不遇の詩人の苦悩や悲しみを伝えるミュージカル『SMOKE』石井一孝×藤岡正明×彩吹真央 インタビュー
天才詩人の心の深淵を描き出す韓国発のオリジナルミュージカル『SMOKE』。昨年10月、日本版が初演され大好評を博したその作品が再び上演される。
27歳で夭逝した詩人イ・サン(李箱)の連作詩「烏瞰図 第15号」からインスピレーションを得て生まれたこのミュージカルは、アーティストの苦悩、その精神世界をミステリアスな展開で紡ぎ、感情に寄り添う音楽性が大きな感動を誘う。
今回は石井一孝、藤岡正明、彩吹真央という、ミュージカル界を支える実力派3人が、それぞれ登場人物の「詩を書く男・超」、「海を描く者・海」、「心を覗く者・紅」を演じる。その公演への思いを3人に話してもらった「えんぶ6月号」のインタビューを別バージョンの写真とともにご紹介する。
理屈で説明できない本物だなという説得力
──今の時点での作品の印象から聞かせてください。
彩吹 私は日本版初演を拝見しました。四方を客席がぐるりと囲んだステージで、とても密な空間で、映像や実際のスモークを使った演出も、音楽も素晴らしくて、あの素敵な曲を歌わせていただけるということに喜びを感じました。
藤岡 僕は台本を読んで、悪い意味ではなく 「ぶっとんでるな」と。感情をたどっていこうとしても、線で繋ぐのが難しいというか、理屈で説明できない作品かなと。でも芸術ってある種そういうものだし、そういう意味で本物だなという説得力を感じました。
石井 最初は犯罪劇のように始まって、だんだん心の葛藤の物語になっていく。登場する3人の謎を解き明かしていく中で、原作者である詩人のイ・サンの悲しみや、背負ってきた十字架がわかってくる。それを今回、藤岡くんが「海(へ)」で、彩吹さんが「紅(ホン)」なら、こうくるだろうなとか想像するのが楽しい。そこに菅野こうめいさんの熱い演出が付いたら、きっと初演の『SMOKE』とはまた違う『SMOKE』を作っていけるんじゃないかと思っています。
1年分の涙がこの1本で出る
──それぞれ演じる役をどう捉えていますか?
彩吹 紅はとても多面性がある役で、「あれ? 今、役が変わった? 違う人なの?」と思う瞬間があって、最後まで観て「ああ、そういうことか」と。紅には2人を、さらにお客さんをも包み込むくらい包容力が必要だと思っています。そして、彩吹真央である自分や、本名の私をも大きく超えないと、この役とは向き合えないかもしれないなと。どの舞台も演じる人の人間性や生き様が表れると思いますが、今回は私の中で何段階もあがった上で、この紅という役を表現することを目標にしています。
石井 超(チョ)は激しい感情の部分が多くて、ずっと怒ってるんです。イ・サンという詩人は、生前はあまり認められず不遇で、最後は異国である日本で亡くなっている。なぜ僕の詩を認めてくれないんだとずっと憤っていて、その潤いのない砂漠のような心だったり、自分自身が崩壊していくような感情だったり、そんなところに思いを馳せたいですね。
藤岡 話は全然違いますけど、もし人間を冷凍保存して1年に1日だけ目を覚ましたとしても、36500年で100歳になってしまう。何億年単位という宇宙レベルで見ると、すべてのことが地球上の今の時代でしか通用しない常識なんだと。海の台詞で「私が書いてきた多くの文章、燃やしてしまえば実態のないただの煙になって消えてしまう。私も私の文章と一緒に煙のように立ち昇ろうか」というのは、その感覚に近いのかなと。10代の頃は死ぬのが嫌で、何かを後世に残したいと思っていたけれど、結局すべてどこかで「スモーク」になる。この作品からそんなことを考えたりしています。
──とても哲学的なミュージカルですね。最後に意気込みをぜひ。
石井 知り合いに『SMOKE』が大好きで、韓国に何度も観に行ってるという人がいて、1年分の涙がこの1本で出るそうです。ハードル上げられましたけど(笑)、楽しみたいです。
彩吹 観れば観るほど自分を投影できて、入り込んでしまえる作品です。台本を読んでまたわかったこともあるので、「人間ってこういうことなんだよ」と感じながら演じていければと思っています。
藤岡 本当の文学作品です。たやすく読み解けないからハマるお客さんが多いし、考えさせられる。そして、舞台ってその日思いがけず出てしまった何かが大発見に繋がることがあって、この作品はそういう「その場で生まれるもの」に出くわす可能性が高いと思います。そこを自分でも楽しみにしています。
いしいかずたか〇東京都出身。『ミス・サイゴン』初演オーディションに合格し、1992年帝国劇場でデビュー。94年『レ・ミゼラブル』のマリウスで一躍注目を集め、以来ミュージカル俳優として活躍中。シンガーソングライターとしても精力的に活動している。10年第35回菊田一夫演劇賞受賞。近年の主な舞台は『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』『シークレット・ガーデン』『ロミオ&ジュリエット』など。
ふじおかまさあき〇東京都出身。2001年、Sony Music Internationalからデビュー。05年『レ・ミゼラブル』のマリウス役でミュージカル界に進出。以降、数々の大作ミュージカルに出演し活躍。17年には『欲望という名の電車』で、ストレートプレイの舞台でも大きな成果を見せた。近年の主な舞台は『ジャージー・ボーイズ』『ビリー・エリオット リトル・ダンサー』『タイタニック』など。
あやぶきまお○大阪府出身。1994年宝塚歌劇団に入団。男役スターとして活躍。2010年の退団以降、舞台を中心に活躍。また音楽活動や声優なども幅広く展開中。近年の主な舞台は、ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』『マリー・アントワネット』『End of the RAINBOW』『Red Hot and COLE』、ストレートプレイ『アドルフに告ぐ』『オフェリアと影の一座』『イヌの仇討』(こまつ座)など。
【公演情報】
ミュージカル『SMOKE』
上演台本・作詞・演出◇菅野こうめい
音楽監督◇河谷萌奈美
出演◇石井一孝 藤岡正明 彩吹真央
●6/6~16◎東京芸術劇場 シアターウエスト
〈料金〉前売8,800円 当日9,300円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈お問い合わせ〉https://twitter.com/musicalsmoke
【構成・文◇宮田華子 撮影◇友澤綾乃】
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