笑いは生きる力! 藤山直美が演じる”吉本せい”の一代記『笑う門には福来たる』新橋演舞場で上演中!
藤山直美が笑いの王国”吉本”の創始者・吉本せいの波瀾万丈の人生を演じる舞台『笑う門には福来たる~女興行師 吉本せい~』が、5月の大阪松竹座公演を経て、7月3日から東京・新橋演舞場で上演中だ。
物語は大阪船場で三代続く荒物問屋に稼いだ米殻商の娘せいが、商いより芸人や寄席に夢中な夫・吉本泰三と”日本一の興行師”を目指す姿を描くもので、吉本せい役の藤山直美を中心に、笑いあり涙ありの人情味溢れる舞台を息の合った芸達者たちが繰り広げている。
その舞台の観劇レポートと初日に行われた囲み取材の模様をお届けする。
幕が上がる前、軽快な音楽とともに現在に至るまで活躍してきた吉本興業に所属する芸人たちの写真やVTRが流れる。今も活躍する芸人たちの若い頃の写真やVTRを見て懐かしい気持ちになる人もいるのではないだろうか。これから始まる笑いの王国吉本興業の物語への期待が高まる。
明治43年、大阪の荒物問屋の主人で、芸人遊びにうつつをぬかして店をつぶしそうになっている吉本泰三(田村亮)を、親戚の大人たちが説教するところから物語は始まる。泰三の妻せい(藤山直美)は、夫の自由奔放さにあきれつつも、商売に身が入らない泰三に「好きなことを商売にしたらどうか」と興行で身を立てていくことを提案する。まさに吉本興業が誕生した瞬間だ。
しばらくは客も少なく苦しい日々が続くのだが、せいのアイデアやまわりからの助けもあって次第に商売は上向き、せいと泰三の小屋も活気が出てくる。しかしそんな矢先に泰三が急死し、その後も次々とせいにとって大切な人たちと死に別れることになる。その上戦争で大阪の街は廃墟と化し、これまで築いてきたものをすべて失ってしまう。しかし泰三が常々口にしていた「笑いは生きる力!」を忘れることなく奮闘していくせいの生涯が、あますところなく描かれる。
その中で、泰三はもちろんのこと、せいの弟・庄之助(喜多村緑郎)、せいの息子・頴右(西川忠志)、吉本興業に深く関わった落語家、桂春団治(林与一)や桂文蔵(石倉三郎)らとの人間模様も興味深い。またところどころ吉本新喜劇を思わせるドタバタ劇を観ることができる。
吉本せいを演じる藤山直美は、夫を立てつつも、いざという時に突進していく女性を力強く演じている。囲み取材で藤山は「せいは死に別れが多い」と語っていたが、まさにそのとおりで、本作では泣きたくなるようなつらい場面もある。藤山はそういう場面でも、シリアスに演じつつ、可能なかぎり面白おかしい表情を見せたり、滑稽なジェスチャーをしたりと、喜劇役者としてのペーソスを忘れていないところはさすが。
最後まで自由奔放に生きたせいの夫・泰三は田村亮が演じていて、こんな夫によくついていくなあと思わせると同時に、母性本能をくすぐる艶やかさもあって、「ついていくのも無理はないかも」と納得させる魅力がある。
泰三亡きあと、せいを支えた実の弟・庄之助を演じる喜多村緑郎は、藤山とのコンビネーションが抜群だ。おそらくせいが一番頼りにして心を許していた存在だったと思うが、舞台上でも藤山に蹴りを入れられるなど遠慮のないやり取りで楽しませてくれる。のちに経営を巡ってせいと対立することも多くなるのだが、常に吉本のことを考え、せいのことを考えて行動する庄之助像を喜多村は丁寧に演じている。
せいの息子・頴右を演じる西川忠志は、母親を思う息子を好演。2幕最後で「母ちゃん、長生きしてや」とせいに優しく語りかけるシーンは思わずホロリとなる。
吉本興業を芸人として支えてきた桂春団治を演じた林与一、桂文蔵を演じた石倉三郎は、カラーこそ違えども、それぞれ本物の噺家の風情がある。お調子者の春団治、すぐカーっとなってしまう文蔵、だが芸に対する想いは真摯で、こうした芸人たちが創世記の吉本を大きく支えていたのだと思う。
この作品は、人生をかけて笑いを愛した女性の一代記なのだが、笑いとともに人生の甘酸っぱさ、ほろ苦さも凝縮された人間ドラマであり、どの登場人物も血が通っていて、2014年の初演から上演されるたびに心を打つ名作舞台である。
