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【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】別役実『マッチ売りの少女』

坂口 今回は別役実さんの『マッチ売りの少女』。
植本 このコーナーでも以前に『象』という作品を取り上げていて、この二作は別役さんの初期の代表作と言われていますね。
坂口 ちょっと違うスタイルというか、
植本 『マッチ売りの少女』の方が別役さんと言ったらこんな感じってイメージしやすい作品かな。いまだにいろんなところで上演されてますね。
坂口 読んだらおもしろくて、誰でもできそうだけど、手強い作品かなと思いました。

 

【登場人物】

その弟
初老の男
その妻

【ト書きと本文】
舞台中央に古風なテーブル、三脚の椅子。やや上手に小さなテーブル、一脚の椅子がある。
これは、いわば古風な芝居である。従って古風に、いささかメランコリックに始まらなければならない。
場内の明りが、いつの間にか暗くなる。どこからともなく、流行遅れの流行歌のような哀しい淋しいメロディーが、かすれかすれ、聞こえてくる。と、思いがけなく、すぐ耳の近くで、かわいた、低い女の声がささやくのである。それはどうやら、次のように聞こえる。

女の声「それは一年の一番おしまいの夜、つまり大晦日の晩のことでした。大変、寒い夜でした。あたりはもうすっかり暗くなって、しかも雪が降っていました。だあれもいない暗い街を、一人の貧しい少女がトボトボと歩いていたのです。
(中略)
エプロンのポケットには、マッチをいっぱいもっておりました。手にもひとたば、持っておりました。その子はマッチを売っていたのです。
でも、今日は一日中、誰も買ってはくれませんでした。だれひとり、わずか一シリングのお金も、めぐんではくれなかったのです……。」

下手から、初老の男とその妻が「夜のお茶の道具」を持って現れる。道具をテーブルに規則正しく並べ始める。(以下略)
(『マッチ売りの少女』別役実著/二十一世紀戯曲文庫より引用)

 

坂口 二人が日常的な会話の中で、妙におかしな雰囲気を作っていますよね。その前にアンデルセン童話のアナウンスがあります。この随所に出てくるアナウンスが意味深で、物語を複雑に見せていますね。
植本 夫婦はまあとりとめのない会話をしています。
坂口 曖昧な記憶というか、なんとなく男の人がイニシアチブをとってる雰囲気ですね。
植本 奥さんの方がポワ~ッとして天然っぽい(笑)。
坂口 二人がそんなお茶の準備してると、女の人が突如「こんばんは」って尋ねてきます。
植本 市役所の人に言われたからここに来たと言ってますけどね。まあそれも本当かどうかわからない。で、夫婦のお茶の時間に混ぜてもらいます。
坂口 なんとなくギクシャクしてますが。
植本 まあ、夫婦のほうはいちおう親身になって・・・でもなんとなく探りながら丁寧に応対してますけど。
坂口 ここはけっこう長いです。で、女が「私はマッチを売っておりました」って言うところでいきなり雰囲気が変わる。それまでは、ただ来ただけです、みたいな話になっていたんですが。

 

【本文】
妻 内輪の話です。あれは・・・。
男 内輪も外輪もあるもんか、さあ、歌った歌った・・・。あれがいい。あの・・・ユキガドンドン・・・(考えて)ユキガドンドン・・・(考えて)ユキガドンドンフリツミテ・・・。フリツンデ・・・。
女 (静かに)私は、マッチを売っておりました・・・。
妻 え?
女 私は、マッチを売っていたのです。
妻 まあ、あなた。
男 何だい?
妻 この方、マッチを売っているんですって。
(『マッチ売りの少女』別役実著/二十一世紀戯曲文庫より引用)

 

植本 「マッチを売ってるんですよ」っていうと「そういう要件でしたか、だったら最初から言ってくれればいいのに、マッチなら全部買いますよ」って男が言ってね。そしたらマッチは子どもの頃、7歳の頃売っていたと。そして女が「私はあなたの子どもです」と言いだしますね。
坂口 男は否定しつづけて、
植本 実際の娘は7歳のときに電車に轢かれて死んでるので、娘は今はもういない。
坂口 そんなやりとりをしてるうちに妻の方が「もしかしたらいたんじゃないのか」っていう思い込みに・・・
植本 天然さをここで発揮しはじめる(笑)。
坂口 でも強く言われると人間の意識ってアレ?って、思うっていうことも実際ありそうですよね。
植本 本当にね、オレオレ詐欺っぽいなと思って(笑)。どんどん信じ込まされていくという。「もしかしたら本当はそうだったんじゃないかな」っていう風に洗脳されていく。
坂口 もっと大きな世界の話にも思えてきたりしますね。
植本 いちばんこの話を通して気になるのは奥さん。奥さんの心がコロコロ変わって行くから、「お前のせいか」って思いながら読んでたんですけど(笑)。
坂口 でもまあ、お父さんもそれにひきづられて混乱してますよね。

