夫婦愛が起こした奇跡の物語『傾城反魂香』に出演!「十二月大歌舞伎」中村勘九郎 取材会レポート
2020年の締めくくりとなる歌舞伎公演は、坂東玉三郎を筆頭に人気俳優が大集結!
8月の再開場から4ヶ月。予断を許さない日々のなか、最大限の感染予防対策を講じながら、歌舞伎座は中断なく公演を続けている。12月1日に開幕予定の「十二月大歌舞伎」は、引き続き4部制。第一部は、片岡愛之助・尾上松也による早替りが大きな見どころの『四変化 弥生の花浅草祭』。第二部は2018年に中村七之助×市川中車で初演された新作歌舞伎『心中月夜星野屋』を同じコンビで再々演の大人気。第三部は、絵師夫婦が巻き起こす奇跡の物語で、中村勘九郎×市川猿之助が12年ぶりに同じ役で共演する『傾城反魂香』。第四部は、スサノオのオロチ退治を題材にした『日本振袖始』を坂東玉三郎、尾上菊之助らが勤める。舞踊、新作、古典とバリエーション豊かな構成だ。
11月中旬、第三部に出演する中村勘九郎が取材会を行った。開口一番、8月の公演再開以来、歌舞伎座では大規模な公演を毎日行っていて1人の感染者も出ていないのは、劇場や関係者の努力の賜物で、本当に誇らしいと勘九郎。感染拡大が続くが、より気を引き締めていくことが未来の歌舞伎に繋がると決意を見せた。『傾城反魂香』で又平を演じるのは3度目。相手役の女房おとくは猿之助で、このコンビでは12年前の新春浅草歌舞伎以来だ。当時、夫婦役を演じるのはほぼ初めてだったが、夫婦愛を感じるファンタジーで、猿之助(当時は亀治郎)が演じるおとくの手の温もり、又平への眼差しを感じ、毎日本当に楽しかったと振り返る。『傾城反魂香』は地味だが、壁にぶつかった人々がそれを乗り越え、奇跡を起こし、その先に明るい未来が待っているという、今の世界を表しているような作品。ぜひその奇跡を観にきてほしいと語った。
古典には摩訶不思議な世界に入り込めるパワーがある
──前半と後半で(雰囲気が)大きく違うお芝居ですが、対比はお考えですか。
初役で教えていただいたのが(十代目坂東)三津五郎さんでした。この作品は子どもの頃から観ていましたが、父(十八代目中村勘三郎)も祖父(十七代目勘三郎)も又平は演じていないので、事細かく(二代目尾上)松緑のおじさまから習ったこと、ルーツをいえば(勘九郎の曽祖父)六代目(尾上菊五郎)になるわけで、その音羽屋の型を教えていただきました。又平は障害があって、絵は決して下手なわけではないですが、土佐の名字を許されるためのハードルが「虎を消す」とか、ちょっと高すぎるんです(笑)。ここでは一部分しか描かれていませんが、弟弟子(修理之助)と共にずっと師匠のところで修業をして、その弟弟子に先に名前を譲られて、しかもそれを人づてに聞いたというのが一番ショックだと思うんですよね。百姓たちが「光澄という名前をもらった…」と話すのを聞いて「えっ…」と。だから、出のところ(の心情)が大事だというのは仰っていました。
──前半はおとくなどとの人間関係のなかで進んでいきますね?
これはやっていて皆さんそうだと思いますが、本当に絶望に落とされるんです。腹を突いて死のうと思うあたりから、脳、体、すべて感覚がなくなっていって、おとくが止めてくれなければ多分そのまま死んでしまう。水盃も、石塔に(絵を)描くのも、彼女の先導ですから。最後のパワーを込めて石塔に描きますが、あそこは不思議な感覚で、どういう形で、技術でどう見せようという考えは飛んでしまいます。ですからおとくの存在は大きいです。暗闇の沼の中の一筋の光がおとくで、彼女がいなければ生きてはいけないというか。
──だからこそ、絵が抜けた時に最初に「かか」と言うんですね。その先は本当に「やったぞ」という気持ちですか?
嬉しいばかりです。(土佐)将監も奥様(北の方)も、前半は厳しい言葉を又平夫婦に浴びせますが、嫌いじゃないんです、大好きなんです、この夫婦のことを。でも絵師としてのプライド、その妻としてのプライド、生半可なことでは(名字を)譲らないぞと。でも奇跡が起きたことで、すごく優しく声を掛けてくれる。特に北の方が「ああ又平、でかしゃった、でかしゃった」と衣服大小(裃と刀)を持って出てきてくれる時は、本当にいつもグッときます。
──そこは勘九郎さんご自身でなく、もう又平の気持ちになっているんですね。
そうですね。やはり古典作品は特にそうですが、非日常の、摩訶不思議な世界に入り込むのがパワーなんだなと思いますね。
──公演再開後、今回で3度目の歌舞伎座(出演)ですが、コロナ禍ならではの形に慣れているところも?
