辺に勝るとも劣らない話題を投げかけ続けた山口だから、全てが目を奪う存在なのは当然として、「母親」姿が抜群に美しいのは更なるビッグサプライズ。日増しにキャラクター性の強い役柄を演じることが増えていて、既に「山口祐一郎」というひとつのブランドを形成しているミュージカルの帝王が、トークの合いの手によく入れる「キャー、キャー、キャー」という口癖(?)を想起させる、愛すべき母親を演じていること。何よりも、まだこんなにびっくりさせてくれるんだ、という俳優としての底知れなさを発揮したことに、ただただ感嘆するエドナだった。
他に、これぞ「ダイナマイツ」な歌声を存分に披露した青野紗穂、MARIA-E、原田真絢をはじめ、様々な役柄で登場してくる岡田治己、Kosuke、篠本りの、高瀬雄史、髙橋莉瑚、田川景一、堤梨菜、東間一貴、福山葵衣、堀江慎也、MAOTO、松平和希、松谷嵐、森田有希、柳本奈都子、八尋雪綺の面々が、よく踊り、よく歌い、舞台を弾みに弾ませるパワーが炸裂。誰もが舞台でキラキラと輝いていることが、何ものにも隔てられず、みんな一緒に楽しく過ごそう!みんなでハッピーになろう!という作品そのもののテーマに通じていて、カンパニー全員で作り上げた、いまここにしかないミュージカル『ヘアスプレー』が、エンターティメントの力と自由を示してくれたことを、心から讃えたい舞台になっている。
【公演情報】
ミュージカル『ヘアスプレー』
脚本:マーク・オドネル、トーマス・ミーハン
歌詞:スコット・ウィットマン
歌詞・音楽:マーク・シェイマン
翻訳:浦辺千鶴
訳詞:高橋亜子
演出:山田和也
出演:渡辺直美
エリアンナ 三浦宏規 平間壮一 清水くるみ 田村芽実 上口耕平 石川禅 瀬奈じゅん
山口祐一郎
川口竜也 青野紗穂 MARIA-E 原田真絢 可知寛子 アレックスカワモト荒川玲和
岡田治己 Kosuke 篠本りの 高瀬雄史 高橋莉瑚 田川景一 堤梨菜 東間一貴 福山葵衣
堀江慎也 MAOTO 松平和希 松谷嵐 森田有希 柳本奈都子 八尋雪綺
●9/17~10/2◎東京・東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
※9月17・18日公演は新型コロナウイルスの影響により中止。
〈料金〉S席14,500円 A席9,500円 B席5,000円
〈公式サイト〉https://www.tohostage.com/hairspray/index.html
【全国ツアー】
●10/7~18◎福岡・博多座
●10/23~11/8◎大阪・梅田芸術劇場 メインホール
●11/12~20◎愛知・御園座
【取材・文/橘涼香】
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