往復書簡による濃密な2人芝居『受取人不明 ADDRESS UNKNOWN』 高木渉・大石継太 インタビュー
クリエイティブ・ユニット「unrato(アン・ラト)」が、サンモールスタジオにて、10 月 3 日から14日まで、舞台『受取人不明 ADDRESS UNKNOWN』を上演する。
原作は1938 年にアメリカで発表された小説で、『届かなかった手紙』のタイトルで日本でも翻訳出版され、よく知られている。内容は、アメリカとドイツに住む2人の友人の間で交わされた 20 数通の往復書簡をもとに、当時の世界情勢を鋭くリアルに描き出した衝撃作だ。
舞台版はフランク・ダンロップが脚色し、2004 年にオフ・ブロードウェイで初演。以来、世界各地で上演されていて、昨年 9 月には大河内直子の演出によって日本でも初演され、大きな反響を呼んだ。
その成果を受けて再演される今回は、初演の青柳尊哉×須賀貴匡、池田努×畠山典之の2チームに加えて、3チーム目として新しく、高木渉×大石継太が参加している。
【あらすじ】
マックスとマルティンはアメリカで共に画廊を経営し成功を収めた親友同士。
1932 年、ドイツ人のマルティンは家族とともにミュンヘンに帰国。ユダヤ人のマックスはサンフランシスコに残ることになり、ドイツとアメリカにいる 2 人の手紙のやりとりが始まる。
そのころ、不況にあえぐドイツにはヒトラーが登場。貧困に苦しむドイツに戻った裕福な成功者であるマルティンは、徐々にナチズムに心頭していく。
一方、ドイツで女優活動を行う妹の行方を心配するマックスは……。
世界の荒れ狂ったうねりに翻弄された親友同士のマックスとマルティン。マックスを演じるのは、声優のみならず舞台や映像で俳優としても活躍する高木渉。マルティンには蜷川幸雄作品をはじめ豊かな舞台キャリアを誇る大石継太。2人に稽古場で本作への取り組みを語ってもらった。
観るぶんにはいいけど、やるのはたいへんな作品
──まず、この作品の印象から伺いたいのですが。
高木 僕は青柳尊哉くんと友人で、彼の初演を観ているんです。もとは朗読劇の企画からスタートしたそうですが、2人芝居になったことで、まさに役者同士がぶつかり合って火花を散らす舞台になっているなと。尊哉くんにも「すごい舞台だね。素敵な作品だね」と感想を話したのですが、その後、プロデューサーの田窪(桜子)さんから「再演するのですが、渉さん出演しませんか」とお話をいただきまして。観るぶんにはいいけど、やるのはたいへんな作品ですからね。どうしようかと(笑)。でもせっかく声をかけていただいたことだし、これだけの作品にはなかなか巡り合えないと思ったので、ぜひ挑戦させてくださいとお願いしました。
大石 僕は、初演は自分の公演と重なって拝見できなかったんです。でも演出の大河内(直子)さんとは、蜷川(幸雄)さんの現場で一緒でしたし、彼女の演出した舞台も何作か観ていましたから、声をかけてくれたときはぜひ出たいと思ったのですが、なにしろ台詞の量が多いので(笑)。でも台詞がたいへんだから出ませんとは言えませんからね(笑)。今も少し心配なんですが(笑)、よし頑張ってみようと。
──お二人とも色々な舞台に出ていらっしゃいますが、2人芝居は?
大石 20年以上前、渋谷にジァンジァンという劇場があったとき『動物園物語』をやりました。そのときもたいへんだったのを覚えてます。
高木 僕は6年くらい前に『ディファイルド~毛の短い犬の便宜性~』という舞台に出ました。でも今回は手紙のやりとりなので、普通の2人芝居とはちょっと違いますからね。
大石 そうなんですよね。普通の会話劇ではないので、会話して気持ちが動いてという芝居とは違うエネルギーが要るだろうなと。
高木 それにそれぞれの台詞がすごく長いので、相手が台詞を言っている間、どうリアクションするか難しいんです。継太さんとも話したのですが、相手の台詞も覚えないとダメだねと。同時に喋るところもあったりするので。
大石 いや、相手の台詞まで覚える自信はないんですが(笑)。リアクションも手紙の中の言葉へのリアクションなので、また違うんですよね。
高木 演出家とも相談しながら、実際に稽古の中で見つけていくしかないでしょうね。
次の手紙までの間に書かれていない何かが起きている
──読まれる手紙は1932年11月から1934年3月までで20数通あります。その手紙を通して物語が見えたときの感想はいかがでした?