【囲み取材】
初日の前日に行われた囲み取材には、藤山直美、喜多村緑郎、田村亮、林与一、石倉三郎、西川忠志が登壇し、作品への意気込みが語られた。
──いよいよ明日が初日ですが、意気込みをお聞かせください。
藤山 意気込んでうるさくならないように(笑)、お客さんと一緒になってお芝居が進んでいくような芝居になればいいなと思っています。舞台上の役者だけがワーッと頑張ると、観てはる方もしんどいので、肩の力を抜いて観ていただけるようになるといいなと思っています。
喜多村 舞台が面白いのは言わずもがなですけれど、とにかくこのお芝居の素晴らしいところは、幕内が面白いんですよ。楽屋で笑いが絶えなくて、そういう気がお客様に通じて、舞台も相乗効果でパワーアップしているんじゃないかと思いますので、東京公演も明るく、厳しく、楽しくやりたいと思います。
林 (喜多村)緑郎さんがおっしゃったように本当にチームワークですから、その中にいてどれだけ邪魔せずに自分がいられるかというのが役者ですから。でも楽しんでいます。
田村 私は藤山直美さんとは何度かご一緒していて、名古屋も行ったし、博多、京都、大阪、巡業も行ったんですけれど、東京だけは今回が初めてなんですね。それで東京の仲間から電話がありまして、大学卒業してから全然連絡がなかった人からも連絡があって「観たいから、切符取ってくれへんか」と。楽屋に来ても顔が分からないかもしれない(笑)。今回そういう仲間も来るのでうれしいです。
石倉 一生懸命、諸先輩にご迷惑をかけないように、頑張ります。
西川 吉本新喜劇の西川忠志です。私はこの作品に参加させていただきまして、大阪では2度公演させていただいたのですが、東京公演は初めてです。東京のお客様にどのように受けとめていただけるのかワクワクとドキドキと両方なんですけれども、西川家のことで恐縮なんですが、今日7月2日は父・きよしの誕生日なんです。(一同拍手)いろいろなところから拍手をありがとうございます! 私もまずは吉本興業の一所属の者といたしまして、新橋演舞場のひのき舞台で、吉本を立ち上げられた吉本せいさん、泰三さんご夫婦のお話をさせていただけること自体が、吉本の一人として感謝しておりますし、また出演者の一人として舞台に立たせていただけること、感謝しております。そして何より今申しましたように、今日は父の誕生日ということで、吉本のお話で僕がここに立たせていただけること、最高の誕生日プレゼントにもなるなと思って本当に感謝いたしております。どうぞ皆さまよろしくお願いいたします。
──大阪公演はすでに済ませて新橋演舞場で再演ということで、お気持ちはいかがですか?
藤山 わりと皆さんがいい緊張感で、緊張はあるんですけれど若い方の委縮がない。萎縮というのはいらないことで、緊張感だけいただきたいとみんな思っておりますので、バランスが良くさせていただいている芝居ではないかと思っております。
──せいさんはどういう人だったと思いますか?
藤山 せいさんはどういう人なのか分かりませんけどね、本当に会うてね、オムライスのひとつでもごちそうしていただけたら良かったなと思っています(笑)。ゆっくりお話を聞かせてもらいたいなと思うんですけど、自分のお子さんを亡くされたり、ご主人を早く亡くされたり、死に別れが多い方なんですね、かわいそうに。すごくそういう人の悲しさをたくさん持っておられる方。それは反面で、笑いを作られた方かなと思います。
──1カ月公演で長丁場になりますが、体調のほうはいかがですか?
藤山 体調ですか?みんな助けてくれてはりますし、「無理せんときやー」って言うてくれはりますしね。支えてもらっているのが本当に感謝です。私も無理していませんし、ボツボツと、歳も歳ですから戻れるわけではありませんので、相談しながらさしていただいております。ありがとうございます。
──喜多村さんはせいさんの弟さんの役ですが、役柄について改めてどうですか?
喜多村 とにかく吉本せい、お姉さんを支えたいという一心でこの役は務めさせてもらっています。
──稽古はいかがでしたか?