植本 このあと、女の弟という人も入ってきて。姉弟は同情をひこうとしながら、夫婦を丸め込もうとします。
坂口 丸め込もうとしてるけど、その目的はよくわからないですよね。ただこの家に居座ろうって事なのかな?
植本 途中でお姉さんが「ここは私達の家なんだから」って言い出したりします(笑)。
坂口 ここら辺ってちょっと怖いです。
植本 で、一番の肝となるのが、マッチを擦ってスカートの中を見せる、誰がそれを教えたのか、子どもが思いつくはずがないから男が実際にマッチを買ってその行為をやっていたんじゃないか、っていうのが話の肝ですかね。
坂口 言いがかりですので、男は否定しますよね。
植本 勿論ね。で、さすがに男が開き直って「わかったあなたたちは私の娘であり、息子である、わかったから出て行ってくれ。欲しいのはなんだ金か?」って。
坂口 でも、夫婦は最終的に二人を泊めてあげてもいいよ、っていう提案をします。
植本 その後、お姉さんは寝ちゃうんですけどね。
坂口 その隙に弟がこっそり食べたビスケットをめぐって、激しく姉弟喧嘩してるのを、男が止めようとして女に触ると、
植本 「さわらないで!マッチをすらないで」って、こんどは攻撃が男の方にいきますね。
坂口 ここはけっこう理不尽で強引なやりとりが四人の間で展開されますね。
植本 でもそうこうしていると終わっちゃうんですけど、この話ね(笑)。

 

【ト書きと本文】
女「(遠く)マッチを……マッチをすらないで……。」
弟「(つぶやくように)お父様はマッチをお買いになった。お父様はマッチをお買いになった。お父様はマッチをお買いになった。毎夜毎夜、お姉様のために……。毎夜毎夜お姉様のために……。」
男「いや……(妻に)そんなことはない。そんなことはないんだよ。」
弟「でも、僕は責めません。でも、どうしても、僕は責めるわけにはいきません。お姉様がおっしゃったからです。責めてはいけない。責めてはいけません……。

(中略)

カチカチと云う拍子木が次第に離れて、遠く、「火のようおーじん」。
男と妻、静かにテーブルに坐る、厳しゅくな「朝のお茶」が始まろうとして……。

女の声「(ややハッキリ)寒い朝、少女が赤いホホをして、口元にはほほえみすら浮かべて、死んでおりました。
あたらしい年の朝が、小さななきがらの上にのぼりました。そのなきがらは、ほとんどもえつくしたひとたばのマッチをもっておりました。人々は云いました。この子は、あたたまろうとしたんだね……。そうです、この子は、とても寒かったのです。」
(『マッチ売りの少女』別役実著/二十一世紀戯曲文庫より引用)

 

坂口 話は飛ぶけど、別役さんはこの作品をどういうふうに書いていったんだろう・・・。
植本 なんか、別役さんは当時劇団にいたんだけど、学生運動とか政治運動のほうに行ってて、しばらく離れていて、戻って来てみたら鈴木(忠志)さんが「自由舞台とは別に劇団立ち上げるぞ」ということで。やっぱり政治的な感じはしますよね。
坂口 なるほどね。
植本 政治的な匂いもする作品なので。色んな人が書いてますけど、戦後20年、初老の夫婦とかのイメージはもう忘れたい記憶なんですよね。で、国民全体が中流を目指してという世の中で、戦後の忘れ物みたいな戦争の思い出が侵入してくるっていう構図なんですよね。
坂口 お姉ちゃんと弟の存在は戦争中の記憶なんですかね。
植本 目を背けたいものなんだろうなって感じはしますけどね。でもなんかすごく深読みしてる人がいたらしくて「この夫婦はアメリカで、女は日本で弟は沖縄ですか?」って書いてる人がいて(笑)。
坂口 へ~~。別役さんはなんにもその辺について言ってないの?
植本 アメリカ、日本、沖縄については「違います」って
坂口 あっはっはっは!
植本 「そんなことはないです」って(笑)。それは平田オリザさんと別役さんの対談の中に書いてありましたね。
坂口 この戯曲の中で一箇所だけ、その戦後をイメージさせるモノローグがありますね。

 

【本文】
男の声 (低くつぶやくように)その頃、人々は飢えていた。毎日毎日が暗い夜であった。街は、沼沢地の上に生臭くひろがり、ところどころ、ハジケタおできのように、市場がひらかれた。ものかげでいくつかの小さなものが殺され、ひそかに食べられた。人々は忘れられた犯罪者のように歩き、時に思いがけなく、何かスバシコイものが闇をくぐり抜けて走ったりした。
その街角で、その子はマッチを売っていた。マッチを一本すって、それが消えるまでの間、その子はその貧しいスカートを持ちあげてみせていたのである。ささやかな罪におののく人々、ささやかな罪をも犯し切れない人々、それらのふるえる指が、毎夜毎夜マッチをすった・・・。そのスカートがかくす無限の暗闇に向けて、いくたびとなく虚しく、小さな灯がともっては消えていった・・・。
かぼそい二本の足が、沼沢地に浮くその街の、全ての暗闇を寄せ集めても遠く及ばない、深い海のような闇を支えていった。闇の上で、少女はぼんやり笑ったり、ぼんやり哀しんだりしていた・・・。

