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希望を指し示すむすめたちの美しき絆『ピエタ』上演中!


小泉今日子がプロデュースと出演する舞台『ピエタ』が下北沢の本多劇場で上演中だ(8月6日まで。のち8月9日~10日愛知・穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール、8月19日~20日富山・オーバード・ホール/中ホール、8月26日岐阜・ぎふ清流文化プラザ長良川ホールで上演)。

『ピエタ』は直木賞作家・大島真寿美が、『四季』で知られるバロック時代を代表する作曲家の1人ヴィヴァルディと、彼に関わる女性たちの人生を、史実をもとに描いて2012年本屋大賞の第3位となった作品。この作品を読んだ瞬間から舞台化を念願していたという小泉の情熱がこもった、静かに力強く美しいメッセージを伝える舞台になっている。

【STORY】
18世紀、爛熟期を迎えた水の都ヴェネツィア。
一世を風靡した作曲家ヴィヴァルディは、孤児を養育するピエタ慈善院で〈合奏・合唱の娘たち〉を指導していた。
時は経ち、かつての〈合奏・合唱の娘たち〉であり、いまはピエタの事務を司っているエミーリア(小泉今日子)のもとに、恩師・ヴィヴァルディの訃報が届く。主柱を失ったピエタ慈善院を守ろうと、エミーリアと同じ孤児でヴァイオリンの才能に秀でたアンナ・マリーア(会田桃子)は、ヴィヴァルディの音楽を中心にした演奏会活動を積極的に行っていく。
そんなエミーリアに、同じピエタで音楽を学んでいた貴族の娘で、いまは未亡人となっているヴェロニカ(石田ひかり)が、とある1枚の楽譜を探し出してくれたら、ピエタに大口の寄付をすると持ち掛ける。これによって楽譜を尋ね歩くことになったエミーリアは、ヴィヴァルディに縁のある女性たちに出会っていく。ヴィヴァルディの愛弟子のひとりでプリマドンナに成長したジロー嬢(橋本朗子)、彼女を支える姉のパオリーナ(広岡由里子)、ヴィヴァルディの妹ザネータ(伊勢志摩)、やはりピエタの孤児で薬草に詳しく、いまは薬屋になっているジーナ(高野ゆらこ)、そして、高級娼婦のクラウディア(峯村リエ)。
それぞれの運命に立ち向かい誇り高く生きる女性たちは、身分や立場の違いを越えて交流し絆を深めていき……

小泉今日子が8年前、企画・製作会社明後日を立ち上げたそもそもの動機のひとつが、この作品を舞台化したいとの思いからだった、というほどに愛した『ピエタ』が、2023年のいまついに幕を開けるまでには、多くの困難があったと聞く。なかでも満を持しての上演が決定していた2020年の公演予定が、コロナ禍によって中止を余儀なくされ、2日間の朗読劇として披露されたのみで、いったんカンパニーが解散となるなど、障壁はあまりにも大きなものだった。

けれどもそれら苦闘の日々を乗り越えて、小泉自身が「2023年のいまが、作品の上演にベストな時期だった」という趣旨の思いを述べているように、作品から立ち上ってくる清廉な美しさは、コロナ禍によって舞台芸術だけでなく、人と人との交流そのものが大きな制限を受け、姿の見えないウィルスと誰もが対峙しなければならなかった日々を経たからこそ、いま観るべきだと強く感じさせるものだった。

彼女たちは慈善院に捨てられた孤児であったり、貴族令嬢であったり、人気作曲家の家族であったりと、まるで違う出自を持っている。更に、寄付に存続の多くを頼るピエタを切り盛りする者、演奏家として成功した者、高級娼婦と、境遇や生き方もまるで違う。それでいながらそれぞれが、互いの生活に憧れや羨望を持ちこそすれ、誰も相手を貶めず、下に見ることをしない。ヴィヴァルディの音楽、その1枚の楽譜を求めて出会った一人ひとりが、いまの立場で互いにできることを真摯に成し遂げようとする。この決して相手を下に見ない、という視線の静謐な美しさは、誰もが少なからず疲弊し、心の余裕を失ってとげとげしくなりがちのいまの時代に、まるで染み入るような感動を呼び覚ましてくれる。

それは、キャラクターによって大きくデザインを変えながらも乳白色で統一された衣装(宇都宮いく子)。ヴァイオリン演奏と、作曲、音楽監督も務める向島ゆり子、チェンバロの音色を響かせる江藤直子の演奏家を、ゴンドラのようにも見える箱型のスペースで高みに位置させ、奥から手前に向かって細かく段差をつけた田中敏恵の美術の、いずれにも共通している感覚だった。その舞台面を、エミーリアをはじめとしたキャストが非常に複雑に動いていくことで、水路が張り巡らされたヴェネツィアの街並みを想起させながら、音楽と共に場面、場面を転換させていくペヤンヌマキの知性的な演出と、脚本によって物語が紡がれる様はさらに美しい。ここまですべてに統一感のある美が貫かれているのは、プロデューサーの小泉今日子の作品に対する深い敬愛のなせる業に他ならない。

