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深淵な物語が照射する遥かな希望 ミュージカル『アルジャーノンに花束を』上演中!

2006年の初演以来、その繊細で深淵な物語が愛され続けているミュージカル『アルジャーノンに花束を』が銀座の博品館劇場で上演中だ(11月1日まで)。

『アルジャーノンに花束を』は、今尚世界中で読み継がれているダニエル・キイスの代表作。知的障害を持った青年が、脳手術で一躍天才になるものの、彼が信じていた世界がそれによって全く別の色をなしていく数奇な運命が、「幸福とは何か」を訴える物語だ。

この作品を鬼才・荻田浩一が2006年に浦井健治主演でミュージカル化。原作に最大のリスペクトをはらいながらなされた、ミュージカルとしての再構築の見事さと、斉藤恒芳の複雑でありながら、キャッチーな旋律を多く含んだミュージカルナンバーの美しさが大きな評判を呼び、2014年に再演。更に新たな主演者に矢田悠祐を迎えて2017年に再々演と、上演を重ねる傑作ミュージカルとして成長してきた。今回の2020年版は、そんな作品が初演された博品館劇場に帰還しての、栄えある四演目となっている。

【STORY】
32歳になっても幼児並みの知能しかないパン屋の店員チャーリィ・ゴードン(矢田悠佑)。
「かしこくなりたい」と願う彼は、ビークマン大学付属精神遅滞成人センターを訪れ、教師のアリス・キニアン(水夏希)と出会う。そこで読み書き、計算を習うものの、覚えるスピードが忘れるスピードに追いつかないチャーリィ。けれども「かしこくなりたい」という意欲を持っているチャーリィは、アリスの推薦もあり、ストラウス博士(戸井勝海)、ニーマー教授(大山真志)、助手のバート(和田泰右)ら、研究チームの目に止まり、人為的に知能を誘発する手術の被験者候補になった。

同じ手術を受けた白ねずみのアルジャーノン(長澤風海)の、驚くべき知能を見たチャーリィは手術を希望するが、危険を伴う手術内容を理解できず、それまで兄とは離れて暮らしていた妹のノーマ(元榮菜摘)に了承を得て、手術は決行される。術後の訓練で、彼の知的水準は日増しに上昇し、一緒に働いていたパン屋の仲間たち(大月さゆ等)をあっという間に超え、アリス、やがて博士たちを遥かにしのぐ天才となる。

だが、その急激な知能の成長に追いつかない情緒面と、あまりに様変わりしたチャーリィに戸惑う周りとの軋轢、更にアリスに対する「先生」としてではない別の感情の持って行き場を失ったチャーリィは、アルジャーノンだけを連れて一人暮らしをはじめる。そこで出会った隣人のファニイ(青野紗穂)の積極的なアプローチに触れ、新しい生活に馴染みはじめたかに見えたチャーリィだったが、ある日、アルジャーノンの様子に異変が現われたことに気づき……

ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』は、脳手術を受けた「経過報告」を自ら書き記す、というスタイルで書かれていて、ほぼチャーリィの一人称、彼の目から見た世界が綴られている小説だ。特に英語の原文が日本語に訳される段階で、はじめはほぼ全てがひらがなで、それも「ぼくは」と書くべきところが、「ぼくわ」になっているといった、文字を覚えはじめたばかりの子供が頻繁におかす、「てにをは」の書き間違い、句読点の打ち違いが非常に効果的な名訳(長編版翻訳・小尾芙佐)として知られている。ここには使用される語彙の全てで、チャーリィの変化、知的障害を持っている人物が手術により、自分に手術を施した教授や、博士を凌ぐ天才となり、また再びその知能が低下していく過程が、視覚的にハッキリと見てとれる。むしろ誤解を恐れずに言うならば、単語の綴り間違いなどで表現されている英語よりも、ひらがなと漢字を有する日本語での方が、チャーリィの激動の人生がより確かに浮かび上がっているのではないかと思うほどだ。

ただこの繊細な日本語訳が持つ味わいは、作品を映像化、また舞台化した時には悲しいかな再現しにくい……そう長く思っていた作品に、その日本語訳のわかりやすさと、原作の設定そもそもの緻密さ双方を取り込むことに成功したのが、この荻田浩一版『アルジャーノンに花束を』だった。

荻田版『アルジャーノンに花束を』は、チャーリィの一人称で綴られている原作を、アリス・キニアンをはじめとしたチャーリーを取り巻く世界の人々の視点、彼らにチャーリーがどう見えているのか?を示すことから幕を開ける。そこに無垢な幼児そのままのチャーリーが登場することによって、より作品に「チャーリィの人生を見守る」感覚が強まり、観客もまた自然に物語に引き込まれてゆく。

特に、32歳になってもIQが68(※様々な計算方法があるが、一般的に90~110が平均と考えられる)しかないチャーリィの「かしこくなりたい」という思いが、そうなれば我が子の障害を認められず、遂には息子を目にすることも忌避した母親の愛情が取り戻せるとの、痛切な願いの発露だったことが伝わってくる展開があまりにも切ない。

また、チャーリィに温かく接する執刀医のストラウス博士、障害者施設に送られかけたチャーリィを引き取り仕事と住む場所を用意したパン屋の店主ドナー、そもそもチャーリィの障害を受け入れていた父親のマット、という、チャーリィに愛情を注ぐ人物を同じ戸井勝海が演じることで、時系列が絡みあうドラマの進行を極めてスムーズにしている。