 

植本 この頃の別役さんはモノローグが多い。「60年代に書いたものは今思うとうーんって思うところはあって」とご本人は言ってますけどね。
坂口 ふ~ん。僕はここらへんのが好きですけどね。
植本 勢いもあるし、パッションがやっぱりありますよね。後年の静かなイメージからするとね。
坂口 色んな解釈があるけど、あんまり解釈には興味がなくて・・・
植本 そうでしょうとも。長年一緒だからわかりますわ(笑)。
坂口 別役さんがどういう構想を練ってね、このお芝居をつくったんだろうっていうのがすごく気になるのと、やっぱり当時ね芝居を作るのにね、どんだけ大変な思いを・・・その大変な思いをしたんじゃないかな~っていう。その二つばっかりが気になって。

植本 カフカとかベケットの影響いっぱい受けてるって通説になってますけど。けっして『マッチ売りの少女』とか、わかりにくくはないですよね?
坂口 日常の生活からしたらあり得ない会話。だけど、別に芝居観てる上では受け入れていける話じゃないですか。そこんところが面白い。
植本 良い余白が一杯ある感じ。
坂口 最初からある程度イメージして書いて行くうちに、物語が拡がっていったりとかするでしょうか?
植本 なにかで読んだ記憶があるんですけど、別役さん割と結末を想定して書いてないって言ってた気がして。
坂口 そうですか。
植本 ただ、さっき編集長が言ってた夫婦の気持ち悪さ?ここも大事なんだろうな~と思って。どうしたってこの姉弟の方が侵入者だから変なんだけど、この夫婦相当気持ち悪いよっていう。
坂口 後から出てくる二人が変なのはもうわかっていて。
植本 夫婦がさ、自分達は無害とか色々言ってるでしょう?善良な市民とか、模範的とか、あとはなんだっけ、進歩的な保守派。
坂口 それはちょっとウケたね(笑)。こういうこと言う奴が進歩的だったためしはない(笑)。

植本 別役さんの書いてるものを読むと、最初は生活感のあるリアル芝居はいらないと思ってたんだって。でも新劇の人にやらせてみたら、逆だってわかったって書いてあって。
坂口 てことは。
植本 生活感がある人がこういう不条理劇をやった方が面白いってことを発見したって。それはそうかなって。
坂口 そうですね。
植本 生活感のない人が生活感のない不条理劇をやると、それこそなんかよく分からない物になるのかもな(笑)、とは思います。
坂口 だけど、最初の頃とかはそうじゃないと思うんですよね。また別のお芝居が絶対あったと思うんですよ。
植本 どっちかっていうとエネルギー重視な感じかな(笑)。
坂口 早稲田小劇場でやった1966年のやつがもしかしたら別役作品のベストだったんじゃないのかなって。僕の妄想ですけどね。
植本 本当に初期で作品数もまだ少ないときの作品だからこの後ね、別役実っていうスタイルを確立していくその前なのでね、色んな要素が良い意味ではいってますね。

坂口 そういう意味ではとても面白いけど、くどいけど、どうやって書いたのかな、どうやって作ったのかなってことばっかりを思ってました。でもとても面白くて・・・
植本 うんうん、良かったです。『象』とはまた違う。あれは原爆、ケロイドを扱ったものでしたけど。
坂口 あれは言ってみれば一直線みたいな感じでしょ。定めたものに狙いをつけて戯曲を作ってるわけだから。これはもっともっと拡がりが大きいですよね。
植本 いっぱい上演されるのもよくわかる気がします。サイズ感的にも勿論いいですし、上演時間としても70分位なんですかね。
坂口 面白いものができるといいですね。
植本 はい。今回はいろいろと勉強になりました。

 

〈対談者プロフィール〉
植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に参加。以降、老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。主な舞台に東宝『屋根の上のヴァイオリン弾き』劇団☆新感線『アテルイ』こまつ座『日本人のへそ』など。

【出演情報】
ケムリ研究室 no.1『ベイジルタウンの女神』
作・演出◇ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演◇緒川たまき 仲村トオル 水野美紀 山内圭哉 吉岡里帆 松下洸平
望月綾乃 大場みなみ 斉藤悠 渡邊絵理 依田朋子 荒悠平
尾方宣久 菅原永二 植本純米 温水洋一 犬山イヌコ 高田聖子
9/13~27◎世田谷パブリックシアター
10/1~4◎兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
10/9・10◎北九州芸術劇場 中劇場
http://www.cubeinc.co.jp

坂口眞人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。

 

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