日々の情勢で対応も変わっていくので、慣れが一番怖いことだと思います。どうなるかわからない病気と闘っていくためには、慣れないことが一番なんじゃないでしょうか。歌舞伎をよくご覧くださる年齢層の方はやはり重症化のリスクが高い方々が多いので、足を運ばない理由がよくわかります。ですが、8月から、安心安全に歌舞伎を楽しんでいただくことをモットーに、これだけ(感染予防対策を)のことをしているので、慣れずにやっていけたら皆様も安心してきてくださるんじゃないかと思います。
猿之助さんはドライに見えて、実はとても熱い人
──猿之助さんと、演じ方などのご相談は?
上演時間のことがあるので、お客様に違和感を感じさせないようなテンポやカット案などもお話しさせていただきました。
──実際に顔を合わせての稽古はまだできる状況ではない?
全然できないですね。感染リスクを少しでも下げるために、今までの歌舞伎も4回という、他の演劇の方が聞いたら驚かれるような稽古の形態でやってきたものを、今は2回ですから。本当にスタッフや役者たちの底力、「これで合わせなければならない」という集中力でやっているような感じです。
──猿之助さんのお芝居の魅力は?
すごくドライな感じという印象が皆様あるかもしれませんが、とても熱いんです。その秘めたるパワー、爆発力、あとは魅せる力。やっていて、同じ方向を向いている人と一緒に芝居ができるのはとても楽しいことなんだなと思います。
──共演していなくても活躍ぶりを見ると刺激を受ける?
もちろん。12月の共演が決まってすぐ「うれしいDEATH」というLINEが来て、普段でも使っているんだと(全員爆笑)。そういうところ、お茶目なんですよね。
──先ほどの、猿之助さんの手の温もりというのは、どういう感じなんですか?
夫に対する愛がこもっているからこその温もりです。絵を描いた後に放心状態になって、筆を握ったまま(又平の手が)開かないので、指を温めて、1本1本さすってくれるのですが、形じゃないんですよね。あそこからほどけていく。これから2人とも死には向かうのですが、「この人と出会えて、死ねてよかった」と自分のなかで思い出せる。これは自分だけの体験なのですが、おとくが手を触れてくれるだけで、2人がどうやって出会ったとか、どっちから声を掛けたとか、走馬灯のように出てきます。(台本では)描かれていないのですが。
──又平を演じていて、おとくをやりたいと思ったことは?
もちろん。僕は鼓も好きですし、絶対におとくのほうが楽しいから(笑)。又平は本当にキツイんです。最後に(名字を)許されて楽しくなりますが、キツさでいえば(『仮名手本忠臣蔵』の)勘平の次くらいにキツイ。観ていた頃は、そんなに疲れないだろうと思っていましたが、やってみると汗びっしょりになるぐらい、体力というより精神を削ぎ落される感じなんです。吃音であるのはコンプレックスではありますが、生まれつきなので、それを間違った風に表現しないようには心がけていますね。
歌舞伎を終わらせないために、諦めずやるしかない!
──第二部には七之助さんが出演しますが、何かご兄弟で話したことは?
8月に再開してから(出番が)一緒にならないので、そろそろ何かやりたいなとは思います。出演する『心中月夜星野屋』では、中車さんも含めて話し合っているみたいです。ピンチはチャンスじゃないですが、制限されたなかでも、お客様に満足して帰っていただくために、何か想像してやっていくことが歌舞伎ではないでしょうか。従来の優れた演出、その先輩方が築き上げた型があって、今日私たちが名作を名作としてやらせていただいているわけですが、そのなかでも工夫をし続けないといけないなと思いますね。
──違和感なく時間短縮をするとのことですが、具体的には?
カットとしてはそんなになく、各々の台詞のテンポとかですね。なぜかどんどんゆっくりになっていますが、本行(文楽)のテープや六代目(菊五郎)の頃のものを聞くと、古典(の時代物)も、世話物は特に、ものすごくテンポが速いんです。役者同士でテンポを出していくことを目指せば、縮まるんじゃないかと思いました。カットできないんです。意味がないような台詞でも、すごく大事な説明をしていたり、「義賢」や「銀杏の前」など、ひと言しかワードが出てこないものでも、削ると世界観が崩れてしまう。本当に練りに練られて今の形になっていったんだなと。
──先日、大先輩の(四代目坂田)藤十郎さんが天寿を全うされましたが、想い出や教わったことは?