喜多村 稽古ですか?いろいろ皆さまに教わっています。面白いんですよ。観ていただければ分かるんですけれど、楽しい半面涙もある、振り幅が広がる素敵なお芝居です。
──田村さんはせいさんのご主人役ですね。
田村 はい。早死にしますけど(笑)。幸せな男だと思いますよ。好き勝手やらせてもらって。それで38歳ぐらいで死んでしまうんですが。死んだあとに幽霊で出てくるのですが、それが生きている時よりもかっこいいことを言っているんですよ。あそこをカットされなくてよかったなと思って(笑)。
──舞台では、生きている時と幽霊の時とどちらが長いんですか?
田村 もちろん生きている時です(笑)。1幕はずっと生きていますから。
──西川さんはせいさんの息子さんですね。
西川 はい。5月の大阪公演の時も申したのですが、母であるせいさんを演じられる直美さん、大病を患われましたけれど、それを乗り越えてご復帰されまして、せいさんが命がけで吉本を作るために歩んでいった姿と、おこがましいですけれど直美さんが稽古場や舞台で心を込めて誠心誠意せいさんを演じられている姿が一緒で。舞台上で「長生きしてや、おかあちゃん」というせりふがありますが、僕が役作りをしなくても直美さんの気持ちで僕はぶつかっていける。本当に親子の役をやらせていただいて光栄に思っております。
──林さんはせいさんに縁のある落語家の役ですね。
林 桂春団治役をやらせていただいております。僕は春団治さんを存じ上げませんで、15歳ぐらいの時に見た噺家さんが春団治さんのイメージに合うので、その方を思い出しながら、メイキャップなり動きなり、そういうものをコピーさせていただいてやっているんですけれど、こんな人だったのではないだろうかというふうなことですね。楽しんでやっております。
──落語家を演じるというのはいかがですか?
林 初めてなんですよ。落語は好きでしょっちゅう見に行ったり、自分も家でせりふの練習というか、まわりに落語をしゃべってみたりするんですけれど、今回の舞台では落語をするところはないのですが、するところがあったらうれしかったなと思っております。
──石倉さんも落語家の役ですね。
石倉 はい。落語家です。まあ…そうです(笑)。とりあえず私の場合は、諸先輩にご迷惑をおかけしないように一生懸命ついていくだけでございますので。落語家でございます。
──石倉さん、そんなにご迷惑はかけているわけではないですよね?
石倉 性格が引っ込み思案なものですから。
林 誰が?
石倉 私が。
──皆さん、違うって言っていますけどね。
石倉 誤解されているんです(笑)。
──藤山さんが出演される舞台は再演が多いですね。
藤山 このたびは松竹さんが愛の手のさしのべてくださいまして、病気後のことですので、あまり新作でワーッとやると大変なので、その中でもこの作品でしたらお客さんに喜んでいただけるものということでしていただいたので、ちょっと精神的にも楽…、楽というか、せりふを一から覚えたり、一から作ったりというところがないので気分的に楽やったんですけれども。
──見どころはどんなところですか?
藤山 見どころは西川くんがよく知っています。
西川 はい!副題にもありますが「笑いは生きる力」となっております。吉本のお話と思うと笑いが多いかなと思うんですけれど、その笑いにいくまでは悲しみや苦しみ、いろいろある中、それを乗り越えてのお笑い、最後はみんなで笑って、明日も元気に家族や友達と日々普通に暮らせることが幸せだなと思っていただけるような作品になっていると思います。よろしくお願いします。
──最後に藤山さんから一言お願いします。
藤山 7月3日から27日まで、新橋演舞場で吉本せいさんの物語『笑う門には福来たる~女興行師 吉本せい~』をみんなで心を一つにして舞台を務めさせてもらっております。どうぞ新橋演舞場へお越しくださいませ。よろしくお願いいたします。
【公演情報】
『笑う門には福来たる~女興行師 吉本せい~』
原作◇矢野誠一(中央公論社)
脚色◇小幡欣治(「桜月記」より)
脚本◇佐々木渚
演出◇浅香哲哉 出演◇藤山直美/田村亮 林与一 石倉三郎 仁支川峰子 鶴田さやか 東千晃 松村雄基 大津嶺子 西川忠志 いま寛大 喜多村緑郎
●7/3~27◎新橋演舞場
〈お問い合わせ〉新橋演舞場 03-3541-2111 チケットホン松竹 0570-000-489
https://www.shochiku.co.jp
【取材・文・撮影(囲み)/咲田真菜】
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