高木 僕は舞台しか観てないのですが、とにかく衝撃でした。1932年というのは第一次世界と第二次大戦の間で、ドイツではナチスがこれから大躍進するという年なんですよね。そういう時代背景の中で、生粋のドイツ人であるマルティンとユダヤ系ドイツ人のマックスという、人種の違いを越えて大親友だった2人の仲が、次第に壊れていって、手紙が受取人不明になる。本当にぞぞっとしました。
大石 僕も衝撃的な内容だなと。でも翻訳の小田島創志さんや演出の大河内さんとの話の中で、まだこの時代は、ナチス政権下でどんなことが起きたかその全貌は見えていないわけで。だから僕らが知っている歴史的な知識や先入観はいったんフラットにして、当時生きていた人間の感覚で向き合わないといけないと。確かにそれが大事だろうなと思います。
──それぞれの役へのアプローチはどんなふうに考えていますか?
高木 マックスはマルティンに対して、一緒に事業をやっていた大親友だっただけに、どこか言わなくてもわかってもらえるという信頼感があったんだと思います。それだけに次第に変化していくマルティンのことが理解できない。そういうマックスの心理をどこまでリアルに伝えていけるか、そこをこれから継太さんとの稽古で詰めていければと。
大石 マルティンについては、台本にしっかり書いてあるので、その通りに演じればいいと思っているのですが、面白いなと思っているところは、書簡なので「何月何日、マックス・アイゼンシュタイン様」とマルティンが手紙を出しますよね。そして、次の手紙はそこからまた3ヶ月とか4ヶ月経ってから出されます。その間にマルティンに何があったかというのは具体的には説明されないのですが、何かがあったからその手紙になったわけで。その3ヶ月の間に何が起きたのか、そこをマルティンとして埋めていく作業が、たいへんであると同時に面白くもありますね。
──マルティンとナチスとの距離の変化も、手紙から読み取れますね。
大石 具体的に何があったのかは書かれていないのですが、色々なことが起きている。そこを想像していただけるように、自分の中にきちんと落とし込んで作っていきたいと思っています。
高木 そういうマルティンの変化やドイツという国の変化を、マックスも手紙の中に感じているんですよね。でも自分にはどうすることもできない。起きている情勢に対して受け身になるしかない中で、唯一残っている友情を信じていこうとするマックスの立場はとてもつらいなと。それに改めて思ったのは、原作は1938年に書かれていて、その頃まさにナチズムの脅威がヨーロッパで吹き荒れていたわけで。この作品の中に描かれていることは、リアルタイムに起きていたことなんだと。そうわかるとなんて凄い作品なんだろうと思います。
「渉さんが出るなら観に行く!」と息子たちが
──ちょっと内容から離れますが、高木さんは声の仕事でも活躍していますが、舞台と一番違うところは?
高木 一番違うのはやり直しができないことですね(笑)。始まったら止めるわけにいかないし、前に進まなければいけない。そういう意味では緊張しっぱなしですけど、スタジオで収録しているのと違って、ライブの楽しさがあります。お客さんの反応がそのまま感じられるのは醍醐味ですし、1本の芝居をみんなで時間をかけて作り上げる達成感は特別です。舞台が近づくとやっぱりテンションがあがりますね(笑)。
──大石さんは高木さんの声の作品については?
大石 もちろんよく観ていますし、僕、息子が2人いるんですけど、家で渉さんと一緒に出るよと、この舞台の話をしたら「えっ!じゃあ観に行く!」って(笑)。
高木 いやあ、嬉しいな(笑)。
大石 渉さん情報をいっぱい聞かされました。
高木 (笑)。
大石 僕は声の仕事はしたことがないので、すごいなと思いますよね。よくぴったり画面に当てていけるなと。技術ですよね。
高木 職人的な仕事ですが、だからこその面白さもありますね。そういう意味ではどの仕事にも面白さがあって、アニメにはアニメの、洋画には洋画の、それに俳優としても映像には映像の面白さがあります。ただ、舞台はちょっと特別で、なによりもライブであること、そして演出家やスタッフや共演者の皆さんと長い稽古期間をかけて紡いでいく。その魅力は代えがたいなと思っていて、できるかぎり続けていきたいですね。
──今回の会場は90席ということですが、小劇場でのお芝居の面白さは?
大石 表情や細かいニュアンスなども伝わりやすいのがいいですよね。小さな空間だからこその一体感も楽しい。
高木 僕はもっと小さい40人とか50人の劇場でもやっていて、小劇場大好きです。今回はマックスとマルティン、それぞれの部屋が作られるので、お客さんもあるときはマックスの部屋に、あるときはマルティンの部屋にいるような感覚になっていただけるんじゃないかな。
役の入れ替えもあるので、5チームの競演!
──今回は3チームで回替わりの上演ですが、他の2チームへのライバル意識などは?
