“一世一代”の知盛に、当り役の痛快な河内山!歌舞伎座「二月大歌舞伎」「三月大歌舞伎」片岡仁左衛門 取材会レポート
歌舞伎座では2月1日から歌舞伎座「二月大歌舞伎」が上演中である(25日まで)。
第一部は、新歌舞伎の名作『元禄忠臣蔵』のうち「御浜御殿綱豊卿」。次期将軍と目される徳川綱豊と、赤穂浪士の富森助右衛門の台詞の応酬が眼目の傑作に、勇壮に舞う獅子の姿や激しい毛振りが見どころの舞踊『石橋(しゃっきょう)』の2作品。
第二部は、梅の季節に、仇討ちを急ぐ曽我兄弟と静御前による春らしい舞踊の『春調娘七種』。そして、歌舞伎の三大名のひとつ『義経千本桜』のうち「渡海屋・大物浦」。壇ノ浦の戦いで死んだはずの平知盛が、実は生きていて…というスケールの大きな物語で、その知盛を片岡仁左衛門が一世一代で演じ納める必見の一幕だ。
第三部は、木こりに姿を変えた武将が山で出会った白拍子が実は…という物語の『鬼次拍子舞(おにじひょうしまい)』に、鼠小僧を中心に描かれた義理人情のドラマ『鼠小僧次郎吉(ねずみこぞうじろきち)』の2作品。
出演は、片岡仁左衛門、中村梅玉、市川左團次、中村魁春、中村東蔵、中村歌六、中村時蔵、中村雀右衛門、中村又五郎、中村芝翫、中村錦之助、片岡孝太郎、尾上松緑、尾上菊之助など、豪華な顔ぶれとなっている。
【取材会レポート】
本年1月下旬、都内で仁左衛門の取材会が行われた。
「渡海屋・大物浦」の渡海屋銀平実は新中納言知盛(以後、知盛)は、“一世一代”と銘打ち、仁左衛門にとっては今回が最後の上演。二代目尾上松緑と、三代目實川延若を参考に、自分なりにアレンジしたいわば“仁左衛門型”で、非常に愛着がある役だ。20kg近い衣裳をつけながらの芝居は大きな体力の消耗となる。「次にやらせていただくチャンスが回ってきたとしても、自分としてお客様に恥ずかしくない範囲で勤められるか自信がないものですから、最後としました。こう謳っておかないと、もういっぺんやりかねないので、自分でブレーキをかけるために、皆様への公約です(笑)」。
仁左衛門が一世一代と銘打つのは『女殺油地獄』と『絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)』に続いて3作目となる。「本来は当り役でずっと回を重ねた方が止められる時に(一世一代を)つけることが多いですが、私としては、回数よりも勤める気持ち、それに打ち込むエネルギーの使い方が大事じゃないかなと思います。この状況下、皆様が出づらい環境でやらせていただく。役者は観ていただいて初めて役者として価値があるので、ぜひ観ていただきたい」と、意欲を見せた。
前半の、船宿の主でありながら颯爽たる風情の銀平と、後半の満身創痍で血まみれの知盛。同じ人物でありながら、まるで別人のような銀平と知盛のコントラストも大きな魅力である。演じる上で心がけているのは「台本だけを読めば非常に内容が暗いお芝居ですが、それをいかに歌舞伎独特の演出で、暗くならないように、人物の生き様や悲しみを伝えていくか。そして、演じ終わって初めて、忠義は場合によって虚しさを伴うことがあると訴えられれば」と語る。
「渡海屋・大物浦」で知盛を貫いているものは、安徳帝への忠義である。「安徳帝への忠義と、源氏への恨み、この2つです。とにかく源氏を倒したくて仕方がない。大物浦に行き、生き変わり死に変わり、恨みを晴らさで置くべきか…と意気込んでいたのが、義経を仇に思うな、という帝のひと言で収まってしまう。義経に帝は私が守るから安心しなさいと言われて、源氏方への怨念も去り、昨日の敵は今日の味方、あらうれしや、ここちよやな…と言うんですよね」と、台詞回しをまじえつつ、舞台がありありと浮かぶような解釈を伝える。
仁左衛門の知盛は、後半の「大物浦」で自分に刺さった槍を抜き、ついた血を舐める。死闘のすさまじさを感じさせるしぐさだ。「肩の矢がうまく抜ければいいんだけど、どうも仕掛けがうまくいかなくて、お腹で(笑)。見た目重視で、とにかく壮絶な雰囲気はなんとか出したい」と、笑いながら手の内を明かしてくれた。