そんなスタッフワークのなかで、エミーリアも演じる小泉は、作品世界への深い理解をそのまま造形したような、聡明でもの静かだからこそ強さを秘めた女性を、くっきりと印象づけている。ピエタの孤児であることや、経てきた忘れ得ぬ思いの全てを「神の御心のままに」と受け止めているエミーリアの生き方を、常に背筋を伸ばして前述したセットを歩いていく凜とした姿に込めて物語を運んでくれた。

そのエミーリアの幼馴染で、ピエタで共に音楽を学んだ貴族令嬢ヴェロニカの石田ひかりは、義務を伴うはずの高貴な身分の貴族たちが、腐敗した政治のなか自分たちだけが肥え太ることしか考えていない、と憤る正義感の強い女性を品よく演じている。その上でどこかに茶目っ気のようなものもこぼれ出る、澄んだ愛らしさのある台詞発声が印象的で、終幕の感動を高めた。

ヴィヴァルディと深く関わるコルディジャーナ(高級娼婦)クラウディアの峯村リエは、登場する度に、境遇の変わっている役柄を息づかせて、物語世界に濃い陰影を与えていく。豊かな芝居心はもちろんだが、峯村の声には独特の彩があって、それがクラウディアの移り行く人生の機微を十二分に感じさせてくれた。

ヴィヴァルディの愛弟子で、ピエタの誇りとも言われるプリマドンナ・ジロー嬢の姉で、妹の歌手活動に献身してきたパオリーナの広岡由里子は、妹を支えることがすなわちヴィヴァルディへの敬愛でもある女性の複雑な心理を表現しつつ、過度に重くなりすぎない絶妙な芝居で惹きつけた。

ヴィヴァルディの妹ザネータの伊勢志摩は、兄の死によって収入の道が途絶え、病身の姉を抱えて持ち物を売り食いしている生活に不安を抱えながらも、楽譜探しのための訪問の手土産だったサラミとチーズで、病身の姉に食欲が出たことを心から喜ぶザネータの人の良さを、おおらかな演技で魅せてくれる。のちにパオリーナと親交を深めている場面での、広岡とのなんともテンポの良い会話も楽しい。

エミーリアと同じくピエタの孤児で、幼い頃から薬草に詳しく、いまは夫と共に営む薬屋を繁盛させているジーナの高野ゆらこも、機転が利いて情に厚い女性を丁寧に演じている。今回の座組のなかでは若手に属する人だが、三人の子供を立派に育てあげる「おかみさん」的な香りもきちんと醸し出して頼もしい。

そして、ヴィヴァルディの音楽を主体に、向島ゆり子の音楽とあわせクラシカルな魅力をふんだんに見せる舞台のなかで、プリマドンナ・ジロー嬢を演じたソプラノ歌手の橋本朗子は、歌声はもちろん、この作品が初めてだという芝居を、姉の広岡との口論を含めて堂々と演じて、自分を過大評価していないプリマドンナという、難しい設定に説得力を持たせていたのに感嘆した。ひと際デコラティブな鬘もよく似合う。

もう一人、やはりピエタの孤児で天性のヴァイオリンの才能を持つアンナ・マリーアの会田桃子も、多彩なキャストのなかで登場シーンの多い役柄を自然体で演じているのに驚かされる。さらにヴァイオリン演奏のピアニッシモにも芯のある音色が素晴らしく、作品の華のひとつになっていた。

その会田と時にセッションし、時にソロで朗々と奏でる音楽監督の向島のヴァイオリンも聴き応え十分で、江藤直子のチェンバロの音色も、バロック時代の香りを舞台上に振りまき、音楽が一方の主役でもある作品を支えた。会田とは異なり二人には役名こそないものの、まぎれもなくこの舞台の登場人物のひとりと感じさせる居住まいも良かった。

彼女たちが共に助け合い、連帯し、互いに心を通わせる舞台の最後に発せられる「むすめたち、よりよく生きよ」のメッセージは、この混沌とした先の見えない時代に、指し示された生きてゆく指針のように思える。そのメッセージがどんな形で舞台上にあらわれるのかを是非劇場で確かめて欲しい。2023年を生きる誰もが「よりよく生きる」ことを受け止められさえすれば、世界はきっと色を変えるに違いない。そんな希望を見せてくれる尊い舞台だった。

 

【公演情報】
asatte produce 『ピエタ』
原作:大島真寿美「ピエタ」(ポプラ社)
脚本・演出:ペヤンヌマキ
音楽監督:向島ゆり子
出演:小泉今日子 石田ひかり 峯村リエ/
広岡由里子 伊勢志摩 橋本朗子 高野ゆらこ/向島ゆり子 会田桃子 江藤直子
●7/27~8/6◎東京公演 本多劇場
〈料金〉一般8,500円/U22 4,000円
●8/9・10◎愛知公演 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール、
●8/19・20◎富山公演 オーバード・ホール/中ホール、
●8/26◎岐阜公演 ぎふ清流文化プラザ長良川ホール
〈お問い合わせ〉(株)明後日 03-6412-7205(平日11:00~18:00/土日祝休)
〈公式サイト〉https://asatte.tokyo/pieta2023/

 

【取材・文/橘涼香 撮影/山崎伸康】

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