歌舞伎座「七月大歌舞伎」第一部『當世流小栗判官(とうりゅうおぐりはんがん)』市川猿之助・市川笑也 合同取材会レポート
歌舞伎座では7月4日から「七月大歌舞伎」が開幕する。(29日まで。11日・20日は休演)
第一部は、古くから芸能の題材として人気のあった「小栗判官と照手姫」の物語をモチーフに、1983年に三代目市川猿之助(現・猿翁が復活上演した『當世流小栗判官(とうりゅうおぐりはんがん)』。「三代猿之助四十八撰」の1つとして人気がある作品だ。お家騒動をベースにした物語のドラマティックな展開はもちろん、智勇に長けた小栗が碁盤の上で荒馬を乗りこなすスリリングな場面や、照手姫を命がけで守る浪七夫婦の忠義心、小栗と照手姫が天馬にまたがって宙乗りをするクライマックスなど、見どころ尽くしの一幕となっている。
6月中旬、『當世流小栗判官』に出演する猿之助、笑也の合同取材会が歌舞伎座で行われた。猿之助が小栗判官役を勤めるのは11年ぶり。前回は、前名の亀治郎時代に新橋演舞場で演じた。当時は主人公の小栗と漁師の浪七、そして小栗に恋する娘お駒を演じたが、今回は小栗と浪七の2役。猿之助は「小栗判官はいわゆる二枚目の立役。義経と一緒で、風情で見せなければいけない。浪七は芝居が面白い。だからやるのだと思う。今回はなるべく無駄をそぎ落として、シンプルに」と語った。
『小栗判官』の初演は1983年7月で、この月に猿之助は亀治郎として初舞台を踏んだ。通常なら4時間を超える大作だが、今回は三部制の第一部で、上演時間は大幅に短縮せざるをえない。猿之助は「見染めや大立廻りをカットする。もうちょっとしっかりしたものが観たいという声はあるが、しょうがない。とにかく時間のなかで完結させることが大事」ときっぱり。短縮する際に重視するのは「物語がわかるということと、お約束事。碁盤乗り、浪七のくだり、橋蔵とのコミカルなやりとり、それから道行、天馬は外せない。外せないものをなるべく残しながらやると、早替りのような状態で、周りは大変ですが、なるべく良いとこどりをしたい」と答えた。
照手姫を演じる笑也は、猿之助の伯父であり、自身の師匠でもある市川猿翁の小栗を相手に照手を長く勤めていた。笑也にとって照手は、師匠の抜擢に応えた重要な出世役。「お姫様なので、あまりしどころがなく、居ればいい感じ。でも、お姫様から零落して、(下女)小萩になって成長していきます。時間的制約が多いなかで、そこをうまく出せれば」と意欲を見せた。初めて猿之助と演じた時は、あまりに猿翁にそっくりで感無量だったと振り返る。その公演では、師匠から“奇跡の52歳”として「シンデレラ賞」をもらっている。
笑也は『小栗判官』の初演では、碁盤乗りの場面で登場する馬の足(脚)を勤めていた。前足は、同じ一門の立師(たてし)としても活躍していた亡き市川猿十郎で、笑也は後ろ足に入っていた。猿十郎は笑也と同い年で、国立劇場の養成所の2年先輩だが、40代で早世している。ふすまを飛ぶ場面で、初日から数日はなかなか飛べなかったが、5日目の朝に見た夢をもとに、猿十郎に提案して、ぶっつけ本番で成功したという。その苦心が小栗の馬の立廻りの型となり、今も演じられている。
「七月大歌舞伎」の初日に、笑也は宙乗り1000回目という大きな節目を迎える。女方としては最多だ。初めての宙乗りは、1987年7月の歌舞伎座、ちょうどこの『小栗判官』でのこと。当時は萬屋娘お槙の役で、最後に首を刎ねられて、首にピンスポットを浴びながらの宙乗りだった。「ようやく1000回…ほとんどが便乗宙乗りですが(笑)。でもうちの師匠は5000回とか…すごいですね」。『小栗判官』での宙乗りについて、猿之助は「人馬一体。馬に乗った宙乗りはなかなかないが、逆に動きは制約されて、技としては一番ないのでは。(『先代萩』の)仁木は足をうまく漕ぐとか、(『加賀見山再岩藤』の)岩藤は宙を歩くようにと言われますが、これはただ乗って飛んでいるだけだから、逆に気をつけなくちゃいけない」と語る。
笑也は「天馬の脚は電動で、スイッチを入れると動くのですが、たまに故障するんです。ご愛敬で、そういう日に当たったらラッキー」と笑う。ちなみに猿之助は、初日が宙乗り1307回目。これも大変な数だ。「年を重ねるほど、やっぱり怖くなってきます。色々な事故を見ているし、経験もある。大切なのは信頼でしょうね。特に人馬一体の宙乗りは、馬が相当な重量があるから、設備などは念には念を入れて(チェックする)。緊張感が緩んだら本当に事故が起こるから、何千回やろうと初心で臨まなければ。劇場とスタッフが一体となって初めて可能で、それを1307回できたのは、皆さんのご苦労がすごかったということ」と、感謝を述べた。
お駒役は、今回は尾上右近が受け持つ。「右近君は、お駒のような情熱的な役はぴったりだと思う」と、才気煥発な後輩に期待を膨らませる。浪七とやり取りの多い橋蔵役を勤める巳之助については、「重要な芝居には欠かせない存在になりつつありますよね。橋蔵は紀伊国屋(九代目澤村宗十郎)の持ち味で大当りの役だったから、それを彼がどう料理するか、見どころだと思う」と語った。また、物語のカギを握る遊行上人の弟子役で寺嶋眞秀が出演する。猿之助は「血の繋がりはありませんが、純粋に才能に惚れこんで(オファーした)。とても芸勘が鋭く、音感もリズムも良く、明るい。歌舞伎にとって大切な宝だと思う。上手い下手でなく、とにかく今は舞台って楽しいという経験をしてほしい」とラブコールを送った。
襲名を経て一回りも二回りも大きくなった猿之助が11年ぶりに演じる小栗。艶と美しさを失わない笑也の照手姫、進境著しい右近のお駒に巳之助の橋蔵、伸び盛りの寺嶋眞秀など、注目のキャストが集まった『當世流小栗判官』。短縮版とはいえ、創意工夫をこらした濃密な一幕となるに違いない。天馬の脚にも注目しながら、今しか出せない作品の面白さをぜひ劇場で堪能してほしい。
【公演情報】
歌舞伎座「七月大歌舞伎」
2022年7月4日(月)~29日(金)
※開場は開演の40分前を予定
【休演】11日(月)、20日(水)
【貸切】第三部:15日(金)、21日(木)
【取材・文/内河 文 写真/(C)松竹】
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