知盛に限らず研究熱心で、役を演じるたびに自分なりに工夫を考えて臨むのはいつものスタンス。「とにかく何度も過去の映像を見る、何度も台本を読む。台詞回しがある程度できていても、気持ちが入って読んでいると、新しい気持ちで台詞が出てくるんです。ただ、芝居を観ていて(台詞を)どう言うかなんて気にしないで(笑)。苦労話をすると、聞いた方がすごく気にするから、本当は言いたくない。ドラマを観ていただきたい」。
瀕死の知盛が、残された力を振りしぼって、大きな碇を体に巻き付けると、安徳帝を義経に託し、碇もろとも海のもくずと消えていく。壮絶な知盛の最期である。どんな心境で演じているのだろうか。「自分としてやれることはすべてやって、ひとりの人間として、今までがんじがらめになっていたものから解放されて、清々しい気持ちで消えていく。やはり武士というものは、散り際を見せる、潔さを見せるのもひとつの生き方ですから、華々しく散っていく、その気持ちだけですね」。
知盛に続いて、「三月大歌舞伎」(3月3日~28日、歌舞伎座)で演じる『河内山』についても語ってくれた。
自身が好きな演目のひとつで、稽古をつけてくれたのは実父・十三代目仁左衛門だった。本興行での初演は「渡海屋・大物浦」の知盛と同じ60歳の時。本当はもっと早く手掛ける予定だったが、大病で延期となり、初演時には父は亡き人となっていた。初代中村吉右衛門、十一代目市川團十郎、十七代目中村勘三郎、初代松本白鸚など、さまざまな名優の残っている資料を参考に、自分なりに役を作った。
演じるときは必ず、初見の観客にわかりやすくするため、「松江邸」の場の前に「質見世」をつける。また、役作りで大事にしているのは「河内山がどんなに悪人でも、直参(将軍に直接会える立場)だということを念頭に置いておかなければいけない。そして、悪に強きは善にも…というように、単に悪だけではなく弱きを助ける。もちろんお金で動く部分も多いですが、娘が可哀想で、親たちを助けるために命を張って乗り込むわけですから、いざとなったらお金を度外視して、立ち向かう人でなければ」。そして「品」も大事だ。「上野寛永寺の一品(いっぽん)親王の代理として来ても、誰も不思議を感じない、そういう人間の大きさ。それには品がないといけない。自分が心得て自然と出ていくもので、出そうとして出るものじゃないですよね。とにかく大名も全然相手にしていなくて、余程太っ腹です」と話す。
耳に心地よい七五調の台詞は黙阿弥作品ならではだが、心地よいからこその難しさもある。「(台詞のなかの)リアルさをしっかり捉まえていないと、本当に七五調の台詞(だけ)で終わってしまうんですよね。この作品に限らず、『三人吉三』の大川端でも、下座の旋律にのって、言葉のリアルさを失わないように気をつけて、リズムを大切に。(台詞の)運びを変えて緩急をつけることで、お客様の頭に入る部分が増えると私は思うので、そういうところを大事にしています」。
一世一代として、自ら“未練”を断ち切って挑む最後の碇知盛。そして、悪党だてらに町娘を救うため大名家に乗り込む痛快な河内山。仁左衛門渾身のこの舞台、できる限りのコロナ対策をしながら、ぜひ劇場で味わってほしい。
【公演情報】
歌舞伎座「二月大歌舞伎」
●2022年2月1日(火)~25日(金)
【休演】8日(火)、17日(木)
◎第一部 11:00~
真山青果 作
真山美保 演出
一、『元禄忠臣蔵』
御浜御殿綱豊卿
徳川綱豊卿 中村梅玉
富森助右衛門 尾上松
中臈お喜世 中村莟玉
上臈浦尾 中村歌女之丞
小谷甚内 片岡松之助
新井勘解由 中村東蔵
御祐筆江島 中村魁春
二、『石橋』
獅子の精 中村錦之助
同 中村鷹之資
同 尾上左近
◎第二部 14:30~
一、『春調娘七種』
曽我十郎 中村梅枝
静御前 片岡千之助
曽我五郎 中村萬太郎
二、『義経千本桜』
渡海屋
大物浦
片岡仁左衛門 一世一代にて相勤め申し候
渡海屋銀平実は新中納言知盛 片岡仁左衛門