高木 え、ライバル意識?!いや、全然ないです! 去年の青柳尊哉くんと須賀貴匡さんのチームを観て感動して、もう1つのチームも観たくなりましたから、今回もお客さんは1つのチームを観たら、全部観たくなるんじゃないかな。しっかりした本なので、演じる人が違うとまた違う面も見えてくると思いますし。だからほかのチームから吸収こそすれ、ライバルなんてとんでもないです(笑)。
大石 ライバル意識ねえ(笑)。若いときはダブルキャストなどでは、自分のほうが良い芝居をしようと燃えてましたけどね(笑)。でも今回は6人の役者のそれぞれの個性で、各組違う面白さが出てくるのが逆に魅力だと思うので。
高木 そうですよね。僕らCチームは固定ですけど、AチームとBチームは役の入れ替えもあるから、5つのチームになるわけで。AチームとBチームの4人は頭がこんがらないのかな(笑)。
──おふたりは役の入れ替えをしてみたくありませんか?
大石 いや、今はこの役でいっぱいです!(笑)
高木 とりあえず僕もこれをなんとかしないと(笑)。でもどちらも本当に魅力的な役ですから、たとえば再演があるとしたら、マルティンをやってみたいという気持ちと、もっとマックスを掘り下げたいという気持ちで揺れるでしょうね。
大石 すごいな。僕はまだ再演とかまったく考えられないのに(笑)。
──新しいCチームがどんなマックスとマルティンになるか楽しみです。最後に観てくださる方へのアピールをいただきたいのですが。
高木 とにかく継太さんとの稽古の中で、どれだけマックスの色々な感情が作れるか自分でも楽しみです。良い作品なので、きっと見応えのある舞台になると思っています。5チームあるので、まずは僕らのCチームから観ていただいて(笑)、全部のチームを観ていただきたいですね。
大石 本当に良く書かれた台本なので、僕もほかの4組を観るのをすごく楽しみにしているんです。6人の役者の5つのチームを、濃密な空間で楽しんでいただきたいですね。ぜひ何度も観に来てください。
■PROFILE■
たかぎわたる〇千葉県出身。声優・俳優・ナレーター。1988年、テレビアニメ『ミスター味っ子』で声優としてデビュー。以後、声優として幅広く活動。代表的な出演作品は、『名探偵コナン』(小嶋元太、高木刑事)『ゲゲゲの鬼太郎(第5期)』(ねずみ男)『連続人形活劇 新・三銃士』(ポルトス)『はなかっぱ』(黒羽根屋蝶兵衛)、『忍たま乱太郎』(平滝夜叉丸)など。また、俳優としても劇団あかぺら倶楽部の創立メンバーとして数々の舞台に出演。NHK大河ドラマ『真田丸』の小山田茂誠役で注目される。最近の出演作品、『半分、青い。』『なつぞら』(NHK)、『集団左遷!! 』(TBS)、『節約ロック』(日本テレビ)『THE GOOD WIFE/グッドワイフ』(TBS)、映画『恋するふたり』(ユナイテッドエンタテインメント)、劇団以外の舞台『作者をせかす六人の主人公たち』『三谷版・桜の園』など。2020年1月には舞台版『はじめの一歩』に出演予定。
おおいしけいた○東京都出身。1983年より蜷川スタジオに参加。蜷川幸雄演出作品の殆どに出演。代表作は『血の婚礼』『近松心中物語』『真夏の夜の夢』『マクベス』『お気に召すまま』『恋の骨折り損』など。最近の舞台は『機械と音楽』(作・演出:詩森ろば)、新橋演舞場『オセロ―』(演出:井上尊晶)、『NINAGAWA・マクベス』ニューヨーク公演、日生劇場『シラノ・ド・ベルジュラック』(演出:鈴木裕美)、蜷川幸雄三回忌追悼公演『ムサシ』、『アテネのタイモン』(演出:吉田鋼太郎)、『NINAGAWA・マクベス』、GEKISHA NINAGAWA STUDIO『2017・待つ「僕たちの再戦」』など。映画『人間失格』(監督:蜷川実花)が公開中。
【公演情報】
『受取人不明 ADDRESS UNKNOWN』
作:クレスマン・テイラー
脚色:フランク・ダンロップ
翻訳:小田島創志
演出:大河内直子
出演:
A 青柳尊哉×須賀貴匡
B 池田努×畠山典之
C 高木渉×大石継太
D 青柳尊哉×畠山典之
E 池田努×須賀貴匡
● 10 /3~14 ◎サンモールスタジオ
〈料金〉一般 4,800円 学生 3,000 円 高校生以下 2,000 円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈お問い合わせ〉アン・ラト unrato@ae-on.co.jp
〈公式Twitter〉https://twitter.com/unrato_jp
【取材・文/榊原和子 撮影/田中亜紀】
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