智にい(中村鴈治郎)のコメントにもありましたが、存在そのものが、本当にスターなんだなと。楽屋に伺っても、オーラや温かさ、多分一生思い出されるという方のおひとりですね。とにかく格好良い人でしたから。芝居を観ても、湧き上がってくる感情や、それを音にのせる迫力。『曽根崎心中』などを拝見しても、「敵わない」と言ったらおしまいで、それはおじさまも望まれないことなので、目指して、信じて、残された我々はやっていかなきゃいけません。
──よく“匂い”と仰いますが、言葉にしづらいものですよね。
我々が目指すところは本当に“匂い”なんです。上方だけでなく江戸(の歌舞伎)も、匂いがするような役者にならなければいけないと思います。今、誰も知らないじゃないですか、明治の匂いもわからなくなっているくらい。でも、それを錯覚させるような役者にならないと。おじさまはその第一人者、それを体現なさっていた方ですから、鴈治郎さん扇雀さんはもちろんですが、(孫の)壱太郎くんと虎之介くんがしっかり引き継いでいってほしいです。一生やっていく仲間として、一緒に頑張っていかなければならないと思います。
──もうすぐ12月、今年を振り返っていかがですか?
みんな平等に大変だったんじゃなかと思います。病気(感染症)で芝居が開かなかったのは、歌舞伎史上、初めてじゃないですか。体の病気は治せませんが、皆さんの心を癒すのがエンターテインメント。だから悔しいですよね。こんなものに負けてたまるかという思いもある。やはりエンターテインメント、生のもの(舞台)は必要なんだと思わせるような、説得力ある発信を続けていかなければいけないし、それを怠ったり、諦めたり、挫けてしまったら、僕だけじゃなく、歌舞伎を愛して亡くなっていった先輩たちに申し訳が立ちません。
──お客さんの大切さというのは?
それはすごく日々感じます。毎日、お客様がどのくらい来てくれているか、やはり気になります。僕たちだけでなく、お弟子さんや関係者を含めて、食べていかなきゃ、体も心も死んでしまう。公演していることを、どれぐらいの方が知ってくださっているのかという気持ちはあります。8月に再開した時はテレビもいっぱい来てくれたのに、千穐楽の次の日に「歌舞伎座、公演無事走破!」とかは伝えてくれない(笑)。今はみんな大変な時ですから、歌舞伎界もいろんなことを発信しながら、一致団結してやっていくしかないんじゃないかと思っています。
──共演される團子さんと鶴松さんについては?
團子ちゃんは僕がオファーしました。同じ空間で舞台に出るのと家で稽古をするのでは全然違いますから。そのなかでも、やはり雅楽之助で四代目(猿之助)の近くにもいられるし、そのパワーを感じ取ってほしいと思います。鶴松も、修理之助はいろいろ舞台の上から見れますから。ありがたいことに、彼は男(立役)も女方もやれるので、いろんなことを吸収できるんじゃないでしょうか。
──来年はこうだといいな、と思われることは?
今年も本当はいろいろ計画していたことがあったのですが…。日々刻々と変わる状況のなか、柔軟にやらなければいけないし、挫かれても諦めないことが一番かなと思います。やはり、もう1年経ちますからね…。昔の映像、満杯のお客さんを見ると、これが夢にならなきゃいいなってすごく思います。
【公演情報】
「十二月大歌舞伎」
●12/1~26◎歌舞伎座
第一部 11:00開演
『四変化 弥生の花浅草祭』
出演
武内宿彌・悪玉・国侍・獅子の精:片岡愛之助
神功皇后・善玉・通人・獅子の精:尾上松也
第二部 13:30開演
『心中月夜星野屋』
出演
おたか:中村七之助
星野屋照蔵:市川中車
母お熊:市川猿弥
和泉屋藤助:片岡亀蔵
第三部 16:00開演
『傾城反魂香』
出演
浮世又平後に土佐又平光起:中村勘九郎
女房おとく:市川猿之助
狩野雅楽之助:市川團子
土佐修理之助:中村鶴松
将監北の方:中村梅花
土佐将監光信:片岡市蔵
第四部 19:15開演
『日本振袖始 大蛇退治』
出演
岩長姫実は八岐大蛇:坂東玉三郎
稲田姫:中村梅枝
素盞嗚尊:尾上菊之助
〈料金〉1等席8,000円 2等席5,000円 3階席3,000円 1階桟敷席8,000円(全席指定・税込)
※4階幕見席の販売はありません。
〈お問い合わせ〉チケットホン松竹 0570-000-489 または03-6745-0888(10:00~18:00)
〈公式サイト〉https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/695/
【文/内河 文 写真提供/松竹】
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