源義経 中村時蔵
女房お柳実は典侍の局 片岡孝太郎
入江丹蔵 中村隼人
銀平娘お安実は安徳帝 小川大晴
相模五郎 中村又五郎
武蔵坊弁慶 市川左團次
◎第三部 18:15~
一、『鬼次拍子舞』
山樵実は長田太郎 中村芝翫
白拍子実は松の前 中村雀右衛門
河竹黙阿弥作
織田紘二 補綴
神山彰 補綴
今井豊茂 補綴
鼠小紋春着雛形
二、『鼠小僧次郎吉』
稲葉幸蔵 尾上菊之助
刀屋新助 坂東巳之助
芸者お元 坂東新悟
杉田娘おみつ 中村米吉
蜆売り三吉 尾上丑之助
石垣伴作 中村吉之丞
左膳弟子左内 市村橘太郎
養母お熊 嵐橘三郎
与之助 坂東亀蔵
早瀬弥十郎 坂東彦三郎
本庄曾平次 河原崎権十郎
大黒屋抱え松山 中村雀右衛門
辻番与惣兵衛 中村歌六
〈料金〉1等席16,000円 2等席12,000円 3階A席5,500円 3階B席3,500円 1階桟敷席17,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉チケットホン松竹(10:00-17:00)0570-000-489
または東京 03-6745-0888 チケットWeb松竹 検 索
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/743
歌舞伎座「三月大歌舞伎」
●2022年3月3日(木)~28日(月)
【休演】10日(木)、22日(火)
◎第一部 11:00~
羅貫中 作「三国演義」より
横内謙介 脚本・演出
市川猿之助 演出
市川猿翁 スーパーバイザー
三代猿之助四十八撰の内
一、『新・三国志』
関羽篇
市川猿之助宙乗り相勤め申し候
関羽 市川猿之助
劉備 市川笑也
香溪 尾上右近
孫権 中村福之助
関平 市川團子
諸葛孔明 市川弘太郎改め市川青虎
華佗 市川寿猿
司馬懿 市川笑三郎
陸遜 市川猿弥
黄忠 石橋正次
曹操 浅野和之
呉国太 市川門之助
張飛 市川中車
◎第二部 14:40~
河竹黙阿弥 作
天衣紛上野初花
二、『河内山』
質見世より玄関先まで
河内山宗俊 片岡仁左衛門
松江出雲守 中村鴈治郎
宮崎数馬 市川高麗蔵
腰元浪路 片岡千之助
番頭伝右衛門 片岡松之助
北村大膳 中村吉之丞
米村伴吾 澤村宗之助
黒沢要 中村亀鶴
大橋伊織 坂東亀蔵
和泉屋清兵衛 河原崎権十郎
後家おまき 坂東秀調
高木小左衛門 中村歌六
二、『芝浜革財布』
魚屋政五郎 尾上菊五郎
政五郎女房おたつ 中村時蔵
左官梅吉 河原崎権十郎
錺屋金太 坂東彦三郎
酒屋小僧 寺嶋眞秀
桶屋吉五郎 市村橘太郎
大家長兵衛 市川團蔵
金貸おかね 中村東蔵
大工勘太郎 市川左團次
◎第三部 18:30~
近松門左衛門 作
一、『信州川中島合戦』
輝虎配膳
長尾輝虎 中村芝翫
お勝 中村雀右衛門
直江山城守 松本幸四郎
唐衣 片岡孝太郎
越路 中村魁春
戸部銀作 補綴
増補双級巴
二、『石川五右衛門』
松本幸四郎宙乗りにてつづら抜け相勤め申し候
石川五右衛門 松本幸四郎
三好長慶 中村松江
三好国長 中村歌昇
左忠太 大谷廣太郎
右平次 中村鷹之資
佐々木秀経 中村玉太郎
細川和氏 市川男寅
仁木頼秋 市村竹松
次左衛門 松本錦吾
呉羽中納言 大谷桂三
此下久吉 中村錦之助
〈料金〉1等席16,000円 2等席12,000円 3階A席5,500円 3階B席3,500円 1階桟敷席17,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉チケットホン松竹(10:00-17:00)0570-000-489
または東京 03-6745-0888 チケットWeb松竹 検 索
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/745
【取材・文/内河 文 写真/松竹】
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