中でもアリスを原作設定とは異なる年上の女性にしたことで、アリスとチャーリィの母ローズが重なっていくことが、アリスの複雑な心情と同時に、ローズの一見虐待にも見えかねないチャーリィへの厳しいしつけの中にある、どうしようもない懊悩が立ち現われ、これは観る側にとっても大きな救いになった。

こうした優れた作劇が、初演以来となる博品館劇場に帰ってきたことによって、初演の鮮烈な記憶が蘇り、更にそれが進化と深化を重ねていることも見てとれて、この劇場が持つ空気感と距離感に、作品の持つ緻密さがピッタリと合うことが、より確かに示されたのが素晴らしい。初演から14年、はじめて新曲も加わったが、それが良い意味で主張し過ぎず、作品世界に調和している、ドラマを読み込めるコンポーザーとしての斉藤恒芳の力量も光る。知能を人工的に高めるとの極めて限定的な部分のみがSFで、舞台は近未来や宇宙空間ではなく現代に置かれた、原作世界に普遍性を与える決め手になった設定に、スッキリと統一された衣装も相応しかった。

そんな作品で主演のチャーリィ・ゴードンを演じる矢田悠祐は、2017年以来二度目の登場だが、矢田にとって初主演だった前回よりも、このほぼ出ずっぱりの大役への体当たり感にゆとりが生まれていて、劇中のチャーリィの変化の振幅がよりクッキリと立ち現われている。中でも天才になってからのチャーリィの、頭脳と精神年齢が一致しない故に、残酷なまでの正義感が独善的な振る舞いにつながっていく描写が鋭利だからこそ、その知能が急速に後退していく恐怖と悲しみが切々と伝わる。無垢な笑顔に宿る純粋さもいつまでも目に残り、この年月に矢田が重ねた充実がわかる主演ぶりだった。

チャーリィを教え導くアリス・キニアンの水夏希も二度目の登場だが、チャーリィに対する母性の表現に深みが増していて、自然とアリスの視線で作品を観ていたほど。アリスが自分の立場を律しようとする強さと、尚残る惑いの表現も絶妙で、辛い気持ちになる部分も多い作品の救いになってくれたのが嬉しい。

ストラウス博士、ドナー、マットを演じる戸井勝海は、それぞれの立場でチャーリィに愛情深く接するキャラクターの、演じ分けをきちんと果たしながら統一感も示していて、荻田脚本の狙いを体現する存在。終幕のソロの歌声にも特段の滋味深さがあった。

戸井同様他のキャストも様々なキャラクターを演じるが、チャーリィの母ローズなどに扮する大月さゆが、これまでで最も鬼気迫るローズを痛切に演じて、ドラマに必要な辛さを生んでいるし、チャーリィの妹ノーマ他の元榮菜摘が、親の手をどうしても取られる兄がいることのやるせなさを果敢に表現。雌ねずみミニィとしてのダンスも美しい。

天才になったチャーリィと付き合うフェイ他の青野紗穂が、持ち前のパッショネイトをエキセントリックさに巧みに変換して強いアクセントになったし、ニーマー教授他の大山真志が本来の温かい個性を、功名心もプライドも強い学者の中に封じ込め、戸井に伍して一歩も引かない威圧感を出して目を瞠る。コロナ禍のあと連続して多くの作品に出演しているハードスケジュールを、みじんも感じさせない好演だった。

こちらもハードなスケジュールでの出演になったバート他の和田泰右が、チャーリィに対して誠実に親身に接する人物の優しさを醸し出して、彼の存在も作品の一服の清涼剤。一転、所属するDIAMOND☆DOGSでも発揮している貴重な個性派としてのキャラクターを、パン屋の店員他の役どころで明瞭に示して、役者としての充実を感じさせた。

もう一人、ねずみのアルジャーノンに扮した長澤風海が、高い身体能力を惜しみなく発揮して、チャーリィにとっての運命共同体としての役割を果たしている。特に長澤は自分に視線を集めるべきところと、存在感を潜めるべきところそれぞれの居方の切り換えが実に巧みで、チャーリィがアルジャーノンに託して語る、小説世界の結び、この舞台にとっても最後の台詞に、作品世界の主眼を集約させることに寄与していた。

何よりも、未だ大きな困難がある中で、この作品が2020年の10月に四度目の上演を果たしたこと。知能と愛情、理性と本能といった深いものを多く抱えた、決してハッピーエンドではない舞台から、どんな状況にあっても、例え成就しなくても、求めることの美しさ、切ない希望が見え隠れすることの意義に、思いを馳せる時間となっている。

【公演情報】
ミュージカル『アルジャーノンに花束を』
原作◇ダニエル・キイス 「アルジャーノンに花束を」(ハヤカワ文庫)
脚本・作詞・演出◇荻田浩一
音楽◇斉藤恒芳
出演◇矢田悠祐
大月さゆ 元榮菜摘 青野紗穂  大山真志 長澤風海 和田泰右
戸井勝海 水夏希
●10/15~11/1◎博品館劇場
〈料金〉10,000 円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈お問い合わせ〉博品館劇場:03-3571-1003
〈公式サイト〉http://theater.hakuhinkan.co.jp/pr_2020_10_15.html

 

【取材・文/橘涼香 撮影/宮川舞子】

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